斉藤由貴、デビュー記念日2/21に配信した「斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』」ライブレポート到着
1985年2月21日にシングル「卒業」で鮮烈なデビューを果たし、その後数々の名曲を世に送り出してきた斉藤由貴が、デビュー記念日である2月21日20:00より配信した「斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』」のライブレポートが到着した。
グランド・ピアノとマイクスタンド、そして椅子が置かれた都内のスタジオ。そこにジャケット姿の武部聡志と、ベージュ地に黒いレースの刺繍で花が彩られたワンピース姿の斉藤由貴が現れる。ほどなく武部のピアノがメロディを奏でる。斉藤はその姿を見つめるとやがて天井を見上げ身体の前で両手を組む。一つ一つの仕草から彼女の緊張が伝わってくる。やがて聴こえてきたのは「MAY」。1986年にリリースされた斉藤の8枚目のシングル曲を、彼女は当時と変わらないようで、しかし、やはりあの頃とは確かに違う歌声で歌い上げていく。
2024年2月21日20:00、U-NEXTにて「斉藤由貴 Streaming Live with 武部聡志 水響曲『春』」が配信された。このストリーミングライブは1985年の2月21日にシングル「卒業」で歌手デビューを飾った斉藤の39周年目のデビュー日を記念して企画されたものだ。言うまでもなく武部は斉藤のデビュー当時から楽曲のアレンジを手掛けてきた、彼女にとってかけがえのない存在だ。近年でも2021年2月にリリースされた斉藤のアルバム「水響曲」ではデビュー初期のナンバーのセルフカバーにおけるアレンジ/プロデュース/ピアノを手掛け、同年春には大阪、横浜、東京で行われたBillboardツアーのステージを共にしている。
かつてよりも力強く想いを訴えるボーカルで「MAY」を歌い上げると、少し気が楽になったのか、斉藤がほどけたような笑顔を見せた。そして武部と互いに「始まりましたね」と語り合いながら今回のライブのタイトルをコールし、穏やかな語らいの時間へ。どうやら1曲毎に2人のフリートークが挟んでいくという構成のようだ。
「『水響曲』はもはや僕らのユニット名のよう。いまにして思うと素晴らしいタイトル」(武部)。「アルバムタイトルを考えたとき、互いの好きな言葉を入れようと話し合い、武部さんは“響”、私は“水”を選んだ。たくさんの音楽家と響き合う武部さんの根源が感じられました」(斉藤)。そこから話題は斉藤のデビュー当時の武部の様子に。「当時の武部さんは人との間に鉄壁を築いているような印象だった」(斉藤)。「それだけ若かったし尖ってもいた。頭の中で思う音をまだ上手く形に出来ないジレンマもあった」(武部)。「それでスタジオで鉛筆をカジカジ齧っていたんですね」(斉藤)。そんな思い出話に花が咲く。
ファンの間で人気が高い「MAY」は、当時ディレクターだった長岡和弘氏と武部が膨大な量のデモテープを聴くために行った山ごもり合宿を経てシングルに選ばれたというエピソードが語られる。「(作詞の)谷山浩子さんの童話のような奥にある生でダークな世界観が好きでした。中学生の頃、三島由紀夫やジャン・コクトー、萩原朔太郎が好きだったので、詩的でありながらも、美しいだけではない闇のようなものを抱えている世界観にものすごく惹かれました」。「内気な少女の表に出せない渦巻き震えるような気持ちを当時の私はそういう風に歌わなかった。でも歌い続けることによって年齢とともに変化し醸成されていった」と斉藤が語れば、「この曲は由貴ちゃんによって育てられたけれど由貴ちゃんも曲に育てられた」という見解で武部が応え、斉藤が深く頷く。さらに武部から、最近「MAY」をこよなく愛聴してきた槇原敬之と2人でこの曲を披露する機会があったという余談に斉藤が恐縮しながらも嬉しさで目を輝かせる一幕もあった。
「あれから39年前。僕はこの2月21日を一生忘れないな」(武部)。「武部さんが『「卒業」からアレンジャーとしての成功が始まった』と語ってくださるのがとても嬉しい。私にとってもものすごいご褒美です」(斉藤)。
そして「(歌うのが難しくて選曲したことを)後悔しました」(斉藤)という前振りから続いて披露されたのは「卒業」のB面曲「青春」だ。「卒業」「初戀」「情熱」と並ぶ、作詞:松本隆/作曲:筒美京平の黄金コンビが手掛けた“デビュー初期漢字二文字タイトルシリーズ”の一曲だがライブで歌われるのは極めてめずらしい。
歌唱後のトークでは、武部がこの曲の筒美のメロディの良さについてピアノを弾きながら解説していく。そこから斉藤があるエピソードを思い出す。「当時、長岡さんは曲の発注のとき、私の音域の上のギリギリ苦しい、切ないところを狙ってくださいと頼んでいたという話を聞いたことがあった」(斉藤)。
そして話題は太田裕美1975年のヒット曲「木綿のハンカチーフ」へ。この曲も松本筒美コンビが手掛けた一曲だ。かつて松本隆は「卒業」を作詞した当時、「木綿のハンカチーフ」の前日譚、つまりはエピソード・ゼロをイメージしていたらしいと武部が語る。ちなみにこの「木綿のハンカチーフ」、ライブでは初披露だが、実は斉藤は2006年に出演した映画『青いうた〜のど自慢 青春編〜』の劇中で歌っている。その撮影時のエピソードを語ってから歌われた「木綿のハンカチーフ」は、斉藤の解釈による男性目線と女性目線の歌詞が心地よく響く出色のカバーとなった。
「うまくいった」(武部)。「ちょっと声がヒヤヒヤとした」(斉藤)。「由貴ちゃんの“究極の不安定”は一つの魅力」(武部)。「正直言っていいですか。よくこれで歌手やってるなぁといつも思っています」(斉藤)。なごやかなキャッチボールから話題は自然と歌手・斉藤由貴の特性の考察へと進んでいく。
「完璧な歌を届けるのではなく、私の武器はたぶん“魂を込める”ことでした。そこに正直に、誠実にエネルギーを費やすというアプローチがいつの間にかスタートしていた」(斉藤)。「長岡さんは最初から「そこは古い校舎の下駄箱のすのこの上を歩いている感じで」とか、「ちょっと雨が降ってる感じ」と歌をディレクションなさっていた」(斉藤)。「どの作品もアーティスティックなアルバム。誇りに思っています」(武部)。「誤解を恐れずに言えば、素晴らしい才能を持った皆さんが周りに集まってくれたことが私の才能」(斉藤)。2人の口から改めて語られる話題は全てがセルフライナーノーツのようで興味深い。
続いては1989年リリースの12thシングル「夢の中へ」。この井上陽水の名曲のカバーで当時アレンジを担当していたのは崎谷健次郎だった。つまり、時を経て、武部のピアノアレンジによる「夢の中へ」を届けようという試みだ。
「崎谷君の感覚は僕には無いものだった」(武部)。「たぶん、当時長岡さんは変化を求めたのでしょうね。でもそれは、全てのことに通じるというか、私の好きな言葉で、この世の中で唯一絶対があるとすればそれは変化すること、という深い言葉があって。元々、ある漫画の台詞(※出典はおそらくフランソワ・ド・ラ・ロシュフコーもしくはヘラクレイトスの言葉と思われる)なんですけど、とある時期から、それが人生を理解する上でとても大切なんと気付いた。執着を手放し、新しい風を感じ、新しい何かを楽しむようになれるようにシフトしていった」と、斉藤は自身の分岐点を回想していた。その言葉通り、細かな身振り手振りを交えて歌われ、エンディングも新たな形が採られた「夢の中へ」もまた、2024年の武部と斉藤“だからこそ”と言えるバージョンとして奏で歌い上げられていた。
「こういうアレンジもいいですね。何か思いつきでいろいろやっちゃったけどごめんね」(武部)。「どきどきしました」(斉藤)。このやり取りから、武部が演奏のなかでインプロビゼーションを加えていたことが分かる。「由貴ちゃんとやっていると僕も自由でいられる。自由度がすごく高い。やっぱり“水響曲”はユニットなんですよ」(武部)。「それってスペシャルってことですよね。嬉しいです。人はみんなどこに行き着くのか分からないような不安をいつも抱えながら、時に流され、嵐の方に向かってしまい、震えながら生きている。特に音楽のことに関して言うなら、武部さんは私にとってものすごく堅牢な船であり、音叉のような存在です」(斉藤)。
そんな2人がこの日のラストに披露したのは松任谷由実1994年のヒットシングル「春よ、来い」。斉藤は、長年、松任谷のライブやレコーディングでも欠かせない存在である武部とのライブだからこそ(リスペクトを込めて)この曲を選んだという。「彼女はポップスの女王。この曲にはどこにたどり着くのか分からない不思議な迷宮感がありますね」(斉藤)。「この曲には願いや祈りといろんな意味合いが含まれているけど、由貴ちゃんが歌う「春よ、来い」は、儚くて、せつなくて、“斉藤由貴の表現”が詰め込まれたテイクになったと思う」(武部)。実際、斉藤の「春よ、来い」はまさにそんなパフォーマンスとなった。
全5曲。素晴らしい歌とピアノで一足早く“春”が届いたような時間だった。正直、斉藤はインタビューにおいても音楽の話題になると「私なんかが」と恐縮しきりな場面が多いのだが、今回のトークでは有観客のライブともテレビの音楽番組とも異なるリラックスしたムードのなか、とてものびのびと歌唱表現への思いを語る姿が印象的だった。ファン目線で言えば全ての発言を文字起こししてログに残しておきたいくらい貴重なエピソードが多々語られていた。その様子から、彼女がいま歌手として改めて充実の季節を迎えているのはないかと感じられた。
「タイトルが水響曲『春』ですから、今回が好評だったらまたの機会もあるかもしれない」(武部)。「私も本当に心待ちにしています」(斉藤)。2人が最後に語った言葉通り、2025年のデビュー40周年イヤーを目指して「夏」「秋」「冬」とシリーズ化を期待したい。なお、U-NEXTでは準備完了次第3月6日23:59まで今回のライブの見逃し配信を予定している。是非とも繰り返し楽しんでほしい。
(内田正樹)
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