『森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス』
2024年2月9日(金)、東京・麻布台ヒルズに、新しい『チームラボボーダレス』が誕生した。
私たちはなぜ、『チームラボボーダレス』に行くのだろう? 映える写真を撮るためだろうか?
いや、それだけではない。この“地図のないミュージアム”が五感に強烈に訴えかけてくるメッセージを受け取り、ちょっと哲学するためである。あえていうなら、生を愛するため、日々をアートするため、と表現してもいいかもしれない。
チームラボ《人間はカメラのように世界を見ていない》
本記事は、いよいよヴェールを脱いだ『森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス(以下、チームラボボーダレス)』の内覧会レポートだ。チームラボのメンバーに引率され、全体を駆け足でぐるっとツアーするだけで1時間。とにかく広い……。いや、ひょっとしたら広くないのかもしれないけれど、館内は暗い迷路のようで、しかも作品たちは動物の群れのように移動する(この点は後ほど詳しくお伝えしたいポイントだ)。持ち時間をギリギリまで使っても、全てを網羅することはできなかった。しみじみと、底が知れないミュージアムだと思う。このレポートでは、同館の魅力のほんの一部でもお伝えできれば幸いである。
その1:気配を察知する、関わり合いのアート
チームラボ《人々のための岩に憑依する滝》、《花と人、コントロールできないけれど共に生きる》
チームラボ《人々のための岩に憑依する滝》
『チームラボボーダレス』を楽しむポイントは、「キレイなものを見つけたら、まずは立ち止まって、できれば触ってみる」である。デジタルテクノロジーを用いたアートたちは敏感に鑑賞者の気配を察知して、多彩な変化を見せてくれる。例えばこの《人々のための岩に憑依する滝》だったら、小高くなった部分に登ったり腰を下ろしたり、壁に張り付いたりしてみよう。本当に水流に入ったときのように、水のラインが身体を避けてうねっていく様子が見えるはずだ。
チームラボ《人々のための岩に憑依する滝》、《花と人、コントロールできないけれども共に生きる》
足元を見ると、同じ空間に《花と人、コントロールできないけれども共に生きる》という別作品が入り込んできている。鑑賞者の立っている場所を起点に、次々と花が咲いては散っていく作品だ。
チームラボ《花と人、コントロールできないけれども共に生きる – A Whole Year per Hour》
こちらは四季折々の花が空間いっぱいに咲き乱れる、夢のような小道。鑑賞者が立ち止まれば足元からまた花が咲く。そして咲いている花に触れると、花は花弁を散らして死んでいく。難しいことは抜きにして、スケールの大きさと艶やかさにため息が出てしまう。なるほど、日常モードからアートな思考に切り替えるためには、まずはこうして問答無用で“美”にビンタされるようなショックが必要かもしれない、なんて思う。
チームラボ《Untitled》
伊藤若冲を思わせる聖獣たちの姿も、よくよく見ると花でできている。触れるとタイルが剥がれるように花が散り、やがてまた再生する。そう、基本的に作品はどれも「生まれては死んで」のサイクルを繰り返しているのだ。そのモチーフは植物であったり、生き物であったり、ときには波や雨などの自然現象だったりもする。
これぞバタフライエフェクト
チームラボ《境界のない群蝶》
なかでも興味深いのは、蝶をモチーフにした作品だ。何もない真っ暗なスペースがあるな……と思ったら、おそらくそこである。鑑賞者が立ち止まることで、足元からブワーッっと一気に蝶の大群が噴き出してくる(ちょっと怖い)。蝶たちは生みの親の身体の中をぐるぐる飛び回ったと思ったら、どこかを目指して飛んでいき、別空間の別作品に関わっていく。鑑賞を続けていくうちに、もしかしたら自分から飛び出した蝶に出会うかもしれないのだが、それを把握することはできない。
チームラボ《境界のない群蝶》
蝶ももちろん、触れると死んでしまう。「人に反応して〇〇が生まれる」と一緒に「人の振る舞いに反応して〇〇は死ぬ」がプログラムされているところが、チームラボの世界観を紐解くカギであるのかもしれない。西洋・東洋問わず、蝶は魂や精神の化身と言われるものだ。自分から生まれたモノが世界に放たれていき、何かしらの影響を及さずにはいられない……というのは、なかなか不気味な感覚でもある。ロマンとも言えるかもしれないけれど。ブワーッと蝶を生み出しながらつい考え込んでしまった。
大はしゃぎ必至、海の底に国境はない
《スケッチオーシャン》は、「共創」をテーマにしたちょっと異色の作品。大人も子供もニコニコしてしまいそうな楽しい仕掛けが満載なので、ぜひ体験してみてほしい。
チームラボ《スケッチオーシャン》上方にマグロの群れが見える
空間を泳ぎ回るカラフルな海の生き物たちは、すべて来場者が紙に描いたものだ。マグロにイカにクラゲにカメなど、各種の用紙とクレヨンが隣のお絵描きコーナーに用意されているので、思うままに描いてみよう。
お絵描きコーナーにて、SPICE取材班でイカとマグロを誕生させました
描き上がった用紙をスタッフに渡すと、あっという間に自分のデザイン(塗り絵)した生き物が海に生まれ落ちる。上からポチャンと落ちてくる生誕の瞬間が愛らしいのでご注目あれ。生き物たちはただのっぺりと泳ぐだけでなく、まばたきしたり、触れようとすると逃げたり、リアルな挙動を見せてくれるので愛おしさ倍増である。
およげ!SPICEマグロ
生き物たちのほとんどは、部屋を泳ぎ出して別空間の別作品に関わっていく(ただし、イソギンチャクは動けない、とのこと。リアルだ)。なかでも、マグロは国境さえも超えて海外の展覧会場へと泳いでいき、そちらのマグロの群れを連れて帰ってくるというから驚きである。展示室に時折現れる「Born 〇〇(地名)」「Back from the World!」と書かれたフラッグを掲げたマグロの群れがそれだ。文字通り、この上なくボーダレスな作品である。
その2:越境するアートと干渉する鑑賞者
チームラボ《花と人、コントロールできないけれども共に生きる – A Whole Year per Hour》、《Walk, Walk, Walk: 探し、遠ざかり、また 出会う》、《Untitled》
“地図のないミュージアム”と銘打っているだけあって、同館に案内マップは存在しない。今どこ? ここはさっきも来たっけ? と困惑する鑑賞者をからかうように、展示室と展示室の中継部分では、つねに複数のアートが移動を続けている。ここで79作品全てに出会おうなんて、動き回る羊を数えるようなものだ。
チームラボ《反転無分別:虚空の黒》(部分)、《Walk, Walk, Walk: 探し、遠ざかり、また 出会う》
試しに、歌い踊る陽気なカエルの群れを追いかけてみた。すると、全く雰囲気の異なる書の作品にカエルが侵入していく決定的瞬間を目撃。お邪魔する作品に合わせて、少しずつサイズが小さくなっていくのが可愛い。
チームラボ《世界はこんなにもやさしくうつくしい》、《中心も境界もない存在》、《Untitled》
作品たちは複雑に重なり合い、鑑賞者の振る舞いによって変化を続けていく。建物としてはただの廊下にあたる場所が、ハッと気づくと桃源郷さながらの美しさになっていることが多々あるので油断できない。ちなみに写真左手は、降ってくる漢字に触れるとそれが顕現するという作品。「月」「蛍」を顕現させてから、急いでシャッターを切った。
また、写真中央の細胞のような《中心も境界もない存在》にも注目だ。言葉少なに味わうことの多いこのミュージアムで、おそらく最も驚きの声が上がるであろう作品である。面白いので、見つけたら中央の黒っぽい核にそっと触れてみてほしい。
〜飲めるアートでひと休み〜
さて、この『チームラボボーダレス』内には『EN TEA HOUSE』という茶屋が存在する。鑑賞の合間に一服して、感性のみずみずしさを回復しよう。
水出し緑茶 柚子(アイス)、凍結緑茶ココナッツ(緑茶とココナッツミルクのジェラート)セット 税込1300円
暗い茶屋内で、丁寧にサーブされるお茶と甘味。それだけでも疲れた体に染み渡るのに、ここではアート作品が宿ったお茶(甘味)をいただく、という特別な体験ができる。お茶には季節ごとに違う花が咲き、緑茶のジェラートからは茶の木が生え、蝶が遊びにやってくる。ちなみにこれは声を大にしてお伝えしたいポイントだが、両方ともとても美味しかった。きっと『EN TEA HOUSE』は大人気の一角になるに違いない。
チームラボ《小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々》
器を持ち上げてお茶を飲むと花びらが散っていくが、茶が残っている限り、花は小さくなりながら咲き続けるらしい。茶に宿るこの作品は《小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々》という。小さきものは茶の器、無限の宇宙とはその中の茶がつくる“円”のことだと解釈できる。花は飲み干され、小さきものである人間の体内宇宙で再び咲き続ける……のかもしれない。
その3:形のない光を彫刻する
本館ではインタラクティブなデジタルアート作品のほかに、本来実体のないモノである“光を彫刻する”不思議な作品を見ることができる。例えば、こちらは展示空間いっぱいに粒子の細かいミストが満ち、そこに投影されたアートが風でゆらゆら揺れるような設えだ。
チームラボ《Untitled》
作品の下の方が、風に溶かされて消えていく。平面とも立体作品とも違う、見たことのないような奥行きだ。
チームラボ《Untitled》(部分)
近くで見つめると、水彩で描かれた抽象画のようで見惚れてしまう。ここでは、花やゆらめく炎など、雰囲気の異なった複数の作品が入れ替わり立ち替わり登場する。文化祭のステージのように「今何やってるかな?」と覗いてみれば、見るたびに新しい驚きに出会えるだろう。
チームラボ「Light Sculpture-Flow」シリーズ 《Aurora Circle》
「Light Sculpture-Flow」の空間も同様だ。びっしり空間を埋め尽くしたライトがうねうねと動き、作品によって様々な光のカタチを見せてくれる。光の渦に飲み込まれるような躍動感あるもの、じっと見ていると脳内麻薬が出てクラクラしそうなもの……実に多様である。
アプリもお忘れなく
チームラボ《Infinite Crystal World》
作品が移動し続けるという特性上、館内に作品の解説パネルはほとんど無い。そこで鑑賞を深めるためにおすすめなのが、チームラボの公式アプリだ。手持ちのデバイスでアプリを起動すれば、自分の近くにある作品の詳細やコンセプトを読むことができるほか、一部の作品ではインタラクティブに作品に関わることができるのだ。
チームラボ《Infinite Crystal World》
細やかな光の筋道がどこまでも広がるような、こちらの《Infinite Crystal World》がそう。この世界に何をもたらすかをアプリ上で選択することで、「木」や「雨」など任意のエフェクトを発生させることができる。複数の鑑賞者の意思が混ざり合うと、エフェクトが同時に発生して、より複雑で美しい世界になるようだ。
その4:影響の軌跡と逃げる“ぷるんぷるん”
チームラボ《Bubble Universe: 実体光、光のシャボン玉、ぷるんぷるんの光、環境が生む光 – ワンストローク》
《Bubble Universe》は、今回のリニューアルオープンに際して発表された新作インスタレーションだ。珍しく添えられたキャプションパネルには、迷路のような道筋と、複雑な数式が記されている。本作は幻想的な写真が撮れる魅惑の撮影ポイントであると同時に、人間の「認識と存在について」の問い掛けが込められた思索的なアートなのである(難しいけれど)。
チームラボ《Bubble Universe: 実体光、光のシャボン玉、ぷるんぷるんの光、環境が生む光 – ワンストローク》
空間を埋め尽くす光のボールの配置は厳密に計算されている。人が立ち止まり、アートがそれを認識すると、その人に一番近いボールが強く発光を始める。そしてその光が、そのボールから一番近いボールに伝播する。そしてそのボールに一番近い次のボールに……と、結構なスピードで光の波が広がっていく。やがて光は一筆書きのように全てのボールを通って、起点に帰ってくるのだという。これが、キャプションパネルで見た迷路のような道筋である。数式はそれを求めるためのものだそうだ。
誰もいないタイミングを狙って展示空間に入ってみたところ、自分が発した光の道をはっきり確認することができた。さらにその後、展示空間の反対側からもう一人誰かが入ってきたようで、対角線上から別の光の波が走ってきた。他者と出会う、ということを象徴的に見せられたようでちょっと心が震えた。
チームラボ《Bubble Universe: 実体光、光のシャボン玉、ぷるんぷるんの光、環境が生む光 – ワンストローク》
本作の正式名称は《Bubble Universe: 実体光、光のシャボン玉、ぷるんぷるんの光、環境が生む光 – ワンストローク》。それぞれのボールには4種類の光が存在しているので、見分けてみると面白い。よく考えれば光は光であって実体も無ければ種類も無いはずのに、なぜか私たちは4種の異なる光を認識することができるのだ。
チームラボ《マイクロコスモス – ぷるんぷるんの光》
なかでも一番わけがわからないのが「ぷるんぷるんの光」ではないだろうか。光なのにぷるんぷるんとは、これ如何に? その疑念は、ソレを見せることに特化した作品《Microcosmos》に移動することで「本当にぷるんぷるんしている!」という驚きに変わるだろう。目が眩むような鏡張りの空間を、コンベアに乗った無数の球体が動き続ける。心音のようなBGMも相まって、近未来SFに出てくる卵の孵化工場のような雰囲気である。なんとかぷるんぷるんの光をカメラに収めたかったが、球体は鑑賞者の前に来ると、逃げるように光の種類を変えてしまう。物理世界には存在しないはずのぷるんぷるんの光を認識・共有できるのは、この場所を訪れた人だけの特権なのかもしれない。
カラスは境界を超えて飛んでいく
チームラボ《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス:虚空の宇宙》
最後に、このミュージアムの伝えたいことを最も端的に表していると感じた一作を紹介したい。《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス:虚空の宇宙》だ。本作は「虚空の宇宙」という真っ暗な窪みのようなエリアに立ち、体をすっぽり包まれる感覚で鑑賞する作品だ。どうしても時間がないという場合でも、個人的にこれだけは見たほうがいいと思う。縦横無尽に飛び回るカラスの姿は圧巻で、疾走感のある音楽と組み合わさることでブワッと鳥肌が立ってしまった。
まるでジェットコースターのようなアトラクション性はもちろん、見ているうちに館内のあちこちで出会ってきたモチーフが二重写しになっていることに気づく。飛び交うカラスの軌跡は空間に描かれた書道のようだし、Bubble Universeで見た光の道筋にも重なる。そしてカラス自身も、鑑賞者に触れるとこれまで見てきた花や蝶たちと同様に散ってしまう。ぜひ鑑賞の締めくくりに、もしくはスタート時に向き合ってみてほしい作品だ。
出口付近にて。納得。
70を超える作品がうねうねと関係し合いながら展示されているため、一度の来館で全てを見ることは難しいだろう。それでも、作品どうしの境界を超えて放たれるメッセージ「絶え間なく連続する生滅のサイクルの中に自分は居るのだということ」は、きっと来場した人の心に鮮やかに印象付けられるだろう。ここは全てをひっくるめて一つの作品だとも言えるし、一つの作品の中に全てがひっくるまっているとも言えるのだ。そしてその感覚は、館を出たあとも日常へと続いていく。
チームラボ《花と人、コントロールできないけれども共に生きる – A Whole Year per Hour》、《追われるカラス、追うカラスも追われるカラス:境界を越えて飛ぶ》
麻布台ヒルズの新生『チームラボボーダレス』は、夢のようにキレイな写真が撮れる場所である。それはものすごくテンションが上がることだし、誰かと一緒に訪れれば素晴らしい思い出が作れるだろう。そしてそれとは別に、心がパンクしそうなときや頭を新しい視点に切り替えたいとき、ふらりと訪れることで少しだけラクになれる……そんな場所でもあるんじゃないかと、内覧会を通じて強く感じた。
ぜひ歩きやすい靴で、この桃源郷へ。心揺さぶるアートのうねりを、体感してみてほしい。
文=小杉美香 写真=小杉美香、SPICE編集部