(C)Junichiro Matsuo
2023年秋からドイツのカールスルーエ音楽大学に留学している、ピアニストの亀井聖矢。留学生活がスタートしてから初めてとなる本格的なリサイタルが、2024年1月17日(水)、サントリーホールで行われた。
(C)Junichiro Matsuo
この日のプログラムは、同時代を生きたロマン派の作曲家であるショパンとリストという、亀井曰く「作曲のスタイルは違うけれど、共通するところもある」二人の作曲家たち。
冒頭で演奏されたのは、ショパンの「ワルツOp.34」。第1番では一音目から豊かな音で耳を惹きつけ、勇壮さを感じるタッチで力強くワルツのリズムを刻んでいく。第2曲では哀しくも前に進む意志を感じ、また第3曲ではさまざまなタッチでメリハリをつけた表現が印象に残った。
(C)Junichiro Matsuo
ここでマイクをとった亀井は、「10月からはドイツで学び、年明けはパリで過ごして、自分の音楽に向き合う時間を送ってきた」と、留学生活について紹介。また今日のプログラムは「いろいろな感情を追体験できる作品。みなさんと一緒にそれらを感じることができたら」と話して、ショパン晩年の名作「舟歌」の演奏へと移る。
集中するようにしばし時間をとって弾き始められたのは、角の取れた丸い音で、穏やかな船出を感じる表現。細やかにテンポを揺らしながら、ロマンティックな世界を創造していった。
再び切り替えるための間を置いて演奏されたのは、リストの「ダンテを読んで」。クリアなタッチを生かした、慎重かつ丁寧に歩を進めていく音楽作りが印象的だった。ダイナミックなフィナーレに向かって音楽が膨らみ、輝かしさを増して、華やぎとともに閉じられた。
(C)Junichiro Matsuo
前半からボリュームたっぷりのプログラムだったが、亀井の後半冒頭のトークによれば、「前半で体力を使い果たすくらいだったというのに、休憩中も練習してしまったので、体力が戻っていません」とのこと! 体力が戻っていないなどというのはもちろん冗談だろうから、つまりそれほどの余裕があるということで、底なしのスタミナのあるピアニストだということを感じる。
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後半のプログラムについては、「ショパンとリストがオペラから主題をとって書いた作品。ショパンはオペラ作品の美しさが伝わる形、リストは主題を用いながらあらゆるものをつめこんだ形になっている」と、亀井がその違いについて解説。
そしてまず演奏されたのは、ショパンの「『ドン・ジョヴァンニ』のお手をどうぞの主題による変奏曲」。
モーツァルトの主題を気品高く歌わせて始め、変奏ごとに巧みにタッチを変えながら、さまざまな表情を見せる。ショパンが若き日の作品ですでにどれほど“進んで”いたかを教えてくれた。
(C)Junichiro Matsuo
一方のベッリーニ=リスト「『ノルマ』の回想」は、亀井が長年弾きこんできた得意レパートリーだけあって、冒頭から自由自在の表現。歌うようなあたたかい声と、キラキラしたサウンドをうまく織り交ぜながら、起伏に富んだドラマを描く。全身のパワーを込めて音を打ち鳴らしたフィナーレを迎えると、客席はスタンディングオベーションとなった。
そんな中で弾かれたアンコールの1曲目は、ヒートアップした空気を落ち着けるような、ショパンの「マズルカOp.59-1」。「ノルマ」の完全燃焼の直後で、肩の力の抜けた音が、マズルカの親密さを感じさせる。
亀井は「最高の響きのサントリーホールで気持ちよく演奏できた」と話し、続けてこちらも十八番レパートリーであるリスト「ラ・カンパネラ」。遊び心、哀愁、愛らしさと、さまざまな表情を自在に打ち出しながら、安定の輝かしい音楽を客席に届けた。
(C)Junichiro Matsuo
鳴り止まない熱い拍手に応えて、亀井がアンコール3曲目にショパンの「英雄ポロネーズ」を弾くと伝えると、客席からは喜びの歓声が。折り目正しく、堂々とした期待通りの演奏に客席は総立ちとなり、喜びにあふれた雰囲気の中、コンサートは終演を迎えた。
海外での研鑽を始めて、新しいタッチ、新しい表現などさまざまなものにトライしているらしいことが感じられたリサイタル。この若いピアニストが、次の公演ではまた変化を遂げているであろうことも予感させる一夜だった。
(C)Junichiro Matsuo
取材・文=高坂はる香