藤井隆
藤井隆が2014年に設立した音楽レーベルSLENDERIE RECORD。これまでに藤井隆のソロ作の他、藤井隆・レイザーラモン RG・椿鬼奴による音楽ユニットLike a Record round! round! round!、早見優、レイザーラモン RG、椿鬼奴、鈴木京香、伊礼彼方等様々な作品をリリースしてきた。今年10周年を迎えるSLENDERIE RECORDが、2024年5月17日(金)に満を持してリリースするのがフットボールアワー・後藤輝基が藤井隆全面プロデュースで放つカバーアルバム第2弾『ホイップ』。6月からはそんな自信作を携え藤井隆×後藤輝基の2マンツアー、さらに7月にはSLENDERIE RECORD10周年の感謝を込めてスペシャルなコンサートの開催も決定している。そんな充実した10周年を迎える藤井隆に、プロデューサーとして主催として、今の想いを存分に語ってもらった。
──藤井さんがSLENDERIE RECORDを設立したのが2014年9月。今年で10周年を迎えるわけですが、そもそもご自身でレーベルを立ち上げようと思ったきっかけはなんだったんでしょう?
僕は2000年にアンティノスレコードから歌手デビューさせていただいたんですけど、当時はいろんなテレビ番組やラジオ番組に出演したり、ポスターやポップにサインを何百枚も書いたり、有線放送にご挨拶回りをさせていただいたりと、スタッフの方がプロモーションの場をたくさん用意してくださっていたんです。テレビの仕事が終わってから夜遅くにレコード会社へ行くと、皆さん僕のことを歓迎してくださって、パンとかお寿司とか果物とかいろいろ用意してくださっている中でコメントを何十本も録ったりして……ご一緒したレコード会社のお兄さんお姉さんがみんなカッコよくて、そういった方々にお会いするのがうれしかったんですよね。今思えば本当に贅沢なんですけど、実際に人様の前で歌ったりするのは照れくさかったりしましたが、それでもいろいろ鍛えていただいたし、いい経験をたくさんさせていただいた。そこからしばらく音楽活動をしなくなって、自分なりのペースで仕事を続けていたんですけど、心のどこかには常に「あのときの音楽活動は楽しかったな」という気持ちが存在していて。で、あるときに椿鬼奴さんとレイザーラモンRGさんとカラオケで洋楽を歌うイベントを立ち上げたんですけど、RGさんと椿さんが本当に楽しそうに歌うんですね。そんなおふたりの姿がちょっと衝撃で。
──人前で歌うことに対して照れくさかった藤井さんにとっては、おふたりの素直さが驚きだったと。
はい。で、ちょっと脱線しますけど、僕にとっては吉本興業という会社は劇場だけじゃなくて、レコード部門や出版、流通、BSチャンネルを持っていたりすることが自慢なんですよ。そんな会社に、僕は10数年前に恵まれた場所を作っていただいて、いい経験をたくさんさせてもらったのに「照れくさかった」だけで終わっちゃうのはちょっと勿体ないと思って。だったら、できる範囲は限られていますけど、もう一度自分のリリースとか自分が歌ってほしいと思う人に曲をご用意するとか……もちろん、あの当時のような予算感でのプロモーションとか楽曲作りというのはなかなかできないですけど、心意気だけはそれを実現できるようにやってみたいなと思い、弊社の音楽部門に相談して立ち上げてもらったのが『SLENDERIE RECORD』なんです。
──身近にそういうことができる環境があったことが、一歩踏み出す勇気につながったんですね。
そういう恵まれた環境は、すごく大きかったと思います。でも、会社の人たちは当たり前のように、僕のシングルとかアルバムとかを作るところから始まると思っていたみたいなんですけど、僕はまず自分のことよりも椿さんとRGさんに歌ってほしいなと考えていました。
──それがKOJI1200「ナウ・ロマンティック」のカバーにつながると。
そうです。これまでも(西川)きよし師匠とかザ・ぼんち師匠とか、(明石家)さんま師匠とかダウンタウンさんとか諸先輩方が歌ってきました。最初に「困ったなぁ」から始まった僕の音楽活動において、常に「頑張ろう」と思えたのは単に歌うことが好きなだけでなく、そういう吉本の芸人さんたちのリリースも大きくて。そんな中で、いつも僕の中で気になっていたのが、今田耕司さんがKOJI 1200名義で発表した「ナウ・ロマンティック」だったんです。それは(プロデュースを手がけた)TOWA TEIさんの存在はもちろんですけど、〈いまだはNow Romantic〉っていう歌詞も大きくて、ずっとこの曲に憧れていたんですね。ただ、それは「ナウ・ロマンティック」を歌いたいということではなかったんですけど、椿さんとRGさんが一緒なら歌いたいなと思うようになったんです。
藤井隆
──それはプロデューサー目線、それとも単にファンとしておふたりに歌ってほしいという目線だったんでしょうか。
どっちもですね。僕が本当の意味でプロデューサーになれていないのは、自分が好きな人にしか興味が向かないから。例えば「自分が好きな人に歌っていただきたい、そのためにはどうしたらいいんだろう」とか「それは新曲なのかカバーなのか、アルバムなのかシングルなのか」とか、そういうことを考えるのは大好きなんですけど、「この新人を売っていきましょう」とはならない。自分が好きな人に対して、頭の中にあるライブラリーからその人に合うものを見つけたりするしか術がなくて、本当の意味でゼロからってやっぱりできていないと思うんですよね。だから、椿さんとRGさんと3人で「ナウ・ロマンティック」を歌いたいという初期衝動がまずあって、そこに(カバーバージョンのアレンジを担当した)tofubeatsさんに引き受けていただけたことで形にすることができた。「ナウ・ロマンティック」はtofubeatsさんも愛してやまない曲ですし、そういうカバーのもとにこのメンバーが集まることができたのは本当に幸せでしたし、今田さんも「いいよ!」ってカバーを快諾してくださったのもすごくうれしかったですし。本当にこの曲からSLENDERIE RECORDというレーベルを始められてよかったと思っています。
──所属するアーティストも芸人さんのみならず女優さんもいたり、それこそ早見優さんみたいに一時代を築いたシンガーもいたりと、クセが強い方が揃っています。レーベルの特色はどこまで意識していますか?
(RHYMESTERの)宇多丸さんが「SLENDERIE RECORDはダンスミュージックレーベルですよね」って最初に確認してくださったことが、僕の中ではすごく大きくて。僕は歌謡曲も好きですしピアノ曲も好きなんですけど、宇多丸さんと好きな音楽についてお話をしたときに「じゃあ藤井さんが作るレーベルは、ダンスミュージックレーベルですね」と言ってもらってパッと目が覚めたというか。何か迷ったときにはダンスミュージックを選択するってことを宇多丸さんに教えていただいた気がします。それこそ伊礼彼方さんは舞台俳優さんで、歌っているのもミュージカルナンバーですから、厳密にはダンスミュージックではないかもしれない。でも、「これもダンスミュージックのひとつです!」みたいに言ったもん勝ちみたいなところもあるので(笑)、それぐらい幅を広く待ち受けているレーベルにしておきたいです。
──個人的には2022年にリリースされた後藤輝基さんのアルバム『マカロワ』に、当時大きな衝撃を受けたんですよ。
えーっ、本当ですか? ありがとうございます。後藤くんとは大阪で20年以上レギュラー番組でご一緒していて、お互いにずいぶん若い頃から知っているんですけど、本当に頼りになる存在で。それは後藤くんのみならず、のんちゃん(岩尾望)もそうですし、フットボールアワーの2人がいてくれたらどんな状況になっても全然大丈夫で心強いんですね。で、あるときに後藤くんとごはんに行って、その流れでカラオケにも行ったんですけど、彼はBLANKEY JET CITYとか長渕剛さんが好きだから歌ってくれるのかなと思っていたら、原田真二さんの「キャンディ」を歌ってくれて。「なんで? どうして?」って聞いたら、彼にはお姉ちゃんが2人いて、上のお姉ちゃんの音楽の影響が強いそうなんです。その「キャンディ」がすごく良くて、ずっと頭に残っていたことが大きなポイントで。
──なるほど。
その後、2020年に『SLENDERIE ideal』というレーベルのオムニバスアルバムを作ったときに、後藤くんにも1曲歌ってほしくて。オリジナル曲という選択肢もあったんですけど、それはすでに佐久間(宣行)さんと一緒に『ゴッドタン』でやっている。それは最高に面白いことをテレビ番組でやっているので、後藤くんがギターを持って歌うことを、僕がSLENDERIEでやってくださいっていうのは全然違うと考えました。それでも『SLENDERIE ideal』で歌ってほしいから、カバーだったら歌ってもらえるのかなと。もちろん「キャンディ」の選択肢もあったんですけど、後藤くんの色気を感じてもらえるようにと一人称が〈あたし/わたし〉の女性主人公の曲にしたくて。それで選んだのが、本田美奈子さんの「悲しみSWING」だったんです。
──それが、のちの『マカロワ』につながったと。このアルバムに収録されたカバーも、女性シンガーの楽曲中心でしたよね。
伊藤銀次さんの「こぬか雨」はありますけど、僕がこの曲に出会ったのはEPOさんのバージョンだったので、そういう意味では全部女性が主人公の楽曲ですよね。僕はピアノで作られたであろう音楽のほうが好みなんですけど、『マカロワ』で選んだ6曲はギタリストが作っている歌ばっかりだったんですよ。本当に後藤くんのことを考えたんだなって、そこで証拠を掴めた気がしました。
──プロデューサーとしての藤井さんの采配が、改めてすごいなと実感した1枚です。
ありがとうございます。本当にそれはうれしいです。リリース当時もお話させていただいたんですけど、やっぱり後藤くん……のんちゃんを含めたフットボールアワーはキャーって言われて楽屋の入り待ち出待ちをされていたような人たちなので、当時のファンの方々にもう一度楽屋口に集まってもらうつもりで手に取っていただいて、「後藤さん好き」とか「後藤さん好きだったな」とかこの1枚を通じて思い出していただきたかったですし、艶っぽいんだけどちょっとだけ悲しそうだったり寂しそに歌っている後藤くんを聴いていただきたかったんですよ。そういうことは特に心がけたと思っています。
藤井隆
──そこから2年を経て、今年の5月17日にはカバーアルバム第2弾『ホイップ』が発売になります。今回も選曲がすごいですね!
あ、本当ですか? ありがとうございます! 僕は『マカロワ』で後藤くんのことを精一杯考えて、すべて出し切れたと思っていて。それは作品のみならず、ライブも含めて。参加したミュージシャンの皆さんも「本当に楽しかった!」と言ってくださったんですよ、僕がヤキモチを焼くぐらいに(笑)。なので、これは絶対にもう一度やりたいなと。もちろん『マカロワ』をもう一回やってもいいんですけど、それよりはまた新譜を作ってみたかったし、気づいたらステージで歌っている後藤くんをイメージしながら選曲している自分がもうそこにいたんです。
──今回は打って変わって男性アーティストの楽曲で占められています。
後藤くんの色気をしっかり感じてもらったあとなので、今回は目をハートマークにしてストレートに「後藤さん大好きです!」と思ってもらえるような内容にしたくて、こういう選曲になりました。
──藤井さんが後藤さんのことを一生懸命考えた結果、この内容になった。カバーであろうがオリジナル曲であろうが、結果として本作は後藤さんのための“新作”には変わりありませんものね。その作品のサウンドプロデュースを、ONIGAWARAの⻫藤伸也さんが担当しています。
ずいぶん前に、振付演出家の竹中夏海先生を通じてお会いしたのが最初でしたが、堂島孝平さんの曲をいくつかアレンジしていたのがすごく素敵で。それで『SLENDERIE ideal』のときにRGさんの「アクアマリンのままでいて」のアレンジをお願いしたんですが、パーフェクトな仕上がりだったんですよ。こちらのリクエストをめちゃくちゃ聞いてくれて、「ここは絶対にこうですね!」というところは外さない。本当に楽しくお仕事させていただいたので、いつかもう一度と思っていたんです。で、今回『ホイップ』を制作する際、『マカロワ』は3人のギタリストの方(澤部渡、奥田健介、KASHIF)に2曲ずつアレンジしていただいたところを、今回は最初からコンサートを視野に入れていたので統一感を作りたいと考えた。そこで斉藤さんにお願いしようと決めたんですが、実際最高でした!
──現時点では音を聴くことができていないので、今から本当に楽しみです。レーベル10周年という節目のタイミングに、後藤さんが再びアルバムを発表することとその内容が解禁されたら、前作以上に大きな話題になると思いますよ。
そうなってほしいですね。こういう取材のタイミングに、皆さん優しいから「レーベル10周年おめでとうございます!」と言ってくださいますけど、僕がレーベルをやっていることを知らない方のほうが断然多いですし、実際知られていないと思うんです。立場上、僕は別に歌わなくてもいい仕事ですから、「なんでそんなことをしているんですか?」っていう質問があって然るべきなんですけど、それでも僕はこの10年、自分の範囲の中で適当なことをしてこなかった。本当にスタッフにも恵まれていますし、もしかしたらもっと楽な方法もあったかもしれないけど、写真を撮るとなれば一緒にロケハンに行き、衣装を先に見せてもらい、髪型はこうですとか本当にやり取りが多い(笑)。夜中に連絡することも多いですし、よく付き合ってくださっているなと思います。それこそ斉藤さんにも「入り口の1音、おかしくないですか?」とか「なんであの1音なくなったんですか? 戻してください」とか、仮ミックスの段階でも本当にたくさんお時間をいただいたりする。もちろん預けるところはしっかり預けているんですけど、「ここは絶対なんです!」というところはがむしゃらに食いついていくんですよ。そんなことを10年続けていたら、なんとかここまでたどり着けました。口で言うのは簡単ですけど、これからもテレビの仕事や舞台の仕事同様にきちんとやりたいです。もちろん、この先に控えているツアーもちゃんと成功させたいですし、なにより大好きな後藤くんと一緒に回れることが本当にうれしいんです。
藤井隆
──その『後藤輝基“ホイップ”ツアー2024 plus 藤井隆!』は6月9日からスタートしますが、どんな内容になりそうですか?
チケットを買おうかどうか迷いながら、今この記事を呼んでくださっている方もいると思います。まず、この記事を読んでいただいて本当にありがとうございます。僕が今まで対バンに呼んでいただくときは、僕のために枠を作っていただくことが多かったんですけど、今回もそういう形がいいのか、それともミックスしたほうがいいのか、まずそこで迷いました。でも結果着地点としては、後藤くんを前面に打ち出しての「plus藤井隆」という内容になると思います。僕のことを支えてくれている人は「いやいや、勿体ない! せっかくなんだから、あなたも歌いなさいよ!」と言ってくれるので、じゃあ僕も歌わせていただこうかなと。ただ……歌以上に、めっちゃ喋りたいんですよ! だから、お喋りの時間を増やして自分の歌を削る気もするんですよね(笑)。
──(笑)。さらに、ツアーファイナル翌日の7月27日にはレーベル10周年記念イベントも開催されます。
これはもう、すべてはミュージシャンの皆さんが大変の一言に尽きるんですけど(笑)、「それでもいいですよ」とおっしゃってくださったので、存分に甘えようと思っています。出演者が本当に豪華なので、絶対に楽しいはずです! あと、現段階で言えない方もいるんですけど……僕、「and more」って書き方に対してはいつも「なんやねん、偉そうな書き方だな!」って思うんですよ(笑)。ただ、こればかりはいろんな事情があるのでしょうがないんですけど、こんなにニヤニヤする「and more」はかつてないんじゃないかな。RGさんじゃないですけど、早く言いたいです(笑)。あと、個人的には川島明くんがいてくれているのが本当にうれしいです。川島くん、本当に忙しいじゃないですか。こないだ、博多華丸・大吉さんの『華大どんたく』というイベントがあって(※2月10日、福岡PayPayドームで開催)、そのとき朝空港でね、川島くんとばったり会ったんですよ。そこでSLENDERIEのイベントの話になっていろいろ相談したら、いろんなことが「いいですよ!」となって。また負担をかけてしまうんですけど、やってくれると言ってくれたから甘えようと思います。かつて、『SLENDERIE ideal』のために神田沙也加ちゃんが「where are you」という曲の歌詞を書いてくださったんですが、僕は本当にいいものを作れたなと思っていて。あの曲をもう一度川島くんに歌っていただきたいなと思っているので、川島くんのファンの皆さんにも絶対に来ていただきたいです。あとは、tofubeatsさんがなぜいてくださるのかというところまで、いろいろ想像をめぐらせていただけたらと思い願ってます。
──ここまでお話を聞いて、藤井さんが一つひとつのことに対してちゃんと責任を持って向き合ってきたから、その丁寧さがいろんな人たちに伝わって、ここまで支持されてきたんだろうなと実感しました。
恐縮です。でも、それって当たり前のことじゃないですか。意地悪な見方をすると、「プロデュースといっても名前貸しだろ」とか言う人もいるんですよ。でも、実際にんはみんな寝る間も惜しんでやっているし、今の時代そんなインチキをやっていたらすぐバレる。ましてや、僕が歌手デビューした頃とは業界の状況も異なる中で、自ら「レーベルをやりたいです!」と手を上げたわけで、付き合わされている人は本当に大変だと思うんですけど、それでもニコニコと集まってくださる。僕が全部に口を出したり目を通したり、それこそ映像編集の1コマ1コマにまで口を出すことを許してもらえるのは、自分がやりたいからというのはもちろんあるけど、それを良しとしてくれている人たちがそばにいてくれるから。本当にスタッフに恵まれていると思いますし、それこそがこの10年における一番の宝物です。もちろん……例えば「お前の歌なんて、誰が聴くねん」とか言われたり書かれたりしたこともありました。昔は残念だな、寂しいな、悔しいなと思ったんですけど、最近は自分もだいぶオッサンになったのか(笑)、そんなネガティブな意見よりも「いいですね!」と言ってくださるポジティブな言葉が断然、馬力になるんですよね。然るべき方々が「これはいいですね!」と言ってくださる。ライターの方とか音楽と真摯に向き合っている方々、音楽のお仕事をされている方々が評価してくださることが、こんなに馬力になるんだと思いましたし、何よりCDを買ってくださったりライブ会場に来てくださったり、「聴いてます!」と言ってくださる方がいることが本当に馬力になるので、そういう方をひとりでも増やしていきたくて。「細く長く続けていきたいから」という理由でレーベル名に「SLENDERIE」という言葉を選びましたが、次は15年を目指すとかそういうことではなく、やめないということをひとつ目標に頑張りたいと思っています。
取材・文=西廣智一 撮影=大塚秀美
藤井隆