『AfterBirth』展示風景
新ギャラリー×新進気鋭アーティスト
アニメーション表現を軸として多彩なフィールドで活躍するアーティスト・ninaによる初個展『AfterBirth』が、2024年3月14日(木)から4月21日(日)まで開催中だ。会場は、東京・神保町に新しくオープンしたギャラリー、その名も「New Gallery」。生まれたてのギャラリー×気鋭のアーティストの初個展という組み合わせには、心を躍らさずにはいられない。本記事では開幕に先駆けて開催された内覧会の写真とともに、作家本人の言葉も織り交ぜてその見どころを紹介していく。
New Gallery外観 写真=中川周
New Gallery内観 写真=中川周
昨年11月まで「藍にいな」というアーティストネームで活動していたnina。彼女が2019年に手掛けたYOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」のMVは、現時点(2024年3月)でYouTubeにて2.7億回以上再生されている。そのMVやジャケットイラストを目にしたことがある人は多いのではないだろうか。
けれど、「YOASOBIのMVの人」「ネットで見たことがある」と思ってギャラリーに足を運ぶと、きっといい意味で裏切られるだろう。来場者を待っているのは、油彩やドローイング、デジタルディスプレイを使った作品に立体作品と、様々なメディアを用いたおよそ30点。画面越しに見るのとは明らかに違った、作家の揺らぎや執着といった“生”っぽさを直に感じさせる作品たちだ。
置き去りになった生の感覚
個展タイトルである『AfterBirth』は、医学用語の「後産(あとざん:分娩したあと、胎盤などが排出されること。 また、その排出されたもの)」を指すのだ、とninaは語る。胎盤とは受精卵から形成される、胎児の身体の一部だ。もともと自分だったはずの身体の重要な一部が、生まれ出たときにはもう分離して自分ではなくなっている。言われてみればそれはすごく、ヘンな感じがする。不便があるわけでもないし、喪失感なんて大袈裟なものでもないけれど。“かつて自分だったもの”を見つめるその距離感に、作家自身の表現したいものが重なったのだという。それが、「身体を忘れたくない」という思いだ。
nina《AfterBirth》2024年
ninaはアーティストステートメントで「日々、機械に依存し、情報の洪水に押し流されながらも自己を拡張し続ける日々の中で、私は人としての軸を失いかけていると感じていました。このまま自己を拡張し続ければ、いつか軸も本能も全てを忘れ、霧のように消えていってしまうのではないか、そんな恐怖がずっと胸の中にありました」と言葉にしている。
nina《AfterBirth》2024年
本展示の女の子たちは手を伸ばし、身をくっつけ合う。ただじゃれあっているのではなく、それは互いの温度や匂い、存在の真偽を確かめるための切実な行為なのだろう。周りにうねっている赤いブヨブヨしたものは、nina曰く「これは、内臓ですね」とのこと。本来見えないはずの、肚に収めているべきモノが剥き出しになって、少女たちを圧迫している。これらの内臓は周りに漂う他者の悪意や欲望と捉えることもできるし、また彼女たち自身のものと捉えることもできるだろう。
デジタルコミュニケーションの澱
nina《Shelter-After-Birth》2024年
小柄な少女くらいの大きさの立体作品《Shelter-After-Birth》は、ネットのしがらみや、どこかの誰かの評価などに塗れて身動きが取れない“飛べなくなった天使”の姿だ。ベトッと得体の知れないものを被っているのは不愉快そうにしか見えないが、近くで見ると、まとわりつくヘドロのようなパーツは、粒子の細かいラメの入った塗料で仕上げられていて美しい。「SNSやネットってキラキラしてるじゃないですか」というninaの言葉とともに、強く印象に残る作品だった。この天使がデジタルのコミュニケーションを振り払い、いつか閉じこもった部屋から出られますように……。
息遣いを感じるドローイングたち
『AfterBirth』展示風景
会場内にはninaによるドローイング作品も多数展示されている。販売もされているそうなので、心に響いた作品をコレクションにお迎えすることも可能だ。
nina《Drawing》2024年 ほか
感情が溢れたような、破顔の女の子が可愛くて目を奪われる。緊張感ある表情の女の子が多い中で、そういえば人はこんな無防備な笑い方もするんだ……とハッとさせられた。
nina《Drawing》2024年
昔からスケッチブックと鉛筆でのドローイングを制作してきたというnina。鉛筆は鑑賞者にとっても身近なメディアだからこそ、作家の手の動きや執着しているポイントを想像しやすい。気になる作品の前でじっくり時間をとって、心を重ねてみるのも一興だ。
鮮やかな油彩の力
ninaに、開催にあたって苦労した点・特に印象深い作品を尋ねてみたところ、3点の油彩作品を挙げてくれた。
左から:《Porous hu/man》、《Mass of Mad》、《Twin Hedoro》いずれも2024年
実はこれまで油彩画の制作は未経験だったそうで、今回の初個展のために油彩画技法を習得したのだという。3作品の端正な画面からは想像もできない告白に、大きな衝撃を受けた。新しい表現手段に手応えを感じ、今後も折に触れ制作を続けていきたいとninaは語る。
nina《Mass of Mad》2024年
油絵具の粘度の高さは、赤色が呼び起こすイメージを強力に裏打ちする。特にこの1枚が好きだと伝えると、ninaは「最初に描いた一枚なんです」と顔を綻ばせた。
作品をあしらった限定アイテムも
グッズコーナー
会場内では作品の販売のほか、イラストカードセットなどのオリジナルグッズ、作品をあしらったアパレルアイテムなども多数ラインナップされている。
シルクスカーフ ¥27,500(税込)
数量限定のシルクスカーフは、箱にninaの直筆サインを入れて後日配送されるとのこと。《AfterBirth》の透明感あるカラーが見事に再現された注目アイテムだ。
新しい出会いの生まれる場所で
nina初個展『AfterBirth』は、2024年4月21日(日)まで、東京・神保町の「New Gallery」にて開催中。きっと、想像以上に生々しくも繊細な作品との出会いが待っている。
また本展がこけら落としとなる「New Gallery」は、アートにおける“新しさ”を問いかける実践空間として、これから多様な表現活動を発信していくという。同ギャラリーの今後のプログラムにも大いに期待したい。
文・写真=小杉 美香