あたらよ
滲み出るノスタルジーと悲しみ、どこかにあるはずの希望を含んだ歌、そして、楽曲で描かれる物語や感情を際立たせるバンドサウンド――。“悲しみをたべて育つバンド。”を掲げ、確実に注目度を上げている“あたらよ”。昨年8月に発表されたコンセプトアルバム『季億の箱』が高い評価を獲得し、今年に入ってからも「僕は…」(アニメ「僕の心のヤバイやつ」)、「光れ」(大塚製薬ポカリスエット“全日本高等学校・全日本中学校チアリーディング選手権大会”応援CM曲)などの話題曲を次々とリリースしている。あたらよの楽曲は台湾を中心にアジア圏でも多くのリスナーを魅了し、3月からは初のアジアツアー「Atarayo First Tour 2024」がスタート。バンドの現状とアジアツアーへの意気込みについて、ひとみ(Vo&Gt)、まーしー(Gt)、たけお(Ba)に聞いた。
――まずは今年に入ってからリリースされた楽曲について聞かせてください。「僕は…」はアニメ『僕の心のヤバイやつ』のオープニングテーマ。
ひとみ(Vo&Gt):とことん原作のコミックを読み込んで、そのうえで歌詞を書かせてもらいました。主人公の市川京太郎くんの視点から描いているので、私自身の感情はあえて入れないようにして。
――“僕ヤバ”のファンからは『「僕は…」の歌詞を書いたの、市川だろ』という意見もありました。
ひとみ:そうなんですよ(笑)。何周も原作を読んでから作ったので、そんなふうに言ってもらえてよかったです。制作としては、まーしーが基盤を作ってくれて。そのサウンドを聴いて、私がメロディを乗せました。
まーしー(Gt):こういう疾走感のあるサウンドはけっこう得意なんですよ。マンガを読んで感じたこと――“こんな青春を経験してみたかった”だったり――をもとにして作ったんですが、音にしやすい要素がありすぎて。すごく原作に感化されながら作ってましたね。
ひとみ:そうだね。
たけお(Ba):ベースに関しては、シンプルに「こんな感じがカッコいいだろうな」みたいな意識で作っていきました。
――音の部分でも、バンドと個性がしっかり出てますよね。“僕ヤバ”は、主人公の市川が陽キャの美少女・山田杏奈を好きになったことで、彼自身が変化していくストーリー。ひとみさんは“他者の影響を受けて自分が変わった”という経験はありますか?
ひとみ:原作を読んでいたときに思っていたのは、まさにそのことで。私は小さいときからすごい引っ込み思案で、目立つのが好きじゃなかったんです。このバンドをはじめたときも「顔出ししたくない」って言い張っていて。
まーしー・たけお:(笑)。
ひとみ:それくらい表に出るのが得意じゃなくて。レコーディングは大好きなんけど、人前で歌うことが怖すぎて、ライブが本当に嫌で……。最初のほうは生まれたての小鹿みたいに震えてました(笑)。
まーしー:あたらよの最初のライブは通っていた専門学校内のライブだったんですよ。「10月無口な君を忘れる」を演奏したんですけど、そのときもひとみは「出たくないよー!」言ってて。その動画、まだ持ってるんですよ。
ひとみ:(笑)しばらくはそんな感じだったんですけど、メンバーがいてくれたり、スタッフの方に「こういう心持ちでライブをやってみたら?」とアドバイスしてもらったり。みんなの影響を受けながら、徐々に徐々に自分のなかのライブに対する考え方が変わってきたんですよ。本当にライブが苦手だったんですけど、最近はちょっと楽しめるようになってきて。“周りの人たちから影響を受けて、成長する”というのは“僕ヤバ”にも共通していると思うし、自分自身も共感できましたね。
まーしー:最近はライブでも煽ったりするし、MCもすごくいい感じで。本当に変わってきたと思います。
ひとみ:ちょっとずつね(笑)。
ひとみ(Vo&Gt)
――そして「光れ」はポジティブな光りに溢れたアッパーチューンです。
ひとみ:これもタイアップのために描きおろしさせていただいたんです。チアリーディングをがんばっている子たちを応援する、彼女たちの背中を押してあげられるような曲ですね。自分の内側からこういう感情が出てくるのか?と言えば、おそらくは出て来なくて(笑)。自発的にポジティブな歌詞を書くことって、ほとんどないんですよ。
――タイアップや主題歌などのオファーがあったから生まれた楽曲なんですね。
ひとみ:そうですね。テーマをいただければいろんな曲が書けるタイプなのかもしれないです。
まーしー:サウンドに関しては、爽やかさのなかに泥臭い感じも欲しくて。高校生のチアリーダーの皆さんががんばっている姿を想像しながら作っていました。
たけお:「光れ」はかなりゴリゴリに弾いてますね。ベースで楽曲を支えるというイメージもあって。
――すごく骨太なベースですよね。ちなみにメンバーのみなさんの中学、高校の頃は青春っぽい時間を過ごしてました?
ひとみ:すごく青春でしたね。私、バレーボール部のキャプテンだったんですよ。ライブと同じで、試合の前は「帰りたい」って言ってたんですけどね(笑)。副キャプテンがすごくしっかりした子だったので、助けられてました。「そんなこと言ってないで、走るよ!」みたいなことを言われ(笑)。
――当時から性格が変わってないのかも……。
ひとみ:そうですね(笑)。試合開始の笛がなったら、覚悟が決まるんですけどね。ライブの場合はステージに立って、ギターを持ったときかな。「やるしかない」って。
まーしー:ははは(笑)。
ひとみ:なので高校時代は、仲間と一緒にがんばったり、悔しくて流す涙も経験があって。「光れ」を作っているときも、(チアリーディングをがんばる生徒たちに)「わかるよ」と思っていました。
まーしー:僕は中学まで野球をやってたんですけど、高校のときは帰宅部で。ひたすらギターを弾いて、友達とコピーバンドを組んで、それが超楽しかったんです。僕の青春はその時期ですね。
たけお:僕はぜんぜん青春らしいことはやってないですね。ベースは弾いてましたけど、何かをがんばっていたわけでもなくて。
ひとみ:そんなことないでしょ(笑)。
たけお:高3のときに音楽の専門学校に行くことを決めてからですね、ちょっとずつがんばりはじめたのは。
あたらよ
今年は大事な年だと思っています、自分たちもすごく期待している
――ライブに対するスタンスについても聞かせてください。ひとみさんは少しずつライブに積極的になってきたそうですが、まーしーさん、たけおさんはどうですか?
まーしー:以前よりもしっかりお客さんに伝えられている気がします。最初は演奏するだけで精一杯だったんですけど、最近はライブのなかでいきなりアレンジしてみたり、自分たちも楽しむことを意識するようになって。
たけお:いまもライブ前は緊張しますけどね。
ひとみ:そうだよね。
――あたらよがデビューした時期はまさにコロナ禍で。ライブもぜんぜん出来なかった影響もあるのでは?
ひとみ:すごくありますね、それは。最初のワンマンライブは2021年9月だったんですが、ライブの経験値があまりにもなさすぎて、すごく苦戦してしまって。
まーしー:何にもできなかったです。
ひとみ:それまではほとんどお客さんがいないライブハウスでやっていたんですよ。最初のワンマンのときは100人以上の人が目の前にいて、その圧に押しつぶされそうになって。震えが止まらなくて大変でした。
――ライブが楽しくなってきたのは、いつ頃ですか?
ひとみ:1stツアーのファイナルかな。東名阪ツアーで最後は名古屋だったんですけど、その前の2公演のおかげもあって、ちょっとだけ余裕があって。「出たくない」という感じは克服しつつあります(笑)。ただ、フェスはいまだに怖いですけどね……。ちょっと試されているような気がして。
まーしー(Gt)
――そして3月から6月にかけて初のアジアツアー「Atarayo First Asia Tour 2024」が開催されます。昨年、イベント(「ISLAND's LA RUE Music&Arts Festival」)出演のために訪れた台湾をはじめ、中国の広州、上海、杭州、東京を回るツアーですが、アジアでのあたらよの人気ぶりを実感することはありますか?
ひとみ:去年の台湾のイベントの経験も大きいですけど、その前からYouTubeやSNSにアジアの方々からたくさんコメントを送ってもらってたんです。翻訳機能を使って読んでみると、「あたらよの曲が好きです」「あなたたちのことを待ってます。私の国に来てライブしてください」という声がすごく多くて。日本以外の国のみなさんに聴いてもらえているんだなって。
まーしー:本当にコメントの数が多いから、ビックリしてます。「なんでそんなに届いてるんだろう?」って不思議ですね(笑)。
ひとみ:そうなんですよね。台湾のフェスに出たことをきっかけに知ってもらえたのではなくて、その前から聴いてもらえていたので。楽曲の力だけで広がっていったのかなと思ってます。
まーしー:ぜんぜん予想してなかったことだし、夢がありますね。
たけお:僕も(アジア圏のリスナーからの)コメントは見てたんですけど、去年、台湾のイベントのステージに立って「こんなにたくさんの人が待ってくれてたんだな」と実感しました。歓声がとにかくすごくて。
ひとみ:本当にすごかった。ビックリしたのが、台湾の方が日本語で歌ってくれるんですよ。私、ある曲で歌詞を忘れてしまって。ちょっとパニクってたら、会場に来てくれたファンの方々が合唱してくれて。台湾のみなさんに日本語の歌詞を教えていただく日がくるとは……って、すごく印象に残ってます。
まーしー:特定の曲だけではなくて、全部歌えるんですよ。歌ってくれてる姿もよく見えたし、アンコールを求める声もめちゃくちゃ鳴り響いて。イベントだったからアンコールはできなかったんですけど、すごく嬉しかったですね。
――アジアの音楽ファンの志向と、あたらよの音楽性がリンクしているんでしょうね。切ないメロディだったり、どこか情緒的な雰囲気だったり。
ひとみ:そうかもしれないですね。たとえば「夏霞」もすごく聴かれていて。イベントで演奏したときも、イントロが始まった瞬間に歓声が起きたんですよ。コメントを読んでると、メロディや私の声を評価してくれてる方が多くて。日本に興味を持っている方だと、日本語特有の響きや言い回しが好きということもあるみたいです。
たけお(Ba)
――今回のアジアツアーでも、台湾公演は2日間行われます。
まーしー:最初は1日だけの予定だったんですけど、「もっとやってほしい」という声をたくさんいただいて、急遽2daysになったんですよ。しかも(チケットは)即完売で。……すごいです(笑)。
ひとみ:それでも「チケットが足りない」「台北アリーナでやって」という声もあって。本当にありがたいですね。中国の公演もそうですけど、あたらよを初めて観るという方もたくさんいらっしゃると思うので、今の私たちをしっかり見せたいですね。ヘンにカッコつけたりしないで、私たちがバンドをはじめた頃の気持ちを持ってライブをやろうと思っています。
たけお:原点回帰みたいな気持ちもありますね。そのうえでいつも通りのあたらよをお届けできたらいいなと。
まーしー:1000人規模のワンマン自体が初めてなので、気合いを入れて準備したいですね。(リハーサルの)スタジオからしっかり気持ちを作って。
ひとみ:そうだね。
――2024年はあたらよにとって、大きなステップアップの年になりそうですね。
ひとみ:すごく大事な年だと思っています。今年の7月で結成5周年になるんですよ。ここ1~2年はいろんなチャレンジをしてきて、元気な歌詞にチャレンジしてみたり、タイアップなどもやらせてもらって。それもすごくいい経験になってるんですけど、今年は1回原点に立ち戻って、結成当初に作っていたような曲、もともと私たちがやりたいと思っていたことを世の中に出していきたいんですよね。
――悲しさ、切なさを表現した楽曲をもう一度突き詰めてみたい、と?
ひとみ:そうですね。自分の中から湧き出てくる感情をもとにして曲作りをしてみたくて。初期の頃のデモ曲を引っ張り出してきて、それを形にすることにも挑戦したいです。
たけお:結成した頃のことを思い出しつつやっていけたらなと。
まーしー:うん。今年のあたらよに対しては、自分たちもすごく期待しているというか。アジアツアーもそうだし、「JAPAN JAM」もあるので、もっともっといろんな方に知ってもらえるような年にしたいですね。
取材・文=森朋之 撮影=大橋祐希
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あたらよ「僕は…」