2023年9月の浜離宮朝日ホールにつづき、2024年2月の紀尾井ホールとフェニックス・ホールの初ツアーも完売した、注目のYouTuberピアニストのBudo。サントリーホールでのソロ・リサイタルも本年8月に開催を発表し、売切れも間近である。
ショパンの名曲やリスト「ラ・カンパネラ」、ベートーヴェンの「月光」など、人生のどこかで一度は聴いたことがある、クラシック音楽の超絶技巧曲をストリートピアノで演奏する動画は高い人気を博している。長髪のカジュアルなルックスで、「ごきげんよう」から始まる独自の世界観、その見た目に反して桐朋学園大学卒業という確かなピアノの実力も人気の理由のひとつだろう。
2月に行われた紀尾井ホールとフェニックス・ホールでのコンサートの模様をレポートする。
バックサイドで括った長髪をなびかせながら颯爽と登場すると、冒頭一音目から驚かされる。本来はピアニッシモで密やかにスタートする、ベートーヴェンの月光ソナタ第1楽章の低音2音、真逆なフォルテッシモな音圧で、ホールに響き渡る。それを合図としたかのように、照明がBudoにフォーカスされて、聴衆は一気にBudoの音楽世界へと引き込まれる。独自で自由な「月光」の演奏が響く。弾き終えると万雷の拍手の中、「ごきげんよう!」のいつもの挨拶だ。ホールでのピアノの選定で、この曲を弾きたくなったと語りながら、800人のホールが満員になっていることへの感謝の気持ちを伝えた。
今回のコンサートの裏テーマが「LOVE」であることを述べ、ベートーヴェンがたくさん恋愛をしていた時期に書いたのが「月光」であることを紹介した。ベートーヴェンのピアノ音楽の中でももっとも熱量が高い、このソナタの第3楽章を取り出して第2楽章を飛ばして弾くという、クラシックの常識を打ち破る「展開」にますます会場のボルテージは高まった。「月光」の第3楽章を弾き終わると、「曲がかっけ~」と、今弾いた音楽への愛に溢れた呟きがMCマイクから漏れてくる。
ショパンの「別れの曲」について、ショパン自身が「僕はこんな美しいメロディーを書いたことがない」と語っていたというエピソードを紹介しながら、演奏に入る。第1部はリストの「ラ・カンパネラ」とシューベルト=リストの「魔王」の2曲で締める。
MCでは、YouTube配信で見せるままの、自然体のBudoの姿に親しみが沸くと同時に、その言葉にも共感させられる。どの曲もひとつひとつ終わるたびに、音楽への愛と共感を滲ませながら、言葉を紡いでいく。そのことが大昔の音楽を聴いているという感覚を忘れさせ、いまこの場で作られた新しいポップ・ソングのようにクラシック音楽が活き活きと響いてくる。ベートーヴェンの「月光」やショパンの名曲やリストの「ラ・カンパネラ」といったピアノ音楽を、ラブソングを聴く気分で聴かせてくれるのだ。グッズへのこだわりやロゴのモンドリアン風デザインの説明も楽しい。あっという間に前半最後のシューベルト/リスト「魔王」を聴き終えていた。この曲は体格のいい彼の力強いプレイが活きる楽曲で、右手の八分音符の連打が、先を急ぐ馬車の姿をよく表現していた。
後半は、ショパンの中でももっともよく弾かれる楽曲「幻想即興曲」から始まった。曲が終わると「最高ですね」そんな風に場の空気を感じながら漏らす言葉や語り口が、ロックミュージシャンの空気すら感じさせてくれる。
ますます会場のボルテージは高まり、ショパンの「スケルツォ第1番」や「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」で頂点に達した。リスト「愛の夢」の演奏の前のMCで、Budoは一旦諦めたクラシック・ピアニストのキャリアに再挑戦するきっかけとなった、カナダでのエピソードについて触れ、その時に恩人マリーからプレゼントされたリストの楽譜を手元において、演奏を始めた。本公演のハイライト・シーンだったと言えよう。今日も気がつくと、万雷の拍手の中、Budoがステージ袖へ去っていく後姿をぼうっと眺めていた。本当に文字通りあっという間の2時間であった。
初めて見た彼のコンサートのレポートでも、これほどまでにクラシックのピアノ音楽を楽しく聴かせてくれる演奏家が今までいただろうか、と書いた。その印象は今回も変わらないし、その表現力もますます増したように感じた。
YouTubeピアニスト界の超新星がますます輝きを増して、サントリーホールへ駆け抜けて行こうとする姿を目撃させてもらえた。熱すぎる「クラシック愛」に溢れたBudoの演奏は、その場に居合わせたすべての聴衆の心を鷲掴みにしたはずだ。エンターテイナーであるBudoは、当然のようにアンコールに応えて、ピアノへ向かいサントリーホールで弾く予定の曲として、生まれてちょうど今年で100年となる「ラプソディ・イン・ブルー」のバラード部分を弾いてくれた。ノリの良い大阪会場では、クラシック・コンサートとしては信じられない景色が展開された。弾いているうちに、促されたわけでもないのに、自然発生的に手拍子が起こったのだ。サントリーホール公演でも、きっとさらに「もっと熱いクラシック」が体験できるはずだ。
取材・文=神山薫