いゔどっと、全楽曲の作詞・作曲を自身が手がけた最新アルバム『ARCANA』を紐解く 「今作は自分自身の内面というか根底にあるものを大事にしたいなと思って」

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いゔどっと

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シンガーソングライター・いゔどっとが、全楽曲の作詞・作曲を自身で担当した最新アルバム『ARCANA』(読み:アルカナ)を2024年4月3日(水)にリリースした。
「今作は自分自身の内面というか根底にあるものを大事にしたいなと思って。子供の頃にやっていた遊びを題材にしていた曲もありますし、大枠として、自分自身の記憶みたいなところはテーマとしてありました」と語る、自分自身と向き合い制作した今作を紐解く。

──今作は全曲いゔどっとさんが作詞・作曲を手がけました。始めから「今作はすべて自作曲にする」と決めていたのでしょうか。それとも結果的にそうなった形ですか?

前のアルバムのときからずっと「全曲自作曲のアルバムを作りたい」という気持ちはあって。そこから舵は切っていたかなと思います。実際に決まったのは今回のアルバムの制作途中ですけど、わりと序盤に「全曲やろう」と決めました。

──楽曲制作にあたり、アルバム全体の構想や「こういう曲を作っていこう」というテーマなどはあったのでしょうか?

今作は自分自身の内面というか根底にあるものを大事にしたいなと思って。子供の頃にやっていた遊びを題材にしていた曲もありますし、大枠として、自分自身の記憶みたいなところはテーマとしてありました。

──記憶も含めて、ご自身の内面にフィーチャーしたのはどうしてだったのでしょうか。

今までのアルバムはジャンル問わず、割とごちゃ混ぜだったのですが、全曲自分で書くとなると、改めて自分自身と向き合わないと全曲は書けないだろうなと思ったんです。だから自分自身と向き合う中で考えた、自分自身とは何だろう?というものをテーマにしていったという感じです。

──今作を聴かせていただいて、まさに自分の中のいろいろな感情を思い出させられるような感覚になったので、すごく腑に落ちました。

よかった。ありがとうございます。

 

──アルバムの1曲目はドラマ『明日、私は誰かのカノジョ Season2』のオープニング主題歌「ぶっ壊してよ」。恋愛で自身をすり減らしてしまう苦しみを綴った、感情の大きなうねりを歌った楽曲で、サウンド的にもいゔどっとさんの新境地といえるものに仕上がっています。この曲を作ったことで、いゔどっとさんの内面の扉を開ける鍵になったのではないかと推測したのですが、いかがでしょうか?

内面の扉を開ける鍵か。ちょっと違うのですが……確かに「ぶっ壊してよ」は今までに作ってきた楽曲とは違う系統の楽曲で、でも自分が好きなジャンルの曲。そういうことも含めて、自分の音楽性や方向性を再認識する曲になったかなとは思います。

──今までとは違うジャンルの楽曲を作ることができたのはどうしてだと思いますか?

曲を作るときは、自分のことだったり、ペルソナを作ってそこからストーリーを考えたりと、やり方は様々ですけど、そのテーマ自体はいつも自分で決めるんです。でも「ぶっ壊してよ」はドラマの主題歌。自分で歌っていますけど、ほかのアーティストに書き下ろしているような感覚があって。『明日カノ』の世界に曲をあげるような感覚だったので、それが今までと違ったものを生み出せた要因なのかなと思います。「サビをできる限りキャッチーにしよう」とかも考えましたし。

──ドラマで流れることも想定して。

はい。原作も読んで「ここが1話だとしたら、こういう曲がいいかな」とか。

──その作り方での楽曲制作は難しかったですか?

いや、割とスムーズ……と言ったらあれですけど。やりたいことがあって、それは結構明確にできたかなと思います。

──やりたいことというのは?

“破壊”みたいな曲にすること。『明日カノ』は登場人物全員に「何かを信じて何かに裏切られる。そんな現状を変えたいけど変えられない」みたいなところがあると感じて。誰が悪い・悪くないとかそういうことじゃなくて、変な話、運命とか流れとかそういうものなのかなって。そんな彼女たちは「誰かに助けてほしいと思っているのかな?」と考えたら、別に「助けてほしい」とかそういうことでもないなと思ったんです。じゃあ、もし自分だったらどう思うんだろうと考えたら、「もう順序とかどうでもいいから、すべてを破壊してゼロにしてくれ。リセットしてくれ」と思うなと。そこから、このタイトルとこの曲調を思いつきました。イントロにもエラー音のような音や物を壊しているような音を入れて。「ぶっ壊してよ」という言葉も、アニメとか漫画でしか言わない言葉で面白いなと思ったり。そうやって、やりたいことをいろいろ入れていったら完成したという感じでした。

──「好きな曲調だけどこれまでは作ってこなかった」とおっしゃっていましたが、好きなジャンルだけどこれまで作ってこなかったのはどうしてだったのでしょう。

フューチャーベースとかハイパーポップといった、いわゆるアッパーな曲は好きだけど、勝手に自分には書けないと思っていたんです。でもこれまでも試作はしてきていて、初めて理想の形になったのが「ぶっ壊してよ」でした。『明日カノ』のオープニングなら、こういう曲が合うだろうなと思っていたので、うまくリンクできてよかったです。

──いきなり1曲目の話を聞いてしまいましたが、今作を制作するうえで軸になった曲を挙げるとしたらどれですか?

「ぶっ壊してよ」「遊歩」「ギャラリー」は先にリリースしていた曲なので、アルバムの楽曲制作で舵を切る1曲になったのは「まほろば」かな?

──確かに「まほろば」は、このアルバムの雰囲気を担う1曲になっているような気がします。この曲ができた背景を教えてください。

この曲は、さっき言った子供の頃の遊びがテーマの1曲で。おにごっこをテーマに作りました。自分が嫌いなものや苦手なものを鬼にたとえて、そこから逃げているというところから考えていったんですが、自分が嫌いなものでも、それを好きな人もいるわけですよね。そういう人からしたら自分側が鬼なんじゃないかなと思って。そこから広げて、結果「どっちが鬼」とかないよ、ということを言っています。

──トラックには和を感じさせるような音が入っていたり、ボーカルは艶やかであったりというサウンド面にもこだわりを感じます。サウンド面ではどのようなイメージでしたか?

この曲に限らずですが、これまでのアルバムは割と「これくらいの高さのキーで歌いたい」とかそういうものを決めて作っていたんですけど、今回はそこを決めていない曲が多くて。それよりも、その曲や世界観に合うキーであることを大事にしました。そういう意味で「まほろば」は妖艶な感じを出したかったのでちょっと低めのキーで歌い上げつつ、おにごっこのイメージにあわせて逃げているようなリズム感を意識しました。

──お話を伺っていて感じたのですが、今までは“歌う”ことに重きを置いていたのに対し、今回は“楽曲”を優先しているような?

そうですね。アルバム全曲を自分で書いたこともあって、1枚全部を通して大きな1曲を作るみたいな感覚があって。全体のストーリーのようなものも考えていたので、確かにそういう面はあったのかもしれないです。

──全体のストーリーや流れという点でいうと、6曲目「Archly」から後半はポップになっていきます。「Archly」は魅惑的な女性に振り回される感情をキュートなサウンドに乗せた楽曲ですが、この曲はどのようにできた曲なのでしょうか?

僕は言葉を調べるのが好きで。「歌詞に使えそう」「曲名にできそう」という目線で常日頃考えているんですが、その中であるとき「Archly」という言葉を見て。ちょうど「かわいい曲を作りたいな」と思っていたけど何も決まらなくて悩んでいたところだったので、そこから一気にイメージがふくらんで、わがままな女の子に振り回される様子を曲にしました。

──かわいい曲を作りたいと思っていたのはどうしてだったのでしょう?

前半に重ためな曲が多かったことが1つ。あとは、前のアルバムに「a lot of love」というかわいい曲があるのですが、その曲が結構好評だったので、またかわいい曲を作りたいなと思っていて。ジャンルで言うと、この曲はKawaii future bassになるのですが、それこそ「ぶっ壊してよ」ではダークなフューチャーベースの曲ができたので、Kawaii future bassも1曲入れられたらなと思っていました。

──この曲は、一方でメロディや譜割が複雑なのも面白いですよね。

複雑すぎてよくわかんないですよね(笑)。この曲は最後にできた曲なんですが、ボツになった曲もあわせて、それまでにアルバム用に20曲くらい作っていたので、もう手数がなくて。いや、手数がないっていうか「あれもやったし、これもやったし」みたいな。しかも自分の手癖に任せると、どうしても暗い曲やしっとりした曲に合うメロディになってしまう。かわいい曲にするにはどうしたらいいんだろうと考えていたら……こんな感じになっちゃいました(笑)。あとはサビをサビっぽくしたくないと考えもあって。結果サビが2つあって、どっちがサビか自分でもよくわかってないんですけど(笑)。そういうところでも振り回されている感じを出したかったんですよね。

──構成にも振り回されたい。

そう、構成的にも女の子に振り回されている感じが欲しかった。この曲は、歌詞もレコーディングの5分前くらいまで悩みましたね。

──世界観やストーリーは早々にできていたのに?

はい。<seems to be in magic>という歌詞があるんですけど、これは「魔法にかけられているようだ」という意味で付けたんです。「振り回されているのが嫌なのに好き」という気持ちは、何かしらの魔法じゃないと説明がつかないという意味で。でも「seems to be in magic」という文を翻訳機にかけたら「そんな言葉はありません」って言われて(笑)。チャットGPTにも聞いたんですよ、「これ、合ってますか?」って。そしたら「一般的ではないですが、意味合いで言うと『魔法にかけられているようだ』だと思います」ってAIも疑心暗鬼で(笑)。でも自分の想像している脈絡とは合っていたんで、それもいいかと思ってこれにしました。

──いゔどっとさん自身も翻弄されてしまいましたね(笑)。

そうなんです。作った側も翻弄された感じがありました!(笑)

──10曲目「いまさら」は浅野尚志さんをアレンジャーに迎えたミディアムチューン。ほかの楽曲とはかなり印象の違う1曲ですが、この曲はどのようにできた曲なのでしょうか?

アルバムの最後の曲はバラードにしたいなと思っていたので、この曲ができたときに「最後の曲にしよう」と決まりました。最後の曲は映画のエンドロールのような雰囲気にしたくて。俯瞰して見るような。そのイメージにあわせてシンプルに仕上げていきました。

──「俯瞰して見るような曲」というのは、歌詞も含めて?

そうですね。この曲で一番言いたいことはCメロなんですけど(<変わってしまったことばかりだ / 変えられなかったことばかりだ / でもね春は過ぎて 大人になって / 心揺れて寄り添いはするけれど / ふいに思い出すのはあの日のこと>)、このアルバムには星間旅行のようなイメージもあって。1曲ずつを星のように旅行していって、最後に「いまさら」という曲ですべての曲を思い出してほしいと思って。最後まで聴いてから振り返って「『まほろば』、良かったな〜」とかそうやって聴いてもらえたらいいなと。

──すべての曲の作詞・作曲をご自身で手がけられた本作ですが、前回同様、アレンジャーには様々なクリエイターが名を連ねています。アレンジされたものを受け取ったとき、特に衝撃的だったものや、アレンジャーさんとの印象的なやりとりなどがあれば教えてください。

全部衝撃的ではあったんですけど、「謎謎」や、さっきも話に上がった「Archly」は、「好きに遊んでください」と言って割とシンプルな状態でお渡ししたので、戻ってきたものの衝撃は特に大きかったですかね。

──「謎謎」は前作収録曲「可愛くないね」同様、Shin Sakiuraさんがアレンジを手がけています。

この曲は、Sakiuraさんから戻ってきたものに、編曲とあわせて、Sakiuraさんが歌ったものが入っていたんですよ。「こういう歌い方どうですか?」って歌い方の提案もしてくださって。しかもその歌い方が結構本気のトーンで。楽しんで編曲してくれたのかなと思ってうれしかったですね。

──「Archly」は、お話を伺う限りサウンドの世界観も含めて、いゔどっとさんの中でイメージが出来上がっていたと思うのですが、それでもアレンジされたものを受け取ったときは驚いた?

そうですね。アレンジャーのyouさんはフューチャーベースが得意な方なので、逆にどのように編曲してくれるのか見てみたいなと思って。それこそ“振り回される”じゃないですけど。

──そこでも振り回されてみようと。

はい(笑)。もう「わがままにやってください」って。結果、自分の中にはなかったものも入って、めちゃくちゃ期待通りになりました。

──本作でご自身にとってチャレンジングだったことや、自身で成長したと思うことは何かありますか?

チャレンジしたこともたくさんあるんですが、1つ挙げるなら「擬態」ですかね。ここまで自分自身の内面に触れている曲はたぶん初めてで。自分の中では新鮮でしたし、そのぶんすごく迷いました。この曲はかくれんぼがテーマなんですけど、かくれんぼってよく考えるとよくわかんないじゃないですか。隠れ鬼とかだったらまだわかるんですけど、かくれんぼって隠れて見つけるだけで、よくよく考えたら何が楽しいのかわかんない(笑)。曲にするにはもうちょっと深堀りしたいと思って、真剣にかくれんぼについて考えてたんです。起源とかルールとかも調べて。そこから、“見つける / 見つけない”“隠れる / 隠れない”を切り口に考えていったら「本音って隠れるよな」「隠れた本音を出すのって勇気いるよな」とつながって曲になりました。

 

──メッセージ性としてはポジティブですが、歌詞としてはネガティブな言葉が並んでいるところにハッとさせられました。<自己愛と自己否定の一人ごっこ>という歌詞もありますが、いゔどっとさんご自身はポジティブなほうですか? ネガティブなほうですか?

ポジティブですけど……ネガティブなのかな。うーん。でもまさに“自己愛と自己否定の一人ごっこ”かもしれない。僕は悩んだり、考え込んだりすることがほとんどないんです。悩みはパワーで解決するタイプ。わからないことがあったら調べたり、原因を解決して悩みを取っ払ったり。だからネガティブですけど、それを速攻でなくすというポジティブなところもあります。

──この曲に限らず、いゔどっとさんの楽曲は、暗い曲も暗いままで終わらないというか、最後は希望が見えるような終わり方をしています。それはもちろん聴いた人に希望を感じてほしいというメッセージもあると思いますが、いゔどっとさんご自身の、ネガティブなことをポジティブに変換するという考え方が反映されているということでもあるのかもしれないですね。

確かに、悲しいことをテーマに書いても、最終的に「すべてをひっくるめて、それでよし」みたいにすることは多いかもしれない。今、言われて気付きました。

──そういう曲だからこそ、聴いている人にとっては希望を感じられるんでしょうね。

そうだとうれしいです。

──先ほど「擬態」はこれまでで一番内面を出したとお話ししてくださいましたが、ご自身の内面をさらけ出してみるとことで何か気付きはありましたか?

アルバム全体を通して自分と向き合ったんですけど……そこで出た答えは「よくわかんなかった」ですね。みんなそうだと思うんですけど、一貫性があるようでなくて、日によって思っていることも違うし。うん、よくわからなかったですね。でもそれでもいっか、という。

──「よくわかんなかった」ということがわかったわけですもんね。

はい。そういうことを歌ったアルバムになりました。

──そんなアルバムに『ARCANA』というタイトルを付けた理由を教えてください。

タロットカードを「大アルカナ」と「小アルカナ」と呼ぶんです。で、アルバムのタイトルを考えているときに、今回のアルバムは曲をめくるようなイメージがあるなと思って。“高校の記憶”とか“一番幼い頃の記憶”とか。そう考えていたら、タロットカードのことを思い出して。しかもタロットカードは上下が逆だと意味が変わる。それも今回のテーマに近いなと思って「アルカナ」という言葉の意味を調べてみたら、「秘密」と出てきて「これだ!」と。自分自身の内面と向き合った今作にぴったりだなと思いました。

──本作は、ご自身にとってはどんなものになったなと思いますか?

そうですね……よくわかんないこと言っていいですか?(笑) 1stアルバム『ニュアンス』とか2ndアルバム『POP OUT』は武器みたいな感じだったんですけど、『ARCANA』は鎧みたいだなって。

──攻撃するんじゃなくて守るもの、ということでしょうか?

というより、オーラみたいな感じです。自分自身を形成する1つというか。自分を理解しているからこその防御性があって、それによって外からの攻撃に耐えられる。今までが攻撃するものだったとするなら、今回は身にまとうもののような。今、そう思いました。

──本作には昨年夏のツアー『いゔどっとの夏休み』のテーマソング「ギャラリー」も収録されていますので、最後にライブについても少し聞かせてください。「歌ってみた」が活動の始まりのいゔどっとさんは、もともとはライブをすることを想定して音楽を始めたわけではないと思うのですが、ライブを重ねた今、ライブの面白さをどのように感じていますか?

コロナで結局中止になってしまったのですが、1stワンマンを演出してくださった方に言われたことがあって。音源だったり、歌ってみた動画だったりって、聴く環境はそれぞれじゃないですか。それに対してライブは、曲は同じでもその場で届けるから、曲の鮮度が違うと言われて。それは今もずっと思っていることですね。その新鮮さを楽しみたいし、そのために、ライブではもともとの曲をリメイクするくらいの感覚があって。それが楽しいです。

──曲を作る上でもライブを意識し始めたり?

してます。……っていうか、めちゃめちゃするようになりました。今では曲ができた時点で「ライブでやるとき、照明はどうしようかな」とか自然に考えるようになっちゃいました。あと今作で言えば、「夢で泳いで」はギターやベースを弾いてもらうときに「ライブでやるときのように、もっとテンションを上げてください」とお願いしましたし。ライブではさらに変わるとは思うんですけど。あと「Archly」はシンガロングを意識したパートを入れたので、ライブでやる機会があれば一緒に歌ってほしいですね。

──『ARCANA』の曲たちも早くライブで聴きたくなりますね。

ライブ、ありますかね〜?(笑) 楽しみにしていてください!

文=小林千絵

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