加藤和樹、9.11が題材だからこそ「今の時代に観るべき」ーーミュージカル『カム フロム アウェイ』大阪公演開幕直前インタビュー

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加藤和樹 撮影=ハヤシマコ

加藤和樹 撮影=ハヤシマコ

トニー賞、ローレンス・オリヴィエ賞、ニューヨーク・タイムズ紙の批評家賞など、数々の演劇賞を受賞したブロードウェイミュージカル『カム フロム アウェイ』。2001年9月11日に起きた同時多発テロの裏で、カナダにある小さな町・ニューファンドランドで起きた実話を基にした物語だ。人種、国、宗教を越えて生まれる希望の光。ニューファンドランドでの5日間を、ミュージカル界を代表する12名の俳優が100人近くの役を次々に演じ、音楽と共にスピーディーに伝えていく。記念すべき日本初演は、3月29日(金)までの東京公演が無事幕を閉じ、4月4日(木)から大阪のSkyシアターMBSにて上演中。大阪公演開幕直前、ニューヨーカーのボブをメインに演じる加藤和樹に、東京公演を終えたばかりの心境や作品への思いなどを聞いた。

加藤和樹

加藤和樹

ミュージカル界を代表する12名をもってしても油断を許さない稽古場

――『カム フロム アウェイ』はもともと気になっていた作品だったそうですね。

いろんな演劇賞を受賞して話題になっていたのでずっと気になっていました。今回、この作品に参加するにあたってAppleTVで配信されていた映像を観ました。「9.11」を題材にした作品ということで、僕も観るまでは結構重たい作品なのかなと思っていたのですが、全然そんなことなく。行き場をなくした「カム フロム アウェイズ」という飛行機の乗客たちが、カナダのニューファンドランドの人たちの優しさに触れる。人の温もりや愛などをすごく感じました。

――ご覧になって「他人事とは思えなかった」とコメントもされていました。どういうところにそう感じられたのでしょうか?

日本は島国で天災が多いですよね。「9.11」は人災でしたけれども、災害が多い日本に生きているからこそ理解できることがたくさんあるように思います。今の時代に生きる自分たちにとっては観るべき作品なのではと思いました。

――東京公演はいかがでしたか?

まず、稽古が本当に大変でした。12人の俳優が100人近くの役を演じるのですが、舞台セットも椅子とテーブルとシンプルで、人と照明と簡易的なセットで見せるという、人力あってこその作品なんです。ずっと音楽が流れていて、キッカケも多くて、頭の中がいっぱいいっぱいになったというか。椅子を用いた動きもたくさんあるので、バミリという印を床につけているのですが、多分、バミリの数が今までのどの舞台より多いですね。そのうえ盆も回る(舞台が回転する)ので、バミリの位置が動くんです。それをまた覚えたり……。​

――加藤さんは『西遊記』の後に『カム フロム アウェイ』ですよね。『西遊記』の東京公演は明治座と、大きいステージで……。

本当、真逆ですよ(笑)。『西遊記』は決め事なんてほとんどなくて、「自由にやってください」という感じだったので、バミリなんか1回も見ていません(笑)。

加藤和樹

加藤和樹

――『カム フロム アウェイ』の稽古はどのタイミングで合流されたのですか?

『西遊記』の公演が終わったのが1月末だったので、2月に入ってからですね。その時はすでに皆さんは立ち稽古をやっていらっしゃいました。プレッシャーですよ。『西遊記』とは頭の回路も全然違いました。

――頭の切り替えはどうされていたのですか?

正直、あんまり切り替わっていなかったです。とにかくついていけるところはついていってと、まずは覚える作業をしていました。だから、今までで一番というくらい、稽古がしんどかったですね。ミュージカル界の「アベンジャーズ」たちをもってしても、稽古ではみんないっぱいいっぱいになって、毎日誰かしらが何かミスをするという状況でした。でも、それを支え合って作り上げていくことは、『カム フロム アウェイ』という作品と同じだなと思ったんですよね。誰か一人欠けてもダメだし、みんなで力を合わせないと一つの舞台ができないという、作品作りの段階でもすごく大事なことを学びました。

――作品が放つメッセージに合わせて、意図的にそういう作りになっているのでしょうか?

その狙いはあると思います。やっていく中でそれはすごく感じました。自分の役割をしっかりと果たすことで、大きな成功に導くという意味がすごくある作品だなと思います。

舞台上も客席も、あっという間の100分間

加藤和樹

加藤和樹

――東京公演は「毎日が初日みたいな緊張感だった」とご自身のXに書いていらっしゃいましたが、その緊張感は、どういうものだったのでしょうか?

とにかく俳優同士のバトンの受け渡し合いなんですよね。キカッケセリフもそうですし、始まったら止まらないので、誰かがミスをしたら……。自分のことだけを考えていると聞き逃してしまうので、常にセリフのタイミングに神経を張り巡らせています。

――それを鑑みると上演時間100分というのは適していそうですね。

そうですね。集中してできるし、お客様もあっという間だと思います。「今は飛行機の中なんだ」とか、「今はバスなんだ」とか、シーンが目まぐるしく変わっていくので、その展開も面白いと思います。しかも、回を重ねるごとに「この人は、ここであの役の準備をしているんだ」とかが見えてくるんですね。役を替えるにしても、衣装替えが大きくあるわけではなく、ベースの衣装はそのままで上に何かを羽織ったりして変化をつけています。なので、その着脱の速さとかが大事になってくる。僕も「え!? いつの間に帽子をかぶったの!?」と思われるような場面があります。1秒もかからない速さで帽子をかぶらなきゃいけないところがあるので。その時は指をセッティングして、バッと帽子を出して、ガッとかぶって……これがもうドキドキですよ。

――何かにちょっとでも指が引っかかると……。

もう終わりです。パッと帽子をかぶって、さらに左右の髪をピッと帽子の中に入れなきゃいけないんですけど、東京公演では何回かその時間がなくて、横の髪が出たままということもありました(笑)。コンマ何秒の世界で戦っています。

加藤和樹

加藤和樹

――演出家のクリストファー・アシュリーさんからは、この作品についてどんなお話があったのでしょうか。

クリスが来日する前にダニー(ダニエル・ゴールドスタイン)という演出補の方が稽古をつけてくださって、最後の3日間はクリスも一緒に舞台稽古をしました。お二人が共通で仰っていたのは、「この物語は、お芝居というよりもドキュメンタリーだから、お芝居をしないでください」ということ。「ただ自分の役割や伝えることをお客様に直接、質問として、疑問として投げかけてください」とずっと仰っていたんですね。最初にそれを聞いた時は、もうちょっとお芝居したいなと思うところもあったのですが、この作品はお客様に与えて、考えてもらった上で成り立つ物語です。そこが他の作品とは違う面白さでもあります。僕がメインでやっているボブという役はナレーションみたいな語りも多いので、難しさはありますよね。普通、お芝居で客席を見るなんてご法度ですが、「お客様にどんどん渡してくれ」と。「お客様を直接見て、目の前にいるお客様にちゃんと語ってください」と言っていて。それはすごいなと思います。2階席、3階席のお客様の目をちゃんと見て、皆様の目の前にセリフを置く。「劇場にいるたくさんの人にセリフを渡してください」とおっしゃっていました。

――不思議な感じです。お客様からは言葉としては返ってこないですよね?

そうですね。でも眼差しがあるだけで、僕たちの没入感も全然違います。客席と舞台の境目がない作品だと思います。

カンパニーには今や家族のような繋がりも

加藤和樹

加藤和樹

――稽古から東京公演を経て、カンパニーにどのような変化が見られましたか?

中には初めましての方ももちろんいますが、それぞれが過去に共演していたので、雰囲気ははじめから良かったですね。このメンバーで、この作品にどう取り組んでいくかという心構えは皆さんにありました。最初はみんなできないから、「一丸となって頑張ろうぜ」というカンパニー力がものすごく高まって。稽古場から考えると、今では家族みたいな繋がりも出てきました。

――カンパニーのムードメーカーはいらっしゃるのですか?

締めてくれるのは吉原光夫さんですね。光夫さんが演出家や演出補に「ここはどういうシーンなんだ?」と、的確に疑問を投げかけてくださいました。場を明るくしてくれるのは橋本さとしさん。さとしさんは、締めるところで締まらなかったりする、面白い方なんですよ(笑)。でもステージ上ではめちゃくちゃカッコ良い。僕は大好きです。みんなのお母さんのような方が森公美子さん。僕は今年で40歳ですけど、男性キャストでは僕が一番下で。このカンパニーでは僕と田代万里生さんと浦井健治さんが「若手」です。もう全然、若手じゃないのですが。

――最近はお兄さん的な立ち位置の作品が多いと思うのですが、先輩が圧倒的に多い環境はいかがですか?

いやー、楽ですね(笑)。自由にやらせてもらっているし、とても居心地がいいです。この作品は座長が決まっていなくて、それぞれが持っている力や経験値を存分に活かしてお互いに支え合って、助け合っています。本番前には気づいたことをみんなで言い合って、高めていますね。

――改めて、先輩方からはどんな刺激を受けていらっしゃいますか。

何でしょう……頑張る姿ですかね。自分が皆さんの年齢になった時に同じようにやれるかと言われたら、うーん……と思うところもあるし、頑張っている姿を見たからこそ、自分がその年齢になった時に、後輩たちにそういう姿を見せなきゃいけないよなと思います。先輩方とこれだけガッツリ一緒に演じられる作品もなかなかなかったので嬉しいですね。

――浦井さんと田代さんとは楽屋も一緒だそうですね。楽屋はどんな雰囲気ですか?

楽しいですよ。ワチャワチャッとする瞬間があったかと思えば、スンって静かになる瞬間もあって。基本、みんな自由です。このカンパニーは自由な人が多すぎる(笑)。

――自由だけども、舞台では力を合わせて一つになっているのですね。では、この作品の音楽やダンスの魅力は、どういうところに感じられますか。ケルトミュージックですよね?

そうです。その軽やかさもこの作品に相まっていると思います。「Screech In」という、地元の人たちがよその人たちを迎え入れる儀式のようなシーンがあるのですが、そこはもうめちゃくちゃ明るくて楽しくて。バンドの皆さんがステージ上で演奏するので、お客様も一緒になってバーで騒いでいる感じを体感できると思います。

「ボブの心の変化をじっくりと感じてほしい」

加藤和樹

加藤和樹

――劇中、すべて見逃せないとは思いますが、中でもここだけは絶対に見てほしいというシーンはありますか?

壮大なワンシーンのような作品なので選ぶのは難しいのですが……物語の最後の方に「Something's Missing」という楽曲があります。「カム フロム アウェイズ」がニューファンドランドを離れて、それぞれの故郷に帰っていくシーンで、我々にとっても難しい場面の一つです。日常に戻ったはずなのに何かが足りないと嘆いていて、音楽も切ない感じ。でもそれはすごくいいことだなと思っていて。特に僕が演じているボブは、筋金入りのニューヨーカーで、人に対して猜疑心が強い人なんです。でも、ニューファンドランドの人たちの温かさに触れて、それが変化する。すごく素敵なシーンなので、そこはぜひじっくりと感じていただきたいなと思います。

――ちなみに、ボブの他には何の役を担当されているのでしょうか。

セリフがあって分かりやすいのはブリストル機長とムフムザというアフリカ人男性の役ですね。あとは乗客とか、村人とか、他の飛行機の機長とかありますが、ほとんど名前がなくて、セリフもない役です。ただ、機長の時はちゃんと機長の格好をしています。

――おお、カッコ良さそうです。

それは観てのお楽しみです(笑)。ちょっとくせのある役なので。

――先ほども帽子のエピソードがありましたが、ひとつの作品で複数の役を演じることの難しさや醍醐味は、どんなところに感じられますか?

やっぱり一瞬で役の人物像を見せなきゃいけないところですよね。それは他の作品ではアンサンブルの方がやっていらっしゃることです。今回、改めてアンサンブルの皆さんのすごさを目の当たりにしました。声色を変えるとか、テクニックももちろん必要ですが、そのシーンで、その役として生きているかどうかが大切ですね。

――アンサンブルの方達は職人技なのですね。

すごい技だと思います。いつも3役から5役とか、平気でやっていますから。以前からアンサンブルの方達をリスペクトしていましたが、自分たちが同じことをやると改めて「みんなすごいことをやってらっしゃるのだな」と実感できました。

「新しい劇場も楽しみ!」

加藤和樹

加藤和樹

――SkyシアターMBSはいかがですか?

前々から新しい劇場ができるというお話を聞いていたので、すごく楽しみにしていました。まだ舞台上には立っていないのですが、客席には座ってみました。客席から見る景色が最高ですね。すり鉢状になっているし、楕円形になっているので、お客様の見切れがとても少なくて。横の端の席はデッドスペースだったりしますが、それが全然なくて、とてもお客様に優しい劇場ですね! 新築の匂いもしますよね。いい匂いです。楽屋の雰囲気もすごくいいですし、あとは舞台上に立って稽古して、本番を迎えて、どういう感じになるか。そこも楽しみです。

――『カム フロム アウェイ』の後には、コンセプトの異なるライブツアーが3つ、控えていますね。

今回は5年ぶりの声出しOKのスタンディングのライブもあります。音楽が人に与える影響はものすごく大きいですし、自分が温めてきた音楽をお客様に届けられることもいいなと思うので、ライブの方も興味があれば遊びに来てください。

――ライブでは、ミュージカルの加藤さんとは全然違いますよね。素が見えます。

もう全然違います(笑)。大阪は、オリジナル曲のライブとカバー曲のライブがありますので、ぜひ楽しんでいただければと思います。

取材・文=Iwamoto.K 撮影=ハヤシマコ

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