山崎育三郎
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』が、2024年5月18日(土)に相模女子大学グリーンホール 大ホールで開幕する。全30公演で全国27箇所を巡る、山崎自身にとって過去最大規模のツアーとなる。
本ツアーに先駆けて4月に6年ぶりとなるオリジナルアルバム『The Handsome』をリリースした山崎。劇作家の根本宗子をプロデューサーに迎え、多彩なアーティスト陣に楽曲提供を依頼して作られたこのアルバムは、全体を通して“ハンサム”と呼ばれる結婚詐欺師の物語が紡がれている。
ニューアルバムを引っ提げて巡る全国ツアー開幕直前、リハーサルが行われているスタジオで山崎に話を聞いた。山崎はこれまでの経験や人との出会いを通して培ってきた人生観を交えつつ、本ツアーに向けた想いをまっすぐに語ってくれた。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
「誰かひとりの熱い情熱がないと突き抜けたものは作れない」
ーー6年ぶりのオリジナルアルバムリリースとなりましたが、今このタイミングになったのはなぜでしょうか?
自分の中で、メディアの世界で一周した感覚があったんです。ミュージカル一筋でやってきた20代を経て、今の事務所に出会ってメディアの世界に飛び込むことを決め、ドラマ『下町ロケット』に出演してから休みなく突っ走ってきました。ミュージカルを年に一本に減らし、その代わりドラマで主演させてもらったり、朝ドラ・大河ドラマ・紅白歌合戦の出演、バラエティ番組のMCなど本当にいろんなことをやらせていただきました。
最初こそ心細かったけれど、“いつかミュージカルとメディアの架け橋になりたい”という想いでずっとやってきたんです。今は状況がすごく変わってきていて、メディアで「ミュージカル」という言葉をたくさん取り上げてもらえるようになりましたし、ミュージカル俳優がテレビに出演することが割と当たり前になってきていますよね。
僕のデビューは小椋佳さんのオリジナルミュージカルだったので、次の自分の想いとして新しいものやオリジナル作品に挑戦したいなと。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『モーツァルト!』『エリザベート』といった歴史ある作品が好きでやってきましたが、ここからは自分で何かを作っていきたい。その想いの第一歩が今回のアルバムなのだと思います。
ーー『The Handsome』というタイトルからしてものすごくインパクトがありますよね。このタイトルは山崎さんのアイディアだとうかがっています。
そうですね。最初は「この世で一番ハンサムな結婚詐欺師をテーマに作りたい」と根本宗子さんが考えてくださったところから始まったのですが、タイトルは僕がつけました。“ハンサム”という言葉、よくないですか? 山崎育三郎のイメージにも合うし、ただかっこいいんじゃなくてちょっとコミカルにも聞こえるところとか。物語の主人公の名前がタイトルになっているのもイメージが湧きやすいですし、キャッチーだなと思ってつけました。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
ーーアルバム制作にあたって根本さんにプロデュースを直々にオファーされたそうですが、実際に一緒に創作活動を共にしてみていかがでしたか?
根本さんは本当にすごい方ですよ。仕事って大きくなればなるほど関わる大人の数が尋常じゃないんです。その中で同じ目標を持ってやっていくと、真剣勝負だからこそ意見がぶつかることもあります。そこで必要なのが圧倒的なリーダーの存在だと思うんです。今回は根本さんにその役割を担っていただきました。誰にも何も言わせないくらいの確固たる意志と情熱がすごいんです! 「こういう理由で入れている言葉だから絶対にここは変えたくない」とか「この音の流れのここにこの母音を入れないと絶対にダメ」とか。関わる人の数が多いと妥協しがちなところを、彼女は一切妥協しない。「この育三郎さんが絶対に素敵なんだ」と言い切ることができる姿に圧倒されましたね。
いつも思うのですが、いろんな人の意見で作ったものってなかなかうまくいかないんですよ。たとえ周りから批判されても、誰かひとりの熱い情熱がないと突き抜けたものは作れないんです。根本さんがまさにそういう方でしたし、僕自身もそうでありたいと思います。
アーティストの世界観を大事にして臨んだレコーディング
ーーオリジナルミュージカルを作りたいという山崎さんの想いから始まったアルバム制作ですが、あえて複数のアーティストの方に楽曲提供を依頼したのは何か意図があったのでしょうか? ミュージカルを作る場合、一般的にはひとりの作曲家が全曲を担当しますよね。
今回はオリジナルミュージカルのようなものを作るというだけでなく、アーティストとして音楽ファンにも楽しんでもらえるアルバムにしたかったんです。あと、物語の中のハンサムの心情や作品の流れを踏まえた上で「この曲はこのアーティストの方に」という作り方を根本さんが想定されていたということもあります。普通のミュージカルだったらこの作り方は逆にできないでしょうね。予算的にも、ひとつにまとめることも難しいでしょうし。今回のアルバム制作はアーティスト活動の一環だからこそできたのだと思います。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
ーー様々なアーティスト陣からの楽曲提供だからこそ幅広いジャンルの音楽があることが『The Handsome』の魅力のひとつだと思いますが、それらを歌う側としての大変さはありましたか?
アーティストの方が様々だから大変ということはなくて。僕はレコーディングのときに必ず全楽曲の譜面を用意してもらうので、ミュージカルの譜面をもらって自分で勉強して歌稽古をするときと感覚が似ているんですよ。
今回特に面白かったのが、各楽曲のレコーディング時にアーティストのみなさんが全員スタジオに来てディレクションしてくださったこと。ハンサムを演じる山崎育三郎としてこう歌いたいという想いは持ちつつ、アーティストの方それぞれの世界観を守ることを大事にしようと決めていたんです。その方に作ってもらっている意味があるので。
例えば、マハラージャンさんは1フレーズずつ何回も録りながら細かいところを調整していきました。吉澤嘉代子さんは、まず何テイクか通しで録ってからいいところを組み合わせていくという感じ。OKAMOTO’Sさんは僕の声質に合わせてその場でキーを変えていくということもありました。みなさん音楽の作り方が全然違うんです。
ーー大森靖子さん作詞・作曲の「光りのない方へ」では、初めて聴くような激しいシャウトが繰り返し登場します。これも何かディレクションがあったのでしょうか。
そうですね。大森さん独自の音楽の世界があるので、それに合った歌い方を模索していきました。まず彼女が歌った女性の音域のデモがあるんですけど、「そのままのキーで歌ってほしい」と指示があったんです。でもそれはミュージカルでも出てこないような高い音域で、X JAPANさんの「紅」よりも高いくらい(笑)。それを地声でシャウトしなきゃいけなくて。「無理です」と言うこともできたかもしれないけれど、自分の役者としてのスイッチが入ったので「できない」とは決して言いませんでした。
じゃああのシャウトをどうやって出そうかとなったとき、「首を締めながら歌ってみて」と言われて(笑)。初めてのことでしたが、一旦ブースに籠もって電気も消して、役の気持ちを作った上で自分の両手で首を締めながら歌って見つけた声なんです。
山崎育三郎
ーーすごい経験ですね。それぞれのアーティストの方との創作経験は刺激になりましたか?
みなさんの世界観や音楽との向き合い方を肌で感じて、そこに必死に食らいついていくレコーディングの時間はすごく刺激的でした。僕が憧れるのはゼロイチ、何もないところから何かを生み出していくこと。ゼロから何かを生み出すのって本当に苦しいんです。その生みの苦しみを知っているアーティストのみなさんと同じ時間を共有できたのはとても大きなことでした。
これまでの僕は役・音楽・セリフ・衣装など全部が決まっている中でどう表現するかということをやってきました。でも『The Handsome』はそうではなく、本当に何もないところから作り上げてきたんです。これが今やりたいことであり、一番難しいことでもあります。このチャレンジはこれからも続けていきたいですね。
ハンサムVS育三郎!?「二人のショーとして楽しんでほしい」
ーーツアーの準備も佳境に入り、間もなく初日が開幕します。どのように仕上がってきていますか?
ミュージカル俳優である自分がやる良さと、ライブとしての良さ、そのどちらも感じられるような構成になっています。一部と二部に分けていて、一部ではハンサムの物語が伝わるように全10曲をお届けします。二部では育三郎BESTのような、ミュージカル・ディズニー・オリジナル曲など、みんなが「待ってました!」と思ってくれるような曲を集めて歌います。全体の構成としてはハンサムVS育三郎という感じです(笑)。ハンサムと育三郎、二人のショーとして楽しんでほしいですね。
振付にはミュージカル『ファインディング・ネバーランド』でも振付を担当してくれていた尚ちゃん(松田尚子)が入ってくれています。僕、振付師としての彼女がすごく好きなんです。さらにパフォーマーとして4人の女性陣にも加わってもらって、ミュージカル的なお芝居の表現で空間を作っていただきます。彼女たちの存在にもぜひ注目してほしいです。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
ーー実際にステージ上でハンサムを演じてみて、役としてどんな魅力を感じますか?
ハンサムな結婚詐欺師で世界中の女性を騙していて……と聞くと、すごく自信過剰でナルシストな人物ですよね。まあ実際そうなんですけど(笑)。でもなぜ彼がそうやって生きることを選んだのかとか、幼い頃に抱いた恋心、たまに見せる弱さ、意外と繊細なところ、そういった人間臭い面も感じられるんです。ハンサムという役の深いところが見え隠れすると、お客様にも彼のキャラクターをより魅力的に感じてもらえるんじゃないかなと思います。
ーー今回のツアーは5月〜9月の間に全国27箇所を巡る、山崎さんにとって過去最大規模のツアーとなります。
最近は毎年ツアーをやらせてもらっているのですが、それこそ最初は2017年の豊洲PITでのライブから始まったんです。今回は全国を巡りながら6万人近いお客様を動員することになるのですが、改めて思うのはただただ感謝。僕にはアーティストとして大ヒット曲があるわけではありません。この10年、いろんな挑戦をしてきた中で出会ってくださった方が「山崎育三郎に会いたい」というだけで集まってくださるから成立することだと思うんです。
先日も広島で無料の野外ライブを開催したとき、自分のライブを観るために5万人以上が集まってくださって、パレードには75万人も参加されて。本当に凄まじい人の数なんですよ。こうやってみなさんに認知してもらえるようになったんだなと改めて感じました。最近、(井上)芳雄さんと僕が共演したバラエティ番組(日本テレビ『行列のできる相談所』『おしゃれクリップ』)を2つ連続放送してもらう機会があったのですが、ちょっと前まで僕たちは街を歩いても声をかけられるようなことはなかったんです。最近は状況が変わってきている実感があるので、今回のツアーは本当にみなさんへの感謝の旅にしたいなって。初めて行く場所も多いので、自分の言葉でちゃんと感謝の想いを伝えたいですね。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
「常に自分が“ワクワク”する方へ行きたい」
ーー山崎さんがメディアの世界へ飛び込んでから約10年が経とうとしています。振り返ってみていかがですか?
大きな選択をしなきゃいけない瞬間って、生きていると誰しもあると思うんです。2013年にStarS(井上芳雄、浦井健治、山崎育三郎の3人のユニット)のコンサートを終えて間もない頃、所属していた事務所が急に倒産するという出来事がありました。突然何もない状態になったんです。でも、そこでどういう選択をするかで人生って変わるんですよ。
当時の僕はひとりでウィーンへ旅行に行ってじっくり考える時間を作って、あえて映像作品に強い事務所に飛び込むという選択をしました。その結果、人生の流れが大きく変わっていったんです。もしこの出来事がなかったら、ミュージカルとメディアの関係は今とは全然違う状況だったかもしれません。だから人生の選択って面白いなって思うんです。
大きな選択を迫られたとき、僕は常に自分がワクワクする方へ行こうと思っています。映像の世界に飛び込んだときも前例がなかったのでいろんな意見をいただきましたが、久しぶりにワクワクしていたんですよ。成功するかしないかは全くわからないけれど、何かが起こる予感はしていました。
ーー活躍するフィールドが広いからこそお忙しいと思うのですが、そんな中でも新しいことにチャレンジし続けられる山崎さんの原動力は?
今話題に挙がった“ワクワク”こそが原動力です。歳を重ねていくと、どうしてもワクワクってなくなっていくものなんですよ。もしミュージカルだけをずっと続けていたら、ワクワクできなくなっていたかもしれないなって思うんです。ずっとやりたかった大好きな作品に20代で全て出演できたとき、やりきった感じがあったんですよね。ミュージカル界なら顔馴染みのメンバーがいて家族のような安心感もあるけれど、その一方で若い頃に感じていたワクワクを取り戻したいという想いがどこかにあったのかもしれません。
もし年に何本もミュージカルに出ている生活をずっと続けていたら、僕の場合は苦しくなっていたんじゃないかなとも思います。今のようにミュージカルは年に一本全力投球して、他の現場で違う刺激を受けて新しいことに挑戦するというルーティーンが合っているんでしょうね。現場が変わる度に緊張もするし忙しさもあるけれど、毎回が新鮮でワクワクできるんです。
山崎育三郎 全国TOUR 2024『THE HANDSOME』リハーサルより
ーーそのワクワクさえあれば、お休みはなくても大丈夫ですか?
お休みは欲しいです(笑)。でも、こういう働き方って今しかできないじゃないですか。30代は頑張らないと! とはいえ、自分はみんなが思っている以上に家族との時間もめちゃくちゃ大事にしているんですよ。3人も子どもがいますし、彼らが大きくなるまで何でも好きなことをやらせてあげたい。それに、お父さんとお母さんが輝いていることが子どもたちにとっても一番いいと思うんです。
ーー確かにどの現場でも、山崎さん自身が楽しんでいることが伝わってきます。
今の仕事を苦しみながらやっているならやめた方がいいと思っていて。これは自分が好きで選んでやっていることなので、常にワクワクしながら続けたいんです。今の事務所に入ったときに社長に言われた印象的な言葉があります。「この世界は0か100か。売れているか売れていないか。求められるかそうじゃないか。それしかないんだ」と。だから僕は求められた場所で、たとえそれがどんな場所でも輝ける存在でありたいと思います。
ーー最後に、ツアーを楽しみにしているお客様に向けてメッセージをお願いします。
今はいろんなジャンルのお仕事をさせていただいていますが、コンサートこそがありのままの自分の場所だと思っています。ミュージカル、歌、お芝居、MC、それぞれのお仕事の集合体であり、“これが山崎育三郎だ”と掲示できるステージなんです。これまでに僕と出会ってくださった方は誰ひとり置いていきませんし、絶対に幸せな気持ちにするぞという気持ちで臨みます。必ず来てほしいです。楽しみにしていてください。
山崎育三郎
取材・文 = 松村蘭(らんねえ) 撮影=福岡諒祠
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