今、一番聴いておきたい若手ピアニストが、コンクールのファイナルさながらにピアノ協奏曲を「競演」するコンサート・シリーズ『特級グランドコンチェルト』の第3弾が、2024年8月30日(金)に大阪で開催される。世界でも類を見ない最大級のピアノコンクール『ピティナ・ピアノコンペティション』を催す一般社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)と、関西のクラシック音楽文化を支えるザ・シンフォニーホールの共催企画は、これまでに亀井聖矢、阪田知樹ら、ピティナ・ピアノコンペティション「特級」出身のフレッシュな才能をソリストに迎え、ピアノコンチェルトの醍醐味を存分に伝えてきた。若きソリストたちとタッグを組むのは、藤岡幸夫(指揮)と関西フィルハーモニー管弦楽団。言わずと知れた関西を代表する名コンビが、白熱のコンチェルトを盛り上げる。
古海行子
『三大ピアノコンチェルト名曲選』と題したプログラムの前半は、ロシアを代表する2つのピアノ協奏曲を、乗りに乗っている2人のソリストが奏でる。ラフマニノフの協奏曲第2番を演奏するのは、古海行子(ふるみ・やすこ)。ピティナ・ピアノコンペティションでも幼少の頃から優秀な成績を残し、2018年の高松国際ピアノコンクールでは日本人として初めて優勝するなど、早くからその実力は折り紙付きだったが、前回2021年のショパン国際ピアノコンクールでセミファイナルに進出して日本人ピアニスト躍進の一翼を担ったことで一気に注目を集めた。
ショパンコンクール時の写真
その後も、2022年のダブリン国際ピアノコンクール第2位入賞、2023年のCDアルバム『リスト:ピアノ・ソナタ』発表と、活躍は留まるところを知らない。過度な演出を排した「本筋」で「王道」のピアニズムが生み出す、豊かでコクのある彼女の表現は、ラフマニノフの傑作の真価を炙り出し、作品の美しさをしみじみと聴き手の心に染みわたらせるような温かな時間を作り出すことだろう。
︎(C)Takafumi Ueno
チャイコフスキーの協奏曲第1番に挑むのは、京都出身の19歳、森本隼太(もりもと・しゅんた)。2017年、関本昌平・小林愛実・亀井聖矢ら錚々たるメンバーを輩出してきたジュニア・ピアニストの登竜門「福田靖子賞選考会」に参加し、当時中学1年生で審査員をあっと驚かせる鮮烈な演奏を披露して第1位を獲得した(ちなみに、古海行子もこの選考会の第1位受賞者である)。中学卒業後、「もっと広い世界を知りたい」と16歳で海外に飛び出した彼は、誰からも愛される親しみやすい人柄とエネルギッシュな演奏で活躍の場を広げ、次々とヨーロッパ各地の音楽祭や演奏会に出演。2022年には、イギリスのヘイスティングス国際ピアノ協奏曲コンクールで、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とシューマンのピアノ協奏曲を演奏して優勝した。現在はイタリアのローマに拠点を置き、サンタ・チェチーリア音楽院とコモ湖国際ピアノアカデミーで学びながら、腕に磨きをかけている。
アダム・ヒコックス指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との共演でロンドンデビュー(Cadogan Hall)
万華鏡、あるいは仕掛け花火を見るかのようなカラフルで瞬発力のあるピアニズムは、まさにチャイコフスキー1番にふさわしく、会場いっぱいに熱量を満たし、音楽する喜びで聴衆を包み込むような森本の長所が存分に発揮されるはずだ。『グランドコンチェルト』には2回目の登場で、藤岡マエストロとの共演は早くも3回目。藤岡&関西フィルならではの華やかで雄大なバックとの化学反応が楽しみだ。
田村響 (C)武藤章
トリを飾るのは、もはや「若手」の域を超え、音楽家として最も「旬」な時期を迎えた田村響(たむら・ひびき)が弾く、ピアノ協奏曲の王者、ベートーヴェン「皇帝」。京都市立芸術大学などで多くの後進の指導に当たりながらも、田村の旺盛な表現意欲は留まることを知らず、近年は、幅広く多彩な一線級の他楽器奏者とヴァラエティ豊かなアンサンブルを聞かせるなど、ますます活躍の場を広げ、色彩感やスケールの大きさにいっそう磨きをかけている。教育活動を通じて芸術の深淵を後輩と共有することにも多くの時間を割き、人生のすべての経験を有機的にアートに結び付ける田村の音楽は、音やフレーズが温かく深く呼吸し、作品の持つ巨大なエネルギーを一滴も零すことなく聴き手に届けきる。
田村響 (C)武藤章
「たとえ今死んでしまっても悔いはない。そんな音楽をどのステージでも目指したい」。フランスの名門ロン・ティボー国際音楽コンクール優勝を成し遂げた翌朝、弱冠20歳の彼は、まっすぐな眼差しでそう語ってくれた。あれから17年。音楽的にも人間的にも深みと厚みを増した田村の「皇帝」。長年音楽を愛してきたファンの皆様にも、ピアノを学ぶ子供たちにも、今こそ聴いていただきたい真の芸術がそこにある。
藤岡&関西フィルの絶妙な協奏が3人のピアニストそれぞれの個性を際立たせ、相互に高め合いながら、ピアノコンチェルトの熱い祝祭を創り出す。『特級グランドコンチェルト2024』、8月30日(金)の本番をぜひ見届けていただきたい。
文=加藤哲礼 ピティナ育英室長