吉見友貴
高校2年の在学中に第86回日本音楽コンクールで最年少優勝を果たした吉見友貴は、その後アメリカはボストンのニューイングランド音楽院に学び、エリザベート王妃国際コンクールやヴァイ・クライバーン国際コンクールでも活躍を見せた。そんな彼が、4年間の留学の集大成としてデビュー・アルバムをリリース、記念リサイタルも開く。リストのソナタを中心とした曲目に込めた思いを聞いた。
ーーデビュー・アルバムが5月に発売されました。ボストンのニューイングランド音楽院での4年間の学びが一区切りというタイミングでのリリースですね。
吉見:いずれはアルバムを作りたいという思いはありましたが、まだ学生のうちに出せるとは思っておらず、信じられない気持ちです。自分の顔がジャケットになったCDが出て、なんだか不思議な気持ちです。
ーー今回は、これまでに吉見さんが大切に弾き続けられてきた作品を収録したとのことですね。やはり核となるのはリストのピアノ・ソナタロ短調でしょうか。
吉見:メインの曲として、自分がこれまで様々なコンクールやステージで弾いてきたリストのソナタは、デビュー盤として必ず収めたいと思いました。17歳の頃から、もう7年くらい弾き続けています。自分の代名詞にしたい作品です。
吉見友貴
ーー録音でも吉見さんのエネルギッシュで臨場感あふれる演奏を感じ取ることができますが、コンクールやリサイタルでお弾きになるのと、レコーディングとでは、やはり大きく違う部分もあったのではないでしょうか。
吉見:やはりライブと収録とでは状況は大きく違いますね。演奏会では最初のG音を弾き始めた瞬間から、仮に細部で納得がいかないことが起こっても、最後まで流れを止めずにいきますが、レコーディングでは細部の完成度にも時間をかけながら、その時点で自分が理想とする演奏まで作り上げることができました。この作品は主題がいろいろな箇所に現れるのですが、それらを一つ一つ確認しながら演奏できましたし、音楽的にも再発見できた部分もあります。
逆に、レコーディングの間ずっと熱量を保ち続けるのは難しいポイントでしたね。今回山形県南陽市の素晴らしいホール(シェルターなんようホール)で収録をさせてもらいましたが、当然客席にはお客様がいませんので、ある種の臨場感はない中で、音楽的なパッションを維持するのは、レコーディングの難しいところだなと実感しました。
ーーこのソナタを17歳からお弾きになっているとのことですが、年々解釈などに変化はありますか?
吉見:正直、このレコーディングの演奏と、今の自分の解釈ではすでに変わっています。そのくらい、自分の成長とともにどんどん変わりますね。17歳の頃、自分がこのソナタに取り組むのは時期尚早とは思っていましたが、当時師事していた先生に、「どうしてもこの曲を弾きたい」とお願いして弾き始めました。当時はまだ解釈しきれないことだらけでしたが、その時なりに真摯に向き合いました。経験を積むことで得られることは増えていくので、早いうちから弾いてきてよかったと感じています。生涯をかけて、ひとつの難曲に向かい続けることで、深みも出せていくのではいかと思います。
吉見友貴
ーーアルバムには、バッハ=ブゾーニ編の「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」、ベートーヴェンの「6つの変奏曲」、そしてブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」も収められました。これらの選曲の理由は?
吉見:リストはハンガリー生まれではありますが、人生の後半はドイツで過ごしています。そのつながりで、ドイツ3大Bの作品を入れたいと考えました。また、私がボストンでもっとも勉強していたのは、実はドイツものの作品だったんですね。このアルバムはボストンの集大成という意味もあって、このようなプログラムとしました。
バッハ=ブゾーニの作品は、僕の師匠アレクサンダー・コルサンティアがアルバムに収録していまして、彼の年季の入った、それでいて輝きのある響きに魅了され、ぜひ自分も弾いてみたいと取り組みました。
ベートーヴェンとブラームスはどちらも変奏曲です。ベートーヴェンの変奏曲は、師匠からの勧めもあって弾き始めた作品です。ややお堅いイメージのあるベートーヴェンですが、この変奏曲からは、彼のウィットに富んだユニークな面が感じられます。ハイドンやモーツァルトといった先人たちの時代をも感じさせつつ、ヴァリエーションごとにさまざまなキャラクターを見せてくれます。
ブラームスのこの変奏曲は、とてつもない難曲です。超絶技巧といえばリストですが、実はリストのピアノ曲って、ピアニストにとっては意外と弾きやすく作られているのです。それが、ブラームスの超絶技巧は実に弾きにくく、人間の手にできることの限界に挑んでいるかのようです。最初のヴァリエーションから、いきなり六度の重音が並行していきますからね。ブラームス自身も、これを練習曲として作曲したようです。
同じテーマをフォローしながらも、変奏へのアプローチが、ベートーヴェンとブラームスではかなり異なりますから、そうした違いも示したいと考えました。
ーーアルバムの最後には、ガーシュウィン=ワイルドの「Embraceable You」を収めています。おしゃれで素敵な曲ですね。
吉見:ジャズの定番ナンバーです。せっかくアメリカで勉強しているので、最後にはアメリカの曲をアンコールピース風に収めました。編曲を手がけたワイルド自身も素晴らしいピアニストで、これも技巧的ではあるのですが弾きやすいです。ガーシュウィンの原曲のエッセンスを活かし、儚さのある素敵なアレンジですよね。最近お気に入りの一曲です。
吉見友貴
ーー8月・9月には、アルバムリリースの記念リサイタルを開かれますね。
吉見:リサイタルでは前半はオール・ショパンで臨み、後半がリストのソナタです。同時代にパリで活躍した二人の作曲を並べようと考えました。コンセプトとしては、「人生」です。
前半は、ショパン自身の「人生」。ポーランドを離れ、新天地パリで活躍し始めたショパンが残したノクターンやロンド、バラード1番や幻想ポロネーズを並べ、彼の人生を追う構成です。そして後半のリストのソナタは、演奏家の人生を反映する一曲として置いています。
ーー5月でニューイングランド音楽院をご卒業とのことですが、今後の展望を教えてください。
吉見:学部は4年間で卒業ですが、このあと大学院に進むので、あと2年はボストンを拠点に学びを深め、演奏活動も展開していく予定です。今後の展望として、端的に挑戦したいコンクールや演奏したい曲目などはありますが、これからもずっと愛するピアノを弾き続け、それを聴きにきてくださるお客様がいてくださったら、こんな幸せなことはないと思っています。
文=飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)