指揮者 松本宗利音 (c)飯島隆
今年に入り「世界のオザワ」小澤征爾が亡くなり、今年いっぱいで井上道義は引退するという。昨年は、最年長指揮者の外山雄三に続き、飯守泰次郎も亡くなった。巨匠クラスの指揮者が次々と鬼籍に入る一方で、若手指揮者の台頭も目覚ましい。指揮者界の新旧交代が進む中、注目したいのが松本宗利音(まつもと しゅうりひと)だ。関西で絶対的な人気を誇る大阪フィルハーモニー交響楽団をここ数年、頻繁に指揮している若き俊英に、彼の地元の吹田メイシアターにて話を聞いた。
大阪フィルデビューは2020年11月。大阪フィルの指揮台に立たせて頂けて夢のようでした。 (c)H.isojima
●音響が良く、音の分離が良い吹田メイシアターで大フィルの違った魅力を引き出したい。
――ここ数年、若手指揮者の中で大阪フィルをいちばん指揮しているのが松本さんだと思います。2020年11月のデビュー以降、これまでに8回指揮をされたとお聞きしました。
大阪フィルデビューは2020年11月でした。小学校か中学校の時に観た大植英次さんの指揮する姿が印象に残っています。必ず話題に上る朝比奈先生の実演には、残念ながら接したことはありません。小さな頃から馴染み深い大阪フィルの指揮台に立たせて頂けて夢のようでした。
すると翌年9月の『第551回定期演奏会』では、新型コロナウイルスの水際対策で来日出来ない外国人指揮者の代役でしたが、チャイコフスキーの交響曲第5番、他を指揮させていただき、定期演奏会デビューを飾りました。 無我夢中でしたが、手応えのようなものを感じたように思います。2023年11月の『ソワレ・シンフォニーVol.22』では、ザ・シンフォニーホールでドヴォルザークの交響曲第8番、他を指揮しました。日本を代表するフェスティバルホールとザ・シンフォニーホールで大阪フィルを指揮し、サウンドの違いを体験出来たことはとても貴重でした。
また、吹田メイシアターでは2022年から毎年演奏していて、今月29日(土)の『七夕コンサート』が3回目となります。同じ会場で連続して演奏すると、定点観測の様に曲の違いによる楽団の特徴のようなものを見ることが出来ました。
吹田メイシアターは2022年から毎年演奏していて、今月の『七夕コンサート』が3回目(2023.11..29 ザ・シンフォニーホール) (c)飯島隆
――吹田のメイシアターと云うと、松本さんの生まれ故郷、地元のホールですよね。地元のホールが出身アーチストを呼んでくれるというのは、よくある話ですが、3年連続で声が掛かるというのは、主催者でもあるホールと、大阪フィル、そして松本さんの思いが一致しないとなかなか実現しないことだと思います。
ありがたいことです。吹田メイシアターは、小学校の時のバイオリンコンクールや中学の吹奏楽コンクールなどでステージに立ったことのある思い出深いホールです。エントランスのオブジェや噴水をよく覚えていますし、ホール入り口から見える景色が大好きです。このホールで指揮をさせていただくのは格別な思いです。
吹田市文化会館メイシアター 写真提供=吹田市文化会館メイシアター
メイシアター1階に2024年4月に誕生したアートスペース「SUITA×ART(すいたあと)」 写真提供=吹田市文化会館メイシアター
――今年のメイシアターの『七夕コンサート』のプログラムは、イタリアオペラの序曲集とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲です。大阪フィルが相手だとすれば、少し意外な気がしました。
過去2回のコンサートのプログラムですが、1回目は前半がジョン・ウィリアムズなどの映画音楽で、メインがドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。2回目の昨年がオール・チャイコフスキーで、歌劇『エフゲニー・オネーギン』よりポロネーズ、山根一仁さんのソロヴァバイオリン協奏曲、そしてメインが交響曲第4番というガッツリしたプログラム。チラシにわざわざ「大阪フィルの重厚なサウンドでお届けするオール・チャイコフスキー・プログラム」と謳っていたこともあって、パワーで押し切るチャイコフスキーをお聞きいただきました。オーケストラは、フェスティバルホールで行う『定期演奏会』よりは1プルト少ない弦楽器14型でしたが、それでもメイシアターは音響が素晴らしいので、迫力十分なサウンドをご堪能いただけたと思います。
確かに大阪フィルというと、「重厚かつ迫力のサウンド!」が代名詞のように言われますが、弦楽器も管楽器も腕利き揃いですので、良く響きながらも音の分離の良いメイシアターなら、もう少し軽めのプログラムを、少し小さ目の編成でお聴きいただきたいと思い、今回はこのプログラムを提案しました。
今回は少し軽めのプログラムを、少し小さ目の編成でお聴きください (c)H.isojima
●調性はプログラムを考える上で、ものすごく意識します。
――なるほど。聴きどころを教えてください。
メインにイタリアオペラの序曲を色々と並べましたが、1曲目もロッシーニの『セヴィリアの理髪師』序曲なので、そこは徹底しています。イタリアオペラはチャイコフスキーとは違い、明るく軽い音を飛ばす必要があります。そして管楽器には、ソリスティックに高らかに歌ってもらいます。ステージ上に小さな編成の大阪フィルが現れて、驚かれるかもしれませんが、同時に「今日はいつもと違うけれど、何が起こるんだろう?!」と思って頂けるのではないでしょうか。『セヴィリアの理髪師』序曲は、敢えてトロンボーンが入っていないアルベルト・ゼッダさんによる校訂版を使い、モーツァルトのようなワクワク感で始めます。
大阪フィルの皆さんと一緒に演奏するのは、本当に楽しいです『ソワレ・シンフォニー』より(2023.11..29 ザ・シンフォニーホール) (c)飯島隆
――メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲は、ソリストが荒井里桜さんです。
大阪フィルも昨年初めて荒井さんと共演して素晴らしかったそうです。今回のソリストにどうかとオファーがありました。僕も以前、今回と同じメンデルスゾーンでご一緒しています。何と言っても、『東京音楽コンクール』、『日本音楽コンクール』両方の覇者でもあり、技術的には申し分ありません。ご両親は音楽に無縁な方だそうで、天才肌ですね。品格のある演奏が素晴らしいです。このプログラムの前半を締めくくるに相応しい演奏をお聴きいただけるはずです。
ヴァイオリニスト 荒井里桜 (c)Takahiro Sakai
――そして、いよいよイタリアオペラ序曲集です。
明るい曲としてヴェルディの『ナブッコ』と『運命の力』、そしてロッシーニ『ウィリアム・テル』の序曲を選びました。『ナブッコ』は、あまり演奏されないかもしれませんが、とても格好いい曲で、お気に入りの曲です。逆に儚く静かに終わる曲として、ヴェルディ『椿姫』第1幕への前奏曲、プッチーニ「菊」(弦楽合奏版)を入れることで、イタリアオペラの幅を出したいと思いました。「菊」の代わりにマスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』間奏曲を入れる案もありましたが、イタリアオペラを語るのであれば、やはりプッチーニは外せないだろうと思いました。少し専門的な調性の話ですが、前半の『セヴィリアの理髪師』がホ長調で、メンコンはホ短調(最後は長調ですが)。後半も『椿姫』と『ウィリアムテル』はホ長調ですし、『ナブッコ』も『運命の力』も “ミ”の音 から始まります。特に狙ったわけでは無いのですが、プログラムを作る段階で、無意識に調性を感じているのかもしれませんね。結果的には、一貫性があって良かったと思っています。
こだわりの「イタリアオペラ序曲集」をお聴きください (c)飯島隆
――ホ長調がお好きなのですか?
好きですね。明るさと悲しさと、ちょっと祝典的な感じもあって。実は僕の中には、音に対して色があるんですよ。個人的な感覚ですが。それで言うと、メイシアターのホールのイメージが “ミ” の音です。言葉では上手く表現出来ませんが、ホールの木目調な部分と、光が入って輝いている黄色が “ミ” の感じで、メイシアターに合うホ長調のプログラムを僕が無意識のうちに選んだということでしょうか(笑)。とにかく、前回のチャイコフスキー4番のイメージとは全く違うサウンドを、大阪フィルから引き出せればいいなぁと思っています。
吹田メイシアターを調性に例えるなら、大好きなホ長調 (c)飯島隆
吹田市文化会館メイシアター 大ホール内観 写真提供=吹田市文化会館メイシアター
●僕の名前の由来になった、指揮者カール・シューリヒトのことを知って欲しいのです。
――以前にもお伺いしましたが、やはり避けては通れない質問ということでお願いします。松本さんの “宗利音(しゅうりひと)” の名前の由来を教えて下さい。
父親が指揮者カール・シューリヒトの大ファンです。ご本人は既に亡くなられていたのですが、奥様がスイスにお住まいだということで、両親が新婚旅行の際にスイスのご自宅を訪ねたそうです。その時はお会い出来なかったようですが、その後、奥様が連絡をくださり、お付き合いが始まったそうです。僕が生まれた時、奥様に「息子の名前を付けて欲しい」とお願いしたところ、「いっそうのこと、シューリヒトはどうですか?!」 と言うことになって、 “宗利音(しゅうりひと)” になったという話です。
僕の名前の由来は、往年の名指揮者カール・シューリヒトから来ています
――名前の由来にもなった指揮者カール・シューリヒトのことを多くの人に知って貰いたいと、以前は仰ってました。
自己紹介すると、決まって名前の由来を聞かれます。私の存在を通して、少しはカール・シューリヒトの名前が広まったのであれば嬉しいです。実際にどれだけの人が、彼の音楽に触れたかはわかりませんが、僕の活動の半分は、指揮者シューリヒトの啓蒙にあると言っても良いくらいですから(笑)。
僕の活動の半分は、指揮者シューリヒトの啓蒙にあると言っても良いくらいです(笑) (c)H.isojima
――最後にメッセージをお願いします。
皆さまのイメージされている「大フィルサウンド」のイメージを、変えてみたいと思っています。良い意味で皆様を裏切れると良いのですが。僕のささやかな試みを、気持ちよく受け入れていただいた大阪フィルには大変感謝しています。吹田メイシアターだからこそ実現可能な一期一会の「七夕コンサート」。ぜひお越しください。皆様のお越しをお待ちしています。
今年の「七夕コンサート」は一味違います (c)飯島隆
皆さまのご来場を、吹田メイシアターでお待ちしております (c)H.isojima
取材・文 = 磯島浩彰