写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
『BABY Q 沖縄場所』2024.6.1(SAT)沖縄・ミュージックタウン音市場
2024年6月1日(土)・6月2日(日)、弾き語り形式の回遊イベント「BABY Q」の沖縄場所が”音楽の街”として知られる沖縄市コザのミュージックタウン音市場で開催された。「Q」は、2019年に神戸ワールド記念ホールや両国国技館で、「CUE=素晴らしい音楽に触れる「キッカケに」、「休=最高の休日に」という想いを込めて立ち上げられたインドアフェス。そして、コロナ禍の2021年の夏に東京・大阪で弾き語り形式の「BABY Q」が始まり、2021年の冬に広島、2022年は1月に北海道、8月に横浜、9月に大阪、12月に福岡、そして2023年7月には東京でも実施された。今年は3月の名古屋に続いての開催となる。
コザは、その土地柄もあり、沖縄とアメリカの文化が融合した独自の文化があり、住人には米国人も多いことから、アメリカに辿り着いたような気分にもなってしまう雰囲気がある。繁華街を歩くとあらゆるお店から音楽が聴こえてきて、街に音楽が根付いていることが伝わってきた。
舞台後方にはお馴染みの「Q」と描かれた大きなフラッグが飾られており、第一夜は向井秀徳アコースティック&エレクトリックと折坂悠太が出演、第二夜は岸田繁(くるり)と青葉市子が競演する。
折坂悠太
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
第一夜の先手は折坂悠太。両手をあげて堂々と登場すると歓声が起きるが、本人は少しためてから挨拶する。
「こんばんは、向井秀徳アコースティック&エレクトリック名人と対局させていただきます。先手、折坂悠太と申します」
穏やかな口調ではあったが、しっかりと対局への闘志を感じることができた。客席は暗くなり、舞台だけが照らされると、伸びやかな歌声で「道」が歌われる。下手側のロウソクのようなライトが素敵に光っている。曲の終わりが近づいてきた<ゆけどゆけども>と歌われた辺りで、舞台後方に吊るされた幾つかの電球ライトが光り、折坂の横にある丸机に置かれた小さいロウソクのようなライト、舞台前方に配置された幾つかのスタンドライトなど全ての光が重なりロマンチックな空間を作り出す。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
続く「朝顔」では後方のライトが消えたりと、楽曲ごとに変化する光はシンプルながらも、その様式は美しかった。声が良く、メロディーも良く、ずっと聴き惚れているが、何より驚いたのは、そのどっしりとした落ち着き。後手に凄まじい名人を控えているのに、全く動じていない。最後に独特の祭囃子のような歌詞を少し唸るように歌い上げるのは圧巻だった。
コザでライブをするのは2回目であること、1回目も自分の音楽史で大きな出来事だったと語り、今宵も既に胸がいっぱいである忘れられない夜だと明かす。
「人生節目節目大事な時に、私はコザに帰って来るのかも知れない」
コザへの想いもあり、今日というライブを心から大事にしていることがチューニングを丁寧にする姿からもわかる。早くも中盤の「スペル」「トーチ」へ。つぶやくように、語りかけるように情感たっぷりに歌われているから、しっかりと言葉が届くのだなと改めて感じる。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
「さびしさ」はホーミーを彷彿とさせる発声法だと勝手に考えていたら、その声がループされ、そこにギターの音色が乗っていく。<風よ このあたりはまだか>というメロディーラインが耳に残り、歌もギターも力強く響いている。最後の楽曲は立ち上がって、6月発表の新しいアルバム『呪文』から「ハチス」を歌う。
「私なりの感覚の主張です」
そう本人は感想を述べていたが、語りも入る楽曲であり、本人もやりきった手応えがあったように思う。深く深く頭を下げて舞台から去っていった。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
いよいよ後手である名人の登場。向井がサウンドチェックでギターを触り、「チェック」と叫び、缶ビールをプシュリと開けただけで、尋常じゃなく歓声が起きる。トイレなどで席に戻ってきていない観客を、ちゃんと出席をつけているので二学期に響きますなど独特の言葉でいじっていく。サウンドチェックの段階で既に向井ワールド……。
「Matsuri Studioからやって参りました、This is向井秀徳!」
お馴染みの前口上から「CRAZY DAYS CRAZY FEELING」では、これまたお馴染みの言葉<くりかえされる諸行無常 よみがえる性的衝動…>が聴こえてくる。サウンドチェックの延長で何となく始まり、何度も聴いている文言ながらも、新鮮と緊張の両方の感情が渦巻き、それが何よりも心地良い。「くりくりくりくり」という人力スクラッチがくりかえされて、いつものように向井ワールドに引きずり込まれていく……。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
続く「KU〜KI」はループによって多重演奏の様になり、全ての空気空間が支配されているようにすら思えてしまう。「SAKANA」もループが使われるため、向井はギターを持っていても弾いていない時でも音は鳴り響いてるわけで、その姿の存在感は強烈である。どんどん音が重なれば重なるほど、その姿、その歌は際立っていく。缶ビールを呑む、ギターを弾く、全ての所作に流れがありリズムがあり、こちらは一挙手一投足に目が離せない。
「公園には誰もいない」でもループは使われて、我々は固唾を呑んで見守るのみ。とにかく音は楽しいのに、ずっと緊張感があり、その音楽は唯一無二でしかない。「Water Front」では自然に体が揺れて、心身ともに興奮させられる。その迫力に取り憑かれたように、こちらも聴き入っている。
ギターカッティングがたまらなさすぎる「ポテトサラダ」。ひとり弾き語りであり、ここではループを使っていないが、あまりにもグルーヴィーすぎて、ぐうの音も出ない。「KARASU」は「ポテトサラダ」とはまた違う強度があり、哀愁ある歌詞による世界観がある物語性がとんでもなく沁みる。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
3月に那覇に来ているもののコザは初めてであることを話して、缶ビールを呑み干したら、また新しい缶ビールを取り出す何気ない所作も何だか粋に感じてしまう。
「折坂悠太さんと共に過ごす時間は少なからずありますけど、毎度毎度ハートが心がかきむしられる感じがあります。ひとことで言うとブルースだと思いますね」
ブルースは音楽ジャンルを指す言葉だが、音楽が表現する哀しみや苦悩の感情を指すこともある。向井の音楽も、折坂の音楽も、悲しみや苦悩の感情を表現して鳴らしているから、心が揺り動かされるのであろう。そこから「omoide in my head」へ。言わずもがなナンバーガール1996年の大名曲だが、「ナンバーガール〝ズ〟の~~」という向井の紹介の仕方にも思わず微笑んでしまう。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
ザクザクとギターがかき鳴らされ、向井の折坂への言葉では無いが、それこそ心がかきむしられてしまう「はあとぶれいく」。向井の楽曲はクセがあるのにシンプルでグッドメロディーなことを、この楽曲でも再認識する。そして、歌詞がロマンチックでもある。
日本全国で弾き語りイベントを開催する『BABY Q』主催者の是澤氏と沖縄のイベンターであるPM Agencyへの感謝も述べる。幸せという素直な感情も明かし、お世話になっている方々への感謝も忘れない漢気ある人間だからこそ、我々も向井秀徳に心から惚れこむのだろう……、ふとそんなことを思った一場面であった。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
ラストナンバー「永遠少女」。<あなたのお母さんは鏡の向こうで笑っている あなたのお母さんは写真の中で笑っている>という冒頭の歌詞からセンチメンタルとノスタルジックが混じり合った不思議な感情に襲われる楽曲。<1945年><焼け死んだ><流れ弾>という言葉が歌われるだけで、どうしても当時の世界情勢を思い出さざるを得ない。最後の<探せ 探せ 探せ>という歌詞が頭に、心にこびりつく。感情をぐっちゃぐっちゃにされて感動するしかない……、そんな状況で向井は歌い終わり、缶ビール片手に静かに去っていった。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
アンコール。向井のギターと椅子の下手側にもうひとり分のスペースが作られている。「千葉県流山市からお越しの~~」と向井は紹介して、「千葉県流山市からひねくりあがってやって参りました」と折坂が応える。向井の横に片膝を立ててしゃがむ折坂の姿は最早臨戦態勢であり、何が始まるかと心待ちにしていると、これまた向井らしい言い回しで「折坂さんのリクエストでナンバーガール〝ズ〟の大ヒット曲を」と発せられる。
「向井さん、これはバーンと始めた方が格好良いんじゃないでしょうか?」
大先輩の名人にそう提言する折坂の肝っ玉の座り具合にも感激したし、ここからも一筋縄には始まらない。長いセッションを経て、「IGGY POP FUN CLUB」へ。刺激的なギターのカッティングビートも踏まえた上でのふたりのねっとりした絡みが壮絶すぎる。最後は互いに名前を紹介し合って、固い握手を交わし、横に並びポーズを決める。余りの格好良さに呆然とするしかない……。もちろん拍手は鳴りやまず、ふたりはまた舞台に出てくる。
「言っとくけどしつこいよ。お客さんもしつこいよ」
「(ナンバーガールの)コピバンをやっていましたから、むちゃくちゃ歌っていました。あれで声量を鍛えられました。今、必死に冷静を保っています」
向井、折坂それぞれの思いを打ち明け、また折坂が向井の横に片膝をついてしゃがみこむ体制を取る。昔、折坂が日本酒の紙パックをストローで呑んでいて、向井が「無駄な空気が入らんからね!」と褒めた話などしながら、向井の「カラオケ大会に付き合って頂けますか?」という鶴の一声で、ここからの催し物が決まる。
写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
1曲目はサカナクション「忘れられないの」。以前、向井が歌う大阪の野外ライブで歌ったのも聴いているし、「自分用にしている」とも言っていたが、完全に自分の歌にしていたのは凄まじかった。ここで終わるわけもなく、「私しつこいよ」、「思ったよりしつこいですね」とふたりでやり取りしながら、向井が歌詞カードらしきものを示しながら、次の楽曲を決めていく。安全地帯「ワインレッドの心」へ。いつの間にか向井がサングラスをかけて、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」が歌われる。カーペンターズ「イエスタデイ・ワンス・モア」日本語バージョンも歌われて、流石の向井も「永久に続けられるんですけど、冷静になってきました」と漏らす。
「冷静になる時もあるんですね、向井さんも」と折坂も感心していると、あのきらめくギターリフが向井から聴こえてくる。「全編にわたって歌って下さい!」と指示された折坂が歌うのは、THE TIMERS「デイ・ドリーム・ビリーバー」。最後にふさわしいハッピーエンドナンバー。終わり、向井は軽くピースをして、折坂と軽く肩を組んで去っていく。予定調和ではない、想定外の競演が観れた最狂の第一夜となった。
取材・文=鈴木淳史 写真=『BABY Q』提供(撮影:Makiko Nagamine)
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