菊池亮太
ピアニスト、作曲家など精力的に活動する菊池亮太が2024年6月、株式会社イープラス(東京都渋谷区)とエージェント契約を結んだことを発表した。4歳からピアノを始め、国立音楽大学附属中学、高等学校卒業後、日本大学芸術学部音楽学科へと進んだ菊池。大学在学時より音楽活動を始め、現在はテレビ番組・映画音楽・アニメ音楽・ゲーム音楽や、東京オリンピックCM等の楽曲提供も手掛けるなどマルチに活躍中だ。一方、今話題のピアノ系YouTuberとしても名を馳せ、チャンネル登録者数は60万人超、視聴回数は3億回以上を誇る、新時代のピアニストのひとりだ。
2020年にイープラスがスタートしたエージェントビジネスは、アーティストのヴィジョン実現に向けてサポートを行う取り組みで、ピアニストの角野隼斗や亀井聖矢、サクソフォン奏者の上野耕平らが契約アーティストとして名を連ねている。イープラスとパートナーシップを結んだ菊池に、これまでの軌跡や今後実現したいことなどを語ってもらった。
――YouTubeで話題のピアニストが対決する『BUZZ PIANO premium ~小さな円形劇場で~』や、色々なピアニストの皆さんと行われている『NEO PIANO』シリーズなど、SPICEには度々ご登場いただいている菊池さん。4歳でピアノを始めて以降、中高大、そして大学院と学ばれ、奏者としてはもちろん、楽曲提供など幅広く活躍されています。いつ頃からピアニストを職業としたいと思われたのでしょうか。
正直なところ、学生時代からピアノを職業にすることに迷いはありませんでした。というのも、ありがたいことに、学生の頃からアーティストのサポートや楽曲制作などのお仕事をすでに頂いていたんです。ただ、それが“確信”に変わるまでは時間がかかりました。
確信に変わったのは2015年頃でした。2013年からiPhoneで撮影した練習動画をYouTubeにアップするようになったのですが、最初は誰かに見せるためではなく、スマートフォンに保存しておくと容量がいっぱいになるから、という保管の目的だったんです。ですがあるとき、iPhoneの着信音を即興でアレンジした演奏動画をX(旧Twitter)にアップしたら思わぬ反響があって、こういう世界があるのか、と。
もちろん演奏会での演奏も大事に思っていますが、配信は肩肘を張らず、「撮ろう」と決めた5分後には、演奏を世界中に届けられる。ネットと自分という構図ができたことは、大きな発見でした。
――SNSはその反響の大きさも、スピードもすさまじいものがあります。今でこそ、SNSをきっかけにデビューする人も多くいますが、少し前はまた違った環境でしたよね。菊池さんは、多数のコンクールでの受賞、著名なアーティストへの楽曲提供やサポートなど、経験を積みながら、これまでにない道を開いた先駆者としての印象があります。
配信を始める以前は、自分の演奏を見てもらえる機会なんて滅多になかったので、何をしたら(視聴者に)喜んでもらえるだろうと常に考えるようになりましたね。
例えば、「バーでバレずに〇〇を弾く方法」というシリーズは、僕がバーでBGMを弾くアルバイトをしていたことから、実験的に始めました。ストリートピアノもそうですが、僕の演奏を見に来ているわけではなく、食事やお酒、会話を楽しまれているお客さんたちの中でだからこそできる遊びというか。動画になるとある種タイトルでネタバレしているのでわかるんですが、実際の現場では意外と気付かないんですよ(笑)。最初はXでやっていたんですけど、『水戸黄門』の主題歌がある日ものすごくバズったことで、ずっしーさん、ござさんに勧められて、YouTubeでの配信も始めたんです。
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ピアノってお稽古事としての側面が強くて、ピアニストは選ばれた人しかなれない職業のイメージは、あると思います。もちろんコンクールなどには伝統がありますし、リスペクトしていますが、ピアニストへの道筋に優劣はなく、これまでになかった新たな活路を見いだせたのではないかと思っています。
――ピアノ系の配信というと、ストリートピアノとの関連が思い出されます。海外では、ミュージシャンが地下鉄内や駅構内、路上などで演奏し、そこに居合わせた人が自由に楽しむといった様子も見られますが、日本では2019年に東京都庁の展望室に、草間彌生さんがデザインしたピアノが設置されたことをきっかけに、街角ピアノの存在が認知され広がっていきました。それもひとつ大きな流れだったのではないでしょうか。
僕自身、2018年に国立市であったイベント『Play Me, I’m Yours Kunitachi 2018』(編集注:『くにたちアートビエンナーレ』のアートプログラムのひとつ)にゲスト出演したことが、今に至る原体験のひとつになっています。イベントでは、駅の中、カフェの前、公園の真ん中など5カ所にピアノが置かれていて、その演奏を、芝生でピクニックしながらだったり、カフェで寛ぎながらだったり、行き交う人が思い思いに聴いてるんです。その姿を見て、「こういう日常は素敵だな」って思いました。ストリートピアノの魅力に気付いた経験でしたね。
昨年、1カ月ぐらい海外に行っていたのですが、日常に音楽があふれていることを感じました。その姿を見て、音楽に対して自分の中で何かが変わった感覚があります。大らかになったというか。日本でもストリートピアノでの演奏動画を配信する人が増えて、「音楽はホールで聴くもの」という考えが変化したように感じます。先人が築いた伝統や歴史を重んじる世界を大切にする一方で、聴き手を広げるためには音楽に近づきやすい環境があることも大事なことだと思います。
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――動画の編集もご自分でされますし、活躍の道を自身で切り拓いてこられた菊池さんです。なぜいまイープラスとのエージェント契約に至ったのでしょうか。
フリーランスで活動してきて、演奏を聴いてくれる人が増えたと実感できている一方で、今後その人たちのために何を届けられるか考えたときに、個人でできることの上限を感じたんです。今のままじゃリーチを広くしたところで届けられる範囲には限界があるって。YouTubeに力を入れた昨年は、今年も参加を予定している『AnimagiC』(編集注:ヨーロッパ最大規模のアニメフェス)をはじめ海外にも呼んでいただいたりと、演奏する機会が増えました。そうして経験を重ねていく中で、したいことも増えていったというのがあるんですよね。例えば披露されることが少ないマニアックな曲をしてみたいなとか。
この11月には、ガーシュウィンをテーマに、名高い「ラプソディー・イン・ブルー」に加えて、演奏される機会が少ない「セカンド・ラプソディー」「アイ・ガット・リズム変奏曲」「ピアノ協奏曲 ヘ調」を合わせた4曲を一晩で演奏する公演があります。彼の歴史が詰まった4曲を一晩で弾くのは前代未聞で、おそらく日本では初めてのことだと思います。こうした挑戦も、続けていきたいですね。(編集注:11月1日開催『タクティカートオーケストラ コンチェルトシリーズ 菊池亮太 ガーシュウィンの世界〈オール・ガーシュウィン・プログラム〉』)
――菊池さんよりも先に、エージェントビジネス契約を結んだ石井琢磨さんは、契約時に公言していたサントリーホールでの公演を実現、47都道府県をめぐるコンサートもスタートさせています(※2024/6/20時点で27箇所制覇)。菊池さんはどんなことを叶えたいですか。
コンサートは是非ともやりたいです。僕、コーヒーが好きなんですけど、コーヒーマイスターの人が淹れてくれるショップに行ったとき「陽の光が上がるイメージをして、淹れました」と説明をしてくださって、それがとても音楽的だなと感じたんです。だから僕もお客さんの前でコーヒーを淹れながら、そのブレンドをイメージした演奏をするとか、コンセプチュアルなコンサートをしてみたいと思っています。お客さんには、曲をイメージしたコーヒーを飲みながら楽しんでほしいですね。五感で楽しめるようなコンサートを企画したいです。
――菊池さんは、2018年には劇場版アニメ『君の膵臓を食べたい』の挿入歌を担当、翌年には東京オリンピックのCM曲「1 Year to Go! Tokyo」やSoftBankのウェブCMを制作され、22年には大人気アニメ『SPY×FAMILY』の劇中ピアノ演奏を手掛けるなど多方面で活躍されていますね。知らず知らずのうちに菊池さんの演奏を耳にしている機会はかなり多いと思いますが、今後もオリジナル曲であったり、作曲家としての面も期待していいでしょうか?
はい。コンポーザーピアニストとして、作曲も精力的にしていきたいです。CMや映画などに楽曲提供したいですね。これまでも映画に携わったことはありましたが、自分の名義で発信したことはなかったので、僕の名前で劇伴も作ってみたい。あと、これは運の話でもあるんですけど、やっぱりヒット曲を作りたいですね。葉加瀬太郎さんの「情熱大陸」のような、誰でも知ってるヒット曲を作りたいです! フリーランスの時は、そこまで考える余裕がなかったので、エージェント契約によって、任せられる部分は力をお借りして、できた時間を制作やパフォーマンスを向上させるために費やしたいです。
――YouTubeチャンネル「菊池亮太 Ryota Kikuchi PIANO」は登録者数68万人、総再生回数3億回を突破(※取材時点)と伺っています。日本の人口は1億2千万人ですから、単純に考えて1人2.5回は観ているってすごいですよね。エージェント契約を結ばれ、さらなるご活躍を期待しています。
数字にしてみるとすごい数ですね。世界の人口が81億人だから、27人に1人は観ている計算になりますよね。すごいなー。うれしいです。
僕はこれまで、野心という野心ってなかったんです。好きに演奏できるということそのものが好きなので、全てが今までの活動の延長線上にあるというか。でも、エージェント契約を機に、これまで以上に頑張っていきたいと思っています。これまで行けなかった地域にも演奏に行きたいですし、新しい展開も楽しみにしてほしいです。いろいろな活動を重ねていく中で、結果として大きな舞台やみんなが憧れるような舞台に立てたらという思いはあります。あとは……。そうだなぁ(ウラディミール・)ホロヴィッツが大好きなので、カーネギーホール(アメリカ)には立ってみたいです! 到達できるように、奏者としてもっともっと成長していきたい。今回のエージェント契約は、成長するための時間を与えてもらったんだと。その期待に応えていきたいです。
取材・文=翡翠
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