ついに念願のサントリーホール公演(2024年8月3日開催)を大成功のうちに終え、いよいよ初の全国ツアーが週末に迫る、注目のピアニストBudo。ショパン、リスト、ベートーヴェンなど大作曲家の名曲の数々、人生のどこかで一度は聴いたことがある、クラシック音楽の超絶技巧曲をストリートピアノで演奏する動画は高い人気を博し、ついに11万人のフォロワー数を突破。長髪のカジュアルなルックスで、「ごきげんよう」から始まる独自の世界観はもはや仲間のピアニストたちまで物真似するほど浸透しつつある。
ここでは、感動を呼び起こしたサントリーホール公演を部分的に速報レポート。ツアーでのサプライズを楽しみにしたい方については、ここで全て書くわけではないものの、概要は伝えることになるので、注意してお目通し願いたい(※写真はリハーサルの様子を含む)。
プログラムには、音楽を諦めて単身カナダに渡り、愛を探して今日ここにたどりつき、2000人の愛に囲まれたことへの感謝の言葉が刻まれていた。ここに全て掲載はしないが、是非コンサート開始前に曲目とにらめっこしながら、Budo自身の言葉を噛みしめて欲しい。
キラキラとスパンコールの飾りが輝く、黒の上下で登場すると、サントリーホールのステージ上でもいつものように下駄を脱いで、ピアノに向かい合う。1曲目はベートーヴェンの「悲愴ソナタ」全楽章である。以前のSPICEのインタビューでも、「(小学生の低学年ぐらいに)初めて自分から前のめりにやりたくなった曲で(中略)サントリーホールもそのころからの目標の場所ですから、そこで、自分のクラシック音楽への情熱の原点となった曲」を演奏したいと語っていた言葉通りに、Budo少年のピアノへの初期衝動を一緒に追体験できる選曲なのだ。実はBudoのリサイタルで、ピアノ・ソナタ全楽章が演奏されるのは、今回が初めてのこと。それだけ思い入れの深い曲であり、ファンも固唾を呑んで見守り、ぐいぐいとBudoの音楽世界へと引き込まれていく。
「悲愴ソナタ」3楽章を駆け抜けて、ステージ袖にはけた後、再び登場してのマイク・パフォーマンスは、もちろん「ごきげんよう!」が第一声である。観客に向けて皆さんどこから来てくれたのか問うと、「上海!」という声も上がり、日本全国はもちろん海外からもファンが来ていることにホールがどよめく。サントリーホールがヴィンヤード(ワイン畑)型のホールであり、今日は文字通りに葡萄畑となっていることを運命だと説明した。「この曲で、僕が太陽となって皆さんを照らしたいと思います」という紹介で弾き始めたのは、ストピや彼のYouTubeチャンネルでも大人気のショパンの「英雄ポロネーズ」。流麗な旋律の奔流と力強い和音の連打に会場が湧きたつ。
前半最後の曲となるベートーヴェンの「交響曲第5番」第1楽章(リスト編曲)を思い入れたっぷりに紹介する。有名な冒頭の旋律を「ダダダダーン、ダダダダーン」と歌いながら、「このメロディーはみんな知っているよね?200年の時を越えてヒットし続けている究極のヒット曲だから」と軽やかに「運命」交響曲に触れると、照明が暗くなって運命の扉を叩く音がピアノから響く。ここからはBudoの力強い演奏の独壇場である。運命を切り開いてきたBudoにしかできない熱量の「運命」がサントリーホールでも展開された。ベートーヴェンとリストの合体という最強のタッグが観客をその音楽の虜にしていく。あっという間に前半のフィナーレである。
照明が明るくなると、Budoが登場した瞬間に驚かされた。クラシックの男性ピアニストでまず見かけることがない、ユニセックスなノースリーブに衣装チェンジしていたのだ。しかも上下真っ白な2ピースである。観客から歓声とも溜息ともつかぬ声が漏れたのがわかった。
後半冒頭は、シューベルト=リストの「魔王」。体格もよく手も大きい、Budoの力強いプレイが活きる楽曲で、右手の八分音符の連打が、急ぐ馬車の姿を目の前に浮かび上がらせる。パイプオルガンを照らす照明演出で、魔王の登場を象徴的に表現したのもBudo自身のアイデアである。
サン=サーンスが作曲した組曲「動物の謝肉祭」の中の「白鳥」を、アメリカで活躍したピアニストで作曲家のゴドフスキーが編曲した、超絶技巧を要するヴァージョンで。しかも続けて、ショパンの「バラード第1番」へ。羽生結弦のショート・プログラムからフリー・プログラムへという気分で聞いて欲しいと言う。「バラード第1番」は、自らの桐朋入学時の試験曲であり、カナダで観客70名のコミュニティ・センターで弾くことを再始動した時の曲であり、さらにYouTubeでアップした1曲目なのだと、今回の公演にかけた並々ならぬ思いを吐露した。どちらも超絶技巧の楽曲であるはずなのに、そんなことを感じさせることなく、音楽の魅力がまっすぐに伝わってくるプレイだ。
再登場してステージ後ろのオーケストラ台にラフに腰掛けてMCを始める。クラシック・ピアニストと言うよりも、ロック・スターの雰囲気が漂う。本編ラストは、ガーシュウィン(Budo版)/ラプソディー・イン・ブルー。ブラッシュアップし続けてきたこの曲は第12版までたどり着いたのだと説明した。ロシア系アメリカ人のガーシュインがヨーロッパとアメリカを見事に融合した曲であり、ちょうど100年前の初演にはラフマニノフもいたのですよと解説した。そうして二人が出会っていたのも、自分と観客がこうしてここにいるのも、音楽の魔法なのだと話して、ラプソディへ。ますます練り上げられ、Budo色に染め上げられたラプソディであった。カデンツァにはMCを踏まえて伏線とし、見事な音楽的なアイデアが盛り込まれていた。これは是非本番のお楽しみにして欲しい。最後の盛り上がりでは、2月の大阪・6月の岡山同様、クラシック・コンサートとしてはありえない光景がまた展開された。曲に合わせて、自然発生的に手拍子が起こり、温かい風が巻き起こった。本当に文字通りあっという間の2時間、ピアノ界のニュー・ヒーローが、クラシックの殿堂サントリーホールでこれまで繰り広げられてきた景色をすっかり塗り変えたのだ。是非、これから始まる各地のコンサートに足を運んで、その瞬間を見届けて欲しい。すでに今週名古屋公演が売り切れとなり、つづく札幌・京都・仙台も時間の問題である。アンコール曲はここでは敢えて書かずにおくが、アンコールラスト前のMCで「新しいクラシックを探したい」とビルボードでのウィンターワンダーランド公演について力強く宣言したことをお伝えしておきたい。ツアーの後はBudoの次の挑戦からも目が離せない。
初めて見た彼のコンサートのレポート以来、これほどまでにクラシックのピアノ音楽を楽しく聴かせてくれる演奏家が今までいただろうか、と書き続けてきた。その印象は今回も変わらないし、そんな私の陳腐な表現をBudoは遥かに超えてサントリーホール公演を成功させたように感じた。熱すぎる「クラシック愛」に溢れたBudoの演奏は、その場に居合わせたすべての聴衆の心を鷲掴みにしたはずだ。残る名古屋・札幌・京都・仙台の各公演でも、きっと「もっと熱いクラシック」が体験してもらえるはずだ。
取材・文=神山薫 撮影=Kayoko Yamamoto