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【対談】クジラ夜の街×崎山蒼志 バンドとソロ、ファンタジーとリアル……対照的に見える新世代音楽シーンの旗手に通じ合う精神性

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クジラ夜の街×崎山蒼志 撮影=森好弘

クジラ夜の街×崎山蒼志 撮影=森好弘

意外性と親和性をゴチャマゼにした、とても興味深いコラボレーションが実現した。ファンタジーを創るバンド・クジラ夜の街と、独自の世界観を歌うシンガーソングライター・崎山蒼志。8月28日に両者ががっちりタッグを組んだコラボ曲「劇情」がリリースされ、9月には名古屋、大阪、東京を回るツーマンライブツアーが開催される。
バンドとソロ、ファンタジーとリアル、カラフルな演出とむき出しの感情。同じ事務所に所属し、共に20代前半の同世代、新世代音楽シーンの旗手としての期待、ということ以外は対照的に見える二組は、実は深いところで通じ合う精神的同志だ。5人の対話の中から、その証拠を見つけ出そう。

――ある意味、対称的な世界観を持った二組なのかな?と思うんですが、まずバンドとソロのシンガーソングライターの違いを、どういうふうに感じていますか。

宮崎一晴(クジラ夜の街/Vo,Gt):その人の脳みその中を、そのままダイレクトに表現することができるのがシンガーソングライターで、個人の脳みそではなくて、関わり合うことで別の何かが生まれてくるのがバンドじゃないですかね。意図しているかしていないか、な気がします。

――はい。なるほど。

宮崎:バンドのほうは、偶然性も付きまとってくるものなので、バンドから紡がれる楽曲は全部、計画外でないといけないと思います。誰かの計画通りにやるんだったら、それはソロプロジェクトなので。だから僕は、デモを作ってもメンバーにはあんまり聴かせないです。それをやると、僕のソロプロジェクトになっちゃうので。そうやって、僕が最初に頭の中で鳴らしていたものとは別のものになっていくのがバンドなんですけど。逆に一人でやられている方に関しては、その人が考えていることを周りが表現していくことによって、その人そのものを実現させていくものなので。そういうことなんじゃないかなと思います。

――崎山さんは、どんなふうに感じていますか。

崎山蒼志:バンドは確かに、偶然性がより生まれやすいのかな?と思いますし、一人ひとりのカラーがあって、それを重ねた時にバンド特有のグルーヴが生まれる気がして、めちゃ憧れがあります。いろんなことにチャレンジしても、そこに統一感が生まれると思いますし、音色とかプレイスタイルで、バンドという一つのアイデンティティが確立される気がします。

宮崎一晴(クジラ夜の街/Vo,Gt)

宮崎一晴(クジラ夜の街/Vo,Gt)

宮崎:僕は逆に、シンガーソングライターというか、ソロプロジェクトは、一つのひらめきでそのまま動いていけるフットワークの軽さがありますし、一発のひらめきがすべてになるという、ダイレクトな感じにしびれますね。その人の力量と考え、価値観がすべてダイレクトに打ち出されるものですから、作品としてすごく楽しいです。僕はけっこう、ソロプロジェクトの曲を聴くんですよ。バンドより聴くかもしれない。清竜人さんとか、近いところで言うとTeleとか、SMAだったら岡崎体育さんも好きですし、僕はけっこうソロプロジェクトが好きだったりします。

秦愛翔(クジラ夜の街/Dr):僕は生粋のバンドの人間だと思っていて、シンガーソングライターの方が考えていることはわからないですけど、だからこそすごいなと思います。芸術を一人ですべて作るというのは、神聖なことだと僕は思うので。でもバンドは、みんなで知恵を持ち寄って作るという、情熱的なものという印象があって、一人でやる良さもあるし、みんなでやる良さもあるし、どっちがいいとかはないですけど。

山本薫(クジラ夜の街/Gt):僕は普通に崎山くんのファンで、ソロで弾き語りでやったり、バンドでやる時も、ドラムとベースの方が違うコンビだったり、見るたびにいろんな形態で、すごく自分を生かすのがうまかったり、他のメンバーを引き立たせるのがうまいなと思っていて。でもいろんな形態でやるけど、あくまで崎山蒼志というすごく太い軸があって、メンバーだったり、電子音だったり、アコースティックギターだったり、いろんな音を生かしてライブを作っていくのがすごくうまい人だなと思って、見るたびにワクワクします。

崎山:めっちゃ嬉しい。薫くんとは、昨年の自分のツアーで東名阪を一緒に回っていただいてて、素晴らしいプレイヤーだなと思っています。僕の曲には、ギターが2本入っていない曲もあって、そういう時は薫くんが自分でパートを作って、空間を埋めるようなプレーをしたり、たとえばレディオヘッドのエド・オブライエンみたいな、メインじゃないけど、いなくなったら絶対寂しいという感じもあるし、ぐっと前に出る時もあるし、いろんな面を持っている最高のギタリストだと思っています。

宮崎:崎山さんのバンド編成は、編成じゃなくてバンドですよね、ライブに関しては。制作はまた別かもしれないけど、ライブでは最近はバンド編成を取られているので、崎山蒼志という名前のバンドだなと思います。

崎山:僕は元々、バンドの音楽が好きなので。最近カネコアヤノさんが、kanekoayanoという名前で、正式に4人のバンドになったじゃないですか。僕もああなっていこうかな。ライブの作り方的には、わりとバンドっぽい感じだし、その人がやりたい楽しい感じでやってほしいと思うので。

宮崎:そういった意味で今回のライブも、畑が違うように見えて、そこまで違くはないんじゃないかな?と。バンドとソロプロジェクトというカテゴリーはあるけれど、今回、崎山蒼志さんはバンドですから。

崎山:でも、クジラ夜の街はめっちゃバンドという感じがする。

宮崎::僕たちはメンバーが変わらないで、ずっと同じ人たちでというところがあるので、そこにちょっとだけ差はあるかもしれないです。

山本薫(クジラ夜の街/Gt)

山本薫(クジラ夜の街/Gt)

――高校の同級生ですもんね。

宮崎:そうです。“せーの”で組んだバンドですから。いい思い出ですね。

――なんで思い出なんですか(笑)。

宮崎:あんまり地続きという感じがしないんですよ。ずっと同じ人たちなんですけど、あの時の名残りをずっと続けているというよりは、“そんな時代もあったね”いうことで、セパレートされている感じがします。

:20年前ぐらいに感じますね。

宮崎:結成7年ですけど、ライブのやり方も、動き方も、軽音楽部時代と、SMAに入ってからとでは、明らかにバンドの活動内容が変わったので、セパレートされている感じはありますね。ずっと走り続けてきたというよりは、気づいたら4人が今ここにいる、みたいなイメージです。

――面白いですね、バンドって。ねぇ佐伯さん。

佐伯隼也(クジラ夜の街/Ba):僕、曲をあんまり聴かないんです。前までアップルミュージックを使っていたんですけど、聴かなすぎて解約して、今は何もない状態です(笑)。

宮崎:音楽を聴かない人。

佐伯:そうなんです。でも崎山くんの曲はすごく聴きました。アップルミュージックを使っていた時に、聴いたアーティストのランキングの1位でした。その次が、クジラ夜の街なんですけど。

宮崎:彼のプレイリストは、競技人口が少ない(笑)。

佐伯:だから一緒にできたのが嬉しいです。

宮崎:“ほかにもいろいろ聴いていて崎山さんが1位でした”だったら嬉しいけど、あんまり聴いてないから、おまえの“嬉しい”には重みがない(笑)。でも、そんな奴がいてもバンドは成り立つんですよ。だって、佐伯さんのソロプロジェクトは無理じゃないですか。音楽を聴かないんだから。

――まぁ、そうですね(笑)。

宮崎:そんな人がメンバーにいるんですよ。そうすると関わり合いになって、面白い効果が生まれたりするので、バンドってなんでもありなんです。闇鍋なんですよ。なんでも入っていいというか、一流じゃなくたっていいし、それすらも良さになっていくのがバンドなので、ある意味いい加減なんです。それでもいいと思うし、でもそこにあぐらをかいてちゃいけないよねということで、うまくなっていく必要もあるし、それがバンドなんじゃないかな?と、最近は思うようになりました。

佐伯隼也(クジラ夜の街/Ba)

佐伯隼也(クジラ夜の街/Ba)

佐伯:確かに、聴かないぶん、自分の中の引き出ししかないので、普通の人はやらないこともやっているとは自負しています。

宮崎:メンバーそれぞれの美学があって、本当にバラバラだけど、バラバラのほうがいいと思っているし、メンバーがそれぞれの方向を向いている中で……こっくりさん的なことですね。

――ああー、なるほど。全員の手が、自然に落ち着く場所へ動いていく。

宮崎:全員がいろんなことをやっていて、最終的にどこに行くかはバンド任せというか。だからソロアーティストは神聖なものだと秦は言ったけど、僕は逆で。

:俺、適当に言ったけどね(笑)。わかんないから。

宮崎:バンドが最終的にどこかに行くみたいなのは、バンドという人ならざるものの力が、最終的に働いた結果なんじゃないかな?と思っていて。そういうスピリチュアルなものがバンドにはあるなと思います。

佐伯:いいですね。

:俺もそう思う。

宮崎:こんな人がいてもいいし、あんな人がいてもいい。それがバンドなんじゃないかと思います。

秦愛翔(クジラ夜の街/Dr)

秦愛翔(クジラ夜の街/Dr)

――スッキリしました。よくわかりました。そして、そんな両者が曲を作るというのは、一体どういうふうに進めていったんですか。「劇情」は、曲の骨格だけ聴くと、クジラっぽいのかな?という気はするんですけどね。メロディやリズムの作り方は。

宮崎:メロは崎山さんに出していただいたところも多いですし、インター(間奏)やBメロのコードとかは、絶対自分からは出ないコード進行だったりもするので、そこがすごく面白いと思います。歌詞は先に僕が提案しているんですけど、楽曲の面で、メロディとかは崎山さんに僕が乗っかっていくようなスタイルだったかもしれないです。

――顔を突き合わせて、ですか。それともデータのやりとりで?

宮崎:顔を突き合わせて、でしたね。最初に僕が3案くらい原案を提出して、どれが一番グッときますか?みたいに、詩と、その詩の説明みたいな画像を作って、送って、選ばれたのが「劇団(仮)」というものだったんですけど。“鑑賞”と“干渉”をテーマにしていて、それはコラボ的な意味とラブソング的な意味のどっちもあって、今まで僕は崎山さんの楽曲を聴いているだけで、観賞するだけだったのが、今回は干渉していくことになるので、そういう楽曲の原案を出して、その後は顔を付き合わせて作っていきました。

――崎山さんは、これまでも何人かとコラボレーションで曲を作っていますけど、今回はどんな体験でしたか。

崎山:同世代の、しかもバンドと作詞作曲を共にするのは、リーガルリリーとやったことはあるんですけど、それは自分が作詞作曲を終えた段階で、ここまでがっつりと共作することはなかったので、すごく新鮮な体験でした。あと、歌い出しとか歌詞のテーマを、しっかり一晴くんが設けてくださっていて、自分はそういう作り方をあんまりしないので、それがクジラ夜の街というバンドの魅力だと思いますし、だからこそこういう、どっちが書いているかわからない曲になっているんだと思います。

――そうですね。

崎山:サウンド面に関しても、クジラ夜の街独特の、みんなのルーツから成り立っているグルーヴがあるから、こういう曲になったのかな?と。 Bメロとかは、めっちゃ自分っぽい感じで出しましたけど、クジラ夜の街の一員になったような感じがします。同世代でもありますし、こうやってインタビューを受けていること自体、5人目のメンバーになった気がします。

宮崎:並んだ時に、絵になる感じがありますよね。アーティスト写真を見ても。繋ぎ合わせた感がなくて、そのまんま受け止められるというか。

:確かに。

――そして「劇団(仮)」が、「劇情」になっていったわけですか。

宮崎:サビで《劇場》《激情》と言っているんですけど、この漢字の並びにするのは崎山さんのアイディアです。

崎山:元々、《鑑賞》と《干渉》、《劇場》と《激情》というテーマを一晴くんが言ってくださっていて、タイトルを付ける時に、二つを混ぜるといいんじゃないかな?と。

宮崎:その案をいただいたという形でした。劇情という言葉もあるらしいんですよ。中国語なのかな? 物語という意味らしいです。

崎山:それは知らなかった。

宮崎:それも偶然の産物ですね。面白かったです。

 

――これはライブでぜひ聴きたいですね。次のツーマンツアーで初披露になりますか。

宮崎:やりそうですよね(笑)。

――やりそうじゃなくて、やってもらわないと困る(笑)。ここからライブの話もしたいんですけど、クジラ夜の街のライブは、衣装やセットや、一晴さんの語りも含めてしっかりと世界観を作るという美学があって。対する崎山さんは、歌と演奏だけで、抜き身で勝負するみたいな、そういう見え方の違いはあるかなという気はしていて。

宮崎:そうですね。性質の違いですね。

――クジラ夜の街のライブは、以前からそういうスタイルでしたか。

宮崎:ただ僕らの場合は、飾っているのは自分だけで、彼ら(メンバー)はプレイヤーとしての自我を出しているので、ファンタジーというものにパッケージしているのは、意外と僕だけだったりするんですよ。そこで自分の美学というか、そんなに高尚なものじゃないかもしれないけど、飾ることが、僕にとっては飾らないことなんです。“飾らない自分を出す”という言い方があるじゃないですか。それが正当化されることが多いと思うんですけど、僕の自然は飾る自分なので、ナチュラルにやりたいことをやっていくのがこういうことだ、というものがあって。飾り気のないもののほうが、僕としては要らない思考が入ってきているというか、“何にもしないで好きなことをしてみて”と言われたものが、これだっただけなので。僕の場合は、飾ることが飾らないことで、飾らないと飾ってしまうという、そういうジレンマがあるので、そこをうまくやっていくのが、クジラ夜の街の今のライブに繋がってるのかなと思います。

――すごくよくわかります。なるほど。

宮崎:でも崎山さんは……めっちゃ別の話ですけど、僕は最近、小説とか物語を書いてみたいなと思っているんですよ。フィクションのものを。エッセイは絶対に書けないなと思うんですけど、崎山さんってエッセイ的なんですよね、僕から見ると。そのエッセイの原体験みたいなものを、崎山さんの視座で切り取っていく、それが楽曲なんじゃないかな?と思っていて。そういった意味で言うと、小説とエッセイみたいな価値観の違いがあるんじゃないかなと、ちょっと思っていますね。

――そうなると、必然的に見せ方、見え方が変わってくる。

宮崎:崎山さんの場合は、生活とか、原体験というものがあって、そういったものを崎山さんなりの価値観で再表現していくというのが、全楽曲に当てはまるんじゃないかなと個人的には思っていて。僕の場合は、妄想というか、現実とはまた別のものを描きながら、“でも、これとこれは実はイコールなのかもしれないね”みたいなところがあって。それは楽曲もそうだし、ライブにも表れているから、僕の場合はストーリーテリングとか、MCとかで飾っていくんですけど、崎山さんは自分の原体験みたいなものを、むき出しな楽器テクニックとか、ライブの表現とかで表している。そこに差が生まれているという感じですかね。

崎山蒼志

崎山蒼志

――作家の、作風の違いですよね。崎山さんの、むき出しのライブスタイルは、あらかじめ美学があったものですか。それとも、自然に出来上がっていったものですか。

崎山:完全に、めっちゃ自然です。この間、LINE CUBE SHIBUYAでクジラ夜の街のライブを観て、すごく楽しかったんですよ。めちゃくちゃ作り込んでいるライブも好きだし、えっ!?という演出があるのも面白いし、そこに対していいなと思う視点はずっとあるし。そもそも小学校低学年ぐらいから、音楽性は全然違いますけど、V系のバンドが好きで、Plastic TreeとかMALICE MIZERとか、DVDをずっと見ていたので。演出に関してずっと憧れはあるんですけど、自分はまだやっていないという感じです。

――彼らもきっと、演出という意識もあるでしょうけど、むしろそちらのほうが自然というか。

崎山:そうだと思います。

宮崎:ステージで表現したいことを純粋に考えると、そうなるんですよね。崎山蒼志さんを好きなシンガーソングライターがいたとして、自分の個性に自信がないからと言って、崎山蒼志さんみたいになっていく人がいたとしたら、それは素ではないというか、モノマネになってしまいますから。崎山蒼志さんは本当に唯一無二ですし、自分も、飾っていく方向性の人って周りに意外といないと思っていて。でも僕は着飾っていくことがすごく好きだし、自分のモットーに付き従って動いていますから、バンドもちゃんとブレないものを持っているなと思います。

――素晴らしいアーティスト論だと思います。どのやり方にせよ、自分を出すことが表現になるという意味では、崎山さんとクジラ夜の街は、共通項があるんだなと思います。ちなみに、崎山さんにとって、“ファンタジー”ってどういうものだったりしますか。

宮崎:それ、俺もめっちゃ聞かれるんで、逆に聞いてみたいですよね。“一晴さんにとってファンタジーとは”とか、めっちゃ言われる。僕はそんなに深く考えていなかったけど、崎山さんはファンタジーと聞いて何を思いますか。

崎山:たとえば絵本とか、そういうものも好きなんですけど、内田百閒さんという文学の人が好きで、あの人の作品はファンタジーかもしれないと思います。それは、うつつ(現実)と夢がわからなくなっていくような表現で、けっこう不気味な描写がでてきたり。

宮崎:『パーフェクトブルー』的な感じですか。境界が分からなくなっていく感じ。

崎山:あと、可愛くても、メタファーがあったりとか、そういうのはすごいファンタジーなのかなと思います。現実ともリンクしていたり、社会風刺的な部分もあるし、でも“こことは違う場所”という認識があって、そういうものにファンタジーを感じます。普通で言うなら、『リトルマーメイド』とかも。

宮崎:『リトルマーメイド』は本当にファンタジーですね。『ピノキオ』とか。僕の場合、ファンタジーは現実逃避ではないと思っているんですよ。逃避じゃなくて、旅行なのかなと思います。

――旅に出て、帰って来る。

宮崎:そう。帰って来ないとダメです。現実から目を背けることがファンタジーではない。何かそこで手がかりを見つけて、その人たちのリアルというものに還元されていくのがファンタジーですし。そこを自分の住みかとするんじゃなくて、あくまで旅先なんだよということで、優しく送り出してあげる感覚を、ファンタジーを作る時はいつも持っています。ディズニーランドには住めないですからね。いつか帰らないといけないんですよ。

――ファンタジーは楽しくもあり、やがて悲しいものもでもあり。

宮崎:終わるもの、醒めるものですから。でも、いつでもまた戻って来られる場所でもあるので、そういった意味では温かさもあるのが、個人的なファンタジー論です。

――それって、まさにライブじゃないですか。

宮崎:そうですね。ライブは終わりますから。ライブは必ず終わるし、小説も映画もいつか絶対終わるんです。だから逃避じゃないんですよ。旅行なんです。そこに住むことはできない、刹那のものです。

――さぁ、そんな崎山蒼志とクジラ夜の街のツーマンツアー『劇情』が、9月13日(金)に名古屋、14日(土)に大阪、26日(木)に東京で開催されます。どんなライブにしたいですか。

:そうですね、これはまぁ普通に……。

宮崎:“普通に”。あんまり言わないでほしい言葉が出たね(笑)。まぁ、彼はファンタジーではないですから。

:僕は本当にライブが大好きで、人前でドラムを叩くのが生きがいなんですよ。それはどんなライブでもそうなんですね。誰かと対バンするとか、ソロでワンマンやるとか、サーキットだとか、全部好きなんですけど、だからと言って変わることはなくて。これはちょっと自負しているんですけど、割合的には少ないかもしれないけど、僕のドラムを聴きに来てくれる人がいるのを知っているので、そういう人たちにとってのファンタジーじゃないですけど、僕はそういう人たちにとっての生きる希望でありたいから、どのライブも変わらず、全力で自分のできることをやりたいですね。このライブも同じで、僕のできることを全力でやりたいと思います。

山本:崎山蒼志とクジラ夜の街は同じSMA所属で、歳も近いんですけど、出ているライブの雰囲気は全然違っていて、その二組が一緒にツアーを回るということで、お互いのお客さんが新しい世界を観て、“こういう人もいるんだ”ということを知ってもらえたら、そこから好きな音楽が広がっていくかもしれないし、その架け橋じゃないですけど、きっかけになったらいいなと思います。

佐伯:3大都市のツーマンツアーは、今までしたことがないので、最初が崎山くんというのがすごく嬉しいですし、すごく楽しみです。バンドバージョンのライブをまだ観たことがなくて、ライブ映像を見ると、けっこうイメージと違ってロックでやっていたので、すごく楽しみですね。

宮崎:僕らのセットリストは、けっこう渋い楽曲をパッケージしていきたいなと思っていて、そういう意味ではビターなファンタジーですね。最近そういうライブにはまっていて、ヒップホップをよく聴いていることもあって、輪をかけて好きなんですけど、ファンタジーという霧の奥にある人間性みたいなものを表出できるようなライブにしたいなと思っているので。渋くありたいですね、このツアーは。

――楽しみにしています。

宮崎:でも秦が言った通り、そうは言いつつも、ただ楽しめればいいなと思っています。僕もライブの日はあんまり難しいこと考えたくなくて、これまで生きてきたこととかを出したいなとは思いつつも、純粋に圧倒したいという気持ちが強いので。楽しんでいただけたらいいし、こちらも楽しみたいというのが、一番大きいんじゃないかと思います。

崎山:ぜひ観に来てほしいです。よろしくお願いします。

取材・文=宮本英夫 撮影=森好弘

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