回る回る星の上でいつかまた ReoNa 5年ぶりの“Birth”に集った惑星たちの瞬き

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撮影=平野タカシ

2024.10.20(SUN)『ReoNa ONE-MAN Concert “Birth 2024”』@東京ガーデンシアター

ReoNaの初のワンマンライブは、2018年の10月19日。Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASUREで開催された“Birth”だった。

あの時はまだカバー曲も歌いつつ、やっと18曲の構成というライブだったのを覚えている。ReoNa名義ではファーストシングル「SWEET HURT」しかリリースしていない状況。今よりも幼く不安げだった彼女が「私が誰かの癒やしになれればいい」とMCで語っていたのを覚えている。あれから6年と1日、今ReoNaはあの頃は建設もされていなかった東京ガーデンシアターの真ん中で、満員の観客の眼の前に立っている。

前日には同じ会場で、自身が歌唱を担当するTVアニメ『ソードアート・オンラインオルタナティブガンゲイル・オンライン(以下、GGO)』に登場する歌姫・神崎エルザ(CV:日笠陽子)との「対バンライブ」となった『神崎エルザstarring ReoNa×ReoNa Special Live“AVATAR 2024”』を開催したが、この日挑むのは自身の26歳のバースデー当日のライブ。チケットは早々にソールドアウト、注釈付きの指定席を急遽開放するなど期待値は早々に高まっていた。

東京ガーデンシアターのステージは広く高い、客席もステージから見て扇状に設定されており、どこからでもかなり見やすく、演者を近く感じられる近代的な構造になっている。その中央に高く組まれた段の中央、丸いカーペットが敷いてある、デビューからずっとその上でReoNaは歌い続けてきた。すっと流れ続けていたSEの洋楽が消えていく、暗転する世界、お歌の時間だ。

青いレーザーの中、ゆらり蜃気楼のようにステージに登壇したReoNaの選んだ一曲目は「BIRTHDAY」。生まれた日、新しい一年の始まり、それを盛大にお祝いするというわけではなく、あくまでも痛みの先に生まれる明日への希望のステップの一日。

続いて「Let it Die」切なく、メロディックに展開される音楽、そして響くチェンバロの音色は「生命線」のプレリュード。会場を縦横無尽に赤いレーザーが蠢くその様は主題歌となっている『月姫-A piece of blue glass moon-』の世界観そのまま、直死の魔眼が捉えるは断ち切れば全てを死に導く生命の線。空に輝く満月が無かったとしても、それは月姫の世界を表現しきっていた。

続く「Alive」では一転して白一色の光が差し込んでくる。『アークナイツ【黎明前奏/PRELUDE TO DAWN】』オープニングテーマであるこの曲も、広大で荒廃した世界の中、希望を持って行動するロドスの戦いを表現している。アニソンシンガーとして、その世界観を最大限伝えるお歌をReoNaは歌い続けている。

「今日、ここに来てくれたあなたとの一対一、最後まで心を込めてお届けします」

MCからReoNaの始まりのお歌「SWEET HURT」へ、そして「unknown」「いかり」「原作者」など、何者でもない、でもたしかにそこにいる“あなた”への音楽が続けて放たれていく。やりきれない、叶わない、心が折れてしまいそうな瞬間に振り返ると存在している音楽。ReoNaが10代の時に欲しくても手に入らなかった音楽を、自身が紡ぐことで次の世代の絶望少年や少女たちに、そしてかつて絶望していた人たちに寄り添う時間が粛々と、美しく流れていく。

ステージ上手上部にひっそりとスポットライトが差し込む。「ここじゃないどこか、半歩先の世界に、期待を抱いて飛び立った少女の歌」デビュー当初から大事に歌い紡がれてきた「トウシンダイ」の時間。なぜこの歌を歌う時のReoNaからは、少しだけ幼い雰囲気を感じるのだろう?スポットライトが照らし出す“彼女”の気持ちを代弁するように、しっかりと、エモーショナルに歌い上げられる。

誕生日という本当の記念日に歌われる「何でもない、2つめの誕生日」を歌う姿に差し込むように光が舞い降りる。言葉にならない思いが客席から放たれる。それはReoNaという存在を透過してグルーヴとして、空間を粒子のように埋め尽くす。紛れもないReoNaしか作り出せない“お歌の時間”だ。

バンドメンバーもコーラスとして参加した「Someday」は、ReoNa自身が14歳の時に感じた絶望を詰め込んだ一曲。1284グラムで生み落ちたというReoNaが本当に感じたやりきれない思いと、逃げ切れない現実。絶望しながらそれでも生きてきて、26歳になったReoNaは今ステージの上であの時の自分自身に語りかけるように歌う。

以前インタビューでも、昔の自分に届ける一曲を選ぶとしたら?という問いにReoNaは「Someday」を上げた。あの頃の自分に対して「気分はどう?しんどいよな、わかるぜ」と気さくに語りかけるようなこの曲には、僕らのように思春期なんて忘却の彼方に置き去ってきてしまった人間にも、言葉にできないノスタルジックな胸の痛みを思い出させてくれる。暖かくて、やりきれなくて、誰かに聞いてもらいたくて、静かで空虚でそれでも…と情景が思い浮かんでくる。

曲中の登場人物であるタテカワユカは今、朝焼けは綺麗だって思えるのだろうか?曲を聴きながら、真剣にそう思えるようになっていてほしいなと感じていた。そこには虚構も真実もない、あの空間に居た数千人は絶対にタテカワユカの事を考えていたし、その先に今や過去の自分を重ねていたはずだ。その時間を生み出す魔法こそが、音楽なのではないだろうか。

長い暗転が開けると、ReoNaはすっとステージの中央にあぐらをかいて座っていた、バンドメンバーも階段に座るなどして、ぐっと近くに寄っている。

ギターを抱えたReoNaが語った26歳の目標は「免許を取る」こと。バンマス荒幡亮平からは「アクセルに足が届くのか問題」という話が出るなど、まるでキャンプの夜のように暖かい空気になったところで、トイピアノの鍵盤がReoNaの手で叩かれる。アコースティックで歌い出したのは「絶望年表」。自身の足跡をなぞるように優しく、しっかりと演奏する姿を見て、頼もしくも思いつつ、センチメンタルな気持ちにもなってしまった。

あぐらをかいてラフにギターをかき鳴らすその姿を見て、ReoNaの向こう側に一度夢見た光景を垣間見てしまった。そんな未来があったら良いな、2018年から個人的に、全く個人的に密かに思っていたこと。でも願いがいつも叶うわけでもなく、現実はいつも残酷な方を選びがちだ。だからこそ、そんなときそばに居られるだけでいいよ、とReoNaはギターを掻き鳴らす。

その流れのまま「辛いとき辛いと言えたらいいのにな」の言葉から「決意の朝に」(Aqua Timezのカバー)が歌われていく。胡座をかいたリラックスした姿のまま絶望と決意を語るReoNaはとてもしなやかだ。

そう言えば最初のBirthでもこれは歌われていた。あの時は今以上にAqua Timezの曲を借りました。という感じがしていたが、今は自分の言葉と思いをしっかりと載せられているような気がしている、写真を見返せばReoNaは今よりよっぽど少女の面影を残しているし、緊張が今でも伝わってくるようだ。大人になったなぁと親戚の親父のような言葉が口をついて出そうになるが、歌の説得力は絶対的な強さとしてReoNaを支えている。

そして流れは更にドラマチックに進んでいく。

「時に私達人間は、誰かの言葉に傷ついて、誰かの言葉に救われて、時に、一人になりたくて、でも一人は寂しくて…人と出会い、人と別れ、それでも生きていく」

絶望を超え、決意の先に響かせる人間讃歌「HUMAN」はおそらくReoNaがそのマイクを置く瞬間(は多分彼女が生を終えるときなのだと思っている)まで変わらないマスターピースな一曲。歌う年代、歌う状況、場所全てで風景を変えるメロディと普遍的な言葉、伸びやかに音楽が会場を満たしていく。誰だって寂しくて、満たされたくて、誰かを嫌いになんてなりたくないのに、無情すぎる時の流れに奔流されながらもReoNaは「それでも」といい続ける。着席しながら1万を超える瞳がReoNaの一挙手一投足に注がれる。無数のライトやレーザーが瞬くガーデンシアターはまるで銀河のようで、そこで歌うReoNaも星の一つのようだ。

「ガジュマル~Heaven in the Rain~」は亡き祖父を思い歌われた一曲。光の演出がまるで巨木のようにステージ後方を照らし出した時は声が出た。今回のガーデンシアター両日にわたって、照明チームの仕事は感嘆を漏らすしか無かったのもお伝えしたい。こんなに照明を入れていいの?と思えるくらいの物量を使いこなして、曲の世界を伝えきる。ReoNaやバンドが見えなくても、光を見つめて感じるだけでも多幸感を得られる彼らの努力を心底評価したい。素晴らしい音楽とともに光に包まれるということは、幸福なのだ。

ジャジーで洒落たバンドセッションとソロの後、赤いタップシューズを履き、白いワンピースに赤いライダースを羽織ったReoNaから待望の言葉が投げかけられる。

「ここから先は、立ちあがって、一緒にお歌楽しんでもらえたら」

ReoNaの号令とともに座っていた客席は一斉に立ち上がり、ラストスパートが始まる。今だけはすべてを忘れて踊りましょう…シャドウダンサーズ20人を引き連れての「シャル・ウィ・ダンス?」では自身もタップを披露する。ダンサーが多層構造のステージに居るだけで、まるでミュージカルの舞台のようだ。会場を埋め尽くした観客もReoNaやダンサーとともに踊り、今まで以上に会場が一つになっていく。「レ・ミゼラブル」を「ああ無情」と訳したのは明治時代の翻訳家黒岩涙香だが、どこかその言葉が似合うような泡沫の享楽が展開されていく。

まだ少し熱の残る会場に神秘的な鍵盤の音が響く。聞いたことのあるメロディ、そして再度黒のライダースに身を包んだReoNaは自身の代名詞とも言える「ANIMA」をついにドロップする。あまりにも圧倒的な照明。まるで宇宙戦争かと思うくらい飛び交う光、ソロパートではバンド全員が最高で最大のパフォーマンスを見せる、いつも強烈な演奏を見せつけてくれる荒幡亮平を見れば、祈るように鍵盤に突っ伏している。一人ひとりに全員ができる全てを通して“魂の色”を訴えかけていく。

前日発表された神崎エルザstarring ReoNaとして12月25日発売のミニアルバム「ELZA2」の情報とともに、初情報として来年3月には全国6都市を巡る『ReoNa ONE-MAN Live Tour 2025 “SQUAD JAM”』の開催を発表すると大きな歓声が、来年の約束があるから今燃え尽きてもまだ生きていける。

「死ぬ気で遊ぶ準備はいいですか?」一つとなった東京ガーデンシアターでは最新曲「GG」がドロップされる、昨日の『AVATER』で神崎エルザから譲り受けたギターをかき鳴らす姿は新鮮かつ最新のReoNaだ。昨日は曲中に神崎エルザCVを担当する日笠陽子が登場したが、今日は一人でステージの中央で歌い上げる。ゲーミングカラーを思わせる緑のレーザーが飛び交い、がなりあげるように、そして時に切り裂くように歌う姿に客席は温度を上げていく。昨日は笑顔も見えたが、今日のReoNaの「GG」は格段にクールだ。サビ終わりの気だるげな「Yeah」の声にはゾクリとさせるrock’n’rollの雰囲気が漂っている。

新境地を爆音で殴りつけるように見せたあとにReoNaは、「ReoNaのライブにアンコールはありません」と約束の言葉を放つ。先日の『AVATER』では神崎エルザに請われて禁断のアンコールを披露したが、あれはあくまでエルザの主催ライブ。今日は徹頭徹尾ReoNaの空間だ。

「栄光はなくても、正常じゃなくても、成功はなくても、正解じゃなくても、きっと、きっと、きっと…命は続いていく。紡がれてきた命、つながっていたその先で、いつか来る終わりまで。またこうして、あなたと、あなたと、あなたと…何度でも、未来を重ねられますように」

未来の約束とともに、総勢48人のクワイヤーを引き連れて歌われたのは『ソードアート・オンライン』原作小説刊行10周年テーマソングとなる「Till the End」。圧倒的であり、叙情的であるこの楽曲が描いているのはずばり『ソードアート・オンライン』の世界そのものだ。目を閉じればキャラクターたちの足跡や戦いが浮かぶ、そしてこの命の物語はこれからも歌い続けるReoNaの道のりとリンクしている。圧倒的なエンディング感。だがアウトロのピアノの音は鳴り止まない。間髪入れず、光が道のようにReoNaの後方に広がっていく。

「全てのあなたに、出会ってくれてありがとう」

ゆっくりと角谷ストリングスの弦の音がピアノに重なる、ライブの最後に放たれたのはゲーム『ソードアート・オンラインフラクチュアード デイドリーム』主題歌「私たちの讃歌」。10分40秒に渡る壮大なこの曲で歌われるのは「ありがとう」の思いと言葉。全てのバンドメンバー、クワイヤー、そしてReoNaが感謝を音楽に乗せて降り注ぐように届けていく。

ステージの階段を埋め尽くすクワイヤーたちの中心には黒き歌うたいであるReoNa。絶望を救ってくれる曲を探していた少女は、6年のアーティスト活動の中で希望と未来を歌うシンガーに進化した。プログレッシブ・ロックというよりは、ReoNaとSAOの世界を構成する組曲とも言えるこの楽曲。曲中ではギターを持ち歌う神崎エルザパートも存在するが、そこではバレットライン(GGOにおける弾道予想線)のように赤いレーザーが飛び交う。全てのスタッフがReoNaと、観客と、作品に対するリスペクトを最後まで忘れない姿勢は感動を呼ぶ。まるでこれまでの彼女の足跡を追うような、総勢80名を超えるミュージシャンによる特別なライブは、万雷の拍手の中で幕を閉じた。

ラインナップではやりきった顔のバンドメンバーが印象的だった、2日間で3つの形態、37曲を演奏しきった彼らには最大限の称賛を送りたい。

カーテンコールでは瞳に涙を浮かべたReoNa。彼女がここに至るまで悩み、苦しみ、それでも歌い続けてきたことは、僭越ながら取材をし続ける中で見させてもらってきた。

この日集った数千人はReoNaという存在に惹きつけられた人たちだ、でもReoNaは決して太陽のような恒星ではない気がしている。彼女も惑い、移ろう惑星だ、そして僕らも日々迷いながら明日に向かっている惑星なのだと思う。惑星が光り輝く時があってもいいじゃないか。

希望のような輝きの周りをぐるり回り続ける僕らが出会って、惹かれ合ったのがこのステージだったような感覚がある。喜びも悲しみも、幸福も絶望も山程人生で味わいながら僕らは生きて、いつか死んでいく。

「何のために吸って吐いているのかわからない呼吸で、お歌を紡いで、今日までやってきました。あなたもそうかな…?これだけ沢山のあなたと、お歌と、一緒に過ごせた今日という日を、心の底から誇りに思います」

自転しながら、公転しながら、僕らは今日も明日も呼吸する。だからこそまた星は巡り合う、ReoNaを見送りながらそう思っていたら、昨日ライブを終えた神崎エルザの「ALONE」の歌詞がふっと降りてきた。

「どこにいたっていいだろう 回る回る星の上でしかないし 行く宛もないなら どこまでも行こうか  惜しむ別れも無いだろう」

ああそうか、エルザはいつも僕らの一歩先を行く。旅の先に、またReoNaに会える日を楽しみに。

レポート・文=加東岳史 撮影=平野タカシ

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