ショパン国際ピアノコンクール史上最年少覇者、ユンディ・リが『YUNDI plays MOZART』と題したツアー公演を行う。本ツアーは、ユンディの活動再開を告げる新プロジェクト。2024年3月~5月にウィーン、ベルリン、パリなどヨーロッパ大都市にて、9月~10月には久し振りとなる来日公演ツアーを行い、日本各地を盛り上げた。2025年1月には、追加公演として4会場で行われる。年明けに迫るツアー公演について、ユンディに話を聞いた。
――2025年1月に、『ユンディ・プレイズ・モーツァルト――ザ・ソナタ・プロジェクト・ワン』の日本ツアーが行われます。リリースされたCDと同じく、オール・モーツァルト・プログラムだそうですね。ツアーでも、モーツァルトの3つのピアノ・ソナタと幻想曲1曲を取り上げます。
モーツァルトは、ショパンと同じぐらい昔から大好きです。今回のプログラムは、モーツァルトの代表的な作品で構成しました。
まず、舞踏的な要素が強く、広く知られた《ピアノ・ソナタ 第11番》をプログラムの1曲目に置きました。続いて、《ピアノ・ソナタ 第8番》は、1曲目とは対照的に少し重たく暗い作品で、モーツァルトの母が亡くなった時期の創作と言われています。3曲目の《幻想曲》K.475は私の大好きな曲。とても変化が大きく、色彩に富んだ作品です。そして、最後は《ピアノ・ソナタ 第14番》。とても情熱的で、ベートーヴェンのような雰囲気の音楽です。
このように性格の異なる作品を置くことによって、モーツァルトの多様性を表現したプログラムにしました。
――ユンディさんは、第14回ショパン国際ピアノコンクール(2000年)に史上最年少で優勝されました。審査員も務められたことがありますが、モーツァルトとショパンの共通点を教えていただけますか。
まず、ショパンはモーツァルトの音楽をこよなく愛していました。また、作曲に関しても、ショパンはモーツァルトの作品について勉強していたと思います。二つ目はメロディについて。優美なメロディを求めているところも、ふたりの共通点だと思います。それから、音色へのこだわり。ピアニストに求める技術としての音色です。その音色をもってひとつの作品を表現していく……音の色に重点が置かれるところも、ふたりの共通点だと思います。
――ショパンの音楽はハーモニーの変化がもっと複雑です。一方、モーツァルトについてはシンプルです。
そうですね。変化についてはショパンの方が複雑かもしれません。でも、キャラクターの変化、音色の変化というところでは、モーツァルトはショパンよりも複雑なものがあります。ショパンは、ロマン派と言いながら、技法的には古典派に近いところもありますよね。一方で、モーツァルトは古典派ですけれど、今回演奏する《幻想曲》のような曲を聞くと、ロマン派に近い雰囲気を感じます。しかもモーツァルトは、とても単純な音楽のように聞こえても、作品に込められた変化が実に多く、それもしっかりと表現しなければなりません。
――ユンディさんの演奏を、私は以前から聴いています。他のアジアのピアニストよりも、メロディの歌い方がとても自然ですね。
わざとらしくない音……モーツァルトも、もちろんショパンもそういうものを要求する作曲家です。
――モーツァルトも、ユンディさんには合っていると思います。
これまでショパンをたくさん演奏してきましたが、ショパンと同じぐらいモーツァルトも好きです。今は、モーツァルトを懸命に研究しています。
――ユンディさんが初めてモーツァルトを弾いたのは何歳ごろですか?
8歳ぐらいだと思います。子どもは、モーツァルトの簡単な作品を練習しますよね。
――モーツァルト演奏について、どのピアニストに影響を受けましたか?
いろんなピアニストのモーツァルトの演奏を聴きました。それぞれのピアニストには、それぞれのモーツァルトがあります。もちろん、さまざまな演奏に、啓発されることもありました。私のモーツァルトは、彼らの演奏とは違いますし、自分の演奏するモーツァルトも今日と明日とでは違います。いつも新鮮な感覚で演奏できるのが、モーツァルトの音楽だと思います。
――年月を経て、モーツァルトに対する見方はどのように変わりましたか?
子どもの頃は、簡単だなと感じていました。そして、その頃にはわからなかったことが、大人になってわかってきました。もっと多面性のある作曲家であり、その多面性によって、モーツァルトの音楽は完成していることもわかりました。とても魅力的で、人の心を惹きつける。しかも立体感が備わった音楽……これは大人になってからわかったことです。
――今回、演奏される4曲のなかで、《ピアノ・ソナタ 第11番》の第3楽章「トルコ行進曲」は、日本でも人気が高く、子どもたちもよく演奏しています。
私がこの曲を初めて弾いたのは、10代のころかと思います。音楽学校時代でした。当時と今とではまったく違う見方をしています。
――ほかの3曲ですが、短調の作品が並びます。
《ピアノ・ソナタ 第8番》ですが、私はこの曲の第2楽章が特に好きで、完成された美しい音楽だと感じています。これら4曲の特徴は、モーツァルトの作品の中でも複雑で、いろんなものを表現している音楽と言えます。《幻想曲》も同じく、変化に富んでいますが、オペラのような劇性があります。
――《幻想曲》と最後《ピアノ・ソナタ 第14番》を組み合わせて演奏するピアニストが多いですね。
両方ともハ短調の作品ですね。《ピアノ・ソナタ 第14番》は、ベートーヴェンの初期のピアノ・ソナタを思い起こさせます。「C」でつながっているソナタもあります。(筆者注:ベートーヴェン《ピアノ・ソナタ 第8番「悲愴」》)。
ベートーヴェンは、モーツァルトのこのピアノ・ソナタから強い影響を受けたのではないでしょうか。彼の後の作曲家も、モーツァルトを手本にした人は多いと思います。
――ユンディさんは、モーツァルトのどのようなところに魅力を感じますか。
やはり、モーツァルトの音楽の豊富さです。多くのことが要求されます。つまり、研究するに尽きないところがあります。特に、音色の追求…音の一つひとつをどのように色彩を表現するかと。もしも、ピアニストがモーツァルトの要求するものを表現できたならば、他の作曲家の作品を演奏するときも、うまくいくことが多いと思います。それぐらいモーツァルトの作品では、複雑な表現が求められるのです。
――今後、モーツァルトのピアノ・ソナタ全曲を演奏する可能性はありますか。
決まってはいません、モーツァルトを演奏していきたいので、全曲演奏するかどうかはわかりませんが、続けていくことについては検討中です。
――日本で楽しみにしていることはありますか?
6年ぶりの来日になります。日本では、ラーメンを食べるのも楽しみのひとつです。日本のラーメンは種類が多く、麺やスープも多様です。繊細でバラエティーに富み、多種多様なところがモーツァルトの音楽にも通じるところだと思います。
――コンサートについて、日本のみなさまにメッセージをお願いします。
久しぶりに来日できて、とてもうれしく思っています。心を込めてモーツァルトの作品を演奏します。みなさまに楽しんでいただけることを願っています。
取材・文=道下京子 撮影=中田智章
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