くじら ONE MAN Live 「HUNTER’S MOON」
2024.10.12 Zepp Shinjuku
今夏は各地の夏フェスへの出演や、TVアニメ『先輩はおとこのこ』のOP主題歌として「我がまま」を書き下ろすなど、アーティストとしての幅を広げたくじら。彼が初めてアルバムリリースを伴わないタイミングでのライブを開催。『HUNTER’S MOON』というタイトルは月ごとに変わる満月の名前から取られたもの。会場であるZepp ShinjukuのLEDを用いた背景には満天の星空の中に大きな“HUNTER’S MOON”が浮かび、BGには波の音が流れている。しかもステージ上にはススキやベンチ、街灯もセットされ、この季節のどこか架空の街角に居合わせた気分を演出してくれる。これまでのワンマンライブとは明確に異なる趣向だ。
異なる趣向は選曲にも明快で、オープナーはセルフカバーの「ひぐらし」。ひぐらしやカラスの声のSEも流れる中、登場早々、ベンチに腰掛け淡々と歌うくじら。生活を疎み、独白している主人公がそのまま現れたかのような演出にオーディエンスも息を呑んで集中している。一気に彼の世界観に没入させたところで、《死んでしまえば幸せになれないのは本当?》という歌い出しが胸を締め付ける「血と愛と」へ。女性目線のリアルな日常が描かれるネオソウル調の「ニューデイズ」、まだ名前のない感情も愛だったんだと気づくようなカントリーフレーバーの「BABY」と、最初のブロックは全てセルフカバーという新しいアプローチだった。何のために生きるのか?という彼の根源的なテーマを生々しい言葉で綴った曲が並んだが、フロアの反応も相まって遠くからでも笑顔が見える。
心の深いところに刺さる曲を歌いつつ「ちょっと寒いので踊ってあったまっていきましょう」と、ふんわりとした言葉をかけるいい意味でのギャップみたいなものもくじらの人柄とライブの魅力だ。都会的なファンクテイストの「ひかりをためる」ではトーキング調のボーカルも冴え、サビでは心置きなくオーディエンスがジャンプし始める。はなから盛り上がろうとするのではなく、自分のタイミングでリアクションするフロアの雰囲気はとても温かい。ダンサブルな「レプリカ」へ続き、さらにもはやくじらのライブアンセムになった印象の「水星」ではサビのジャンプ&シンガロングで歓喜が弾ける。間奏ではブレイクからのベースソロを櫻木陸来(Ba)に振るくじら。全方位な音楽性をサポートするバンドとの呼吸も練度が増してきた感じだ。そしてファストなギターロック「続・生活」では自身もギターを弾き、やさぐれ気味な生活をちょっと自嘲しつつ認めつつタフになってきた今を思わせる。ライブで《たとえ暮らしが楽になれど、その先に君たちがいないのは嫌!》と歌詞を変えるのは恒例になり、フロアも彼の意図に応えていた。
「これ以上速い曲やったら死んじゃう」と笑いながら、一気にアッパーなテンションに突入しただけにフロアに体調不良の人がいないか目を配るくじら。冒頭では演劇的な側面も見せたこの日のライブだが、MCでは1対1で話すようなムードになっているのが面白い。どの自分も自分だという意識がオーディエンスに伝わって、自ずと場の空気が優しいものになっていたように思う。
場が十分に温まったところに1stアルバムから「悪者」「呼吸」というフォーキーな2曲をセットし、生活の温度感が伝わるような近さを表現したと思えば、その暮らしの温度のまま前に進んでいく意思が込められた「私たち問いを抱えて」に繋げていくのもいい。バラードではあるけれど、大袈裟になることは決してなく、嘘のない言葉が一つひとつ積み上げられていく様子はくじらとオーディエンスの間にある信頼をさらに強めていくのだ。その気持ちがあるから、軽快で華やかなダンストラック「抱きしめたいほど美しい日々に」に素直に乗っていけるのだろう。いつか忘れてしまう幸せな瞬間を慈しむような空間ができていた。
「楽しい~!」と、心の声が溢れ笑い声で応えるフロア。そして最近の活動を振り返りながら、若干唐突に「幸せって何でしょう? 難しいですよね」と問いかける。彼曰く幸せという言葉はあるけれど、形や中身がないからイメージに縛られて苦しくなるんじゃないか?と。でも、こうやってみんなと音楽をやったり、飲みに行って話をしたりする時に感じる何となくの気持ちは幸せと呼べるんじゃないか? それは形のないおばけちゃんみたいなものだと思う――という素晴らしく納得感のあるMCでここにいる誰しもの肩の荷を下ろさせる。ちなみに“おばけちゃん”とは「INNNER CHILD」のMVに登場するイラストレーター・はまぎしとしえ作のキャラクターで、どんな環境でも自由に生きるクリーチャー。今回のライブグッズにも登場している。
「いろんな話をしようと思います。まずは恋の話から」という曲振りで、にしなをフィーチャーした「あれが恋だったのかな」へ。儚い日々の歌ではあるけれど、ライブでこうして膨大な言葉数を操るくじらを目の前にするとスリリングさも加味されて、さらにライブが加速してく。同じ時期にリリースした前述のアニメ主題歌「我がまま」が転がる歌とピアノのメロディでさらにスピードを上げる。トラップっぽくテンポダウンしたり転調があったり、複雑なダンジョンを駆けていく構成に思わず心拍も上がる。次第に気持ちが解放されていく曲の流れは続くゴスペル的なメロディを持つ「FRIENDLY-NIGHTMARE」で最高潮に。くじら自身、フェイバリットらしいサム・ヘンショウあたりの音楽性も顔を出し、ファルセットに祝福と慈しみのニュアンスを感じさせてグッときてしまった。惜しみながらの本編ラストはMVの映像も流しながらの「INNER CHILD」で、オフビートや口笛のSEも軽快な《僕ら幸せの中身など誰も知らない》という歌詞をさらにナチュラルに胸の中に落とし込んでくれる。変わらない日常や息がしづらい毎日、人との関係など彼の新旧のレパートリーで前に進んでいくストーリーを編んだ今回のセットリストの見事さが証明された清々しいエンディングになった。
アンコールではセルフカバーでコアファンには馴染みの「狂えない僕らは」を披露し、一気に現在の表現である「野菜室」ではシンガロングできるカジュアルなソウル/ファンクでここにいるオーディエンスの気持ちを繋ぐ。全然キャラクターも年齢も違うけれど、一瞬、岡村靖幸が描く美しい青春像とリンクする何かが見えた。時代に響くオリジナルな言葉とグルーヴ感を持つシンガーソングライターという符号がそんな想像を呼び覚ましたのかもしれない。そして記念すべき『HUNTER’S MOON』はこの日、オーディエンスの挙げた手を「その手、お借りしていいですか?」と、一緒に走り抜けるように「白鳥」の疾走するエネルギーに転化させた。アルバムリリースを伴わなくても、彼が作ってきた音楽はいつだって物語を紡げる。シンガーソングライター、ボーカリストとしてのくじらの可能性はまだまだ尽きない。
取材・文=石角友香 撮影=Kana Tarumi