広告・取材掲載

広告・取材掲載

藍空と月 百聞は一見に如かず、わずか数分でその世界に引きずり込む謎多きユニットのライブを観た

アーティスト

SPICE

藍空と月 撮影=大橋祐希

藍空と月 撮影=大橋祐希

藍空と月LIVE「回想」
2024.11.23 Spotify O-nest

11月23日、土曜日の昼下がり、渋谷・Spotify O-nestで『藍空と月LIVE「回想」』を観た。謎多きユニットで、メディアへの露出はほとんどない。ライブも少ない。しかしSNSを通じて支持が広がり、初リリースから3年かけてじわじわと人気上昇中。百聞は一見に如かず。まずは体感しよう。

「短い夢を何度も見る――」

オープニングは暗闇の中、コンポーザーでエレクトリックギター担当のkanjuの朗読から。ナイーブで内省的、ポエティックな言葉を訥々と語るkanju。静まり返って見つめる観客。物哀しい旋律のSEが流れる。サポートメンバーと、ボーカルのRayが登場する。激しいリズムがはじけ、1曲目「長靴と合鍵」が始まる。わずか数分で藍空と月の世界へ引きずり込む、劇的な演出。

「君の居ない目覚めに」「夜想」。マイナーコードでアップテンポ中心の尖ったギターロックが次々と繰り出されるが、照明は暗いまま。スポットライトがなく、Rayの表情もこちらからはよく見えない。耳とうなじが隠れる程度のショートヘア。想像以上に激しく速いバンドサウンドと、ピュアな透明感の中に物思い、揺らぎ、不安、優しさなど、様々な感情のグラデーションを感じるボーカル。フロアには激しく手振りを繰り返す観客もいるが、落ち着いた大人の男女が多い。

「久しぶりにこの記憶の蓋を開ける――」

再びkanjuが物語の続きを語りはじめる。詩のような独白のような独特の世界。メロディックパンク調の「色彩画」からまた音楽が走り出す。曲に合わせて少し照明が明るくなったみたいだ。サビのハモリを歌うkanjuを見つめる、Rayの横顔がふと笑顔に見える。

報われない片恋を歌う「物思い」、ポップで可愛らしい「空と遊園地」、kanjuがキーボードを弾くバラード「散るから」。曲調の幅を次第に広げながら、「夏の夜は」「落葉」「君と二人で雪を投げた日」と、Rayが歌う物語の季節が移り替わる。藍空と月の楽曲には、いつか見たような季節や風景がよく出て来る。それがデジャヴのように心をざわつかせる。

アップテンポの疾走ロックチューン「雨空の隅に」のあと、しばらくの間を置いて歌いだしたのは「夕紅夜を待つ」だ。《藍空に一つ月浮かんで》、と、ユニット名にちなんだ歌詞が出て来るミドルバラード。大切な歌なのだろう、Rayの気持ちの込め方が深く感じる。そして、ただ黙々とギターを弾いているように見えて、メンバーの動きを確かめたり、ちょっとした仕草で感情を示したり。kanjuは想像以上に表情豊かな人だと感じる。

エモーションがほとばしるギリギリ手前で、Rayとkanjuが繊細なハモリを聴かせる「昨日の夢」、激しく疾走する「君が目を覚ます前に」、そして1週間前にリリースされたばかりの新曲「君の居る人生一つ」。アッパーな曲の連発にフロアが沸く。いわゆる“盛り上がる”とは少し違う、一体感よりも一人一人の心を揺さぶるようにダイレクトに届く演奏と歌。激しく切り刻むギターと透明感溢れる歌が、鋭いのに痛みを感じない刃のように心を刺す。

「後悔している。後悔したところで何も元には戻らないのに――」

kanjuが3度目の朗読を終えると、ラストチューン「水紅葉と願い」が始まった。ゆったりとしたミドルテンポ、アコースティックギターの響き、じわじわと高まる熱気。Rayの歌が持つ優しさと包容力がまっすぐに届く。歌のために歌う歌、楽曲の世界観に合わせて色を変える歌、貴重な声だ。

「『LIVE「回想」』、いかがだったでしょうか。来てくださった皆さま、本当にありがとうございます」

アンコールでは、この日初めてkanjuの“MC”が聞けた。想像通りに純粋で、はにかみ屋で、しかし想像以上にユーモラスで親しみやすい言葉たち。「前回はやらなかったので今回はメンバー紹介をやってあげようかな」と言って笑わせ、お気に入りのライブグッズを紹介し、「あと、やってないのは1曲だけですね」と確認して歓声と拍手を浴びる。アンコールナンバーは「描写」だ。kanjuとRayがリードボーカルを分け合う。明るく激しいリズムを満場の手拍子が支える。歌詞は相当にせつないことを歌っているはずだが、ポップな曲調でなぜか楽しくなる。藍空と月の楽曲は一つの形をしていない。欠けては満ちてを繰り返しながら、見上げる月のようにいつもそこに存在している。

この日のライブは昼夜2公演、そして11月30日には大阪・心斎橋VARONでのライブも盛況だったと聞く。少しずつ着実に機は熟しつつある。まずは体感しよう。

取材・文=宮本英夫 撮影=大橋祐希

関連タグ

関連タグはありません