鈴木愛美
2024年11月に開催された『第12回浜松国際ピアノコンクール』で日本人初優勝を成し遂げ、クラシックファンから熱い注目を浴びている新進ピアニスト、鈴木愛美。大阪・箕面出身の彼女が、4月29日(火・祝)に地元の箕面市立文化芸能劇場大ホールにて『~浜松国際ピアノコンクール日本人初優勝記念~ 鈴木愛美 ピアノ・リサイタル』を行う。この記念すべき機会を前に鈴木にインタビューを行い、公演のプログラムや本番に向けた意気込み、地元への思いなどを語ってもらった。逸材が飛躍する瞬間を見逃すな!
鈴木愛美
——『浜松国際ピアノコンクール』で優勝、しかも日本人初とのこと。おめでとうございます。コンクールのどの時点で手応えを感じましたか。
ありがとうございます。でも、手応えというのはなくて。もちろん演奏に対する手応えは選考中の各ステージでいろいろありましたけど、結果については本当に何も考えていなかったです。
——2023年には『第92回日本音楽コンクール』ピアノ部門で第1位と岩谷賞(聴衆賞)、『第47回ピティナ・ピアノコンペティション』で特級グランプリおよび聴衆賞を獲得されています。その際も同じような感じだったのでしょうか。
そうですね。結果は自分ではどうしようもないものですし、次のステージに進めたらいいなとは思っていましたけど、受ける前は優勝するなんて微塵も考えていなかったです。
(c)浜松国際ピアノコンクール
——浜松のコンクールの優勝者には国内外での公演が10回以上提供されるそうですが、その公演は既に始まっていますか。また、4月29日(火・祝)に箕面で行われるリサイタルもその一つでしょうか。
ツアーは2月23日(日)のミューザ川崎公演から始まりますが、箕面の公演はそれとは別に作っていただいたものです。私は箕面出身で、地元でやりたいという希望を以前から持っていました。今回、その願いが叶いました。
——いわゆる凱旋公演になりますね。当日のプログラムは決まりましたか。
はい。浜松でも演奏したハイドンの「ピアノ・ソナタ第13番」(約15分)と、シューベルトの「3つのピアノ曲」より第2番(約13分)、同じくシューベルトの「高雅なワルツ集」(約12分)、リストの「ウィーンの夜会(シューベルトのワルツ・カプリス)第6番」(約6分30秒)、そしてシューマンの「幻想小曲集」(約28分)です。
『第12回浜松国際ピアノコンクール』第1次予選 1曲目にハイドン「ピアノ・ソナタ」を演奏
——それぞれの作曲家や楽曲について、もう少し深くお聞きしてもいいですか。まずハイドンについてはいかがでしょうか。
ハイドンはパトロンの求めに応じて沢山の楽曲を残したので、サラリーマン的なイメージを持つ方もいると思います。でも、私はハイドンのユーモア感覚が好きで、あのセンスは特別なものだと思っています。演奏する「ピアノ・ソナタ第13番」は個人的に大好きな楽曲です。まだソナタ形式が確立し切っていない時期に書かれていて、だからこその自由な発想やハイドン特有のユーモアが感じられます。
——シューベルトはどうでしょう。鈴木さんはシューベルトがお好きだと伺っていますが。
シューベルトは今、特に興味を持っている作曲家です。人には言えないような葛藤とか、悩みとか、ダークな感情が表現されています。そんな彼の作品が持つ内向的な感情が、他の作曲家と比べても共感できますし、大学(東京音楽大学)で最初にシューベルトを勉強した時に、今までにないくらいすごく惹かれて、そこから特別な感情を抱くようになりました。
——リストは過去のコンクールでは取り上げていない作曲家ですね。以前から勉強されていたのですか。
今回演奏する「ウィーンの夜会 第6番」は、シューベルトの「高雅なワルツ」を基にリストが編曲した楽曲です。リストはベートーヴェンやパガニーニなどいろんな作曲家の編曲作品を書いていますが、本作は聴いたらすぐに原曲が分かるくらいにはっきりと引用しています。ですから、以前から「高雅なワルツ」とセットで演奏したいと思っていました。ちなみに「高雅なワルツ」はサロンで弾くために書かれた気軽な楽曲で、ソナタのように作り込まれた作品とは違います。その途中に出てくる2曲をリストが編曲しています。
——ラストはシューマンですね。
ハイドンからリストまでがリサイタルの前半で、休憩を挟んで後半に演奏するのがシューマンの「幻想小曲集」です。料理で言ったらメインディッシュ的位置付けになるのかな。シューマンに取り組むのは初めてです。ずっと勉強したいと思っていましたが、シューベルトやベートーヴェンに取り組んでいたのでなかなか手を付けられませんでした。この「幻想小曲集」も大好きな作品です。8曲で構成されていて、一般的には2曲目の「飛翔」が有名です。曲によってキャラクターが大きく変わるので、そこが面白いところです。
——プログラムを説明していただき、ありがとうございます。とてもセンスの良い組み合わせでリサイタル当日が楽しみです。ところで、鈴木さんがピアノを始めたのはお幾つですか。
4歳の時です。私には兄が二人いて、長男がピアノを習っていたので、私も一緒に弾いているうちに習うことになりました。
——ピアニストを目指すようになったのはいつ頃ですか。
明確にいつかは分からないのですが、小さい頃からピアノが自分にとって特別な存在でした。具体的に職業にすることを考えたのは高校生とか大学生になってからです。ずっとピアノを弾き続けたいという夢を持っていたので、将来を見据えて東京音楽大学に進学しました。
——他のインタビューで影響を受けたピアニストにラドゥ・ルプーを挙げていて、おや? と思いました。だいぶ世代の違うピアニストですよね。
ルプーの演奏を知ったキッカケはYouTubeです。モーツァルトだったかな。その演奏を聞いた時に、機械越しではありますが、彼の音と音楽性に衝撃を受けました。他にもアルフレッド・ブレンデルやシューラ・チェルカスキーなど上の世代のピアニストが好きで、いろんな方の演奏を聴いています。彼らのように音楽だけで、自分というよりは音楽や楽曲を表現できるピアニストになりたいです。
(c)浜松国際ピアノコンクール
——鈴木さんのピアノの音はクリアで透明感があり、音の粒立ちがはっきりしています。音だけを聴くとロジカルで明晰なアプローチをされる方だと思いましたが、演奏中の表情を見ると、とてもエモーショナルな瞬間があります。自分のピアニズムをどうお考えですか。
自分のことをまだよく分かっていないので、論理と感情のどちらかに偏らないように心がけています。音楽にはすごく感覚的な部分がありますが、それだけでは成り立たないことも分かっています。もっともっと勉強して知識を増やしていくことも大切です。
——一人の作曲家を掘り下げていく時、大学で先生に「この人をやりたい」と言って勉強するのですか、それとも授業とは別に独習するのですか。
先生に「この曲を弾きたいです」と言って勉強します。先生の演奏はどの作品も素晴らしく、ご指摘から新たな発見をすることも多いので、かなり影響を受けています。
——これから鈴木さんのピアニストとしてのキャリアが始まりますが、自分が目指しているピアニスト像、音楽家像を教えてください。
どんなことにも左右されずに、ただそこにある音楽、天才(作曲家)が作った作品たちを、自分のできる限りの力で表現できたらと思っています。そしてピアノをずっと弾き続けていきたいです。
ふわっとした笑い方が印象的
——故郷の箕面についてもお聞きしたいです。大好きな場所やオススメの飲食店などはありますか?
大好きな場所と言ったら実家になってしまうのですけど、やっぱり箕面に帰って来ると、すごく安心します。心が安らぐというか、都会過ぎないのもいいですね。母は料理が得意なので、あまり外食はしませんでした。でも、箕面の名物に「もみじの天ぷら」ってあるでしょう。あれが好きでよく食べていました。お店ごとに味が違うんですよ。
——寝るのも好きだと聞きましたが。
食べることと寝ることが好きです。寝るとピアノが上手くなった気がするんです。野球の大谷翔平選手が12時間寝ているらしいので、先生にそのことを言ったら「君は大谷翔平か」と突っ込まれました。
——では最後に、箕面でのリサイタルに向けてメッセージをお願いします。
会場の箕面市立文化芸能劇場は昨年3月にオープンしたばかりで、私はまだ行ったことがありません。でも音響がとても良いと聞いているので、本番が待ち遠しいです。幼い頃から高校卒業まで過ごした地元は、自分にとって特別な場所です。そこでリサイタルができるなんて、全く想像もしていませんでした。若い方からご年配の方まで、幅広い世代の方にお越しいただきたい。皆さんに楽しんでいただければ嬉しいです。
鈴木愛美
取材・文=小吹隆文
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