『紀平凱成ピアノコンサートツアー2024-2025 ~HOORAY!~』
2024年11月に愛知からスタートした紀平凱成のコンサートツアー『HOORAY!』の中盤となる東京・浜離宮朝日ホールでの演奏会が2025年2月8日(土)に行われた。このホールで演奏するのは今回が7回目だという。紀平凱成ファンで埋め尽くされた会場はほぼ空席なし。色々な世代の音楽ファンが集まっているという印象だ。演奏はいつものように、舞台袖で行われる曲紹介のナレーションの後に本人が登場して、ピアノの前に座る。曲ごとに凝ったアナウンスが用意されていた。
一曲目は「桜の瞬き」。ステージの照明に桜のシルエットが重なる美しい工夫が施され、幻想的な空間になった。紀平が会場の浜離宮の庭園や色々な桜の木を見て感じたフィーリングが曲に投影されている(この曲は映画のサントラにも使用された)。2曲目の「Rollin’Town」はアルバム『HOORAY!』収録曲の中でも特にメロディアスで、微かな憂いも感じさせる曲。最新作はほぼオリジナルで占められているが、コンポーザーとしても進化を遂げているピアニストの、「音楽することの喜び」が溢れるように伝わってくる。ちなみにこの日の浜離宮のピアノはベーゼンドルファーで、紀平も自宅でも「ドリー」と名付けたベーゼンドルファーを弾いている。
3曲目の紀平オリジナル・アレンジの「愛の夢」(リスト)は、超低音から高音まできらびやかに使ったユニークな編曲で、リストの和声感はそのままに、誰にも似ていないロマンティックな新しい曲だった。途中でジャズ風になるのも意表をついている。続く「ジャズ・メドレー」は「Fly Me to the Moon」「The Girl from Ipanema」など8曲を盛り込んだ紀平のアレンジで、未来的な色彩を放つ和声がカラフルな破片のように耳に入ってくる。
後半の3曲はすべてカプースチンで「24の前奏曲より」「8つの演奏会用エチュードより」、ラストは紀平が小学4年生のときに聴いて衝撃を受けたという「変奏曲」で華やかに前半を終えた。「変奏曲」は演奏効果の高い曲で尺も長めだが、素晴らしい集中力で作曲家のインスピレーションを音響化していたと思う。筆者も昔この曲に夢中になり、マルク=アンドレ・アムランが弾いたCDを何度も繰り返して聴いたものだが、つくづく名曲だと実感。ライヴでは「音の色」が飛び出してくるような臨場感もあった。弾き終えた後、何度も手を上げて「Hooray!」と叫びながら両手を上げる紀平。客席もそれに掛け合うように「Hooray!」コールで同じポーズで返していた。
後半は、「The Second Star to the Right」(ピーターパン)、「Once upon a Dream」(眠れる森の美女)など11曲からなる「Disney Medley」が始まり、ドリーミーで洗練されたタッチにうっとりとする。ドビュッシーの「月の光」は原曲から6音下げたとト長調のアレンジで、だいぶ様子は変わるが確かに「月の光」で、ドビュッシーが見たベルガモ地方の月というより、原始地球が見ていた今よりも巨大な月を思わせた(月は1年に16センチ地球から遠ざかっているという説がある)。古い神社で、巫女たちが月夜を浴びながら厳かな舞を踊っているイメージ。
続くオリジナル曲は、24曲あるという組曲のひとつである「Flying no.5」しっかりとしたメロディーにメロウな和声が乗り、展開部はキラキラとしたムードがやってくる。作曲家としての紀平凱成の感性の豊かさを伝えてきた。東京のランドスケープに触発された「TOKYO」、森の癒しの力からインスパイアされた「Down Forest」、未来都市をイメージした「Blue Bossa Station」と、アルバムからの曲が続いた。レコーディングのときからお客さんの前で弾くことをイメージしていたと語っていたが、カラフルな色彩感に溢れた新曲たちは、客席に幸せな気分を与えていたように感じられた。
アンコールにはシューマンの「献呈」、紀平が高校2年生の時に作ったというオリジナル曲「Taking off Loneliness」、そしてクイーンのメドレー(「We Will Rock You」「We are the champion」)。客席との「Hooray!」の掛け合いもどんどんホットになっていく。紀平凱成というピアニストの魅力がますます大きく花開いたコンサートだったが、技術の素晴らしさは勿論、ここに集まる聴衆はピアニストの「魂」を感じたくてやってきているのではないかと思った。どんなに遠方からでも演奏を聴きにくるファンは、ピアニストの魂を身近に感じたいと思って会場に集まる。ピアノのリサイタルには、そんな濃密なコミュニケーションの趣がある。紀平の演奏は素晴らしく、彼が生きている一日一日も素晴らしいのだと想像させた。ベーゼンドルファーを自宅に迎えたことと関係しているのだろうか。この日の浜離宮のベーゼンドルファーは、彼の部屋に招かれて聴いているような錯覚があった。
「本当にこの人がいてくれてよかった」と思える演奏会で、音楽を聴いた誰もが幸福と勇気を与えられて帰途に就いたのだった。
終演後にはサイン会が行われた
取材・文=小田島久恵 撮影=池上夢貢
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