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15歳の新星・児玉隼人(トランペット)、晴れやかな音色響かせ新たな夢のはじまりへ【リサイタルレポート】

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15歳の天才がいる。

児玉隼人。昨夏の日本管打楽器コンクールで史上最年少優勝を果たした、新進気鋭のトランペット奏者。5歳からコルネットを、9歳からは本格的にトランペットを吹き始め、数々のコンクールで第1位を受賞。3年前、小学6年生で開催したソロデビューリサイタルも話題を呼んだ。その後東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、東京交響楽団など数々のオーケストラと共演を重ね、先頃待望のデビューアルバム『Reverberate』をリリース。現在中学3年生――そんな事実を忘れさせてしまう、眩しいほどの活躍ぶりだ。

リハーサルの様子(ピアノ=高橋優介)

リハーサルの様子(ピアノ=高橋優介)

2月のおわり。春めいた連休初日の紀尾井ホールには、彼の「今だけの音」を求めて、全国から観客がつめかけた。楽器ケースを手にした制服姿も多い。一人の高校生に話を聞くと、自分より年下である児玉の、音楽に対する姿勢を尊敬しているのだという。若きトランペッターを待ちわびる人々の静かな熱気に、自然と期待が高まっていく。

やがて舞台の上に、さりげない足取りで一人の青年が現れる。大人びた黒いスーツに、すこしはにかんだ表情。ピッコロ・トランペットを手にした児玉隼人だ。ピアノの高橋優介と視線を交わした児玉は、会場に晴れやかなその音を響かせた。

バッハの「協奏曲 BWV972」だ。なんて軽やかで、祝祭感に満ちた音だろう。シューボックス型のクラシカルな紀尾井ホールによく響く。バロック音楽にも欠かせない、最も古い楽器の一つであるトランペットの存在について、あらためて思いを馳せる。やがて二人の掛け合いは加速して、第3楽章を華麗に駆け抜けた。

割れんばかりの拍手の中、嬉しそうに一礼する児玉。再び登場するとマイクを手にし、観客への挨拶をはじめた。

「一年ほど前からずっと楽しみにしていたこの日を、ついに迎えられて嬉しいです。今回初めてご一緒した高橋さんとも、ご覧のとおり相性バッチリだと思いますので」

ジェスチャーまじりで語る児玉に、会場の空気がほぐれていく。高橋のピアノをはじめて聴いたのも数年前、この紀尾井ホールだったという。その舞台に自分が立てるなんて、と感慨をもらす彼に、その驚くべき進化速度を感じずにはいられなかった。

続いてはへーネの「スラヴ幻想曲」。コンクールを“受けまくっていた”という小学4年生から、いつも彼の隣にあった曲だ。通常はコルネットのまろやかな音で演奏されるが、今回はトランペットでの演奏。録音をはるかに超える生の音が、会場中に朗々と響き渡る。歌うようなメロディに潜む、圧巻の超絶技巧に、音楽の喜びがつまっている。

高橋のピアノソロによるブラームス「間奏曲」をはさんで、いよいよヒンデミットの大曲「トランペット・ソナタ」だ。表現主義からバロック/新古典主義へ、幅広い作風で音楽史に名を刻んだ20世紀ドイツの巨匠は、児玉いわく「すべての金管奏者にとって大切な人」だという。

「今日のプログラムはオール・ドイツを意識して構成したのですが、理由は春からドイツへ留学するから。じつは先日カールスルーエで入学試験を受けてきて、無事合格することができました」

めでたい発表に、会場は祝福の喝采で包まれる。ドイツ音楽を愛する児玉にとって、新たな夢のはじまりに違いない。期待を背負ってはじまった「トランペット・ソナタ」は、まさに王者の貫禄。力強いピアノ伴奏に、変幻自在なトランペットが1対1で対峙し、終章では孤独すら漂わせる。その凄まじい表現力に驚嘆していると、あっというまに前半が幕を閉じていた。

休憩をはさんで1曲目は、マーラーの「花の章」。交響曲第1番「巨人」第2楽章から改稿で削除された、ロマンティックな楽曲だ。遠い山なみの中、響きあう呼び声のようなトランペットとピアノ。頻繁に弱音器を用いて音色を変え、情感たっぷりに語りかける児玉の演奏には、まるで朗読劇を聞いているような物語性がある。

続くシューマン「アダージョとアレグロ」は、なんとホルンの楽曲。通常より多い4本バルブのフリューゲルホルンを手に登場した児玉は、低音の豊かな響きを楽しんでほしいと紹介し、雄大な室内楽に挑む。冒険を辞さないその姿は、トランペット、そして音楽そのものへの尽きぬ好奇心を伺わせた。

後半の高橋のピアノソロはシューベルト「即興曲」。やさしく懐かしい響きに身をゆだねたあとは、いよいよ本日最後の大曲へ。再び登場した児玉は、誰もいないホールにピアニストと2人きりで演奏し続けたという、デビューアルバムのレコーディングを振り返る。

「予想以上に大変で、音楽家としての覚悟を感じる経験でした。でもだからこそ、いい作品になったと思いますし、今日こうしてたくさんの人に囲まれて、高橋さんと楽しく演奏できて嬉しかったです」

万感の思いをこめてはじまった「トランペット協奏曲」は、トランペット奏者として名を馳せ、ドイツ・ロマン派の作曲家としても活躍したベーメの作品。第1楽章終盤の、トランペットによる、長いソロも印象的だ。呼吸をあわせて演奏する児玉、高橋の表情は本当に楽しげで、終わってしまうのがせつなくなるほど。軽快なフィナーレで音が鳴りやむと、会場は鳴りやまぬ拍手で包まれた。

そしてアンコール。ネッスラーのオペラ『ゼッキンゲンのトランペット吹き』より「若きヴェルナーの別れの歌」は、まさに演劇的な余韻を私たちにもたらした。音楽家と男爵令嬢の身分違いの恋を描くオペラの代表曲。恋人のために旅立つ音楽家の愛も心に沁みたが、終盤で児玉は舞台を降り、客席を通り抜けて会場外へ歩み出す。やがてバンダ奏法で遠く鳴り響くトランペット。その音は甘く、せつなく、涙がこぼれるのを止められなかった。まさに今、ドイツへ旅立とうとしている児玉とも、イメージが重なっていく。

最後の挨拶はバッハの「アリオーソ」。終演後、舞台裏でドイツ音楽や留学への思いを伺うと、彼の眼差しが輝いた。

「僕はドイツのオーケストラの音や響きが大好きで、いつかベルリン・フィルやロイヤル・コンセルトヘボウのプレイヤーとして演奏するのが夢なんです。留学中も、現地の演奏会にたくさん足を運んで、コンクールにも挑戦したいです」

夢に向かって着実に歩みを進める児玉隼人の姿が、ふっと脳裏に浮かんだ。ドイツでの学びや経験を通して、彼のトランペットはこの先、どれほどの進化を遂げていくのだろう。まずはこの夏、日本で開催される全国ツアーで、その片鱗を感じとりたい。

取材・文=高野麻衣 撮影=池上夢貢

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