Galileo Galilei
2024年9月に2枚同時リリースした『MANSTER』『MANTRAL』に続く……というより三部作のもう一枚のアルバムがあるという事実、そしてそれはオリジナル新作ではなく、既発曲を再録したアルバムであるということ。この事実には常にチャレンジを続け、新曲を届け続けてきたGalileo Galileiというバンドのイメージからは意外なものではあった。具体的にはインディーズ1stシングル「HELLO GOODBYE」や、インディーズミニアルバム『雨のちガリレオ』収録の「管制塔」などメジャーデビュー以前の楽曲から、パーソナルなレコーディング手法に移行した2ndアルバム『PORTAL』収録の「Imaginary Friends」や4thアルバム『Sea and The Darkness』収録の「クライマー」など、時期はかなり広い。そして新曲の「あおにもどる」は3月に開催するライブとも同じタイトルである。オリジナルアルバム以上にその意味性を探りたくなるのだが、果たして『BLUE』が生まれた経緯とは? メンバー全員インタビューで探る。
――正直なところ再録アルバムが出ることに若干意外性があったので、今回『BLUE』を作ることになった最大の理由から伺いたいのですが。
尾崎雄貴:『MANSTER』『MANTRAL』が、僕らにとって音楽的にもリリース形態的にも実験的な面っていうのはあったと思うんですけど、どこか原点回帰しているような雰囲気があったんです。そこで再録盤を一緒に作っちゃおうかっていう話になり、「実は3枚作ってました」っていうのが今回の制作なので、最大の理由っていうのは特になくて。会話をする時にそこまで理由なく言葉が出てくることってあるじゃないですか。そういうイメージですね。再録を出すのはこのタイミングなんじゃないかっていう話が出てきたのも、戦略的なところっていうよりは「今じゃない?」っていう感覚の部分がありました。『MANSTER』『MANTRAL』を作っていて過去の曲を制作していた時期を思い出したりすることが多々あったので、すごく自然な形で再録盤をリリースしようということになりましたね。
――雄貴さんからその話が出た時、岩井さんはどう受け止めましたか?
岩井郁人:『MANSTER』も『MANTRAL』も『BLUE』も現在進行形で、例えば新しいことをやりたいっていう自分たちと、過去にリリースした楽曲をやりたいっていう自分たちというのは全部、過去・未来の話じゃなくて、現在の話として自分たちは捉えていて。だから三兄弟のどの一枚も今の物語として捉えられているんですけど。それがなぜかっていうと、やっぱり再始動する中で過去にリリースした楽曲たちが現在もずっと育ち続けているっていうことを感じていて。例えば、ファンの人が「管制塔」を聴いて、十数年前に心の中で描かれた風景が想像上のものでしかなかったのが、実際に稚内とかに行ってくれて、さまざまな経験を積んでいく中で、その風景のイメージって成長したり変わっているはずだと思うんですけど、それが僕らの中で素敵なものだなと思ったんですよね。もちろんライブでは毎年アップデートしているんですけど、音源としてアップデートした時にそれはあなたたちの中でどう映るんですか?っていうのは単純な興味として知りたかった。あえて言語化するとそういう気持ちなのかなって。
――なるほど、そういう捉え方なんですね。『BLUE』を聴くと、オリジナルとして完成した曲にとってのリフやリズムパターンといったアレンジが大事であることを確認できました。
岩井:うん。アレンジは変わっているものもあるけど、変わっていないものが多いですね。自由だ自由だってずっと新しいものを作っていたけど、こういう自由もあるんだっていうことを再確認したというか。ずっと誰に言われるでもなく自分たちの動機だけで動いてるんで、それを再録でもできる喜びはすごいありました。これも自分たちのものなんだなって思えるというか。
尾崎雄貴
――ちなみに選曲はどんな基準で決まっていったのでしょうか。
尾崎和樹:紆余曲折ありました(笑)。みんなで考えた収録曲と実際に出すものは結構違っていて。曲を決めてレコーディングをしていく中で、ファンの人だったらこっちの曲のほうが嬉しいんじゃないか?って何度も入れ替わったりして。
岩井:面白かったのが、それぞれ「自分だったらこれかな」っていうリストを作ったりもしてて、和樹のラインナップが一番尖ってたんですけど。
和樹:(笑)。めちゃくちゃなコアファンみたいな気持ちになっちゃって。もうちょっと幅広い、聴いている人たちに寄り添った選曲には落ち着いたんですけど、僕は「これ絶対やんねえだろ」っていう曲ばっかり入ってたら面白いかなっていうので選んでいったんです。
岩井:一曲も採用されなかった?
和樹:多分、一曲も採用されなかったね。
一同:(爆笑)。
――(笑)。再録する理由はそれぞれの曲にあると思うんですけど、どの曲も時間の経過は感じるけど何かを抜本的に変えることはなかったんだなと思ったんです。
岩井:そうですね。制作の中で僕が一番印象に残っている雄貴の言葉があって。それは「あの時の僕らに、今の自分だったらなんて声かける?っていう気持ちで、岩井くんプロデュースしてほしい」ってことで、なるほどなと思ったんですよね。当時、僕らには相談役のお兄ちゃんみたいなバンドマンがいて、彼と一緒にいろいろ研究したり、ああいうことをやってみたい、こういうことはやりたくないって話していたわけですけど、その人と今同じ世代の大人になって、じゃあ僕らだったらどうしてただろう?っていうところも実は考えてたんですね。
――なるほど。岩井さんはプロデューサー的な視点があるとして、雄貴さんはソングライターなわけじゃないですか。三部作を作っているにしても『BLUE』ではやっぱり過去を振り返ることになるわけですよね。
雄貴:そうですね。
――その時に雄貴さんは、作者としてもう1回アプローチする感じでした? どういう心持ちだったのでしょうか。
雄貴:かなり遡ると、それこそ再始動後最初のアルバム『Bee and The Whales』の一曲目「ヘイヘイ」でも歌っているんですけど、僕にとってリリースすることについて曲を書いていて。ミュージシャンとしてデビューして、多くの人たちが関わるようになって、リリース形態も含めていろいろと形式に則った形で自分のものが乗っかっていく、という感じになってるじゃないですか。それで失われていったものもあったんですけど。最近、僕が曲を書いて人に伝えたりすることって会話だなと思って。それは『BLUE』もそうで。全部「そこに座って俺の話聞いてくれよ」「で、君どう思う?」っていうことでしかなくて。友達と会話していて、急に懐かしい話になったりする時ってあるじゃないですか。それに何の意味があるかっていうのは話す時はわかってないし。だから『BLUE』も再録というよりは、そういうイメージですね。
インタビューもそうですけど、人に自分たちの作品をプッシュしていかなきゃいけないわけじゃないですか。そのために言語化してるっていうだけで、どこから生まれてきているのかって言うと、「そこに座って俺の話聞いてくれよ」っていうところだし、だから続けられてるのかなって思いますね。そこに言葉にできる理由がないから音楽にしているんだとも思うし、どういうリリースをするか、どのタイミングでどんなことをするのかも含めて、僕はそういう感覚なんです。
作者としてっておっしゃってくれましたけど、そこの感覚は若干みんなと違うのかなって気がしています。みんなで一緒に作ったものを、いかに人を楽しませたり人に何かを感じさせるものにしようかって意義をこのバンドで作っているので、僕が「再録盤出そうぜ」っていう時は、人を説得するために理由をつけているだけです。
岩井:(笑)。
雄貴:本当に話しているのと変わんないですね。「なんか懐かしくなっちゃってさ」ってことなんですよね……っていうのが新曲の「あおにもどる」でも歌われてたりもします。
岩井:わんわんスタジオで集まってると、最近興味がある好きなアーティストの話もすれば、音楽以外のガジェットやテクノロジー、宇宙の話をしたり。あと、一人になったらこういうことしてんだよねっていう話もすれば、過去の失敗の話とか恥ずかしい話もするし、結構全部あるんですよ、そこに。それがただアルバムとして切り出されただけなんだろうなっていう気がします。
雄貴:僕らの会話の中で好きな瞬間があって。岩井君とかがそれまでの話をぶったぎって、「全然関係ないこと言っていい?」って、関係ない話を始めるんですよ。最近AIがすごいって話をしたり、最近読んだ本に書いてあったんだけど「腸の中の菌で人間はものを考えてる」らしいっていう話とか。その感覚なんだよなあと思ってるし、その感覚でい続けるのってすごい難しい。さっきの岩井くんが「本当の自由を実感してる」って言ったのは僕もそう思ってます。そういう意味で原点回帰してますね。だからリリースの形がどうであれ、この前の『Tour M』で演劇をやってるのであれ、すべては「ちょっと聞いてよ、ちょっと見てよ」っていう話なんですよ。「関係ないんだけどさ」なんですよ。でも関係あるんですよね、だいたい関係ないんだけどさで始まる話って(笑)。
岩井郁人
――(笑)。そして再始動とともに加入した岡崎さんは再録という捉え方ではないと思うので、岡崎さんの感触を聞きたいのですが。
岡崎真輝:そうですね。この『BLUE』っていうアルバムは、さっきも言っていたように僕も狙って作ったわけじゃないなと思ってて。本当にピュアな「これやりたい」や、雄貴さんがいった「話聞いてよ」っていうところにも繋がってくるのかなと思うんですけど。前回の『MANSTER』『MANTRAL』でも、例えばキャッチボールからアイデアが生まれた「SPIN!」とか、何かから派生して曲が生まれるっていうのは今回もそうだなって。でも、ミュージシャンが作りたいから作るっていうのはすごく健全というか。何かに追われて作らなきゃいけないとか、こういう計画をするからこれを生み出すっていうのは、もちろんそれも一つの美だと思うんですけど、僕らはどちらかというとやりたいことをやるというところで作品が生み出されていると思います。今回の“三兄弟”もそういうピュアなところから来てるし、それがすごく詰まった作品になったなって制作をしながら思っていました。
岩井:真輝くんがいるのはデカい。たぶん、真輝くんがいなかったらこれをやろうと思ってない。
雄貴:そうだね。制作中、岡崎くんに「ハマナスの花」のイントロはこうやって生まれたんだよって話したら、岡崎くんはファンの一人として「へー! そうなんだぁ」って言ってくれる。これって、改めて岡崎くんに自分たちの過ごしてきた時間を伝えていってるわけじゃないですか。それがすごく楽しいっていうのはありますね。そういうのがメンバー内でも起こってて、それは岡崎くんがいるからだと思うので、岩井くんの言う通りだと思います。
――それにしてもグッとくる選曲と曲順です。1曲目の「管制塔」はバンド結成後の初制作曲なんですよね。
雄貴:そうですね。中学二年生のころ、バンドでオリジナル曲を書こうってなって。そのころは僕がボーカルをやるっていうことも決まっていなく、みんな「恥ずかしいからやだ」、ボーカルの責任を誰も取りたくないっていう状態で。でも、本当は自分がボーカルをやりたかったので、BUMP OF CHICKENの曲を歌ってカセットテープに入れてメンバーにドキドキしながら聴かせたら「これほんとに雄貴が歌ったの? じゃあ雄貴がボーカルでいいじゃん」ってなったんですよね。その直後ぐらいに作った曲なので、「管制塔」は、僕がボーカルになるんだっていうのと、オリジナルを作んなきゃなっていう、そんな1曲目ですね。
――1曲目に入ることは当然と言えば当然ですね。
雄貴:さっき和樹が話してましたけど、選曲も録りながらどんどん変わっていったんですよ。誰かと話しているときって、「これじゃないな」と思ったら話題を変えるじゃないですか。「あ、みんなこのエピソードおもしろくないのね」っていう感じで、選曲も変えていった気がします。例えば「恋の寿命」はもともと入っていなかったり。
――そうだったんですね。
雄貴:どの曲もなんですけど、戦略的にというより「恋の寿命」を入れた方がいいかって、録っているときに思って入れた感じです。『MANSTER』『MANTRAL』の選曲と違って、いい意味で行き当たりばったりに曲を変えていきましたね。でも「管制塔」は絶対入れるって決まっていました。
岡崎真輝
――「管制塔」があるから「あおにもどる」も生きるっていう感じがします。
雄貴:「管制塔」を録った後の感覚っていうのは結構大事だった気がしますね。やっぱり一番最初に書いた曲っていうところで、今の自分たちのミュージシャンシップで演奏するとめちゃくちゃ難しい……というか「何だこれ?」っていう感じなんですよ。パワーコード、ジャカジャカでいいわけねぇだろみたいなのもそうだし。メロも自分的にはフックを作らなきゃいけないとか、自分で培ってきた「こうかな」っていう手法があるじゃないですか。そういうのが全くない時に作った曲なので、ある意味試されるんです。再び歌ったり演奏して、それを録音して自分たちで聴くっていうこと自体が。それをやった後からはっきりと『BLUE』でどうするべきかっていうのが見えた気がします。
――なるほど。『PORTAL』収録曲は、それはそれでその時期に極まっている印象があったので、その時期の曲の再録は意外ではあったんですよね。「Imaginary Friends」とか。
雄貴:僕ら的に全員共通であったのは、青くないとダメってことで。青いっていうのはいろんな意味合いがあると思うんですけど、「これは青くないよね」って外れた曲もあるし。それでいうと既に完成されているものをわざわざ再録する必要はないかなと思ったので。僕の中ではガリレオってずっと未完成なバンドで、今でもずっと未完成を続けていると思っていて。その未完成感みたいなのが強い曲を選んだのかなって思います。
岩井:Galileo Galileiを当時からずっと聴いてた人以外にも、最近知った人もいっぱいいるわけじゃないですか。その人たちが過去の「Imaginary Friends」と今回の「Imaginary Friends」を同時に新曲として聴いたとしたらどういう風に思うんだろう?って思ったんです。別にどんな感想でも良くて、新しいファンがこの2曲を聴いたときにどう感じるんだろう?っていうのはシンプルに興味深い。だからあの時が最高、いやこっちのほうが最高、でいいんじゃないかなって思います。
雄貴:岩井くんがこの話をしてくれたのが、今回の三部作のタイミングの後半ぐらいだったと思うんですけど、今ってサブスクとかいろいろあって、新曲であることの意味合いってどんどん薄れてきちゃってると思うんですよ。そんな中で過去の曲を初めて聴いた人、もしくは久々に聴いて懐かしさで支配されない場合「それってもう新曲だよね」って言ってて、「確かに」ってなったんですよ。ちょうど最近、次男坊がマイケル・ジャクソンにどハマりして、マイケル・ジャクソンの数多のMVの完全再現をしていて。それを見てると、彼にとってはこれ全部新曲なんだよなと思って。ちょっと忘れかけてた感覚だなと思ったんですよね。だから今回の『BLUE』も、僕ら的にはさっきの会話で言うと昔の話をしてますけど、それを知らない人にとっては新曲だよなあっていうのは岩井くんの言葉で思えるようになりました。だから過去の曲を大事にする、思い出に浸るとかじゃなくて、「これって新曲でもあるよね」っていう感覚がある。ライブでやるときもそうですね。
尾崎和樹
――同時にずっと聴いてきた人にとって、オリジナルはオリジナルですごく強いものでしょうしね。
雄貴:オリジナルはぶっ壊さないようにしようっていう話はしていました。今回『BLUE』を出したことで、みんなの中にあるオリジナルに対してこの『BLUE』がそれを蹂躙しちゃいけないと思っていて。唯一、そこは気を付けました。それを超える超えないとかクオリティの話じゃなくて、汚しちゃいけないなっていうところもあったので。
――その上でいろんな楽器の音や録音の変化には今を感じるんですよね。
雄貴:再録って面白いよねって話は再始動してからずっとあったんですけど、再現しようっていうのは誰も考えていなかったし、さらにアレンジして全然今のガリレオにしてやろうっていうのもなくて。『PORTAL』のときの空気感とかあのサウンド感っていうのは同じ機材を使ったからって同じものになるわけじゃないし、それで言うと「あおにもどる」でも歌ってるんですけど、僕はもうあの声は出ないんです。それはもう事実で、出ないんですよ。出せないしあの歌い方もできないし、どうやっていたかも思い出せないんですよね。でもそれでいいやと思いながらやっていました。
岩井:過去に対する否定的な感情でアップデートしたいっていう気持ちは、微塵もないね。
雄貴:だから、今の年齢の僕らが十代の頃の自分たちに会えて、何か言葉を投げかけて協力してあげるとしたらどうする?って岩井くんに聞きました。たぶんその時に否定は絶対しないよね?
岩井:絶対しない。
雄貴:最近僕も、10歳くらい下のバンドのレコーディングをわんスタでやって。軽くディレクションやプロデュース的なことをやったんですけど、何も言えないですね。何かをいじると何かがぶっ壊れるってわかっているから何も言えない、だからアドバイスとかしたらだめだなって思って(笑)。この子たちはこの子たちでいい、それを自分たちなりにより魅力的なものにしていけるんだから、それに対して僕ができることっていうのは彼らが求めていることに協力することでしかないなと。誰に何を協力して欲しいかを引き出してあげることっていうのが、仮に自分が十代の頃にタイムスリップできたら、自分たちにやってあげたいことだったんです。この『BLUE』に収録された曲たちをリリースした頃って「なんでわかってもらえないんだ」とばかり思ったんですよね。もっと自分たちはいろんなことをしたいのにっていうのもあったし、カッコつけたい思いもあったし、向かいたい方向はそうじゃないんだとか。あの時は大人の人たちっていう言い方でしたけど、その人たちと戦いつつ、助けてもらいつつやってきてたことも思い出したし、今は自分たちがそれをやってあげる年齢になったなとも思っていて。だからこそ『BLUE』の再録はこのタイミングなんじゃないかなって思いました。
岩井:自分たちで自分たちを肯定してあげた感じ。「いいんだよ」って。
雄貴:めっちゃあるかも。そのまま行きなって。「だって一番悩んでんのお前だろう。わかるよ」って。
岩井:僕らの関係性の中でもそれがずっと行われている気がする。
――そのニュアンスって「あおにもどる」に出てませんか?
雄貴:そうですね。今回っていうか、今の僕かな。あと、自分たちが歩んできた人生っていうか。ちょうどこの前、SNSでファンのみんなの人生・生き様を送ってくれって言ったら、めちゃくちゃいっぱいきて。全部保存して読みまくってるんですけど、僕らの楽曲も同じなんですよ。僕が書く曲も生き様が送られてきているのと同じだなって。それに対して自分の中で感慨深くなっちゃって……っていうところから「あおにもどる」のテーマのようなものが生まれたなと思うんです。ただ「あおにもどる」では、「こいつずっと言ってること変わんねえんだな」って思ってほしいですね。
――何が表現されているかとともに、「あおにもどる」はGalileo Galileiのロックンロールを感じる曲になっていたのが嬉しかったです。
雄貴:ありがとうございます。ロックンロールです。まさにロックンロールです。
Galileo Galilei
――最後に3月15日のライブ『あおにもどる』ついて。どういうライブにしたいと思っていますか?
雄貴:めちゃくちゃシンプルでいいライブになると思います。あの、僕らシンプルじゃなかったので。
一同:(笑)。
雄貴:僕らがシンプルだっていうことの意味をファンはわかってくれると思うんですけど、めちゃくちゃシンプルでいいライブです。でもそこでしか見れないものっていうのが生まれるはずなので。最近のガリレオの動向を追ってる人は(笑)、結構マジか?ってなるんじゃないかなと思います。僕ら側も今、それをしたいタイミングだったっていうのと、ガーデンシアターは結構デカいですけど、そのデカい場所にぶら下がったライブはしたくないなと思うので。会場がデカいからこういうことできるよね、モニター出せるよねとかっていうのたぶんやらないと思います。Galileo Galileiがそこにいる、めっちゃいい演奏を死ぬ気でやっている、最高、っていうライブにしたいです。
取材・文=石角友香
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