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ミュージシャンの起こした革命 ソーシャル・ミュージック・メディアの時代へ「未来は音楽が連れてくる」連載第00回 3.

コラム 未来は音楽が連れてくる

榎本:実は海外のメジャーレーベルも、偉そうな顔はできないんです。試行錯誤と大ブーイングの末に、SpotifyやPandora Radioのようなファイナルアンサーに同意していったんですね。

2006年に、アメリカのインターネットラジオからロイヤリティー(楽曲使用料)を取る方式が変わることになったんです。それまでは暫定的に売上の11〜14%を支払えばインターネットラジオ局をたててよいことになってたんで、向こうのFMラジオ局並みにたくさんのネットラジオが立ち上がりました。

それで、時期が来たらアクセスに応じてロイヤリティーを支払うことで決まってたので、コピーライト・ロイヤリティー・ボードから新しい支払いルールが上がってきました。が、中身を見たら、とんでもなく高い料率が設定されてたんです。ネットラジオの平均売上の3倍にあたる金額が設定されてました。

ーーつまり、メジャーレーベルはすべてのネットラジオを潰そうとした…

榎本:そうです。

ーーやりすぎですね。

榎本:アメリカのメジャーレーベルがインターネットラジオに過剰反応を見せた理由は、ラジオとレコードの歴史を遡ります。

ーー読みました。ラジオが登場したとき、インターネットの比じゃないくらい大打撃を受けたと。

榎本:インターネットの登場でレコード産業の売上は42%減りましたが、そんなものでなくて…

ーーレコードの売上は4%にまで減ったと。

榎本:そうです。96%減です。1927年に1億4千万枚 あったアメリカのレコード売上は、ラジオの急激な普及と大恐慌が重なって、たった5年で600万枚にまで落ちました。文字通りの壊滅状態を、レコード業界は経験しました。

ーーどうしてそこまでレコード売上は減ったのでしょうか。

榎本:まず、レコードよりもラジオの方が音がよかったんです。完成度の低かった録音技術を使わずに、ミュージシャンを雇い生演奏をそのまま放送していました。しかもタダ。当時、レコードの値段は今の感覚でいうと1万円以上したようなんで、そんなにたくさん買える代物ではありませんでした。だから、リビングにならぶレコードよりも、ラジオがかけてくれる楽曲レパートリーの方がずっと豊富だった。アメリカ人は「放送」という、夢のようなフリーメディアに夢中になりました。

ーーどこかで聴いたような話ですね。音質以外は、ネットとmp3の登場にそっくりです。

榎本:歴史は繰り返す、ということなのでしょう。無料で音楽が聴き放題、というのがキラーコンテンツになって、アメリカでラジオは、インターネットよりも速い速度で普及しました。mp3の登場がインターネットの普及を促進した経緯と同じですね。

ーーその最悪の状態からどうやって、「ラジオを聴いてレコードを買う」という形を作っていったのでしょうか。

榎本:3つのイノヴェーションがありました。まずSPの改良でレコードの音質がラジオより良くなりました。それと価格破壊です。定価を一気に下げたレコードを出したのと、後の世でいうコンポをお手頃な値段で発売しました。

最後にコンテンツとプロモーションの革新です。当時、メジャーレーベルのメイン・レパートリーはクラシックだったんですが、ジャズやブルースを扱うインディーズレーベルが掟破りのプロモーションを仕掛けて成功したんです。

コンポの低価格化で、ラジオのリスナーの40%が若者になったところだったんですが、ここを狙って、ローカルのラジオ局にジャズ、ブルースのレコードをばらまいたんですね。当時、「レコードをラジオでかけたら、レコードが売れなくなる。自殺行為だ」というのが業界の常識で、今では考えられないんですが、レーベルはレコードをかけたラジオ局を訴えたりしてました。で、インディーズがこの逆をやったら、レコードの低価格化と高音質化もあって、大衆音楽のレコードがすごく売れるようになったんです。

メジャーレーベルはその頃、大衆音楽のインディーズレーベルを次々と買収してゆくことで、レパートリーとプロモーションの両方をラジオ時代に適応させていったんです。ラジオ局に買収されて経営方針がかわったこともありますけど。

その後、映画にもなったチェスレコードがラジオをフル活用してR&Bのブームを創り、テレビの登場とプレスリーの登場が重なってロックが普及し、いまの音楽産業の基本形が出来ていきました。ちなみにテレビの普及の際にも、レコードの売上が落ちています。

ーーメジャーレーベルは、ラジオの登場で経験した廃業の危機がトラウマになって、インターネットラジオを潰そうとしたわけですね。

榎本:はい。でも、ここからがまた面白くて、民主主義の国アメリカらしいことが起こったんです。Pandora Radioを中心にインターネットラジオ局が連合を組んで草の根運動を始めたんですね。そして、Pandora Radioの創業者ティム・ウェスターグレンがリーダーシップを取り、運動に参加したネットラジオの850万人のリスナーに、番組やメール、ブログでメッセージを送ったのです。

「みなさんの選挙区の議員の連絡先を掲載します。メールやファックス、電話で、インターネットラジオを潰すこの法案に反対するよう、選挙区の議員に要請して下さい」と。それで、全国の国会議員に抗議が殺到したんです。これで音楽業界のロビー活動がパーになってしまいました。

そしたら、あっという間に『インターネットラジオ救済法案』というのを議員が作ってくれて、速攻で議会を通過しました。こうしてアメリカでインターネットラジオが根付くことになり、数年後には地上波を越えるまでに成長していったのです。

ーー痛快な話です。日本のユーザーも、まずは情報を知らないと日本を変えようがありませんね。

榎本:というのも、この本を書く動機になってます。

その後、メジャーレーベルにも嬉しい誤算が起きました。Pandora Radioがブームになったおかげで、これまで説明したとおり、少なからぬ広告収入がメジャーレーベルに入るようになったんですね。

Sound Exchangeという団体があって、ここがアメリカのデジタル演奏権の使用料を一括して徴収しているんですが、ここのインターネット売上の9割近くがPandora Radioです。Pandora Radioは一年に倍のペースで売上を伸ばしてますし、去年(2011年)アメリカに上陸したSpotifyもパーソナライズドラジオ機能を本格的に追加してきました。iHeartRadioも一年経たぬうちにアメリカ国内で1000万人を集めてますし、今後、メジャーレーベルに入ってくる広告収入は100億円単位で増加していくでしょう。

というわけで、海外のメジャーレーベルも実際には、結果オーライという感じでやって来ました。日本の音楽業界のみなさんには、オーライな結果だけ、おいしいところ取りすることを僕の本はお勧めしてるんです。

ーーソーシャル・ミュージックを起業したのはミュージシャンが多いそうですね。

榎本:Pandora Radioを創業したティム・ウェスターグレンはプロのジャズ・ピアニストでした。Last.fmもロンドンにやってきたバンドマンとDJが意気投合して創業した会社です。Spotifyのエックもミュージシャン活動をしてました。ソーシャル・ミュージックを「IT系」と毛嫌いしてる業界人もいらっしゃるかもしれませんが、じっさいは仲間が始めたようなものなんです。

ーーミュージシャンから革命家が出てきたと。

榎本:ソーシャル・ミュージック事業というのは、ロイヤリティーの支払いで毎月、億の金が飛んでいくし、肝心の楽曲の使用許諾はなかなか取れないし、法律も邪魔してくるし、倒産しているところばかりだしと、音楽ビジネスの知識があったら尻込みしてしまうスタートアップです。それでも飛び込んでいけたのは、音楽好きの情熱だけで生きてるミュージシャンだけだった、ということかもしれません。

ーーミュージシャンらしい破天荒な創業秘話が書いてありました。

榎本:金欠のせいで、社員はオフィスをアパート代わりにしてて、役員は会社の屋上にテントを張って暮らしてたとか、なけなしの金をヴェガスで増やしてようやく給料が払えたとか、みんないろいろ無茶をしてますね(笑)。一方でSpotifyのダニエル・エックのように他の事業でお金を稼いでからスマートに起業しているケースもありますし、ClearChannelやVEVOのように既存の大企業がうまくやっているケースもあります。

ーーずばり日本の音楽業界は今後、どうするべきでしょうか。

榎本:超円高のおかげで、日本はCDの売上が世界一になりました。これだけCDが売れる国ですから、Spotifyのようなサービスをやるには「CDとカニバリズム(共食い)を起こすかもしれない」というリスク懸念が世界一高いと思うのです。

実際、SpotifyのAPAC(アジア・太平洋地域)戦略は、日本を避ける形で進んでいます。フランス発のDeezerというフリーミアムモデルの音楽配信があって、今年200カ国に進出する予定を発表してるのですが「日本とアメリカにだけは進出しない」と言い切っています。「アメリカはレーベルが要求してくる料率がとても高く、日本はレーベルから許諾自体が取れない」というのが理由ですね。

冷徹に見て、日本のCD売上が壊滅的な状況に行くまでは、Spotifyのような最後の手段は採用されないでしょう。CDのデイリー売上の最低記録が更新を続け、2位で1000枚を割る状況ですからカタストロフィは遠くないかもしれませんが、それまで、ごまかしつづけるというのはどうでしょう。業界はもちろんのこと、日本のアーティストや音楽ファンすべてにとって不幸な状況です。

ーーSpotifyのフリーミアムモデルはすぐにはむずかしいということですね。ではどこから手をつけるべきでしょうか。

榎本:ここで思い出していただきたいのは、メディアには放送メディアと記録メディアのふたつがあるということです。前者がラジオ、テレビ。そして後者がレコード、CDでした。

インターネットの登場で揺さぶられているのは、放送メディアと記録メディアの両方なんです。しかし国内レーベルのみなさんはパッケージビジネスの崩壊に頭が行き過ぎて、放送メディアがらみの疾患と合併症を起こしていることから目をそらしています。

記録メディアの方のイノヴェーションがiTunesやSpotifyであったのに対し、放送メディアの革新にあたるのがPandora RadioやVEVOです。記録メディアの時計の針をゆっくりにしておくと決めたのなら、その間に放送メディアの方から手をつけてみたらどうでしょうか。まずはPandora RadioやVEVOのようなパーソナライズド放送から進めたらどうでしょうか、というのが僕の結論です。

ーーパッケージ・メディアの革新が進められないなら、その間に、放送メディアの革新を進めておく、ということですね。

榎本:そうです。「ラジオで新曲を聴く→レコードを買う」という音楽ファンの商行動は、「スペシャやMTVを見る→CDを買う」という形を経て、現在では「YouTubeで見る→ダウンロードする」という形になりました。日本の20代が新しい音楽を知るいちばんのきっかけはYouTubeやニコニコ動画になっています。この「放送メディア→記録メディア」の現在形が、音楽業界に3つの問題を起こしています。この点が業界で共有されてません。

ーー「音楽放送に触れる→CDを買う」という形が「YouTubeで見る→ダウンロードする」という形に変わったことが、音楽業界にどのような悪影響を及ぼしているのでしょうか。

榎本:一つ目は、ご存じの通り、不正ダウンロード問題ですね。日本の不正ダウンロード元の1位は、現在は欧米のようなファイル共有ではなく、YouTubeになっています。プラグイン対応のブラウザが普及したことで、ボタン一発でYouTubeの音楽をダウンロード保存できるようになりました。違法ダウンロードの罰則化はこの実態に対して無力です。YouTubeのキャッシュを保存するのは規約違反であっても違法では無いですから。

次に、小中高の生徒の半分がPC・ケータイを持ってない状況は、青少年保護のため今後も変わりそうにない、という点です。結果、小中高の生徒が音楽を知るきっかけのトップは、地上波テレビのままになっています。

ご存じの通り、地上波テレビの平均視聴年齢は50歳に近づきつつあり、10〜20歳代の音楽ファンが喜ぶコンテンツを使いにくい環境になっています。このせいで、もっとも多感な10代を音楽ファンに育てることができない、という2つめの問題が起こっているのです。これも「放送メディア→記録メディア」という視点がないと見落としがちな話です。

3つ目の問題は、意外に思うかもしれませんが、YouTubeを使うと、新しい音楽に触れる機会が大幅に減るのです。ラジオを聴く時間は平均で約40分/日ですが、YouTubeは約10分/日です。YouTubeにおける音楽ビデオのシェアは6割なので、6分/日。

ラジオ時代なら一日に10曲以上、耳にしていたのが、YouTubeだけになると一日に2曲、聴くか聴かないかぐらいになってしまったのです。2曲程度ですと、YouTubeのランキングの上位1,2位をチェックしたら終わりになりますね。アップロードの容易さから、動画投稿サイトは新人のプロモに向いているように思われていますが、メディアの構造上、ロングテールの逆が起こっています。だから、いわれていたほどにネットから新人が育たないのです。

ーーPandora Radioのようなパーソナライズドラジオはこうした状況を改善できるでしょうか。

榎本:できます。まず、Pandora Radioの平均聴取時間は40分/日。DJのトークも入りません。何よりも秀逸な楽曲レコメンデーションエンジンのおかげで、初耳かつ好みの曲が次々とかけられていきます。去年(2011年)、Pandora Radio経由でAmazonやiTunesに行って購入された楽曲数は、推定で5000万曲ありました。今年はおそらく1億曲は行くでしょう。

動画投稿よりもパーソナライズド放送のシェアが増えると、違法ダウンロード対策にもなります。というのは、Pandora Radioからリッピングすることは不可能ではないのですが、意図した曲をかけられなかったり、キャッシュの形式が複雑だったりして、リッピングが非常に面倒なのです。

ーースマートフォンやPCがない学生はPandora Radioを楽しめるでしょうか。

榎本:ケータイやPCの悪影響を恐れる親御さんも、Wiiや3DSはあっさり買いあたえますよね。こうしたことも見越して、Pandora RadioやSpotifyは、スマートテレビとゲーム機への対応に勤しんでいるところです。ケータイやPCの無い学生はスマートテレビやゲーム機で楽しんでもらえばいいわけです。XBoxなんかは今でもいろんなソーシャル・ミュージックが楽しめます。

Pandora RadioがアメリカでiPhoneのキラーコンテンツになった話はしましたね。スマートテレビのキラーコンテンツはVOD、ゲーム、そして音楽になるだろうと予測されています。ソーシャル・ミュージックは、スマートテレビでも引き続きキラーコンテンツになりますね。

ーー某社がPandora Radioを日本で始めようとしていると噂を聞いてから4年経ちました。何がネックになっているのでしょう。

榎本:一部レーベルの許諾がなかなか取れないという話を聞いています。許諾と料率の交渉はソーシャル・ミュージック事業のキモで、ここがいちばんむずかしいのです。Yahoo Japanのように東京でも上場させる形にして、Spotifyのように主要レーベルに株をプレゼントして仲間に引き入れる、などの工夫が要るかもしれませんね。

ーー国産でパーソナライズド放送を創れると思いますか。

榎本:技術的には可能です。Pandora Radioのキモは楽曲レコメンデーションエンジンです。これはミュージシャンが人力で楽曲の構造を一曲一曲解析して出来上がっており、一曲あたり500円ぐらいのコストが発生しているそうです。これだけ聴くととんでもないように聞こえますが、楽曲のコード進行や楽器の編成、テンポを解析するという作業は、着メロ制作に比べるとずっと容易なんですね。

日本は着メロ・ビジネスで一時代を築いたことがあります。そのノウハウと人材を使えば、そう難しくありません。10万曲以下のレパートリーでPandora Radioは開局して瞬く間に人気になりました。500円かける10万曲なら、非現実的な予算ではありませんね。

ーーむしろ技術以外の課題がたいへんそうです。

榎本:結局、どういう枠組みでパーソナライズド放送を進めれば抵抗が少ないか、という話だと思います。IT系企業が主体になるか、放送業界と広告業界が主体になるか、レーベルが主体になるか、という選択ですね。

IT系主体で音楽業界をまとめられるかというと、厳しそうですね。iTunesを振り返っても、スティーブ・ジョブズという経営界のロック・スターが乗り込んでいかなかったなら、メジャーレーベルの重鎮を説き伏せることはままならなかったでしょう。

次に放送業界と広告業界が主体になって進める形ですが、アメリカの放送網Clear Channelがサイマル放送とパーソナライズド放送の融合を始めて成功しているのが参考になると思います。radikoはすでに電通を筆頭にして、放送局各社が共同出資しています。ここにレーベルのみなさんのご参加を促せば枠組みは成立しますね。放送局はキャピタルゲインを、レーベルは広告収入の半分を得るWin-Winの形ができます。まあ、半分は放送業界がいやがると思うので駆け引きがあると思いますけど。

最後にレーベル主体ですが、たとえばソニーミュージックが強く関わっているMusic Unlimited。「いまさら定額配信ですか」と欧米から突っ込まれている話をしましたが、Pandora Radioのようなパーソナライズドラジオの機能を追加してフリーミアムモデルにする、というプランも考えられます。

パーソナライズド放送を無料で提供し、そこから定額制の楽曲配信へ誘導する、というやり方ですね。SpotifyのライバルであるフランスのDeezerは、最初、その入り方をして、徐々に音楽配信のところにもフリーミアムをいれていった記憶があります。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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