ソーシャルミュージックで見えてきた 音楽産業の次世代型ビジネスモデル「未来は音楽が連れてくる」連載第00回 4.
ーー楽曲のダウンロード販売に将来はないのでしょうか。
榎本:アップルはクラウド配信に加えてもうひとつの手を打っている、という噂があります。HQオーディオの許諾交渉を欧州でやっているらしいんです。このHQオーディオのダウンロード販売が、パッケージ販売の正当的な代替になっていく気がします。ただ、さまざまなサービスがあるなかで中でHQオーディオがある、という陣形を創らないと、失敗するのではないかと見ています。
どう組み合わせるとHQオーディオのダウンロード販売が輝いてくるか、試しに描いてみましょう。
まずパーソナライズド放送などで新しい音楽に出会ってもらい、ここは広告収入でまかなう。そのアーティストを聞き込むために定額制音楽配信を使ってもらい、サブスクリプション収入を得る。ファンになったらHQオーディオも個別にダウンロード購入してもらい、パッケージ収入に該当する売上を建てるという形です。
情報ビジネスでは「漏斗状のビジネスモデルを創れ」ということが言われますが、漏斗の最後に置くとHQオーディオは輝くと予想しています。
ーー次世代のビジネスモデルが見えてくるような気がします。
榎本:このビジネスモデルのフローはスマートテレビにも適しています。いまどきは、一般家庭でまともなスピーカーがある場所はテレビ周りですので、HQオーディオをサービスの最後に持ってくると、ハードとソフトが売上を促進し合う関係も創れます。
スマートテレビが普及すれば、HQオーディオの後ろに、月額300円のファンクラブ用アーカイヴを置いておくという手法も使いやすくなります。定額配信のオプションで、毎月300円を追加で支払うと、そのアーティストのMVやライブ映像、バックステージ映像のアーカイブを楽しめるようにしておく。さらにその先には、ブルーレイ画質のダウンロード購入を置いておく、という形ですね。
ーーパーソナライズド・テレビの方はどうなるでしょう。
榎本:YouTubeが不正ダウンロード元の1位となっている日本の状況を考えると、YouTubeを越えた音楽テレビを作り上げて、ユーザーにそちらへ移動していただくことは、本来なら喫緊の課題です。
しかしVEVOをそのまま日本に持ってきても解決策にならないところがあります。VEVOはYouTubeと同じスタイルのメディアなので、VEVOが普及しても不正ダウンロードが減ることはないからです。
現在、VEVOはパーソナライズドテレビへ向けて、Pandora Radioを研究しながら試行錯誤してます。パーソナライズド・テレビに関しては、アメリカもまだファイナルアンサーにまでたどり着いたとはいえない段階なのです。ですから音楽に限っていえば、パーソナライズド音楽テレビは日本が先に進めて決めてしまった方がよいでしょう。
不正ダウンロードを避け、かつYouTubeより魅力を出す仕組み自体はそんなにむずかしくありません。「サイマル放送+VOD+パーソナライズド放送」をフリーミアムモデルで提供すれば成立します。
スペシャやエムオンのような音楽テレビのサイマル、YouTubeやVEVOのような音楽ビデオのアーカイブ、そしてPandora Radioのようなパーソナライズド放送が、まとめて毎月10時間まで無料、それ以上は月額500円というネット放送のプラットフォームです。
ビデオのアーカイブでYouTubeとの代替性を確保すると同時に、再生回数の制限を設けることで、ダウンロード販売や定額制配信へ誘導することもできます。
不正ダウンロード対策は、Spotifyのやり方が参考になります。PCではブラウザーベースでなく専用アプリのみにして、さらにパッチを頻繁に配信してDRMキーを更新し続ける方式です。こうすればPCでサービス展開しても、不正ダウンロードやキャッシュの保存はSpotifyと同じく実質、不可能になります。
PCにアプリをインストールしていただくのはハードルが高いですが、Pandora RadioにしてもSpotifyにしても、顧客の獲得はスマホが主戦場になってますので、PC以外のスマホやゲーム機、スマートテレビでしっかりやっていれば大丈夫でしょう。
ビジネスモデルとしては、広告収入とサブスクリプション収入をレーベルとメディアでシェアし、さらにそこから様々な権利者へ分配する形となるでしょう。ただ、音楽ビデオの権利処理は問題がほんとうに多岐に渡るので、レーベル、プロダクション、アーティストそして映像ディレクター、制作会社、音楽テレビ局のみなさんと足並みを揃えて進めていかなければなりません。まずできることは、やはりファクトと問題意識の共有からですね。
ーーソーシャル・ミュージックをまずひとつだけ、日本に持ってくるとしたらどれがいいでしょう。
榎本:第3章で紹介したturntable.fmですね。
ーーturntable.fmを読者のみなさんに説明してもらえますか。
榎本:turntable.fmというのは、チャットルームみたいなところにみんながアヴァターで集まって、仮想のDJブースに順番に上がって好きな曲をかけるんです。それで、ルームに集まったオーディエンスから評価ポイントを稼ぐんですね。で、ポイントが集まるとアヴァターが進化したり、じぶんがプレイするときにファンが集まるようになったりする、ソーシャルゲームとソーシャル・ミュージックをかけ合わせたサービスです。
友だちとだべっているような中毒性があって、滞在時間がすごく長いんですよ。自分の番になったら何をかけようか、ドキドキしながらすごいまじめに音楽を聴くし、評価の高いDJがかけた曲に「そうきたかー」とわくわくしたり。知ってる人が音楽を紹介してくれると、空気を読んで選曲してるってのもあって、すごく響くんですね。
それとネット上でのバイラル効果がソーシャル・ミュージックのなかで1番あります。友だちが「今からturntable.fmでDJするよ。こんな曲かけてるよー」ってツイートするとついつい聴きに行ってチャットを始めちゃうんですね。
お忍びでセレブがたくさん集まってたようで、噂では前回の増資にはカニエ・ウエストやレディ・ガガも匿名で出資したようです。
ーー日本人にとても人気があったそうですね。
榎本:turntable.fmは去年(2011年)の5月にFacebookの口コミで英語の招待状を送ってスタートしたのですが、口コミが日本人に伝わって、気づいたらユーザーの3割が日本人になってたんですね。これはturntable.fmには、嬉しい誤算だったようで、米国外からのアクセスは広告収入が見合わないこともあり(※)、現在はアメリカ以外のIPをはじいてますが、創業者は「ぜひ、日本に進出したい」とインタビューで語ってます。
(※ 「SoundExchangeの規約を守って」と記載しましたが別の理由でした。修正し、謹んでお詫び申し上げます)
ーーturntable.fmは日本人向きということですね。
榎本:ソーシャルゲームっぽいところが特に日本人の気質に合ってますね。グリーやモバゲー上に載せることも出来ると思います。加えて、turntable.fmがビジネス的にすばらしいのはクラブ・カルチャーなので、洋楽に限定しても日本人が喜んでくれたってとこです。
現在、日本でソーシャル・ミュージックをやろうとしても、なかなか許諾が取れなくて、洋楽に限定して実験的にやっている定額配信があると思うんですけど、そういうところとturntable.fmの合性は抜群だと思います。フリーのturntable.fmでグリーやモバゲーなどから人を呼び込み、DJ合戦して曲をプロモーションしてもらって、友だちをどんどん定額制配信に流し込んでもらう、というやり方ですね。
システムも許諾のサイズもコンパクトですし、相手はお金じゃなくてパートナーをほしがってます。さらに日本人受けすることが検証済み。MTVが、スティーブ・ジョブズ追悼記念24時間全米DJ合戦という特番をやったことがあるのですが、これに使われたのがturntable.fmでした。つまり既存の音楽放送との合性も抜群です。
洋盤限定だと売上も小さく、日本法人にシェアされる ライセンス料も 少ないと思いますが、その分リスクも低い。テストには最適です。
それと、日本は音ゲーを創るのが得意ですよね。ソーシャルゲームも流行ってますから、turntable.fmが流行ったら刺激を受ける日本人クリエーターがきっと出てくると思います。そうしたら日本発の全く新しいソーシャル・ミュージックが出てくるのではないかと思いますね。
ーー日本から音楽系の新しいベンチャーが出てくるといいですね。
榎本:はい。今、シリコンバレーでは「音系」の投資ブームが続いているんですよ。音声共有のSound Cloudが160億円のバリュエーションをつけてます。スマホ向け音アプリを専門とするsmule、音楽検索のshazam、先ほどのturntable.fmなども100億円以上の評価額がついてますし、Pandora Radio、Spotifyなど大型になると評価額は1000億円単位です。
「音楽系ITは儲からないんですよ」というのが日本のIT系の常識だったのですが、「それ、もう古いですよ」と教えて差し上げたいですね。チャンスです。
ーー今後の日本を考えると、音楽業界は国内のことだけ考えていればよい時代は終わりつつあります。
榎本:人口減少の局面に入ってますので、製造業の方がおっしゃるような「アジア内需」をコンテンツ産業も確立してゆく必要があります。
ーーしかし、アジアの音楽マーケットは現状、かなり小さいですね。
榎本:中国、韓国、インドなどアジア各国の音楽マーケットをすべて足しても、日本の2割にも行きません。しかしGDPは、アジア主要国を合わせると、日本の2倍を越えます。そしてフリーミアムモデルの売上の半分を占める広告の市場は、GDPとだいたい比例しています。
中国と日本の広告売上が同じくらいですので、これを使ってアジア主要国の広告市場を日本の2倍と仮定すると、フリーミアムモデルのソーシャルミュージックにとっては、日本に匹敵する潜在マーケットがアジアに広がっているわけです。
アジア諸国のGDP成長率を6%と仮定すると12年後には倍になります。ここで日本における洋楽のように2割のシェアを取れば、ざっくりいって国内かける2かける2割で4割。人口縮小を補って余りある成長余力を手に出来ます。
ーー10年以上前に、音楽産業の方でもアジア進出のブームがあったと思うのですがうまくいきませんでした。
榎本:アジア市場はパッケージビジネスには不向きだった、というのが理由だと思います。ですが、スペインの事例でもわかるとおり、そういう国々ほどフリーミアムモデルのプラットフォームが成功することがわかってきました。
経産省でコンテンツ産業を担当している野澤泰志さんが「コンテンツ産業の輸出の課題は、プラットフォームの構築と、制作の段階で海外市場の意見を取り入れること」とインタビューで答えていました。日本のコンテンツ産業で外貨が稼げているのはゲーム産業しかないのですが、唯一ゲーム産業がうまくいってるのは、そのふたつがちゃんと出来ているから、ということですね。
僕もこれに賛成です。「日本のアニメやコミックは海外で人気」といいますが、プラットフォームがないために、海外の業者に売り切りの契約をするだけで、向こうで流行っても日本の実入りはほとんどない、という状況です。
ーー現在、政府がクールジャパンを構想中です。
榎本:現在の構想には、なぜかこの「プラットフォームと海外マーケ」の視点が抜けているのですが、音楽でもアジア内需を目指すなら、このふたつは外せません。
クールジャパンには「国の役割が明確でない」という批判が出てますが、国がやるべき役割は、僕には明確です。国が、日本のコンテンツの二次利用を促進する権利処理のデータベースを構築し、国際的に使えるプラットフォームにすれば、海外で日本のコンテンツが外貨を稼いでくれるようにできます。
アメリカ政府はSoundExchangeを創ることで、インターネット放送と音楽コンテンツに限定されますが、権利処理のデータベースをプラットフォームとして提供して二次利用を促進しました。
日本はアメリカのSoundExchangeよりもさらに進めて、音楽に限らず全てのコンテンツ産業を対象にし、二次利用は海外での利用とネット上での利用を目指すべきです。そうすれば我が国のコンテンツ産業政策は、国際的に最も進んだ仕組みにできます。しかし、これは民間主導では不可能ですね。
ーー民間の役割はどうなるでしょうか。
榎本:政府の創った権利処理のプラットフォームを土台に、今度は民間のコンテンツ産業が、アニメ、マンガ、音楽、ドラマをSpotify型で配信すればよいと思います。
日本勢のシェアが世界的に高いローティーン層をターゲットにして、アジアやヨーロッパに配信すれば、自動的に日本が強い状況が反映されるのではないでしょうか。
L’Arc- en-Cielさんやきゃりーぱみゅぱみゅさんを見ていると、日本の音楽がことばの壁を越えるには、ビジュアルの訴求が不可欠だと感じます。二次利用のプラットフォームを土台にさまざまなジャンルの配信が海外で育っていけば、海外のネット上でも、メディアミックスの手法が活用できるようになり、有利に戦えるようになります。
ーー日本でなかなか進まないなら、逆にアジアから始めてしまうというのも考えられますね。
榎本:おっしゃるとおりです。日本でなかなかソーシャル・ミュージックの話が進まないのは、業界のみなさんの頭が固いからとか、そういう精神論の問題ではなくて、いわゆるイノヴェーションのジレンマに嵌ってるからです。日本の音楽市場をこれほどまでに育て上げたみなさんの優秀さが裏目に出ているんですね。アジアなら、日本国内にあふれているイノヴェーションのジレンマを避けられる。そういうメリットもあります。
ーーラジオの登場に伴ってレコード産業がかわっていった話は、やはりiTunesやSpotifyの登場を彷彿させます。ソーシャル・ミュージックが普及した後に、新しい音楽が出てくるかもしれませんね。
榎本:みなさんがご存じのところではYouTubeの登場で、Lady Gagaやきゃりーぱみゅぱみゅのように何度も見たくなる、ビジュアルと音楽が中毒性を出すアーティストが売れるようになりました。
Pandora Radioは人気順ではなく、ユーザーの好みを忠実にトレースして楽曲をかけるんですが、そうすると、かかる曲の7割が自動的にインディーズの楽曲になるんだそうです。
通常の楽曲販売サイトのデッドストック率(一度も買われない曲の割合)は8割なんですが、Spotifyでは3割を切っています。
つまり、ソーシャルミュージックの登場で、これまで日の目を見なかった楽曲に光があたってるんですね。これはYouTubeにもできなかった快挙なんです。
ラジオの登場で、ヨーロッパのクラシックに代わってアメリカのローカルミュージックがメインストリームになっていったのなら、今はもっとグローバルな時代ですから、今回はソーシャルミュージックを通じて、これまで世界的にはローカルだった国の音楽、たとえばアジアの音楽がメインストリームに乗ってくることだってあるかもしれません。
ーー最後に本のタイトル『未来は音楽が連れてくる』の意味を教えて下さい。
榎本:音楽は、キラーコンテンツとしてさまざまなイノヴェーションを引っ張ってきた歴史があります。記録メディアの革新であったレコードの登場は言うまでもなく、最初の放送メディアのラジオも、音楽がキラーコンテンツになって普及しました。テレビの多チャンネル化を牽引したのも、CNNとMTVですね。
ソニーのウォークマン、CDも音楽です。家電大国・日本のプロデュースに音楽は強く関わってきました。アップルのiPhoneは日本のケータイ文化を研究して生まれたのですが、ケータイ大国を作り上げたキラーコンテンツはメールと着メロでした。スマートフォンのキラーコンテンツもやはり音楽が最初。次にSNSやゲームが育っていきました。スマートテレビのキラーコンテンツも、VOD、ゲーム、そして音楽だろうといわれています。
インターネットの普及もmp3が大きな関わりを持ちました。中国をはじめとした新興市場では今でも音楽がインターネット普及のキラーコンテンツです。YouTubeで見られているコンテンツの6割が音楽。Pandora Radioは究極のラジオの登場と呼ばれており、史上初めて地上波に勝ったネット放送ですが、この放送のイノヴェーションを起こしているのも音楽です。
Spotifyの構築したフリーミアムモデルのプラットフォームは、今後さまざまなコンテンツ産業で応用されてゆくと思いますが、この流れを作り上げたのも音楽。音楽はいつだって、人類に未来のサービスを引っ張ってきてくれました。
音楽産業は、人類のライフスタイルの変革に、何度も関わっているんです。だからじぶんたちが変わることも恐れないでほしい。この100年間、何度もピンチがあったけども、いつでも前に踏み出せば、乗り越えられた歴史を持っているのですから。
『未来は音楽が連れてくる』というタイトルは、そういう気持ちを込めてつけました。
ーー次世代の新しいサービスが目の前にあって、成功モデルもできあがりつつあるのに、日本では何も起こらないというジレンマがあります。榎本さんのこの連載を通して、日本のユーザー、アーティスト、業界人のみなさんが次のステップを考えるきっかけとなり、日本の音楽がより発展・飛躍するきっかけの1つになればと願っています。
榎本:はい。こちらの連載は、それぞれのサービスを深く追っていく形となります。アップトゥデートな情報はFacebookとTwitterに都度、投稿してます。最新の動きも合わせてチェックされたい方は、Facebook、TwitterでMikiro Enomotoを探していただければと思います。それでは、ご愛読のほどなにとぞよろしくお願いいたします。
著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。
2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。
寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。
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