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Spotifyの魅力 まとめ(続)「未来は音楽が連れてくる」連載第02回

コラム 未来は音楽が連れてくる

国際レコード産業連盟(IFPI)発行・デジタルミュージックレポートの表紙。世界にソーシャルミュージックメディアが席巻している様を表現している

 

Spotifyの魅力2 「違法ダウンローダーも飛びつく便利さ」

 Spotifyが成功した理由の二つ目は、「違法ダウンロードよりもはるかに便利」だったからだ。

「違法ダウンロードよりもずっと便利なサービスをつくる。そして、違法ダウンロードをしている層をすべてSpotifyの牧場に囲い込む」

 創業したときにエックが期したビジネス・アイデアはこれだった。これはマーケティング的にも正しい。Apple(アップル)のiTunesは違法ダウンロード問題をどれだけ解決したかというと、実は、ほとんど解決できなかったからだ。

 海外の音楽業界ニュースでよく引用される数字がある。「合法ダウンロードはたった5%」という数字だ。IFPI(国際レコード産業連盟)によると、2008年に全世界でダウンロードされた音楽ファイルのうち、合法的なダウンロードはたった5%しかなかったことがBBCで報道された

 iTunesは音楽ダウンロード販売においてシェア70%を超える圧倒的な強さを誇るが、5%のうちの70%、すなわち3.5%しかカヴァーできていないおらず、95%の楽曲はいまでも違法にダウンロードされている。

 Google Play MusicやAmazon MP3のように、Appleが残してくれた1.5%を狙いに行ったのではない。エックは未開墾の荒れ地だった95%の方を狙いに行った。

「世間は『合法サービスの拡充が音楽業界、再生の鍵』という。だけど、iTunesでさえ大した効果が無かったことを世間は知らないんだ。ファイル共有は、無料でどんな曲もダウンロードし放題だ。これにかなう合法サービスなんてありうるのか」

 IFPIの数字が発表されたとき、音楽業界ではため息混じりでこんなことが囁かれていたろう。

 音楽のダウンロード販売とは別の何かがいる。「頭が古い」「既得権益」と(やや無責任に)揶揄されることの多いメジャーレーベルだが、少なくとも上層部では『ポスト・iTunes』の必要性がはっきり認識されていたようだ。

 というのは、「音楽ファイル、ダウンロード不要」の新しい技術を、ダニエル・エックがメジャーレーベル各社のスウェーデン法人に持ち込むと、楽曲使用の許可をほとんど即座に(といっても2年近くかかったが)卸したからだ。

 違法ファイルのダウンロードの問題を、ありがちな法的・倫理的観点ではなく、技術的な観点で見てみると、別の課題が浮かび上がってくる。

 これまでの、ファイルにDRM(複製を禁止する技術)をかけて違法ファイルを防ぐ方法は、全く役に立たなかった。違法ファイルの出元がDRMの無いCDからのリッピングなのだから当然である。技術的な視点からすると、違法ファイルのダウンロードを減らすには、パッケージはおろかダウンロードの必要も無くすサービスを普及させればよい、ということになる。

 エックの持ち込んだ技術は、楽曲ファイルを全くダウンロードせずに、iTunesのように快適なプレイを実現するものだった。音楽をダウンロード無しに聴かせる技術を「ストリーミング」というのだが、これまでのストリーミング技術だとプレイボタンを押してから数秒、再生を待たなくてはならかった。これが「音楽はダウンロードするもの」というネット時代の常識を創り上げた、技術的な根拠のひとつとなっている。

 エックはμTorrent(ミュートレント)という、ファイル共有では定番となっているソフトの開発に参加し、手腕を買われてCEOをやっていたことがある。このノウハウがストリーミングの技術革新につながった。

 ピア・ツー・ピアの技術はファイル共有だけに限ったものではない。インターネット電話の世界的スタンダード、Skype(スカイプ)も、ピア・ツー・ピアを技術的バックボーンにしている。Skypeは、モバイル戦略にてこ入れを図るマイクロソフトが最近、85億ドル(約6,900億円。2011年5月11日 80.92ドル/円換算)で買収した。

 エックはSkypeと同じように、ピア・ツー・ピアの技術を、ファイル共有以外のジャンルに応用した。そして、ストリーミングでも全くバッファー(再生の遅延)なく音楽を再生できる技術革新を起こした。

「これならダウンロードしなくてもいいじゃないか」

 レーベルは、エックのデモンストレーションを見て態度を軟化させたという。

 エックの主張はこのSpotifyの技術を使って、無料のサービスと、通常の定額制を組み合わせた『フリーミアム・モデル』を展開することだった。ダウンロードの楽曲利用料というものは安くない。広告ベースでダウンロード型の無料配信は、無理だった。だがインターネット・ラジオと同じタイプであるストリーミング配信なら違う。広告モデルの成り立つインターネットラジオに近い楽曲使用料で音楽を流せる。だから、広告モデルも成り立ちうる。

 CDの売上が激減し、デジタルダウンロード売上や、ライブの売上、グッズ売上などあらゆるビジネスで収益を高める『360度のビジネスモデル』を標榜するようになったメジャーレーベルも、これにピンと来たようだ。

 この技術でフリーミアムモデルを本当に展開できるなら、無料部分から広告売上を、そして定額制の部分からサブスクリプション売上を、レーベルはSpotify経由で手にすることが出来るようになるからだ。

 無料のストリーミングで、iTunesのダウンロードをしのぐ便利さを提供する。しかも、どんな曲も聴けるようにする。

 これなら、いちいち違法ファイルの検索を繰り返して、時間をかけてダウンロードするファイル共有やアップローダーなどよりも、ずっと便利だ。この便利さを武器に、違法ダウンロード・ユーザーを囲い込む。そこから広告売上とサブスクリプション売上をあげればよいのだ。

 母国スウェーデンで起業したことも功を奏した。

 スウェーデンの人口は1000万人にも満たない。だが、70年代のアバ、80年代のヨーロッパ、90年代のエイスオブベース、メイヤ、ロクセットなどなど、スウェディッシュ・ポップスを世界に輩出する音楽の国でもある。つまり、テスト・マーケティングに最適だった。

 レーベルサイドはエックの「違法ダウンローダーを囲い込む」見立てに同意していたが、Spotifyのフリーミアムモデルが本当に機能するのか、そしてCDやダウンロード販売に対しカニバリズム(共食い)を起こさないかテストする必要があった。

 創業から2年後の2008年10月。Spotifyは、メジャーレーベルから楽曲の使用許諾を勝ち取って、サービスインした。まずFacebookで「無料で音楽聴き放題」へ招待するキャンペーンを張り、ユーサーを集めた。

 キャンペーンといってもわずかな口コミだけだ。エックはただの早熟な技術屋ではなかった。バーチャル人形の着せ替えで遊ぶソーシャルゲームの先駆け、Stardollを、いち早くビジネスの軌道に載せた経験もある。25歳の若さで、ネット・マーケティングの機微を知っていたこともあった。だが、何といっても「月20時間まで無料で聴き放題」というフリーミアムモデルのインパクトが凄かった。

 キャンペーン費用には5,000ユーロ(約75万円 2008年10月1日149.9円換算)しかかけなかったが、わずか半年で、1日あたり数万人を集める新進気鋭のソーシャルミュージックに成長した。そして、あっという間に次のステップへ進む許諾をメジャーレーベルから得た。ヨーロッパ最大の音楽市場、イギリス進出である。この頃から、世界中の音楽業界で「iTunesキラーが登場したらしい」と噂されるようになった

 

Spotifyの魅力3 「音楽を友だちとシェアする面白さ」

 2009年のイギリス上陸以来、Spotifyは欧米のニュースメディアでホット・トピックスとなった。

 この原稿を書いている時点で、たとえば英ガーディアン紙(電子版)のSpotify関連の記事は160本、米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)では108本にのぼる(2011年12月時点)。本稿を起こすため両紙に限らずエックのインタビューをつぶさに読んできたが、2009年以来、「アメリカ上陸はいつか」という質問がインタビュワーたちから途切れることはなかった。

 それほどまでに、アメリカの音楽ファンはSpotifyを待望した。

 アメリカ上陸の一年前にあたる2010年。ダニエル・エックはオースティンで開かれる世界最大の音楽コンヴェンション・イベント、SXSW(サウスバイサウス・ウェスト)で、インターネット部門の基調講演を担当した。

この時、エックが壇上から、

「この中で、Spotifyを触ったことがある人、いますか?」

と尋ねたところ、ほとんどの人が挙手して驚いたという。アメリカからのアクセスはシャットしていたにも関わらず、プロクシーやVPNなどの裏技(*書籍版の巻末を参照) を使って、アメリカの音楽フリークはアクセス制限を突破し、こぞってSpotifyを使っていたのだ。

 アメリカには定額制音楽配信の老舗が揃っていた。

 P2Pを廃止して定額制に生まれ変わったナップスター。それに対抗する形で生まれ、MTVとタッグを組んだリアルネットワークスのラプソディ。世界的な音楽データベースとなったCDDB(現Gracenote。Sony本社が買収)の創業者が、Sony Musicと立ち上げたMOG(モウグ)。定額制音楽配信とPandora Radio(パンドララジオ)型のネット放送を組み合わせたRdio(アールディオ)。Slacker(スラッカー)…。どれも当時、会員数はニッチに留まっていたが、聴き放題の定額制としては秀逸なサービスだ。

 すぐれた定額制音楽配信はアメリカ国内にいくつもあった。だが、2011年の夏にSpotifyが上陸するまで、アメリカのネチズンたちの間では『Spotify待望論』ばかりであった。

 なぜか。

「Spotifyには月20時間まで無料で使えたからだろう」

という答えは、ここまで読んだ方ならすぐ思いつきになるだろう。Spotifyは、定額制音楽配信にないフリーミアムモデルを備えていたから、という理由だ。

 もうひとつ、理由があった。

 Spotifyはソーシャル・ミュージックだったが、定額制音楽配信サイトはソーシャルではなかったからだ。

 説明しよう。

 Turntable.fm(ターンテーブル・エフエム)の章でも触れたとおり(※)、音楽というものは本質的に共有されたがっている。音楽は人が集まって、同じ感覚を共有することが楽しみ方の始まりだったからだ。だから、人は自分が感動した音楽を誰かに伝えたい、という欲求を持っている。

(※ 本連載は書籍の目次通りではなく、Spotifyの章を先に掲載しています)

 だが、友だちに音楽を聴いてもらうときに、定額制音楽配信の有料会員しかその楽曲が聴けないならば、紹介には使えない。

 ましてやiTunesのように、ダウンロード購入しなければ同じ曲をいっしょに聴けないのならば、紹介に使う意味が無い。試聴ボタンをクリックして再生されるまでバッファリングに数秒耐えて、ようやくサビだけ聴いて、

「これいいね!」

と感情を共有してもらうことは、人間には無理なのだ。

 これが、iTunesの始めたソーシャルネットワークPing(ピング)が、1億6千万人の会員数をもってスタートしながらも、いまいちインパクトを出せない理由でもある

 Spotifyなら、URLを友だちに紹介するだけでよい。ピアツーピアを活用した技術のおかげで、URLをクリックしたら即座に曲が最初から聴ける(初回はアプリをインストールする必要があるが、ブラウザのプラグイン並みに軽い)。曲頭から終わりまで聴ける。Facebookのタイムラインを使えば、URLを送る作業すらない。

 繰り返し聞き直すことだって出来るし、「いいじゃん!」と感じたら自分のプレイリストに加えることだって出来る。さらにはそのプレイリスト共有サイトで公開し、みんなと共有することも出来る。

 音楽をダウンロード購入するのではなくて、プレイリストをつくってシェアーしあう、というカルチャーがSpotifyである。友だちとミックステープやMDをプレゼント交換するカルチャーが、IT化して今に蘇った姿といえよう。

「友だちの紹介で、好きな曲がみつかるのは楽しい。でも、じぶんのおすすめ曲が気に入ってもらえたときは、もっと楽しい」

というザッカーバーグの言葉を前節で引用したが、これはソーシャル・メディアが発見した、ひとの持つ本質的な衝動だ。ひとは感動を共有したがるのだ。

 Spotifyのフリーミアム・モデルは、音楽の喜びをシェアする機能を提供する、社会的プラットフォームになりつつある。だからFacebookは、数ある音楽サービスの中で、Spotifyのダニエル・エックにスポットを当てたのである。

 Spotifyのない国ではこの「無料サービスを使って音楽を紹介する」という部分をYouTube(ユーチューブ)に頼っている。だが、音楽ビデオを創るには、制作費が100万から300万円ほどかかる。だから、限られたアーティストの、さらに限られた楽曲しかYouTubeには(少なくとも公式には)掲載されていない。

 YouTubeに公式に載っている曲は、全ての音楽のうち、おそらく5%を切っているだろう(パレートの法則を使って見積もった。アーティストの2割が音楽ビデオを創ってもらえるとする。さらにそのアーティストの楽曲の2割が音楽ビデオになるとすると4%になる)。つまり、YouTubeはソーシャル・ミュージックのインフラとしては「曲が少なすぎる」という本質的な欠陥があった。だが、Spotifyなら、ほとんど全ての楽曲をシェア(紹介)に使える。

 FacebookとSpotifyのゴールデン・タッグが発表されてから二ヶ月後。Googleの音楽配信サービス、Google Play Music(グーグル・プレイ・ミュージック)がサービスインしたが、Googleもまた、ソーシャルミュージックを志向して来た。

 Google Play Musicは、iPhoneからも、Windowsからも使えるが、おもにアンドロイド携帯のユーザーへ向けたサービスだ。アンドロイド・ユーザーがiTunesのように音楽をダウンロード購入して楽しめるように企画された。Googleらしく、楽曲をダウンロードする必要のないクラウドベースのウェブ・アプリに仕上がっている。

 iTunesにあった「アルバムを購入してから数分、ダウンロードを待たないと聴けない」「PCとiPod/iPhone同期が1時間以上かかる」という欠点が克服されたわけだが、ほとんど同じ時期に、ライバルのアマゾンやiTunesの方もクラウド配信をサービスインさせることになった。時代は、ダウンロードからストリーミングになったのだ。「クラウド音楽配信」と呼ばれているのがこれである。

 そこまでは、読者もニュースでご存じだと思う。

 Googleは、本業の検索事業を最も脅かす存在となったFacebookを意識して、Google Musicにもうひとつ、ある機能を追加した。Google独自のソーシャルネットワーク(Google+)で、音楽を共有できるようにしたのである。

 Google+でGoogle Musicの曲を紹介する分には、無料かつフル試聴で聴けるようにしたのだ。ただし、Spotifyなら曲を何度でも無料で聴けるのに対し、Google+で無料で聴けるのは一回だけにした。

「月に10時間聴き放題」はマネできないとしても、ここだけを踏襲すれば、Google Musicをソーシャル・ミュージックにすることができる、と判断しての施策であった。SpotifyがFacebookと連携したことで、ソーシャルミュージックとしてインフラ化しつつあることを、Googleなりに分析し、出した答えである。ただ、このGoogle渾身のシェア機能はわずか数ヶ月後、Spotifyに消し込まれることになる(VEVOの章で触れる)。

 今後、オンラインの音楽サービスでは『ソーシャル・ミュージック』が方々で志向されることになるだろう。だが、Spotifyと、Google Musicの例を見れば分かるように、サイトにSNSを設けたり、ツイッターへのつぶやきボタンを載せるだけでは、音楽サービスを本質的にソーシャル化することができない。

「感動」を共有したい、という人間の原始的欲求に従い、音楽を共有することからビジネスを始める。それがソーシャルミュージックだ。何らかの形で、フリーミアムモデルを取り込まなければ、自社サービスをソーシャルミュージックにすることはできない。

 このことに、少なからぬサイトが試行錯誤の末、気づくことになるだろう。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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