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メジャーレーベルの楽曲使用料はぼったくりなのか「未来は音楽が連れてくる」連載第04回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

「一回聴くと1円」のロイヤリティーはぼったくりだったのか

「エンジェル投資家とヴェンチャーファンドから集めた数十億円を、ロイヤリティー(楽曲使用料)という装置を使って、レコード会社にごっそり移動する。音楽系ITのスタートアップというのは、そういうビジネスモデルです」

iMeemの買収から9ヶ月後、ヴェンチャー志望家向けスタートアップ・セミナーの壇上に立った創業者のコールドウェルは、皮肉たっぷりにソーシャルミュージック事業のビジネスモデルをこう振り返った

彼は今、picplz(ピクプリズ)という写真共有アプリのヴェンチャーを立ち上げている。写真共有アプリといえば、女性受けして大ヒットしたInstagram(インスタグラム)が有名だが、Instagramはこの頃、iPhone専用だった。いっぽうコールドウェルの新しいpicplzは、アンドロイドやノートPCでも使える点が、人びとに受けていた。

iMeemは年間100億円を超えるロイヤリティー支払いをまかなえず消滅した。さて、この100億円/年の楽曲使用料はメジャーレーベルが既得権益を守るためにぶつけた嫌がらせだったのだろうか。

当時のオンデマンド型ストリーミングのロイヤリティの相場は、曲が一回ストリーミングされる毎に1セント、つまり約1円だった(2008年7月10日107.32円/ドル換算)。

一回聴くと1円(2008年当時)。これが安いのか、高いのか、ということだ。

iMeemはひと月に10億回以上、曲の再生があったという。ここから計算すると、ひと月あたりのロイヤリティー支払いは10億円以上。通年で120億円ぐらいとなり、前節の「通年の不良債権が107億円」という数値とほぼ一致する。一回聴くと1円は、高いように見える。

ではアーティスト側から見た場合、「一回聴くと1円」は十分な金額だろうか。

契約にもよるが、アメリカでは、iTunesなどの音楽配信事業からレーベルが受け取ったロイヤリティの内、13.5%がアーティストに支払われる

1ドル/曲でユーザーが買ってくれると、だいたい70セントのロイヤリティがAppleからレーベル側に支払われる。うち13.5%となる約8セント(約8円)がレーベルからアーティストに支払われている。これがダウンロード販売の場合だ。

今度は、YouTubeやiMeem、Spotifyのようなオンデマンド型ストリーミングで、ある曲が100万回聴かれたとしよう。「一回聴くと1円」で計算すると、レーベルに入るお金は100万円。レーベル経由でアーティストに支払われるお金は、iTunesにおける分配率13.5%を援用すると13万5000円だ。

100万回再生されて13万5000円。

読者のあなたがミュージシャンなら「安っ」と声を出したのではないだろうか。アーティスト側からすれば、法外どころか控えめすぎる請求だった、ということだ。

では「一回聴くと1円」は、広告売上でほんとうに賄えたのだろうか。

IT広告の世界では、広告を1000回表示したときの広告売上(CPM)を指標に使う。「一回聴くと1円」をCPMに直すと、1000円/CPMとなるわけだが、これはだいたいソーシャルネットワークの広告相場の3倍弱、ポータルの広告相場の4倍ぐらいであり、ほとんど達成不可能な要求額となる(IT広告の相場はSNSのの平均CPMで、3.8ドル/CPM(約292円 2011年10月18日76.79円/ドル換算)。オンデマンド型ストリーミングのロイヤリティを支払うためにはSNSの3倍は稼がないといけない)。

これが、IT業界と音楽業界の双方がiMeemを疑問視していた理由である。音楽業界からみれば、出血大サービスのロイヤリティー設定だったが、IT業界からみれば音楽配信のロイヤリティーはIT広告の相場とかけ離れて高かったのだ。

アーティストには安すぎて、配信業者には高すぎるロイヤリティー。

このギャップを埋める創意・工夫が、ソーシャルミュージック事業に求められるイノヴェーション、ということになる。

 

メジャーレーベルが目指した「究極の音楽ソーシャルネットワーク」、MySpace Music

MySpaceミュージック
MySpaceミュージック。メジャーレーベルが目指した『究極の音楽SNS』はMySpaceと共に凋落した

メジャーレーベルは、CDの売上を守るためにiMeemを潰したのだろうか。

というとこれもまた違う。

iMeem旋風と同時期に、メジャーレーベル4社が集ってiMeemとほとんど同じサービスを立ち上げたからだ。

ソーシャルミュージックの元年は2004年といえるかもしれない。

若手インディーズアーティストと音楽好きの学生が小さく集っていたMySpaceは、2004年、R.E.Mをきっかけにブレイクスルーを迎えた。SNSという新しいメディアに興味を持ったR.E.M.が、新アルバム「Around the Sun」をMySpaceで無料公開すると、世界の若者がMySpaceへ殺到したのである

R.E.M.(ワーナーブラザーズ)
▲R.E.M.(ワーナーブラザーズ)。オルタナ・ロックの先駆者となっただけでなく、ソーシャル・ミュージックの時代も到来させた。
出典:flickr (Some Rights reserved by Stefano Stark)

そして2008年。

すでに本章でも触れたが、メジャーレーベルに訴えられたMySpace社は、逆に「究極の音楽ソーシャルネットワーク」をいっしょに立ち上げることを和解案に出してきた。

新会社のカネはすべてMySpace社が出す。

MySpace社が用意した額は1億2000万ドル(120億5400万円 2008年4月2日100.45ドル/円)。各レーベルはタダで新会社の株の40%をもらう。かわりにビジネスが立ち上がるようレーベルに協力してもらう、というスキームだった

発表されたMySpaceミュージックのサービス内容に、人びとはぶったまげた。

メジャーレーベルの音楽のほぼ全曲が、無料で聴き放題だったのである。メジャーレーベルがまさかこんな思い切りのよいサービスを始めるとはガセではないか、と疑われるほどだった。CD売上を守るためにiMeemを潰したのなら、同時期にこんな思い切ったサービスを始めるわけがない。

加えてこの音楽ソーシャルネットワークには、数多くのメジャーアーティストたちが参加予定だった。さらには、Amazonの協力を得てmp3もダウンロード購入できるし、チケットやアーティストグッズも購入できるという。

メジャーレーベルが当時、追求していた「360度展開ビジネス」(CD売上以外でも、あらゆる手法で稼ぐこと)をひとつにまとめたサイトであり、MySpaceミュージックは、まさにレコード産業が用意したファイナルアンサーだった。

ビジネスモデルは、広告で賄う無料配信と、mp3楽曲、チケット、グッズ販売のEコマースを組み合わせたフリーミアムモデル(無料と有料の組合せ)だった。Eコマースにはもちろん、CDの販売も入っている。

インターネットの普及以前、レコード産業は高い利益率を実現しており、経営の優等生だった。アーティストの契約から、レコーディング、プレス、流通、そしてレコード店への直接契約販売に至るまで、現在のApple社のような垂直統合型のビジネスを実現していたからだ。

だが、インターネットの普及でメジャーレーベルの垂直統合モデルは崩壊した。

世間では「iPodとiTunesの登場で、合法ダウンロードの普及して、違法ダウンロードの猛威は止まる」ということになっていた。だが実際は、四大メジャーレーベルの売上減少はとどまるところを知らず、2008年の時点でピーク時の三分の二にまで減少していた(2011年度はピーク時の58% 共にIFPIレポート)。

この年、IFPI(国際レコード産業連盟)の調査で、例の衝撃的な数字が明らかになった。全世界でダウンロードされた音楽ファイルのうち、合法的なダウンロードはたった5%だった。

「iTunesは回答になっていない…」

調査結果は翌年に販売されたレポートで公表されたが、おそらく調査の終了時点で、この「5%」という数字は上層部に流れていただろう。いずれにせよ彼らは、企業の生き残りのために『ポスト・iTunes』の必要性を痛感していたということだ。何とかして、違法ダウンロードの荒野に逃げていった音楽ファンの群れをもういちど自分たちの囲いに入れる必要があった。

だから、「無料で聴き放題」のMySpaceミュージックが、メジャーレーベル主導で誕生した。

それは、当時、ソーシャルネットワークのデファクトスタンダードとなったかに見えたMySpaceを活用して、失った垂直統合モデルを再構築しようとする動きでもあった。

第5章のVEVOが成功するまでは、寡聞にしてレコード会社が音楽メディアを運営して成功させたという話を聴かない。が、この大事な課題もしっかり対策されていた。MySpaceミュージックは、インターネットに全方位で結びつけることで停滞したMTVを復活させたコートニー・ホルト(MTVのデジタル部門の社長)のヘッドハンティングに成功した。ホルトを社長に就けることで、マネジメントでも鉄壁の布陣を敷いた。

完璧な発表内容だった。

2008年9月。「音楽業界はついに正しい道を選んだ」とニュースメディアがこぞって評価する中、MySpaceミュージックは欧米でサービスインした。

 

キラーコンテンツ、音楽を巡るMySpaceとFacebookの死闘

iLike。Facebookアプリの頂点にいながら、MySpaceの敵対的買収で世から消滅した
出典:flickr
▲iLike。Facebookアプリの頂点にいながら、MySpaceの敵対的買収で世から消滅した

最初の一年は上手くいっていた。

MySpaceミュージックのサービス開始から僅か数日後、10億回の音楽再生が達成された。ビジネスモデルが違うとはいえ、Appleが10億という数字に到達するのに数年かかっているのと比べると、MySpaceミュージックの「無料で音楽聴き放題」がどれほど待望されていたものだったかがわかるだろう

2009年の2月には、コールドプレイの新アルバムがMySpaceミュージックにて無料で独占先行配信されるなど、メジャーレーベルは、MTVにかわる最重要の音楽メディアに育てるべく、MySpaceミュージックを活用した

この頃、後発のFacebookはソーシャル・アプリをサービスインさせた。ザッカーバーグはおそらく狙っていたろう。すぐに音楽系アプリのiLikeがアプリ・ランキング1位となってFacebookの会員集めを牽引するようになった

iLikeの成功で、Facebookにもついにソーシャルネットワーク促進のキラーコンテンツ、音楽が手に入ったかに見えた。が、MySpace社はかなりえげつない手でこれを封じ込めてしまう。

2009年8月。MySpaceはiLike社を2千万ドル(約19億円 2009年8月17日94.54円/ドル換算)で買収し、その後、FacebookはiLikeのサービスを事実上、停止せざるをえなくなってしまったのだ。この時から、本章冒頭で触れた2011年9月にタイムライン機能を使ったSpotifyとの提携を発表するまで、Facebookは音楽コンテンツのジャンルで苦戦することになった。

「なりふりかまわない手を使う」

とお感じになるかもしれない。が、MySpaceは必死だったのだ。この頃、ついにFacebookに追い抜かれてしまったからである

落ち目となったMySpace本体とは対照的にMySpaceミュージックのアクセス数は伸びた。当時はまだソーシャルミュージックよりもポータルサイトの音楽カテゴリの方が強い時代だったが、MySpaceミュージックはソーシャルミュージックのトップとなるだけでなく、AOLやヤフーに猛追する勢いを見せていた。

ニールセンによる2009年の音楽サイトのランキング
▲ニールセンによる2009年の音楽サイトのランキング。当時はまだソーシャルミュージックよりポータルサイトが強かったが、MySpaceミュージックはポータルの音楽カテゴリに猛追する勢いを見せていた

だが翌年2010年には、MySpace本体の凋落に引きずられて、つるべ落としでアクティブユーザーを減らしていった。MySpaceのサブドメイン(独立したサイトではなく、あるサイトの中のカテゴリであること)としてスタートさせたことが致命的な事態をもたらしてしまったのだ。

MySpaceをパートナーに選んだメジャーレーベルは運が無かった、とおっしゃるかもしれない。だが、同時期にサービスインしたSpotifyの的確な足運びと比べると、不運、だけでは片付けられない判断ミスがいくつか見えてきた。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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