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違法DL刑罰化で揺れるイギリス Spotifyにスポットライト「未来は音楽が連れてくる」連載第08回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲違法ダウンロードの刑罰化とSpotifyの上陸で揺れる2009年。グラストンベリー・フェスにBlurが登壇した。Blurたちのブリットポップに影響を受けた新世代がこの頃、再び英音楽シーンに好景気をもたらしつつあり、SpotifyやLast.fmをロンドンで育てる環境を作り上げた
出典:flickr ( Some Rights Resereved by Martin Pettitt )

 

Spotifyが入ってこないのはJASRACのせい?

「どうして日本にはSpotifyが入ってこないの? JASRACのせい?」

そう、単刀直入にたずねたい音楽ファンもいらっしゃることだろう。そこで、ここでちょっと基礎をおさらいしておこう。

著作権法では、著作権と著作隣接権がある。

たとえば着メロなら作曲だけだから、著作権を管理しているJASRACにお金を払えば誰でも着メロビジネスができる。だが着うたや楽曲のダウンロード販売になると、CDを音源に使うことになる。そうすると著作隣接権(原盤権※)を持つレコード会社にもお金を払わなくてはならない。

(原盤権※ CDは作詞作曲だけで出来上がっているものではない。スタジオ代、セッションミュージシャンやアレンジャー、エンジニアへのギャラ、プロデューサーへの印税支払いなどなど、アルバムの原盤を制作するには、ざっといって1000万円近くかかる。この原盤の制作費を払った者、つまりレコード会社かプロダクションには原盤権という名の著作隣接権が法的に与えられ、それがレコード会社の主たる収益源となっている)

この原盤権(著作隣接権)だが、JASRACの扱う著作権と違って、レコード会社が「うちの音楽、使っていいですよ」と許諾を卸さないと使用できない。レコード会社は誰にでも楽曲の使用許諾を卸すわけではない。さらに原盤権(著作隣接権)の使用料(ロイヤリティー)はJASRACのように決まったものがあるわけではないので、値段交渉をしなくてはならない。レコチョクにはメジャーレーベルの楽曲がほとんどあって、その他の着うたサイトでは楽曲が揃っていないのは、原盤権(著作隣接権)を所有するレーベルが都度、楽曲使用の許諾を卸したり卸さなかったりするからである。

Spotifyも同じだ。Spotifyは、CDになった音源をストリーム配信するので、CDの原盤権(著作隣接権/インタラクティブ配信権や演奏権など、詳細な話を割愛するため原盤権に言葉を統一した)を持つレーベルと交渉する必要がある。着うたや楽曲ダウンロード販売と同じである。つまり、レコード会社やプロダクションがSpotifyに原盤権の使用を許可しなければ、Spotifyは日本に入ってこれない。

付け加えると、原盤権の使用料は、欧米では著作権の使用料の10倍はかかる。逆に言うと、著作権料は安いし、JASRACの料率は世界的に見て高いものではない(JASRACのページにストリーム用の著作権料が載っているが、欧米と比べても決して高くはない)。それにJASRACなら、いちいち許諾を取らなくても後で金さえ払えば勝手に使ってもよい。

以上から、「Spotifyが日本に入ってこないのは、JASRACのせいではない」という解答になる。

ソーシャルミュージックでは、レーベルに支払うロイヤリティーがコストのほとんどを占める。レーベルとの交渉力が事業の如何を決めてしまうのは、ここまで読んできた読者ならもう感じ取っていただけていると思う(※Spotifyの章は本では第4章にあたります)。

とはいえ、もうひとつの著作権の使用料の方も、ロイヤリティーの10分の1(例えばアメリカでは、日本のJASRACに相当するASCAP等への支払いは、粗利からレーベルへの楽曲使用料を指し引いた額の10%となっている。Pandora Radioを例に取ると、0.11セント/streamをロイヤリティー支払いにあて、0.01セント/streamが日本で言う著作権使用料の支払いに当てられている)が相場とはいえ、経営上のインパクトは大きい。総コストの6割がロイヤリティだとすると、著作権料で6%のコストが追加となる。ここで問題となるのは、著作権使用料の方は、著作権法に基づいた公共団体が決定するものであり、いち経営者の交渉力で動くものでないことだ。

が、ここでもSpotifyに追い風が吹いた。不思議な話だが、イギリスで起きた著作権料の値上げ騒動がプラスに働いた。

 

イギリスで起きた著作権料の値上げ騒動が、Spotifyの追い風に

Spotifyが上陸した2009年初頭。イギリスでは音楽の著作権料が、大幅に値上げされることになった。この値上げは、イギリスの著作権管理団体PRS(日本のジャスラックに相当)が直接、決定したのではない。英米法らしい話だが、2007年度末に法廷の中で判例が出され、その中で決まってしまった、コンテンツサプライヤーの手の届かぬところで起きた値上げだった。

新しい著作権料率は、いちストリーム当たり0.22ペニー(約0.35円)。レーベルに支払うロイヤリティーの料率が0.5〜0.12ペニーだったことを考えると、著作権料がロイヤリティーの半額近くにもなる。従来の相場からすると、大幅な値上げといわざるを得ない(※159円/ポンド2009.7.7)。

新料率を決めた判例法は通称JOL(Joint Online Licence)と呼ばれている。JOLで定まった新料率の施行を受けて、英国でも人気を博していたPandora Radioが、「採算が合わない」と苦言を呈して英国から撤退した。

YouTubeも強烈な抗議に打って出た。PRSの管理する音楽ビデオ(イギリスの音楽の90%)をすべて不掲載にしたのである。

繰り返すが音楽ビデオはYouTubeの視聴の60%を締める。これが特に効いて、ネチズンのPRSへの批判は「イギリスの音楽業界は、YouTubeと Spotifyを国外へ追い出そうとしている」と凄まじいものになった。しかし、公平に見ればイギリス著作権協会(PRS)は、新サービスの推進派の立ち位置である。PRSはレコード産業と違ってCDを守る必要はない。新サービスで何であれ、どんどん音楽を使ってくれた方が儲かるからだ。

PRSは音楽ファンの猛批判を逆に利用した。司法の場で決まってしまった料率0.22ペニーを、施行前に0.085ペニー(約0.135円)へ値下げしたのだ。こうして『音楽の新時代』が、イギリス著作権協会(PRS)と音楽ファンの手によって到来した。

しかし喝采を受けたのはPRSではなかった。無事、営業を継続できるようになったLast.fm、YouTubeと、新たに上陸したSpotifyだった。Spotifyは、PRSの受けるはずだった音楽ファンの喝采に包まれつつ、イギリス上陸作戦を進めることができるようになった(Pandora Radioはイギリスに帰って来なかった)。

グラストンベリー・フェス(世界最大級の規模を誇るイギリスの音楽フェス)を主催するマーティン・エルボーンは、この事件を次のように語っている。

きょうびYouTubeは、Myspaceよりも音楽業界に大きな影響を持つようになった。そしてSpotifyはNapster以来の議論を業界に巻き起こしている

イギリス国民はYouTubeの音楽ビデオだけでなく、Spotifyを愛してくれた。ソーシャルミュージックを生活の一部にしていたおかげで、こうした動きになった。音楽好きの国民性が起こしてくれた時代の追い風といえよう。

 

「クール・ブリタニア」の失敗がSpotifyの追い風に

イギリスの政界も、追い風を起こしてくれた。

Spotifyがイギリスに上陸した2009年初頭。奇しくも英国版のIT成長戦略関連法案、デジタル・エコノミー法案(Digital Economy Bill)が発表された。法案の内容は多岐にわたる。が、ニュースの論点となったのはおもに二つだ。BBCのインターネット放送への対応。そして違法ダウンロード対策である。

このデジタル・エコノミー法案は、ブレア政権が提唱し、ブラウン政権が引き継いだ「クール・ブリタニア政策」の奇妙な結末だった。

1990年年代前半、ロンドンではコンテンツ産業が大きな盛り上がりを見せていた。

音楽ではオアシスやブラー、スパイスガールズを代表としたブリットポップが隆盛を極めただけでなく、ロンドンのクラブから発火したテクノ・レイヴのブームが世界中の都市に席巻しており、ロンドンが世界の音楽シーンに新たなメガトレンドを起こしていた。

音楽だけでない。映画では「トレインスポッティング」がイギリス映画を復活させ、ファッションではディオールやジバンシィのトップデザイナーにロンドンのデザイナーが抜擢された。ロンドンから起こる新たなカルチャーは世界に飛び火し、1996年末にニューズウィークが「ロンドン 世界で一番クールな都市」とキャプションを表紙に打った特集を出す頃に、この世界的なトレンドはピークを迎えた

後に「クール・ブリタニア」と呼ばれるこのロンドンの文化的な好景気は、サッチャーの規制緩和が実りの時期を迎えたために起こったものといえる。

スパイスガールズのジェリ・ハリウェル
▲ユニオンジャックをまとったスパイスガールズのジェリ・ハリウェル。ロンドンから世界へ広がった「クール・ブリタニア」は、イギリス国民の愛国心を高揚させた
出典:flickr ( Some Rights Reserved by emutold )

同時期、若きトニー・ブレアが新しい労働党政権を率いて政界に新たな風をふきこみつつあった。ノエル・ギャラガーらの表敬訪問を受けたブレアは、自らを首相の座に押し上げたロンドンの若者たちを祝福すべく、1997年に「クール・ブリタニア政策」を打ち出した。ロンドンのクリエィティヴ産業を世界に輸出し、イギリス・ブランドを世界に構築する、という20代前半の若き文化人マーク・レナードの提案を政策化したのである。

この7年後、日本では、小泉首相が知的財産戦略本部を内閣に設置し、やがてこの流れからクール・ジャパン室も設置されていくが、クール・ジャパンがクール・ブリタニアにインスパイアされたものであることは想像に難くない。韓国でも大韓民国国家ブランド委員会が設置され、韓国政府の援助の元にK-POPの輸出が図られているが、これもブリットポップを中心とするイギリスの「クールブリタニア政策」を踏襲したものといえる。

さて、本家のクールブリタニア政策であるが、なんとも微妙な結果になってしまった。というのは政策が発表された1997年に、ロンドンで起きていたブリットポップ現象が収束してしまい、「クール・ブリタニア」自体が死語の烙印を押されてしまったからである(Leaders: Cool Britannia. The Economist. London: Mar 14, 1998. Vol. 346, Iss. 8059)。

そして政権は、同じ労働党のブラウン首相に受け継がれていったのだが、ちょうどインターネットの普及がブラウン政権時代に始まった。これに伴い、策定されたのがくだんのデジタル・エコノミー法案である。クールブリタニア政策でコンテンツ産業と良好な関係を築き上げた労働党政権は、デジタル・エコノミー法案の策定にあたり、コンテンツ産業の意見を集約した。

結果、「イギリスのコンテンツをITを通じて世界に輸出する」という主旨のデジタル・エコノミー法案は、なぜか違法ダウンロードの規制を中心とした法案になってしまったのである。若者を味方につけるために始めたクール・ブリタニア政策は、代替わりして、今度は若者のブーイングをまねく政策に生まれ変わった。

このイギリスの違法ダウンロード対策には、フランス式のスリーストライク制が検討されていた。だけでなく、誰が口利きしたのか、無茶なアイデアが追加されていた。

スリーストライク制では、民間のISP(インターネット接続プロバイダ)が政府の代わりに違法ダウンローダーたちを取り締まる。これに加えて、代替となる合法音楽サービスもISPにやらせる、というアイデアだった。

つまり、プロバイダーに支払うインターネット接続料金に、定額制音楽配信の料金を上乗せする義務を課す、という仕組みだ。インターネットに接続する人は必ず、プロバイダの定額音楽配信サービスを契約して、音楽業界に毎月千数百円をプロバイダ経由で払う義務を課そう、というわけだ。

いちおう、アメとムチ、にはなっている。だが、アメの味つけが最悪である。

まず「音楽はラジオやテレビで十分」という人が巻き添えだ。統計的に、40代以降から「音楽はラジオやテレビで十分」という人の比率が増えていくことに対応していない。

次に「なぜレコード産業だけ、税金みたいなものを用意して貰えるのか」という批判だ。

ソフトウェア業界は、おなじく違法ダウンロードに苦しんでいる。にも関わらず、プロバイダに課す、この通称「パイレーツ税」がうまくいったら、次の「課税対象」にされようとしていたらしい。ソフトウェアの代金に、違法ダウンロード対策料を乗せて、それをレコード産業等に配るという目論見だ。イギリスの違法コピーソフト対策協会ジョン・ラブロック会長は、

エンタメ業界はIT業界に『パイレーツ税』を課そうとロビー活動している。ビジネスモデルを時代に合わせられない怠慢を、他の業界に押しつけているのではないか

と痛烈な(だが本質を突いた)批判を浴びせた。

同年7月。パイレーツベイに有罪判決が出た。ナップスター裁判の時のように、パイレーツベイの名が欧州のニュースを占領した。これが飛び火するようにマスメディアの矛先が、政府とレコード産業の画策する「パイレーツ税」に向かいだした。

政府は確かに、違法ダウンロードの代替を用意しようとしていたのだが、税金のように必ずお金を毎月払わないといけない上、ISPの用意した音楽配信サービス以外を選べない、というのでは、何だか共産主義的ですらある。

ブラウン政権は批難をおさめるため、もっとおいしそうなスウィーツを、メニューの候補に出さざるをえなくなった。こうした経緯で、違法ダウンロード規制を推進してきた労働党政権のブレーン、ピーター・マンデルソン大臣(Load Peter Mandelson)が、

Spotifyのように、違法ダウンロードの代替となる商業サービスを育成しなくてなはならない

と発言するに至った。


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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