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Spotify、iTunesの本拠地アメリカに上陸 成功へ「未来は音楽が連れてくる」連載第11回

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲Spotifyに出資し、取締役に就任したナップスターの創業者ショーン・パーカー(右)。かつて夢見たフリーミアム・ミュージックの世界を実現したSpotifyに入れ込み、アメリカ上陸に奔走。Googleが交渉に失敗したタフなワーナーミュージック本社と契約を成立させた
出典:flickr (Some Rights Resereved by LeWEB12)

 

Spotify、1年押しでアメリカに上陸

実は、2010年にアメリカ進出、というのが元々の予定だった。だが、1年以上も手間取る事態が起こった。メジャーレーベルとの交渉である。

読者は疑問に思うかもしれない。「SpotifyがヨーロッパでiTunesを超える収益源になりつつあったし、Spotifyの株主にもなったじゃないか。この期に及んで何を拒むことがあるのか」と。

答えはアメリカは日本と並び、最後のCDの砦だからだ。

スウェーデン、イギリスなどヨーロッパでエックの予言通りにファクトが積み上がった今、メジャーレーベルもエックのロジック自体を否定するつもりはなかったろう。彼らは、巷間でいわれるほど固陋ではない。この時期、次世代音楽テレビのVEVO(第5章)を立ち上げて軌道に乗せ、Spotifyに積極的に楽曲の使用許諾を卸し、株主にもなったほど現状認識は冴えている。

だがヨーロッパでフリーミアムモデルの音楽配信を認めるのと、アメリカで認めるのでは感情的な意味合いが全く違った。前者が、CDと並ぶ収益源の多角化であるのに対し、後者は「CDの時代はやがて終わる」ことを認めるくらいの心理的な抵抗があったのではないか。

心理的な問題はもうひとつあった。

「インターネットの登場で半分になったCDの売上を、Spotifyの儲けは埋めてくれるのか」

という無茶な願望である。Spotifyの株主となったメジャーレーベルは、Spotifyの赤字にとにかくネガティブだった。レーベルに対して挑発的な批判を決して言わないエックも、これにはさすがにげんなりしたようだ。

iTunesでさえ最初の1年は30%の赤字でした。このビジネスは一朝一夕で大成功するたぐいのものではありません。メジャーレーベルのみなさんは、『一晩たったら大儲け』というビジネスに慣れすぎているようです

と苦笑混じりに、ガーディアン紙に話している。

エックは引き続き、ロンドンとニューヨークを飛び交う機上の生活を続けていた。

アメリカ進出を果たさなければ、Spotifyが、ファイル共有に替わるデファクトスタンダードになることはない。「音楽のエコシステムを再構築する」という創業の志も、叶わない。

Spotify USAの社長には、メジャーレーベルのEMIで上級副社長を務めた後、Spotifyのコンテンツ調達の最高責任者(Chief Contents Officer)となったケネス・パークスを起用した

2011年4月。Spotifyは交換条件を使って、アメリカ進出に必要な楽曲使用を、メジャーレーベルと契約・成立させた。

Spotifyが、アメリカ進出のために出した交換条件は、『無料サービスの縮小』だった。これまで「月20時間まで聴き放題」だったが半分の10時間までになった。加えて、これまではシングルを買ったのと同じように、同じ曲を何度でも再生できたのを、5回までに制限した。そして、MP3のダウンロード販売を平行して始めることになった。

Spotifyのメジャーに対する譲歩に怒る欧州の音楽ファンは少なくなかった。

がっかりだ。さよならSpotify。また海賊にもどるよ

公式ブログの発表記事についた最初のコメントである。違法ダウンローダーを合法の牧場に囲いこんだSpotifyの性質がよく表れているエピソードだ。

この大幅制限で離れたユーザー数は100万人だったが、50万人以上ものユーザーが有料会員にコンヴァートした。前月にようやく100万人の有料会員を達成したことを考えると、ここでいきなりの+50%増だ。メジャーと交わした取引条件は、結果的には、Spotifyに大躍進をもたらした。

2011年の7月。Pandora Radioが27億8000万ドル(約2,240億円)の初値をつけてIPOし、市場が第二次ITブームで沸き立つ中、Spotifyが遂にアメリカに上陸した。このアメリカ上陸には、映画『ソーシャルネットワーク』でジャスティン・ティンバーレイクが演じたナップスターの創業者、ショーン・パーカーが一役買った。

パーカーは、ナップスターの合法化で究極の音楽サービスを目指したが裁判に負け、挫折した。しかし、その後も彼の理想の後継者にふさわしい新しい音楽配信サービスを探していた。パーカーは、2009年にSpotifyを知るや、直ぐにエックとコンタクトを取り、1500万ドル(約12億円 2010/10/21 81.41¥/$)を出資。取締役についた。

「今日、ついに夢が実現した!」

アメリカ上陸の7月14日に、この一文で始まる熱いメッセージを、パーカーは、Facebookに投稿している。なお、SpotifyのライバルともなったGoogle Musicだが、ワーナーミュージックの説得に失敗して、ワ社の音楽抜きでサービスインしている

Spotifyアクティブユーザー数
Facebookのf8カンファレンスでSpotifyのソーシャル・アプリが発表されると、アクティブユーザー数は倍増した

その後の快進撃はすでに本章の冒頭で書いたとおりである。

2012年の現在。Spotifyのユーザーは2000万人に到達し、有料会員は350万人を超えた。売上は前年比3倍以上となる716億円に到達。4:1という圧倒的な有料会員比率で、サブスクリプション収入が大幅に伸び、2011年度は懸念されていたコストも、売上の97%に収まるようになった。そして、上場を待たずして時価総額は3200億円をつける最強の音楽系ベンチャーとなるに至ったのである(コストについては、その他のソースは連載本編第1回)。

イギリス、スウェーデンと同じく、アメリカの政界でもSpotifyの名は浸透しつつあるようだ。

大統領選を控えた2012年。ソーシャルメディアの活用に長けたオバマ大統領が、「2012大統領選キャンペーンミュージック」と題したプレイリストをSpotifyで公開した。40曲を使ってアメリカの人種、地域性、年齢やジェンダーをまんべんなくマッピングしており、2時間で合衆国の一体感を演出した、なかなかのプレイリストだ。個人的には、Janelle Mona´eのTightropeやArcade FireのWe Used to Waitが入っているのが面白い。

同年5月。カルフォルニアのテラネアリゾートで開かれたD10カンファレンスの壇上に、パーカーとエックの姿があった。

「三ヶ月もあればアメリカに上陸できると踏んでいましたが、レーベルとの交渉に二年半もかかってしまいました」

司会の質問にそう答えたパーカーは、合わせて裏話を披露した。AppleがSpotifyのアメリカ上陸を妨害していた、という噂はほんとうだったのか、という質問に対し、

「形跡はありましたね。狭い世界でしょ? みんながメールを送ってくれるんですよ」

と答えたのだ。

「Appleは僕らのやってることに脅威を感じてるようだけど、iTunesからミュージックストアが無くなっても、Appleの売上には響かないんじゃないかな」

パーカーは彼特有の言い回しで、いずれiTunesに勝つ自信を匂わせた。だが、SpotifyとiTunesのアクティブユーザー数にはまだまだ大きな開きがある。Spotifyのアクティブユーザー数は1300万人。対してiTunesは、クレジットカードの紐付いたアカウントを四億人分、保持している。Appleの圧倒的なユーザー数にSpotifyはどう戦いを挑むつもりなのか。

「Spotifyのほんとうの強みはユーザー数の方ではなく、プレイリストの方に出ています」

パーカーの右に座っていたエックは、Spotifyの対Apple戦略について、聴衆にヒントをほのめかした。Spotifyのユーザーが作ったプレイリストは7億にも達する。これがAmazonやAppleに対する競争優位となるという。プレイリストの共有が創るSpotifyの文化は、みんなで音楽の感動をシェアしあうソーシャルミュージックの文化だ。

Spotifyはフリーミアムモデルをかかげるがゆえに、世界のみんなで音楽を共有するソーシャルミュージックになりえた。対して、購入を前提とするAppleやAmazonは、ソーシャルミュージックになりえない。感動のシェア-に使えないからだ。「この曲をともだちにプレゼント」という購入ボタンがまともに機能するわけがない。

「Ping(ピング)、止めるそうですね」

エックは笑顔でそっと核心に触れた。鳴り物入りで始まったiTunes専用のSNS、Pingのサービス中止を検討していることを、同じカンファレンスで、AppleのCEOティム・クックが語ったのだ

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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