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次世代音楽放送の王者Pandora Radioに挑むSpotify 「未来は音楽が連れてくる」連載第13回

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲Pandora Radioの創業者Tim Westergren(ティム・ウェスターグレン)。プロのジャズピアニストだったティムは、究極の楽曲レコメンデーションエンジンを開発。ユーザーの趣味嗜好を忠実に反映した音楽をかけることで『放送』の概念をも変えた。全米で月間アクティブリスナー数5300万人を誇り、地上波ラジオを含めたレーティングでもトップに君臨。史上初めて地上波放送に完勝した次世代音楽放送のチャンピオンだ
出典:Pandora Media

 

echonest、あるいはSpotifyラジオ

Spotifyプラットフォームをローンチさせた日。Spotifyは、ラジオ機能をリニューアルした。iPhoneにはアップル社製のアプリ、たとえば『音楽』や『天気』がデフォルトで搭載されているが、同じように『ラジオ』アプリを、Spotifyはデフォルト・アプリとして再登場させた。

『ラジオ』は、Spotify音楽アプリのなかでも別格の存在といえる。この『ラジオ』だけは、エックはサードパーティにまかせられなかった(以降、『Spotifyラジオ』と呼ぶ)。このアプリひとつで、Spotifyのビジネスモデルを左右するほどの重要度を持っているからだ。

Spotifyラジオには、Pandora RadioやLast.fmでおなじみのシード・ソング機能も備わっている。

リニューアル以前のSpotifyラジオは、Last.fmやPandora Radioを経験した耳には、選曲力が低すぎた。だが、今回のリニューアルで、耳の肥えた多くのユーザーが「使える」と思ってくれるレベルに到達した。

 

Spotifyラジオのメリット1 『セレンディピティ』の世界

Spotifyラジオが「使える」レベルに達したことで得ることができる、大きなものがみっつある。ひとつめはソーシャル・ミュージック・メディアの質を決める、このセレンディピティを大幅に改善できることだ。

セレンディピティは、ソーシャルミュージックの中核を成す大事なコンセプトだ。ソーシャルミュージックは、音楽の感動を共有すること始まる。そしてセレンディピティが高いサービスであるほど、この感動を創出するドライブが強い。

読者のみなさんもfacebookやTwitterをイムラインを見ていて、YouTubeのビデオクリップがお知り合いから紹介されているのを見て、チェックしてみる、あるいはスルー、という体験をしていると思う。

もともと好きだったり、話に聴いていたアーティストのビデオならチェック。よくわからないのはスルー。でも、複数の知り合いが投稿してたり、Likeが集まってたりすると、はじめは興味がなかったアーティストの音楽ビデオもチェックする。このとき、知り合いから背中を押されて、もともとは興味が無かったが、新しいお気に入りのできる機会が訪れる。ソーシャルメディアのもたらすセレンディピティの一例だ。

ここでSpotifyがあると、ビデオクリップを見て気に入ったアーティストの人気曲TOP5や最新アルバムを通して聴いてみようか、という流れが起こる。ここで起こるセレンディピティは、同じアーティストの違ったお気に入り曲との出会いである。

ここまでが、Spotifyラジオ以前のセレンディピティだ。Spotifyラジオがあるとこの先にさらなる出会いが起こる。

あなたは、いまの気分に合ったお気に入り曲を右クリックして「ラジオをスタート」を選ぶ。そうすると、その曲をシード(種)に、自分の趣味と似通った曲が、様々なアーティストのアルバムから選曲されたプレイリストが自動作成され、再生される。これがSpotifyラジオだ。結果、iTunesの自動プレイリスト作成では起こらない出会いが起こる。今まで買ったこともないし、そもそも名前すら知らなかったアーティストの曲を聴いて、感動を覚える機会が訪れるのだ。

ここで重要なのは、選曲のセンスである。リスナーの趣味に合った形で、かつリスナーの想定外のアーティストを紹介しなければ、「感動」は起こらず、セレンディピティは発生しない。つまり、セレンディピティを起こすには、音楽のレコメンデーション・エンジンの質が問われるのである。

Spotify音楽アプリの登場にあわせて、Spotifyはもともとあったラジオ機能をリニューアルしたわけであるが、見た目や機能面は以前とさしたる違いがあるわけではなかった。大幅に改善されたのは、選曲力、すわなちレコメンデーション・エンジンの質だった。

インターネット登場以前、新たな音楽との出会いは、おもに音楽放送が起こしていた。音楽放送を聴いて、CDを聴く。Spotifyラジオの選曲力が実用レベルに到達したことで、Spotifyひとつだけで、カーステやコンポの役割を一手に担うことが出来るようになったわけだ。

結果、ユーザーがSpotifyにだべっている滞在時間は大きく伸びる。そうすると、じぶんと同じ時間にSpotifyで音楽を聴いている、Facebookフレンドが増えることになる。結果、更なるセレンディピティが起こる機会が訪れる。友人が聴いている音楽をチェックするチャンスである。

Spotifyプレイヤーの右側には、FacebookやTwitterと同じようなタイムラインがある。ここにFacebookフレンドがSpotifyで聴いている曲が次々と流れてくる。じぶんのプレイリストにも飽きてきたとき、このタイムラインを眺め、友だちがある曲に、お気に入りの星マークをつけたり、プレイリストを作成していたらチェックしてみたりする。タイムラインを見て、似た趣味の音楽を聴いている顔アイコンをクリックして、その友だちのお気に入りTop5を聴くのも、手っ取り早く新しい音楽をみつける機会を与えてくれる。

つまり、YoutubeとTwitterで起こっていたソーシャルメディアの起こすセレンディピティが、Spotifyの中でもおこる訳だ。こうしてセレンディピティの良循環がSpotifyの中で起こることになる。これが、Spotifyラジオが、他のSpotify音楽アプリと一線を画して重要な理由のひとつめだ。

 

Spotifyラジオのメリット2 圧倒的シェアを獲得しつつある次世代型音楽放送に挑戦

エコーネスト社
エコーネスト社のトップページ。次代音楽配信の鍵を握る音楽のレコメンデーションエンジンの開発に特化した会社だ。SpotifyやVEVO、BBC、MTVといった蒼々たるメディアの音楽編成の中核を握っている。筆者にお金があれば最も投資したいヴェンチャーである

次に、Spotifyラジオが人気を得れば、次世代音楽放送の王者Pandora Radioへの挑戦権が手に入る。

面白い数字がある。

2011年7月のアメリカ上陸から1年間で、Spotifyが全米で再生した曲数は130億曲だった。いっぽうこの一年で、おもにiTunesを通じて米国内でダウンロード購入されたシングル曲は13億曲だった。大変な数字と言えよう。だが同時期にPandora Radioが再生した曲数は、桁が違う。Pandora Radioの再生曲数は一年で1661億曲だった。ざっくり言ってPandoraのメディアパワーは、iTunesの100倍、Spotifyの10倍以上となる。

Spotifyは音楽メディアとしては、Pandora Radioに10倍以上の開きをつけられている、というのが現状なのだ。

Spotifyラジオが大幅リニューアルしたのが2011年末だ。ここからどこまでPandora Radioを追い上げられるか見物だが、鍵はやはり選曲力を決定するレコメンデーションエンジンの改善にかかっている。

実は、音楽のレコメンデーションエンジンは、Eコマースの比でないほどむずかしい。CD販売のレコメンデーションなら、同じアーティストのアルバムのなかで、他によく売れているものを紹介すればだいたいあたる。だが同じ仕組みでプレイリストを自動生成したら退屈極まりないプレイリストが出来上がってしまう。

プレイリストの自動生成には、2つの矛盾した要素が求められる。リスナーの趣味志向を忠実に反映すること。そして同時に、リスナーをいい意味で裏切ることである。結果、ユーザーは新しいお気に入り曲と出会い、新たな感動を得ることができる。そして音楽ファンでいることを続けてくれるのだ。

アマゾンなどのレコメンデーションエンジンは、アーティスト名、ジャンル、発売日、そしてユーザーの購入履歴を元につくられている。いっぽう、次世代音楽放送のチャンプ、Pandora Radioは、プロミュージシャンを常時何十人も雇い、楽曲一つ一つをプロの耳で解析してレコメンデーションエンジンを構築している。コード進行、楽曲編成、演奏方法、テンポ、声の質などなど、100以上の判断基準でひとつひとつの楽曲をプロミュージシャンが解析して、データベースに入力して、そこからさらにアルゴリズムを練り上げていっているのだ。

結果、Pandora Radioのレコメンデーションエンジン、『ミュージックゲノムプロジェクト』は、他の追従を許さないクォリティを保っている。エックは、このミュージックゲノムプロジェクトに真正面から挑戦する方針を取るため、強力なパートナーを見つけた。それが、EchoNest(エコーネスト)社だ。

エコーネストは、音楽のレコメンデーションエンジンに特化したヴェンチャーだ。楽曲をiTunesのジーニアスのように波形分析したり、アマゾンのように履歴を解析したり、ウェブ上の音楽情報をセマンテック解析して、音楽のレコメンデーションエンジンを創り上げ、この機能を220もの音楽アプリに提供している。

旧式の音楽配信サイトでも、エコーネストと契約すれば、Last.fmやPandora Radioのようなパーソナライズド・ラジオ機能を持つことが可能になる。あるいは生まれたてのヴェンチャーが創った音楽アプリも、エコーネストと契約すれば、Pandora Radioのような多大なる開発投資を伴わずに、一定レベルのレコメンデーションエンジンを備えることができる。ソーシャルミュージックに不可欠な『セレンディピティ』(未知の好みの楽曲、新しい感動との出会い)を提供することができるようになるのだ。

かわりにエコーネストは、曲をユーザーにレコメンドする度に、フィー(利用料)をもらう、というビジネスモデルだ。現在、1億人のユーザーが間接的にエコーネストのレコメンデーションを利用している。この膨大な使用履歴が、アマゾンのように、さらにエコーネストのレコメンデーション・エンジンの質を高めてゆく、という仕組みだ。

エコーネストは、数あるエコーネスト社のパートナーの中でもSpotifyやVEVOと、特に緊密な関係を構築した。SpotifyやVEVOの持つユーザー数が桁外れだからだ。アクティブユーザー数は両社だけで7,000万人(MAU)に近い。

エックはエコーネスト社とがっつりタッグを組んで、『Spotifyラジオ』アプリを作り上げた。つまり、エコーネスト社をセカンドパーティとしたのである。結果、Spotifyのラジオは、Pandora RadioやLast.fmが普及して耳が肥えてしまっているアメリカ人にもようやく使ってもらえるレベルに到達した。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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