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Spotifyは救世主なのか スウェーデンのレコード産業+30%の急成長「未来は音楽が連れてくる」連載第16回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

Spotifyの普及率が最も高いスウェーデンは、レコード産業の売上が30%アップ

「Spotifyはレコード産業の敵なのか味方なのか?」

それが問題だ。結論から言うと、味方、というよりも、救世主かもしれない。

Spotifyが音楽産業の将来に与える影響を知りたければ、Spotifyの普及率がもっとも高い国のレコード産業の売上を見ればいい。Spotify発祥の国、スウェーデンだ。

2012年7月。スウェーデン・レコード協会(GLF)から、レコード産業史に残る記録的な売上が公表された。2012年の上半期、スウェーデンのレコード産業の総売上は、前年比30.1%増の6,350万ドル(約50億4千万円 79.41円/ドル換算 2012.7.13)だった。

「30.1%のプラスぅ!?」

筆者は声を出した。誤報ではないかと。だが、どの記事を見ても違いはなかった。

もはや疑いようのない数字がでました。この十年間、われわれは、これほどの売上増に沸き立ったことはなかったですよ

IFPI(国際レコード産業連盟)スウェーデンのCEO、ルードウィグ・ウェルナー(Ludwig Werner)からも喜びのコメントが寄せられていた。

内訳を見ると、CD等の物理売上は2.2%減の2,320万ドル(約18億5千万円)で下げ止まり傾向。CDのユニットセールスはわずか1%減だった。iTunesなどダウンロード売上は14%減の437万ドル(約3億5千円)。そして、Spotifyがほとんどを占めるストリーミング売上(サブスクリプション売上と広告売上)が、前年比78.9%増の4,000万ドル(約32億円)だった。

Spotifyの売上は、母国スウェーデンでついにCDに代わる大黒柱になった。

おそらく、Spotifyのユーザー層が、当たらし物好きのアーリー・アドプター層から、ごくごく一般的な人たち、すなわちアーリー・マジョリティー層へ拡大したのだろう。つまり、Spotifyの急成長は今後スウェーデンで数年は続く。しかも、CDの売上は底打ちの傾向だ。

この数字を見るまでは、筆者は「Spotifyはレコード産業売上の下げ止まりをもたらしてくれるが、ゆるやかな回復しか与えないのが問題点だ」という持論をもっていた。だから、「Spotifyの一人あたり売上は理論上、年間でCDアルバム6枚分から8枚分」という計算も、頭ではうなづけても、心のどこかで信じ切ることができなかった。

が、認めなければなるまい。Spotifyは、時代と不適合を起こしているCDよりも、ずっと儲かる。Spotifyがマジョリティーを占めるなら、その国のレコード産業に急回復をもたらす。

スウェーデンだけ特殊なのか? 答えはNOだ。すでにSpotifyがスウェーデンで創った実績は、ずいぶん前から世界に伝播しはじめている。

2010年には、Spotifyにライセンスを許諾した国で、音楽のデジタル売上が43%も上昇した。一方、Spotifyを拒んだ国(ドイツ、オーストリア、ベルギー、デンマーク、イタリア、ポルトガル、スイス)では、デジタル売上の上昇は9.3%にとどまったが、この傾向はさらに高まっている。

あとは、スウェーデンに起きたこの奇跡的な急成長が、後追いでほかの国でも起きれば、もう間違いない。スウェーデンの次にSpotifyが好調な国はどこか。ヨーロッパ音楽市場の中心、イギリスだ。

 

一年遅れでスウェーデンを追うイギリスの音楽市場

英レコード産業の売上トレンド

2009年の英レコード産業の好調は、コンテンツの力に追うところがあったと言えるかもしれない。しかし、2012年の第一四半期には、決定的なトレンドがイギリスで観測された。

イギリスでは、金額ベースで、ついにデジタル売上の増加額が、CD売上の減少額を上回ることとなったのだ。

内訳を見てみよう。

物理売上は、前年比15.1%減の6,930万ポンド(約85億円。123.44円/ポンド 2012.5.31)。対して、デジタル売上は前年比23.1%増の8,650万ポンド(約107億円)。物理とデジタルを合わせると第一四半期は前年比2.7%増の1億5,580万ポンド(約192億円)となった。

このデジタル売上絶好調の内訳をみると、主にサブスクリプション売上の増加だ。

サブスクリプション売上は900万ポンド(約1,110億円)で、前年比93%の急成長だ。この数字のほとんどをSpotifyが占めているのはいうまでもない。

広告モデルによるデジタル売上は340万ポンド(約143億円)で、前年比20%増。これにはLast.fmやWe7のようなパーソナライズド・ラジオも貢献している。

「デジタル売上がCD売上を超える日が来る」

そういわれ続けて10年経った。音楽の国イギリスで、この予測をようやく現実にしたのは、フリーミアム音楽配信のSpotifyだった。

英レコード協会のテイラー会長は、自信にあふれたコメントを出した。

「音楽産業の進化において重要なマイルストーンとなる結果が出ました。イギリスのレコード産業がどの国にも先んじて、進歩的なサービスに楽曲の使用許可を出してきたことが実ったのです」

パイレーツ税を画策していた3年前に、英レコード産業の醸し出していた陰は、もはやテイラー会長の表情になかった。

金額ベースでのデジタル売上と物理売上の反転。デジタルの急成長を支えた、Spotifyのストリーミング売上の急騰。結果として、約3%のゆるやかなトータル売上増。2012年のイギリスのこの流れはすべて、昨年、スウェーデンで起きたことだ。1年遅れでSpotifyを導入したイギリスは着実にスウェーデンを後追いしている。

翌年以降、イギリスのレコード産業にもプラス数十%のブームが起こるだろうか。Spotifyの株主、4大メジャーと欧州インディーズレーベル連合(Merlin)は、息を凝らしてイギリスを眺めていることだろう。

ついでに書いておこう。

「デジタル時代になってアルバムが売れなくなった」と言われてきたが、この流れもイギリスでは逆転している。デジタルのアルバム売上は、この四半期で3, 590万ポンド(約44億円)。前年比22.7%増だった。

日本にいると気づかないが、このデジタルアルバム好調の流れ、昨年(2011)から起きているトレンドだ。2011年のデジタルアルバム売上は、アメリカでは19%増、イギリスでは27%増、フランスでは23%増だった。

IFPIは、このデジタルアルバム好調を、ボーナスコンテンツをつけたプレミアム・アルバムのマーケティングキャンペーンが実ったためだろうと分析している。このみっつの国では、パーソナライズドラジオが普及している。アメリカはPandora Radio、イギリスにはLast. fmとWe7。フランスならDeezerのラジオ機能がそれだ。つまり、パーソナライズド放送の普及で、デジタルアルバムのキャンペーンCMが張りやすくなったことも、デジタルアルバム好調の一因らしいのだ。

Spotifyも2011年の末に、パーソナライズドラジオ機能を強化した。デジタルアルバム好調の流れは、Spotifyの普及後も、ひきつづき維持されることになるだろう。
 

Spotifyという『アメ』の他にムチの要る、違法ダウンロード天国スペイン

スペインのレコード産業

イギリスとスウェーデンでは、Spotifyと違法ダウンロード罰則化の「アメとムチ」で、違法ダウンロード率を大幅に減らすことができた。だが、こう思われた方もいるかもしれない。

「アメだけでいいのではないか?」と。

Spotifyの導入だけで違法ダウンロードを退治できるかもしれないじゃないか、と。結論から言うと、さすがにそれは無理のようだ。欧州最悪の違法ダウンロード天国、スペインは、2009年にいちはやくSpotifyを受け入れ、違法ダウンロードの刑罰化無しで3年やってきたが、違法ダウンロードが深刻に響いてしまっている。

スペイン人はヨーロッパでいちばん、Spotifyを歓迎してくれた。

2010年には、一番多いSpotifyユーザーはスペイン人だったくらいである。だが、Spotifyがスペインに上陸してから3年間、スペインにおける音楽の違法ダウンロード率は、欧州の平均の倍近い42%前後で高止まりしたままだ。違法ダウンロード率99%の中国には敵わないが、スペインは違法ダウンロード天国の悪名をいまも轟かしている。

スペインでは、ファイル共有ソフトはもはや文化になっている。2010年の調査では、16〜24歳における違法ファイル共有の利用率は92%。子供だけでない。45〜55歳の利用率も70%だ。つまり、だいたい10人に8人がサイバー海賊という国だ。

アメリカ上陸以前(2011年3月)の、Spotifyユーザーの国籍の比率
▲アメリカ上陸以前(2011年3月)の、Spotifyユーザーの国籍の比率。スペインが1位だ

欧州でいちばんSpotifyを使うと同時に、欧州でいちばん違法ダウンロードをしているスペイン人。

一見、矛盾しているように見えるが、SpotifyはiTunesのようにmp3も再生できることを考慮すればわかる。スペイン人は、ふだんは違法ダウンロードよりずっと便利なSpotifyを使っている。そして毎月、無料の20時間を過ぎたら、Spotifyをプレイヤーにして違法ダウンロードしたmp3を聴いているのだ。違法サービスと合法サービスのおいしいどころ取りをしているのである。

結果、スペインの音楽業界は世界的な音楽不況にも増して、恐慌の域に入ってしまった。Spotifyが上陸した2009年は、レディガガのエレクトロポップやマイケルジャクソン特需などで、世界のレコード産業は前年比+2.5%とまずまずの業績だった。だが、スペインの売上だけは、マイナス14.6%となった。この世界との大幅な乖離は、違法ダウンロード天国がもたらした。

その結果、翌年の2010年には国内チャートのTOP50には、スペイン人の新人がゼロという、文化破壊の領域に踏み込んでしまった。

ここまで来ると、もはや刑罰化を導入しなければどうしようもないが、国民の10人に8人が違法ファイル共有している民主主義国家で、そんな政策を進めたらその政治家は落選だ。結局、ずるずると違法ダウンロードの刑罰化を先延ばしにしたが、2011年には、アメリカ進出の影響で無料の時間が半分になったことをきっかけにSpotifyの有料会員がようやく増えてきたことが功を奏して、スペインの売上下降は世界と比べて若干ましなぐらいのところまで来た。

そんなスペインだが、2012年の早春、ようやく違法ダウンロード刑罰化を施行した。

先進国がこぞって進める違法ダウンロード罰則化には、さまざまな批判がある。

だが、「罰則化なんかしたって違法ダウンロードは減らない」という反対意見は寡聞にして知らない。間違いなく、スペインの違法ダウンロード率は急減するだろう。加えて、スペインはすでにSpotifyユーザー数ナンバー1の国だ。2011年の段階で有料会員も増えている。これが意味することは、2012年から2013年にかけて、スペインのレコード産業はまず間違いなく、回復期に入るだろう、ということだ。

アジア主要国のGDPとレコード産業売上

スペインは、スウェーデンに続いて、興味深いケースを作ってくれそうだ。

Spotifyと罰則化の「アメとムチ」モデルが、スペインほどの違法ダウンロード天国でも実績を上げれば、「音楽ビジネスの不毛地帯」と揶揄されるアジアが、一転、開拓可能なニューフロンティアに変貌するからだ。

アジア各国のGDPを足すと日本の倍ほどになるが、アジアのレコード産業の売上規模は、日本の1/5に満たなかった。だが、フリーミアムモデルの基礎となる広告市場は、GDPとほぼ比例する。日本とGDPがほぼ等しい中国では、インターネットで最も利用されているコンテンツは、検索でもニュースでもなく、音楽である。

パッケージやダウンロード販売は違法コピーに弱いため、中国の音楽需要をマネタイズできなかったが、ストリーミング時代のこれからは違う。

音楽産業は、アジアをニューフロンティアにして新たな黄金時代を迎えられるか。

2013年以降のスペインの実績は、黄金時代の試金石となることだろう。

中国のインターネット各サービスの利用率状況
▲中国のインターネットでは、音楽が王様だ。複製権を基礎とするパッケージやダウンロードではマネタイズできなかったが、フリーミアム配信のようなアクセス権ビジネスなら話は変わってくる
出典:ジェトロ 中国コンテンツビジネスレポート2010年度(2)(2010年9月)

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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