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アメリカでミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料「未来は音楽が連れてくる」連載第26回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲創業者のティム・ウェスターグレン。専業ミュージシャンだった頃は、ジャズ・ピアノとロック・キーボードを専門としていた。「パワープッシュ以外の音楽をいかに活性化させるか」「中堅ミュージシャンに新しい生活手段をどう提供するか」といった、ミュージシャン時代の彼の課題意識から Pandoraは生まれた

 

中堅ミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料

レコード会社だけの話ではない。Pandoraは失業に苦しむミュージシャンたちにとって、救世主となるかもしれない。

「ドニー・マクラーキンというアーティストをご存じですか? フレンチ・モンタナ、グルーポ・ブリンディスは?」

Pandoraの創業者ティム・ウェスターグレンはブログで読者にこう問いかけた。

筆者はフレンチ・モンタナしか知らなかったが、ほとんどの読者も同じところだろう。無理もない。彼らはAmazonのCDランキングで4,752位、17,000位、183,187位のインディー・ミュージシャンだ。

「今後1年の間、Pandoraが彼らに支払う楽曲使用料は、それぞれ100,228ドル(約772万円)、138,567ドル(約1,067万円)、$114,192ドル(約880万円 77円/ドル)になります」

実際には、Pandoraからアーティストに直接支払われる仕組みではない。SoundExchange(サウンド・エクスチェンジ)という公的機関を通じて、Pandoraの支払ったお金の47.35%がレコード会社 に、42.615%がアーティストに届く。そして4.735%がセッション・ミュージシャンに届き、残った5.3%がSoundExchangeの手数料となっている。

つまり、ドニー・マクラーキンは329万円、フレンチ・モンタナは455万円、グルーポ・ブリンディスは417万円をPandoraから得る。インディー・ミュージシャンにとって、馬鹿にならない金額だ。レコード会社と同率で折半されるというのも、アーティスト印税と比べてかなり割がいい(下図)。

彼らだけがPandoraの中で特殊な訳でない。アメリカ人の平均的世帯の所得は5万ドル強だが、年間に5万ドル以上(実質2万1,310ドル 約170万円以上)をPandoraが支払うアーティストは800人以上にのぼる。

連載第26回 アメリカでミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料
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いまやPandoraはアメリカの中堅ミュージシャンにとって、新しい生活手段のひとつとなりつつある。しかし、ラジオと同じフリーの音楽放送であるPandoraが、どうしてミュージシャンたちの生活 手段となり得たのだろうか。

理由はふたつある。

ひとつはいちストリームあたり0.11セント(約0.1円)という高額な楽曲使用料で、1952億曲再生、という信じられないほど大量の音楽をかけていること。

0.11セント(約0.1円)という数字は一見、雀の涙に見えるが、もし全米の地上波ラジオがPandoraと同じだけの楽曲使用料を払ったとしたら、米レコード産業売上の86%に相当する金額になる(連載第18回)。

実際、Pandoraに課された高額な楽曲使用料は、売上の半分を占めて経営を圧迫しており、全米No.1の音楽放送になった今も、黒字がなかなかでない。一方、アメリカの既存ラジオ局はパフォーミングライツ料を一切払っておらず、アンフェアな状況になっている。

 

Pandoraのロングテール・モデル

ふたつめの理由に行こう。

Pandoraがミュージシャンの生活に貢献できたのは、Pandoraの秀逸な楽曲レコメンデーション・エンジン、「ミュージックゲノム」のおかげだ。ミュージックゲノムは楽曲の親和性とリスナーの趣味を、純粋かつ忠実に結びつける。そこには米ラジオ業界で横行するペイオラ(※)のような不正は一切無い。これが中堅ミュージシャンのプロモーションに効いた。
(※ レコード会社がラジオ局のDJに賄賂を入れて、特定曲のパワープレイを促すこと。その横行にリスナーがうんざりしたため、アメリカでは法律で禁止された。レコード会社の宣伝とリスナーが分かる形で特定曲をかける分には法に触れない)

ミュージックゲノムのように、楽曲を構造解析して、リスナーのお気に入り曲に合わせて忠実にDJしていくと、面白いことが起こる。アメリカにおけるメジャーレーベルのシェアは7割だが、Pandoraでは独立系レーベルの楽曲が7割になるというのだ。なお筆者の実感ではメジャーの楽曲と独立系の楽曲は、半々ぐらいだ。

その結果が、前節のインディーアーティストたちに支払われる700万〜1,000万円という訳だ。

中堅どころだけでない。

ウィズ・カリファ(Wiz Khalifa)やジェイソン・アルディーン(Jason Aldean)、アデル(Adele)といった独立系レーベルの大物は、Pandoraから年間100万ドル(約8,000万円 アーティストとレーベルに それぞれ約4,000万円)以上の支払いを受けている。

Pandora以前は違った。

アメリカのメジャーレーベルでは、100万枚単位のセールスを前提とした1億円単位の宣伝プランが組まれている。だからアーティストは、資本の「選択と集中」の対象となってきた。大きな売上が見込まれないアーティストの曲や、シングル以外の曲は、ヘビーローテーションの対象とはならず、その曲がきっと好きなはずのリスナーになかなか届かない状態だった。

これをひっくりかえしたのがミュージック・ディスカヴァリー・サービスのPandoraだったのだ。

連載第26回 アメリカで中堅ミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料

Amazonの普及以降、マーケティングの世界では「ロングテール・モデル」という言葉が定着した(※)。既存の販売システムでは、人気ランキングの上位となる本に売上が集中し、その他の本は総合し ても微々たるものだった。

しかしレコメンデーション・エンジンを駆使して、人気ランキングに関係なく、読者の趣味に応じた本をお薦めしたところ、Amazonでは、売れ筋でない本の集合が、少数の人気本の売上総計に匹敵するようになった。結果、ショートヘッドとロングテールを取るAmazonは、ごく少数の人気本に頼ってきた既存書店のビジネスモデルに比べ、実質二倍の販促力を持つに至った。

ショートヘッドとロングテールの両方を押さえて2倍の販促力を武器に戦う。これを放送の世界で実現したのが、Pandoraの楽曲レコメンデーション・エンジン『ミュージックゲノム』だった。

連載第13回でも述べたが、楽曲のレコメンデーションというのは、Eコマースの比でないほどの難しさがある。

CDアルバムのレコメンデーションなら、同じアーティストや同じジャンルで、他に売れているものを出しておけばだいたい当たる。だが、このやり方で楽曲をつないでいったら退屈極まりないDJになってしまう。

Pandoraのような、ひとりひとりの好みに合わせて変幻自在に選曲される音楽放送のことを、ミュージック・ディスカヴァリー・サービスという。ミュージック・ディスカヴァリー・サービスには、2つの矛盾した要素が求められる。

リスナーの趣味志向を忠実に反映すること。そして同時に、リスナーをいい意味で裏切ることだ。

Pandoraのレコメンデーション・エンジン『ミュージックゲノム』は、音楽の「DNA」を一曲ずつ、プロ・ミュージシャンが耳を頼りに解析することで、この矛盾を解決した。サウンドプロデュースの際に考慮される2,000の判断基準を使って楽曲のDNAを解析した結果、新たな出会いの驚きと感動の連続、すなわちセレンディピティが繰り返し発生するエンジンに仕上がった。

その結果が、ひとりひとりの好みに合わせて放送されるミュージック・ディスカヴァリー・サービス、あるいはパーソナライズド放送の世界だ。

Amazonのそれと同じく、Pandoraのロングテール・モデルは、メガヒットをつくる何かではない。ロングテールによって、メガ放送をつくる何かだ。現実に、Pandoraのパーソナライズド放送 は、音楽放送の大国であるアメリカで、MTVほか巨大放送ネットワークを、レーティングで圧勝してみせた。

Amazonのロングテール・モデルは、流通の世界に革命を起こした。一方、ウェスターグレン率いる100人を越すミュージシャンが魂を込めた楽曲レコメンデーション・エンジン、『ミュージックゲノム』は、放送の世界に革命を起こした。

 

Pandoraは偶々生まれた

ロングテールについて語ると、PandoraはWeb2.0の系譜上にあると勘違いなさる方もいるかもしれない。が、これまで説明してきたとおり、Pandoraのレコメンデーションエンジンは、Amazonなど既存のそれと比べるとかなり異質だ。

レコメンデーション・エンジンがWeb2.0の文脈の中で語られるのは、ユーザーの行動履歴を基にして出来上がっているからだ。だが、Pandoraのミュージックゲノムは、ユーザーの集合知ではない。サウンドプロデュースの際に駆使される専門知識を、プロミュージシャン集団が体系化したものだ。(※2012年10月22日更新)

もちろん、Pandoraもリスナーの聴取履歴を活用している。リスニング中にユーザーの押したサムアップ(イイネ!)は150億以上にのぼる。だがあくまでもコアになっているのは、ミュージックゲノムだ。

100人程度のプロ集団の集合知を核として、月間5,500万人のリスナーが提供する聴取履歴を活用する、というこの構造はWeb2.0やソーシャルメディアから発想されたものではなかった。Web2.0やソーシャルメディアが登場するもっと前の、1999年に偶々着想されたものだったからだ。(※2012年10月24日修正)

実は、Pandoraという音楽放送は偶然、生まれた。

ウェスターグレンが起業した当初、ミュージックゲノムはEコマースでの使用を目的に開発を進めていた。だが、EコマースでCDを売るのに、ミュージックゲノムのようなデータベースは完全にオーバースペックだった。

CDなら、購入したアーティストの他のCDで売れ行きが伸びているのをお勧めするか、同じジャンル゙伸びのいいアイテムを紹介すれば事足りるからだ。CDのレコメンデーションのために、楽曲一つ一つをプロミュージシャンに分析させるなど、どう考えてもコストの無駄だ。

出資依頼はひたすらNOを喰らい、347回も断られた。経営者の方が読まれていたら「ビジネス・センスがないのではないか」と苦笑されたかもしれない。

だが、ドラッカーによれば、イノヴェーションが最もうまくいく機会は、予期せぬ失敗を活用したときだ。逆に、アイデアや新知識は、イノヴェーションには余り役に立たない、という(Amazon.co.jp: イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集): P.F.ドラッカー,上田 淳生: 本)。世間が持つ「革新」のイメージを覆す洞察だ。

連載第26回 アメリカでミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料

そして348回目の出資依頼。米家電量販店最大手Bestbuy.comのオンラインサイトがウェスターグレンのレコメンデーション・エンジンを実験的に採用したことが評価され、ウェスターグレンはようやく資金を得た。だが彼は内心、Eコマースに見切りをつけていた。そして、起死回生の方針転換に打って出た。

ミュージックゲノムをEコマースに使わず、インターネット放送に使うことにしたのだ。そうやって誕生したのが、リスナーひとりひとりの趣味志向を的確に突いた曲が次々とかかる、カスタマイズされた音楽放送だったのだ。(※2012年10月24日修正)

 

次世代放送のスタンダードとなった「シード・ソング」

連載第26回 アメリカでミュージシャンたちの生計を支えるPandoraの楽曲使用料
▲Pandoraの使い方は直感的だ。アプリを立ち上げると、Googleのように検索欄が出てくる。そこに今聴きたい気分の曲名かアーティスト名を入力すると、その曲名の「ステーション(放送局)」が即座に出来上がり、その曲が種子となって次々と音楽が紡がれてゆく。そして、自分だけのステーション(放送局)が右図のようにコレクションされていく

「シード・ソング(Seed Song)」という言葉がある。

次世代型の音楽放送ではデフォルトとなった機能のことだ。聴きたい気分の曲名を入力すると、その曲が種となって芽が出て、木の枝葉がしげってゆくように音楽が紡がれていく機能である。

シード・ソングの使い方は簡単だ。

リスナーはまず、今、聴きたい気分の曲名を検索欄に入力する。例えばいま、筆者はちょっと時間を止めたい気分だ。Pandoraの検索欄に「Stop This Train」と入力した。現代の三大ギタリストのひとり、John Mayerの少し厭世的だが耽美的なアコースティック・ソングである。

すると即座に、「Stop This Train ラジオ」というチャンネルが出来上がった。

Pandoraのミュージックゲノムは「Stop This Train」に近い構造の楽曲をかけ始める。最初にかかったのは同じJohn Mayerの名曲「Daughters」のLive版だった。アルバム版よりテンポを落としてしみわたるように歌い上げている。

次。Jack Johnsonの「Dreams Be Dream」。ボサノヴァ風のドラムをアクセントにした緩いリズムのアコースティック・ソングに心がほぐれる。

次、Five For Fightingの「100 years」のLive版。ピアノ・フレーズと共にふわりと宙に浮き上がる。

次、Trainの「Hey, Soul Sister」。サウンドプロデューサーのGregg Watternberg繋がりだろうか? このように始めに入力したシード・ソングは次々と紡がれてやがてお気に入りの枝葉を茂らせた、じぶんだけの放送局に育ってゆく。

Fray、Maroon 5、Vanessa Carlton…。PandoraをBGMにして仕事を片付けていく。最初の「Stop This Train」から編み上げられたコンテクストのなかで、やがて、知らない曲がオンエアされる。そして、新たなお気に入り曲が生まれることになる。

今日の出会いは知らないアーティストではなく、未チェックのライブ盤だった。Jack JohnsonのLiveアルバム「Express Yourself (Live 2008)」だ。

そこに収録されている「Bubble Toes」がオンエアされたのだが、聴衆とつくる暖かい雰囲気が伝わってくるライブ演奏に目を細めてしまい、繰り返し聞きたくなった。Spotifyで何度か聴いたあと、非圧縮の音源を得るためにこのCDを購入することになるだろう。

これがPandoraのミュージックゲノムもたらす素敵な出会い、『セレンディピティ』と呼ばれる果実だ。

このシード・ソング機能は、Pandoraが搭載したことで、パーソナライズド放送あるいはミュージック・ディスカヴァリー・サービスでスタンダードな機能となった。今ではSpotifyラジオや、Microsoftが買収したRdioほか、様々なPandoraクローンで採用されている。

もう、お気づきだろう。

Pandoraのシード・ソング機能は、Eコマースサイトの検索欄にお気に入りの曲を入れると、オススメのCDを表示するはずだったDBを転用したものだ。次世代音楽放送の標準機能となったシード・ソングはこうして生まれた(※同時期にLast.fmが別の道を通ってシードソング機能を備えるに至った経緯は次章でお話ししよう)。

Pandoraが上手くいったのは偶々かもしれない。

しかし、だからこそ、放送に革命を起こす存在となりえたのだと、筆者は考えている。「シード・ソング」は、ITメディアの歴史的コンテクストを無視して発生した、誰も思いつかない放送形式だった。

歌の種子。

Pandoraを使っていると、お気に入り曲の種子たちがすくすくと育ってゆき、木々はやがて音楽の森となり、さざめく感動が日差しのように身を包んでくれる。木漏れ日から音楽の明るい未来があふれてくるようだ。


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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