連載「未来は音楽が連れてくる」佐久間正英氏 × 榎本幹朗氏 特別対談 【前編】
音楽家が音楽を諦める時」が話題を集めた音楽プロデューサー佐久間正英氏と、『未来は音楽が連れてくる』の著者である榎本幹朗氏の対談が実現した。佐久間氏のプロデューサーとしての視点を交え、『未来は音楽が連れてくる』に対する印象や、Pandora・Spotifyの可能性、さらに日本人アーティストが海外で活躍しにくい理由などを語ってもらった。
佐久間 正英(さくま・まさひで) VITAMIN PUBLISHING INC. 代表
1952年3月 東京都文京区生まれ。和光大学在学中にフォーク・グループ「ノアの箱船」を茂木由多加(後に四人囃子等)、山下幸子と結成。1973年にKb.茂木由多加、Dr.宇都宮カズとキーボード・トリオ「MythTouch」結成。四人囃子、安全バンド等と共に”浦和ロックンロール・センター”を拠点として活動。和光大学卒業後、四人囃子にベーシストとして参加。以後作・編曲家、スタジオ・ミュージシャンとしてのインディペンデントな活動を開始。1980年同時期よりCM音楽作曲、アイドル・ポップスの作・編曲、映画音楽等を手掛け始める。1985年以降はBOØWYなど、多数のアーティストをプロデュースする。
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榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年 東京都生
上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブのクリエイターとして仕事を開始。2000年、スペースシャワーTVとJ-Wave, FM802、ZIP-FM, North Wave, cross fmが連動した音楽ポータル「ビートリップ」にて、クロスメディア型のライブ・ストリーミング番組などを企画・制作。2003年、ぴあ社に入社。モバイル・メディアのプロデューサーを経て独立。現在は、エンタメ系の新規事業開発やメディア系のコンサルティングを中心に活動中。
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ーー榎本幹朗さんの特別連載企画『未来は音楽が連れてくる』はすでに読んでいただいているかと思いますが、まずは率直なご意見をいただきたいと思います。
佐久間:むしろ私の方からも色々と伺いたいこともあるのですが、音楽産業の現状を見ていると動き出せない感じはしていて、今後どういう方向に向かっていけばいいのか。希望的観測として、色々な方法が出てくると思うんですが、現実的に考えるとまだ私には見えていないんですね。
ーー私がこの連載で感じていることは、あまりに今の日本の状況が鎖国状態にある。海外の音楽がどういう環境で聴かれているのか、それらの新しいデジタルサービスの存在によってどんな生活ぶりになっているかが伝わっていないと感じました。断片的には伝わってきますが、総合的な情報がほとんどない。この連載を読んで、SpotifyやPandoraを代表する新しい音楽メディアによってヨーロッパもアメリカも音楽産業が復活しつつある。せめてその情報だけはみんなが共有するべきだと思い、今Musicman-NETで榎本さんに連載をお願いしているわけです。日本は著作隣接権などの問題もあり、こういった新しいメディアをすぐに導入することはできないということもあるんですが、ではどうするべきなのかを今日は佐久間さんにお伺いできればと思っています。
佐久間:鎖国状況というか、どの分野もそうですが、日本のガラパゴス化がかなり深刻というか、身動きの取れない状況に自らもっていってしまっていますよね。
ーー以前佐久間さんも100万枚売れるアーティストが10組いるよりも、1万枚売れるアーティストが100組いるほうが健全だと書かれていましたが、SpotifyやPandoraというのは一つのヒントになると思うんですよ。
佐久間:日本の状況を見てると、著作隣接権の問題がクリアになればSpotifyやPandoraをシステムとして導入することはできると思います。ただ、それで流れが大きく変わるとは思えないんですよ。まだ障害があって難しいと思います。
榎本:僕自身も、日本にSpotifyやPandoraを持ってきても、救世主が来て全て解決しましたということにはならないと考えているんですよね。ただ、いきなりそこから書くと「こいつはいったい何を言いたいんだ?」となってしまいます (笑)。それで、順序を追って核心に迫ろうとしています。
今回は核心に迫るつもりでおりますので、よろしくお願いいたします。何かというと、音楽文化です。音楽文化は、作り手・売り手・聴き手の全員が関わっていますね。売り手側ばかりが、音楽文化衰退の原因にされていますが、ほんとうに大変なのは、作り手の文化、そして聴き手の文化に変化を起こすことです。売り手の方は、ファクトが重なれば変わりますので、本音をいうと、そこまで懸念してなくて、順序を間違えなければご理解いただけると信じてます。
ーー海外の事例が積み重なればレーベルの人たちは徐々に考えが変わるでしょうね。しかしそれでは、売り手しか変わらないと。
榎本:はい。Spotifyが普及したスウェーデンのレコード産業が前年比+30%、デジタルとパッケージの比率が逆転したイギリスの売上が好調と、世界でファクトが積み重なりつつあります。海外の売上回復を参考に、Spotifyのようなアクセス権ビジネスや、Pandoraのような次世代型の音楽放送を導入する過程で、売り手サイドの文化が変わるのは間違いないです。しかし、PandoraやSpotifyが来れば音楽の聴き方がすぐ変わって、それでどんどん音楽が聴かれるようになって売上回復バンザイとなるか、というとそこは別の話です。
ーーSpotifyはコアな音楽ファン向けのような気がしますね。Pandoraやインターネット以前に、ラジオも欧米ほど聴かれていません。
榎本:たとえば、「Spotifyで毎月10時間無料で、どんな音楽も聴き放題?うわすごい」と思って下さる音楽ファンの数は実際は、少数派でしょう。Pandoraを導入したとしても、長い時間、音楽放送を楽しむ習慣自体が無くなりかけてる中、すぐ喜んで下さる方は少数派になります。「YouTubeとレンタルでいいじゃん。こっちにあわせてくれよ」という方が大半の中、どれだけ伝播するか、というシビアな課題があるのです。
佐久間:あまり変わらないような気がしますよね。YouTubeがさらに増えるだけという程度で(笑)。
榎本:ストレートに言うと「音楽ファン自体が減ってる中、音楽ファンが喜ぶサービスがウケるのか」という課題ですね。
実は、それをストリーミング音楽配信の現場は心配してます。
ーービジネスモデルや著作隣接権の問題だけではないと。
榎本: PandoraやSpotifyのようなシステムの導入について、長いこと水面下で業界の方々と話し合われていますが、共通する一番の懸念点は、実行段階に入ったときのことです。ビジネスモデルへのご理解や契約交渉は、ファクトが積み上がったおかげで水面下で粛々と進展してるので、本当の課題がいよいよ浮き彫りになりつつあります。
ーー音楽ファン層をどう拡大するか、という点ですね。音楽ファンは減っているのでしょうか。
榎本:「メディア消費」という観点から見ると音楽の消費時間は明確に減っています。こちらの図をみていただけますか。
NHKの取ったデータなんですが、CDやmp3などで録音物を一日のうちに楽しんだ人の率(行為率)は、1995年から比べると10〜20代で半減しているんですよ。この半減をニコニコやYouTubeのような動画共有が埋めているかというと、全く足りないことが別のデータで確認できています(ニコニコやYouTubeの視聴時間は約15分/日前後。ここでは滞在時間を指さない。この6割が音楽なので、約9分/日しか音楽視聴は発生しておらず、大幅な時間の減少になる)。加えて、日本では30代になると音楽を卒業するという現象が起きるんですが、これが昔も今も変わってないんですね。
ーー下の世代のリスナーが以前よりも育っていないのに、音楽を卒業する割合は今も昔も変わっていないと。それだとリスナーが減る一方ですね。
榎本:そうです。それで、アメリカはどうなっているのかなと思って、アメリカのメディア消費を調べました。たとえば、ラジオ。日本だと、10代男子に至っては1日の平均聴取時間が1分を切っています。一方アメリカで朝ラジオを聴いてる率は、子供で17%、ハイティーンで22%、20代〜30代で20%、40〜50代で30%、60代以上でも28%もいます。全世代に根付いていますね。
次に録音物を楽しむ時間です。アメリカだと夜、子供たちは41%も楽しんでます。日本の2倍以上ですね。ハイティーンでは33%、20代〜30代は日中で36%、40〜50代で27%、60代以上でも20%です。
つまり、アメリカ人は、生涯を通してずっと音楽を楽しんでいることがわかります。売上は減ってますが、日本のように音楽離れは起きていない。チャートも多様で元気です。30代で94%が音楽を卒業して、チャートが歪になる日本と対照的です。
ーーCDや音楽放送を聴かなくても、ライブで音楽を聴く時間は増えたじゃないかという意見もあります。
榎本:増えてますが、増えてるライブは非日常の時間です。SpotifyやPandora、あるいはCDやiTunes、YouTubeというのは日常で音楽を聴く時間ですね。またライブだけとっても、日本ではロンドンのように日常的にライブハウスへ行く習慣は定着してません。この後述べますが、Last.fmやSpotifyがヨーロッパでブレイクした背景には、ロンドンの日常的なライブ文化が密接に関わっていました。
それと、録音物の売上が減れば、自動的にミュージシャンが減ります。アメリカの労働局が、ミュージシャンとして働いている方の人口を調べているんですが、レコード産業黄金時代の1999年頃から10年後、3分の1くらいミュージシャンが減ってしまっているんですよ。日本ではもっとひどいことになってるんじゃないかと思います。
ーー音楽メディアの方はどうでしょうか。音楽ファンになる最初のきっかけを創ってきましたが。
榎本:僕は音楽メディア側の人間だったので、音楽放送もこのままいくとやばいぞとずっと感じていたんです。そう確信したきっかけが、2005年にYouTubeが登場したときです、最初はすごいなと思ったんですがすぐに、まずい点に気づきました。よく言われる違法アップやダウンロードのことではありません。視聴時間のことです。
YouTubeって一個か二個動画を観たら終わっちゃうんですよ。これは致命的です。MTVやスペースシャワーTVですと平均40〜50分聴いてもらえますので、10から15曲くらい聴いていただけます。誰もが知っている大物アーティストをオンエアして、耳目を集める一方、プッシュしたい新人も聴いていただく。それで新人もブレイクしていくという、サイクルを創っていたのです。
しかし現在でも、YouTubeの平均視聴時間は15分くらいです。うち音楽を聴かれているのは9分2.5曲くらいなんですよね。チャート上位の曲を1曲チェックして、関連動画を見たら終わりです。これでどう新人をプッシュできるのかと(笑)。
YouTubeが登場した当時は、「動画共有で、新人の動画をどんどんアップロードできるから、これから新人が育っていく」みたいな感じのことが言われていましたが、「その予測は外れる」と思っていました。世界のデビューアルバムのユニットセールスは、2003年から2010年にかけてマイナス77%です(ユニットセールス)。音楽文化はこのままだと衰退します。音楽業界だけでなく音楽ファンのみなさんも、この現実を直視することからリスタートした方がよいでしょう。
佐久間:そうですね。(動画共有だけだと)新人の動画がどんどん増えちゃうから、受け手が何を聴いたらいいのかわからない。しかもYouTubeやネットのおかげで新譜と平行していくらでも古い曲が聴けちゃうので、そうすると新しい音楽を創る必然がないという悪循環になっていますよね。
榎本:テレビでインタビューを見ていたら「最近、聴いた新しい音楽は?」という質問に、若い男性が「『天体観測』です」と。個人的にはBump Of Chickenの大ファンなのでそれはそれで嬉しいですが、新譜が売れないと構造的に停滞します。
ーーアーカイブ化があまりにも進んでしまったので、新曲のライバルが膨大な過去の曲であったり、アーカイブの一部と化すだけで、新しいことにさして価値がないと。
佐久間:これはボーカロイドの雑誌の対談で聞いたショッキングなことなんですが、ボーカロイドの曲の人気投票があるんですが、早いと半日でランクが変わってしまって、ライターの方も書いているうちにランクが変わってしまうそうなんですね(笑)。文章を書き終わったときにはその曲はランクにはないと。そういう状況が今起きているんですね。
ーーまさにリアルタイムでチャートが動いているんですね。
佐久間:そうですね。そういった状況では、曲を作ってもどんどん埋もれていくだけですし、そういった曲のほとんどが有象無象なんですが、その中にときどき素晴らしいアーティストがいたとしても、同様に埋もれていっちゃうんですよね。今までは素晴らしいアーティストは音楽だけで抜きんでることができたんですが。
榎本:今、PandoraとSpotifyの話をしていて、一般の音楽ファンの方やマスメディアからの引きが強いのは、やはりSpotifyなんですよ。「Spotifyというのは毎月10時間無料で聴き放題なんてすごい」と。
ただ、音楽が聴き放題で本当に喜んでくれる人たちというのは、ヘビーな音楽ファンであって、その割合は全体から見ると小さいんです。録音物を楽しんでいる行為率が、15年前は10代で3割ぐらい、最近ですと15%くらいと申し上げましたが、逆から見ると15年前であっても7割近い人たちが、録音物を繰り返し聴くことに興味のない、テレビ番組で十分なフリーライダー層だったんです。彼らがYouTubeに移行しただけなら、音楽ファン層の拡大にはほとんど繋がってないとも言えますね。
大事なのは昔から大多数であるフリーライダー層のみなさんに音楽ファンになっていただく流れを、今のメディア環境に合わせていかに創るかです。それで初めて録音物を繰り返し聴いて頂けるという流れができて、録音文化を維持・発展させることができます。
フリーライダー層から音楽ファン層を育むという方程式は、フリーメディアのラジオが1920年代に普及して以降にできあがったものですが、インターネットという新しいフリーメディアが登場して、もう一度これを作り直しているのが現在と考えています。
Spotifyが毎月10時間無料聴き放題であるということを喜んでくれるのはすでに音楽ファンになった人たちと申しましたが、それ以外の人たちにはまず「音楽を聴くのって楽しいんだ」というのを日常レベルで体験していただくところから、売り手の努力は始めなければいけないわけです。
ですから今の日本の音楽文化には、Spotifyのような聴き放題のフリーミアムモデルよりも、Pandoraのような新しいフリーメディアの方が、いっそう大事なのでないか、と考えています。
ーーここで改めてPandoraについて簡単に説明して頂けますか?
榎本:まず100人くらいプロミュージシャンを集めて、楽曲一つ一つを解析していくんですね。どういう風に解析しているかというと、コード進行やリズム・パターンなど作曲の要素もありますし、録音の仕方や歌詞のテーマなど、例えば、佐久間さんがサウンドプロデュースされるときにされる様々な判断基準を2,000くらい項目として作って、片っ端から入力していったわけです。
そうやって作った「ミュージックゲノム」という大変精度の高いレコメンデーション・エンジンが、一人一人の好みに合わせた曲をかけていきます。自分だけの放送局をいくつでもつくれる「シードソング」で、1000万人がそれぞれ10局を創れば、1億局が誕生する仕組みになっています。これをパーソナライズド放送と言います。
ーーPandoraの社会的インパクトはどれくらいなのでしょう。
榎本:アメリカで爆発的に広まりまして、アメリカのユーザー数は5,800万人(MAU)。スマホ用アプリとしてはFacebookの次に使われてるのがPandoraなんですね。モバイル広告売上でも、Googleの次がPandoraです。レーティングで見るとMTVの4倍ぐらいあり、史上初めて既存放送に圧勝したインターネット放送と言えます(連載第23回)。僕も2006年に初めて聴いて「これはすごい」と、人生が変わるほどの衝撃を受けました。
佐久間:Pandoraはどのような収益構造になっているんですか?
榎本:スポンサーからの収益が8割5分で、あと、サブスクリプションの収益が入ってきます。だいたいMTVと同じ仕組みですね。1曲あたり3.5分とすると1年でかける曲数が1,252億曲という計算になります(連載第23回 3.5分/曲で計算)。それも一人一人のリスナーの趣味に合わせてピンポイントで、新しい曲を紹介していってるんですよ。僕自身もPandoraを使い出した頃は毎月2、3万円分、iTunesで新しい曲を買ったりしました。
佐久間:新しい曲がかかるんですか?
榎本:かかります。新しい曲だけでなくて、自分が知らないアーティストがよくかかります。ミュージックゲノムを使ったPandoraの放送では、三大メジャー以外のインディーズの曲が7割くらいかかると言うんですね。
アメリカは売上的にメジャー七割、インディーズ3割の割合なんですが、Pandoraではそれが逆転するんですよ。つまり、本来なら埋もれてしまっていた楽曲が、その曲を本当に必要としているような人々、趣味がある人々に届くんですね。今、アメリカではiTunesを使っている人の半数がPandoraを使っているんですが、iTunesが今アメリカで推定16億曲ぐらい販売していて、もしかしたら、その半分くらいの販売がPandoraの影響下にあるかもしれないんですね。
佐久間:Pandoraで知ってiTunesで買うと。
榎本:そうです。Pandoraは「ミュージック・ディスカヴァリー・サービス」と呼ばれることもあります。新しいお気に入りの音楽を発見するサービス、という意味です。さらに、Pandoraは楽曲使用料をミュージシャンとレーベルに払っているんです。Pandoraは今期の売上が340〜350億円あるんですが、この半分がレーベルとアーティストに行くんですね(連載第26回)。
iTunesやCDですと、アーティスト印税の関係で、アーティストさんに行くお金って結構限定されていますよね。でも、Pandoraの場合は「Sound Exchange」というアメリカの公的な仕組みを通して払われまして、レーベルとミュージシャンで文字通り折半されるんですよ。そうすると80億くらいがPandoraからアーティストに行っていることになります。一方、iTuneからアーティストにいっているお金がアメリカで大体108億円くらい、レーベルに行っているのが800億円くらいなんです(連載第26回)。
つまりアーティストに払うお金って観点だと、iTuneとPandoraとで、もはや、ほぼ同じ金額なんですね。しかも基本は音楽放送ですから、色々な曲を聴いてレコメンドされて、さらにそこから買ってもらえるという仕組みです。フリーの音楽放送がアーティストに直接お金を払い、さらに楽曲の販促もするというこの社会的な仕組みは、今までになかったものだと思います。Spotifyも新しい仕組みで、年間CD4〜5枚分くらいをレコード産業に還元してくれます。
アルバムって世界で1枚から1.5枚くらいが国民1人あたりレコード産業に払っている計算なんですが(IFPI 2012)、その4倍から5倍払っている人たちを集めると、先ほどご説明したように前年比プラス30%という数字になるんですね(連載第16回)。世界的にも、CDを買わない層というのが昔から大多数なのですが、その大多数をマネタイズできるのが、SpotifyがCDより儲かる最大の理由なんです。
スウェーデンは、すでにCDよりもSpotifyのほうが儲かっているんですが、総売上が前年比プラス30%です。これって2.5年で倍になる数字なんですよ。このままだとあと2〜3年で黄金時代の売上を越えてしまう勢いです。確かにこれはこれで素晴らしいことです。だけど、アーティストの目から見たら、Spotifyのお金の流れはCDとあまり変わらなくて、ミュージシャンにそこまで再配分されることもないんですね。
一方、アメリカのPandoraとSoundExchangeの仕組みですと、かなりの額がアーティストに行っています。レーベルと完全に折半ですから。かつ、そこからiTunesでの購入も販促しているという仕組みです。最も完全に折半という部分は一部レーベルから嫌がられているようでもあるのですが。
佐久間:なるほど。
榎本:以上はビジネス的な側面なんですが、「日本の音楽文化をもう一度、活性化できるのか」という今日のテーマから見ても、Pandoraのような仕組みはすごく有用だと思うんです。
これは僕自身の経験なんですが、30才を過ぎたときに、音楽ファンを辞めかけたときがありまして、そのきっかけというのがiPodをPCと同期するのがめんどくさくて、入っている音楽がマンネリ化して飽きたからなんですが(笑)、その頃にPandoraと出会って、もう一度音楽をプライベートでもガンガン聴くようになったんです。ですから、歳がいくつになっても、自分が好きな音楽をどんどん発見できるような仕組みがあると、音楽聴取の行為率は、日本の現状ほどは落ちることはなくなるんじゃないかと思うんです。
佐久間:日本の曲をPandoraに出すときは「Sound Exchange」に申請を出すような形なんですか?
榎本:いえ、PandoraのミュージックゲノムにCDを送って、チームの担当者が「これをかけたい」と選んで、解析したものがPandoraのレパートリーに入るという仕組みです。だから、Pandoraのレパートリーは今は80万曲くらいで、レパートリーとしてはかなり少ないんですね。
iTunesは2,800万曲、Music Unlimitedは1,500万曲が対象なんですけど、Pandoraはミュージシャンが1曲20〜30分かけて解析しないといけないので、彼らが10年かけて厳選した80万曲がオンエアの対象となっています。
佐久間:日本でPandoraをやるとしたら、日本の音楽を解析しないといけないわけですね。
ーー日本の音楽はアメリカほど曲数がないので、数億円あればできるという話です。ただ、どこまで遡るかにもよるかとは思いますが。
佐久間:新しいアーティスト、インディーズ系の対応はどうなるんですか?
榎本:いったんインディーズでCDを出して、それをPandoraに送って、Pandoraのプロジェクトに集まってるプロ・ミュージシャンたちが聴いて、「いいな」と思ったら、解析してくれてオンエアリストに入ります。アメリカだけで6000以上のレーベルをPandoraは扱っています。レパートリー、すなわち「いいな」と思って解析してくれた曲の数は80万曲です。
新しいアーティストのオンエアについて、もう一つの参考例を出しておきます。今ではPandoraほど人気はないんですが、同時期に出てきて覇を競っていた「Last.fm」というソーシャルラジオがあるんですよ。これはロンドン発なんですが、これはインディーズの人が勝手にアップロードしていいんです。それでユーザーみんなが聴いて「これいいね」と評価していくと、注目チャートで上がっていくんですね。このチャートを駆け上がって実際にデビューしたのがArctic Monkeysだったんです。
ロンドンはライブ環境が充実していますからリスナーがArctic Monkeysをライブハウスで見て、気に入って「Last.fm」で検索してチャートで上がったんですね。順位が上がるとまた他の人も聴きますから話題になり、それをEMIがピックアップしてメジャーデビューという流れだったんです。ですからPandoraは、確かに佐久間さんが求めているようにインディーズや新人が直接出てくるよ仕組みではないんですが、「Last.fm」は直接出てくる仕組みがありました。こういう流れ、やり方によっては日本でも作れるはずだと、僕は信じています。
佐久間:「Last.fm」の収益構造は他のサイトと同じような感じなんですか?
榎本:そうですね。「Last.fm」はどちらかというとサブスクリプションの収益を大事にしているタイプですが、やはり広告売上がメインです。いわゆる新しいA&Rになるような仕組みを「Last.fm」の人たちは作ったんですね。ただCBSが340億くらいで買収して創業チームが出て行って以降、「Last.fm」は調子を崩してしまったんです。しかし僕は、新しい仕組みとしては「Last.fm」に一番可能性を感じていました。
ただ、「これを日本で」と思っても、ロンドンほどのライブハウスのシーンが日本には根付いてないので、難しいです。
佐久間:そうですよね。
ーー流行りのシステムやツールの話をしてるのではない、ということですね。
榎本:結局、音楽メディアというのは、どれだけテクノロジーを駆使したとしても、ツールやシステムの話ではないんです。MTVのときと同じで、文化を創ることなんです。それが僕の研究結果です。システマチックに見えるPandoraも100人のミュージシャンがハンドメイドで毎日創り上げているものです。SpotifyやPandoraを持ってきても、音楽文化を創っていく情熱を社会で共有できなかった場合、スベって終わります。そして、このタイミングでスベるとかなりやばいと僕は思っているんです。
ーーリスナー、業界全員で文化をつくるぐらいの気概がないとメディアは成功しないと。
榎本:少しジャンルが違いますが、例えばニコ動さんがその成功例です。ニコニコ動画は平均視聴時間はYouTubeとさしてかわらないのですが、滞在時間がやたら長いんですよ。100分くらいあって、ほとんどテレビと同じ状態になっているんですね。あれは文化を創り上げたから、そこまでいったんだと思います。ニコニコのような長時間視聴してもらえるところが、VEVOのような音楽専門のブランドを立ち上げて成功したら、欧米にも前例のないすごいことが起こります。
それで以前、ニコ動の幹部の方に「音楽専門のチャンネルって、ニコニコ動画でどうですか?」とたずねたら、「今の客層と被らないということがありまして」とおっしゃってました。
実は、似たような課題意識からYouTubeはメジャーレーベルとVEVOという音楽専門の動画共有サイトを立ち上げました。YouTubeの客層からはみ出てしまってる音楽のクラスターが多かったので、音楽専門のブランドを立ち上げる必要があったのです。VEVOの売上は今年224億円ぐらいで、軌道に乗りつつあります。佐久間さんは結構ニコニコ動画に登場されてて、人気をお持ちですが、そのあたりはどう感じられていますか?
佐久間:難しい感じがしますね。
榎本:やはり、そうですか。
佐久間:もちろんできなくはないんだろうけど、ニコ動はニコ動で特殊な、日本ならではの感じがありますからね。
榎本:そうなんですよね。ボーカロイドもそうで、もちろん新しいジャンルを創出しているすばらしさはありますが、音楽って本来、色んな側面がありますよね。J-waveやFM802、あるいはスペースシャワーTVやMTVが網羅していたくらいまで網羅できるかというと、たぶんニコ動というブランドのままだと難しいんじゃないかと。ニコニコを運営されているみなさんもそう感じてらっしゃるのだろうな、というのが先ほどのやりとりで感じたことです。
佐久間:そうですね。
著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。
2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。
寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。
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