Pandoraのアキレス腱。楽曲使用料とARPU「未来は音楽が連れてくる」連載第32回
▲インターネットラジオ公平法を支持するミュージシャンもいる。Mobyは「ネットラジオのテクノロジーは様々な音楽を新しい聴衆に届けている。そして、iTunesとAmazonで購入を促進している」と述べ、支持を表明した
Image:Flickr
Pandoraにのしかかる不公平な負担
「Pandoraは、世界でいちばん民主主義的なラジオです」
民主主義の殿堂、アメリカ連邦議会の公聴会でこう切り出したのはPandoraのCEO、ジョー・ケネ ディーだった。インターネット公平法案をめぐる公聴会で、法案支持者として証言に立ったのだ。
確かにその通りかもしれなかった。
Pandoraの「パーソナライズド放送」ならリスナーひとりひとりが、自分だけの放送局を何十局も持つことができる。結果、Pandoraの中に、個人放送が何億ステーションもある世界を築き上げた。
Pandoraはアメリカ国民ひとりひとりの嗜好を捉える。Pandoraを通じて10万人ものアーティスト (70%がインディーズだ)がリスナーを見つけた。通常、音楽配信では80%がデッドストックになるが、Pandoraのデッドストックはたった5%だ。有名曲に集中していたオンエアに、『民主主義』をもたらした。
オンエアの話だけではない。
Pandoraが支払う楽曲使用料は莫大だ。かつ、ミュージシャンはその半分を収めることが出来る。
Pandoraから得るミュージシャンの収入は2年と待たず、iTunesから得る収入を超えるだろう。この莫大な収入が、万遍なく分配されている。このおかげで、これまで一部のメジャーアーティストが寡占していた収入は分散され、アメリカに「ミュージシャンの中産階級」を創出しつつある(連載第26回)。
「全てのアーティストをサポートする。ーーーこの理念の元にPandoraを創業しました。僕等は、楽曲使用料(パフォーマンス・フィー)を払っていることに誇りを感じています」
公聴会に先立って、Pandoraの創業者ティム・ウェスターグレンはブログでこう述べた。
「考えてほしいのは、この新しい収入源をたったひとつの会社が支えているという現状なんです」
SoundExchangeがインターネット放送から徴収している金額は、急騰している。その金額は、マイナス成長するCD売上の穴を埋めるほどになってきた(連載第25回)。この上昇の9割をPandoraが負担しているのだ。
「全ラジオ放送の7%をシェアに持つPandoraが、全楽曲使用料の25%を負担しているのです。これはフェアではありません」
ケネディーは現状をこうまとめた。
Pandoraのアキレス腱。楽曲使用料とARPUのいたちごっこ
公平法案の理念はシンプルだ。
Pandoraは売上の50%を楽曲使用料に支払っている。これに対し、衛星ラジオは売上の7.5%、有線ラジオは15%だ。この不平等を無くしてほしい。だから、インターネット放送の料率も、衛星ラジオ・有線ラジオと同じ判断基準(801[b]条項)を基に設定して欲しいというものだ。
ミュージシャンにとって、Pandoraの楽曲使用料はiTunesに並ぶ収益源となった。もしこれが、売上の50%から衛星ラジオと同じ8%になったらどうなるか。大幅な収入減になる。だからメジャー・アーティスト132組が法案の反対に回った。
だが、それは誤解(というかポジション・トーク)で、実際には大幅ディスカウントになることはない。そのことは前回、説明した(連載第31回)。といっても、このアーティスト陣営のポジション・トークを突くと棘が出てしまう。だから、Pandora陣営がこの点を語ることは無かった。
公平法案に反対するアーティストは132組。5年前にPandoraを助けてくれたアーティストが7,000人だ。これと比べると、まだ132組で済んでいる、という見方も成り立つ。ここでアーティストを刺激するのは禁物なのだ。
Pandora陣営が控え目に話している点がもうひとつある。
売上の50%以上を楽曲使用料に回して経営が成り立つ放送局は、まず存在しない、という事実だ。Pandoraは万年赤字、という現状が続いている。
「iTunesは売上の70%を楽曲使用料に当てているじゃないか」
そう、頭に浮かんだ方もいらっしゃるだろう。だが、それは後払いのレベニュー・シェアであり、リスクの度合いがパー・プレイ(Per Play)方式と異なる。実際には、SoundExchangeの料率はレベニュー・シェアではなく、一回の再生あたり必ず固定費の発生するパー・プレイ(Per Play)方式だ。景気の波で広告収入が減っても値引きされることがない。
▲Pandoraの1時間あたりの売上/リスナー。上昇するどころか、下降の兆しもある。広告相場の低いスマートフォン広告売上の比率が上昇したためだ。そもそもIT広告市場は拡大しているが、1人あたりの広告単価はそれほど上昇していない(縦軸はドル。横軸は2011年第1四半期から2012年第2四半期)
Image:Pandora Just Told The SEC It’s Taking A Huge Hit On Mobile Ads
▲Pandoraの『売上[紺]と経費[ピンク]』。1人あたりの広告売上(ARPU)が上昇しないまま、Per Play方式で楽曲使用料が発生するので、売上と経費のいたちごっこが永遠に続く構造だ。(縦軸はドル。横軸は2010年第1四半期から2012年第3四半期※)
もっと本質的な問題があった。
インターネット広告売上というものは、確かに成長著しいが、一人あたりの広告売上(ARPU)はそこまで増えるものではない。だから一人あたりで見たなら、SoundExchangeの仕組みが変わらぬ限り、赤字体質が続くことになってしまう。ウォール街が度々指摘して来たことだ。
これこそが、Pandoraのビジネスモデルが持つアキレス腱だった。
だが、「アーティストやレーベルはPandoraで儲けるのに、Pandoraは赤字のままです」と真っ向から訴えると「アーティストのみなさんはPandoraにフェアでないですね」というニュアンスが出てしまう。世論を味方にして成長したPandoraは、これを避けねばならなかった。
WBWS基準の問題点
ケネディはアーティストに配慮しつつ、現行法の問題点に切り込んだ。
インターネット放送で法定の楽曲使用料を定めると決めたのは、1998年のことだ(連載第29回)。
以降、DMCA(デジタルミレニアム著作権法)の指定した基準に従って2度、法定料率が定められた。しかし、現実のマーケットにそぐわない料率が定められ、2度、議会の介入を招いた。セーブネットラジオ運動に対するインターネット放送調停法(WSA of 2008)は、2回目の政治介入にあたる(連載第30回)。
「2度の料率設定で、2度、議会の介入を招いたのです。現行の価格設定プロセスに根本的な欠陥がある証左といえましょう」
現行の料率設定は、DMCAが定めた「WBWS基準(Willing Buyer / Willing Seller Standard)」に準拠して決定された。WBWSスタンダードを直訳すると「自発的売り手/自発的買い手を想定した基準」となる。「市場取引に基づいて法定料率を決める」という至極真っ当なコンセプトを名前にしたものだ。
だが、この「市場取引」に3つの問題があった。
(1)「買い手」の代表団体がいない仮想の市場取引
法律が制定された1998年当時、インターネット放送の楽曲使用料において「市場取引」は事実上、存在しなかった。インターネット放送はモルモットの段階で、極小の市場だったからだ。
その結果、「仮想の売り手、仮想の買い手による仮想の市場取引」というあやふやな想定がなされた。「売り手」に、米レコード協会(RIAA)からスピンアウトしたSoundExchangeを選定。対となる「買い手」の代表団体(つまりインターネットラジオの団体)が設定されることはなかった。
そして、「売り手」の出す参考価格を「市場取引」として、CRBの行政判事は価格を決定することとなった。これがWBWS基準の根本的な欠陥だ。
(2)オンデマンド配信の最高値を、インターネット放送市場の最高値に設定
その上でSoundExchangeは、高値の参考値としてオンデマンド配信の最高値を提出した。
オンデマンド配信は、好きな曲を好きなときに繰り返し聴ける。CDやダウンロード販売を喰うため、高額な楽曲使用料が設定されるのがこの世界の常識だ。これをインターネット放送の市場取引における最高値とすれば、法外な金額が設定されてしまう。
加えて、SoundExchangeは、インターネット産業が発展するにつれ、オンデマンド配信の料率は上がってしかるべきもの、とCRBに報告した。
だが、現実の市場ではその後、オンデマンドの相場は下降した。
2007年当時。オンデマンド配信の相場は1セント/再生。約1円だった。5年後の現在、Spotifyの楽曲使用料は現在0.50セント/再生。約0.4円だ。最も一般的となったオンデマンド配信、YouTubeの楽曲使用料に至っては、0.1セント/再生(約0.08円 連載第33回参照 ※12/28公開予定)。Pandoraの料率(0.11セント/再生)よりも低い。
DMCA法の定めたWBWS基準は、市場志向を謳いながら、現実の市場から乖離した決定をCRBに強いることとなった。
(3)相場は年々上がると想定したが現状は違った
▲年々、上昇する法定楽曲使用料。急成長するインターネット広告市場を根拠に設定されたが、一人あたりの広告売上は、現実にはそこまで急騰しなかった
SoundExchangeは、急成長するインターネット広告市場を根拠にして、年々、インターネット放送の「市場価格」が上昇してしかるべきである、と提出資料をまとめたと述べた。
これ自体は一見、正しく見えるロジックだ。実際、CRBはこの意見を採用した。だが、これもIT市場の現実を無視したものだった。インターネット広告市場自体が急拡大しても、1人あたりの広告売上(ARPU)はそう簡単に急騰するものではないのだ。
これでおわかりいただけたろう。市場の現実から乖離したWBWS基準は数々の判断ミスを招いた。結果、2度の政治介入を招くほどの混乱を起こした。インターネット公平法案の中核は、このWBWS基準の廃止だ。
「今こそ法を改める時です」
ケネディーは証言を締めくくった。
Pandora陣営の「公平法案」に潜む問題点、ノン・ディスラプション条項
Pandora陣営の主張は、ある一点を除けばしごく真っ当に聞こえる。公平法案という名が付きながら、依然、地上波ラジオが支払い義務から除外されている、という点だ。アーティスト陣営を代表するジミー・ジャム(ジャム&ルイス)が、これを証言で指摘した。
「だったら、地上波ラジオも楽曲使用料を支払うようにすればいい」
衛星・有線ラジオにだけ適用されている801(b)基準を、インターネット放送だけでなく、この際、地上波ラジオにも適用する。そうすれば完璧な法案になるはずだと、お考えになるだろう。それが、そうではなさそうなのだ。
まず、801(b)基準を全ての放送局に適用すると問題が起こる。
801(b)基準にはノン・ディスラプション条項というものがある。著作権を利用する事業者に「破壊 的な影響をもたらさない」よう、著作権を運用することを規定した条項だ(※802を801に訂正、2013年1月7日)。
現在、SoundExchangeの法定楽曲使用料を利用しているインターネット放送は2,000局を超える。この中にはPandoraやClearChannelのような大きな放送局もあれば、たった一人で運営しているようなインターネット放送局もたくさんある。
もし、すべてのインターネット放送局に「破壊的な影響をもたらさない」ように楽曲使用料を定めないといけないとしたらどうだろう。楽曲使用料の支払いで、ひとつたりとも潰れる放送局を出さないようにしなければならないのだ。
価格は限りなく下の方へ引っ張られることになるのではないか。
だから、SoundExchangeの代表マイケル・ユーペ(Michael Huppe)は、証言でこの点を強硬に批難した。
「PandoraのケネディCEOはかつてこう発言してます。『われわれは既存メディア、特にラジオの破壊的イノヴェーションを巻き起こしつつあります』と。そのPandoraが『破壊的』な支払いを避けて、議会に駆け込むというのはどういうことでしょうか」
学界からはジェフリー・アイゼナッハ博士が証言に立ったが、同様の批判を加えた。
「淘汰がなければイノヴェーションは促進されません。もしインターネット放送を規制産業のように扱い、全ネット放送局を倒産から保護することになれば、どうなるか。インターネット産業からダイナムズムを奪うことになるでしょう」
アイゼナッハ博士は、musicFIRSTの顧問を勤めた経緯もある。米レコ協と密なSoundExchangeが創立に関わった団体だ。Pandoraへの抗議文を132組のアーティストから取り付けた。そのせいなのか、博士は、SoundExchange寄りのポジショントークを証言に鏤めてゆくことになる。
しかし、アイゼナッハ博士は本質的な意見も述べてきた。それはPandoraのよって立つ足場をぐら つかせるほどのものだった。
(続)
著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。
2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。
寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。
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