Pandoraが日本に来ない本当の理由「未来は音楽が連れてくる」連載第33回
▲公聴会に半年先立つ6月。Pandoraの創業者ティム・ウェスターグレンは議会に招聘され、放送産業の将来について参考意見を述べた。Pandoraが起こした放送のイノヴェーションは、メディア大国アメリカの国益にとっても重要な位置づけにある
Image : Pandora Official blog
すでにはじまった両陣営の妥協点探し
これまで説明してきた米国著作権法の問題は、ある意味、テクニカルな話題かもしれない。だが今から述べる課題は、日本でどういう仕組みを創るべきかを考える上で、ぜひ考慮に入れておきたい話だ。
「Pandoraが万年赤字なのは、楽曲使用料が高すぎるからではなくて、インターネット企業特有の経営戦略によるのではないですか?」
アイゼナッハ博士の指摘は鋭かった。
Facebookにしろ、Googleにしろ、インターネット企業は通常、まず採算度外視の無料サービスで、利用者を増やせるだけ増やす。クリティカルマスを獲って、しかる後にマネタイズの戦略ステージに入るのが定石だ。博士は、Pandoraがやっていることも同じ事なのではないか、と議会に問いかけたのだ。
「NYタイムズにこういう記事があります。『Pandoraが黒字化するのは簡単だ。広告を増やせばいいのだ』と」
確かにPandoraは一時間に3本、計45秒しか広告が流れない。下手をしたら10分を軽々超えるAM/FM放送とはえらい違いだ。そうしているのは、「Pandoraならウザい広告が流れない」というようにリスナーを魅惑し、地上波放送から顧客を大量に奪い取るためではないか。
広告量だけでない。メジャーレーベルからすれば、Pandoraは有料会員を増やす努力も怠っている。
▲Pandoraギフトカード。36ドルだ。ギフト・コードを入力すると、一年間、広告が入らず、高音質(128kbps→192kbps HE-AAC)になる。Spotifyのように「有料会員なら時間制限無し」という大きなメリットはない。無料会員に時間制限が無いからだ。結果、有料会員売上は12.5%程度にとどまっている
Image : Pandora Official blog
かつてPandoraは、月40時間を超えるヘヴィー・リスナーには0.99ドル/月の有料課金を義務付けていた。なぜこの制限を撤廃したのか? メジャーレーベルが株主のSpotifyは、無料サービスを毎月10時間に限定し、それをフックに有料会員への移行を促してきた。
要するにPandoraの経営戦略は、顧客獲得のステージにある。だから赤字なのであり、それに付き合ってアーティストやレーベルが身銭を切る必要があるのか、と言ってきたのだ。
確かにアメリカのPandoraは、マネタイズのステージに入るべき時期が近づいてきているかもしれない。レーティングは7%を超え、リスナー数は6,000万人(MAU)を越す勢いだ。
穿った見方をすると、「これはレコード産業がPandoraに妥協点を指定してきたのだ」と見ることも可能だ。「話を聴いてほしいなら、まず広告と有料会員を増やして、誠意を見せなさいよ」ということだ。
音楽配信ベンチャーの高い失敗率
妥協点の話をしたのには理由がある。
インターネットラジオ公平法案、そして対案のインテリム・ファースト法案ともに極端に走った部分があり、議会を通過しそうにない。むしろ両方を足して割ったあたりに、本命が見えてくるからだ。つまりこの公聴会は、前哨戦に相当する。
Pandora陣営の出したインターネットラジオ公平法案は、上記のように「買い手」の論理に基づいたものであり、下値に引っ張られる構造を持っている。地上波ラジオを対象から外すなど政治的色彩も強い。議会に聞き入れられる可能性は低い。
だが、レーベル陣営が出した対案、インテリム・ファースト法案も無理筋だ。
地上波、衛星、有線、インターネットの如何を問わず、全てに現行のWBWS基準を課すことで公平を実現しよう、という案だからだ。
「Pandora陣営の押す持つ801(b)基準は、市場規制の考え方です。我々の押すWBWS基準は、売り手を買い手を想定。市場志向です。市場主義の我が国は、市場によって公平を目指すべきです」
SoundExchangeのフーペ代表と、アイゼナッハ博士の主張をまとめるとこうなる。だが実際には、WBWS基準は「売り手」の論理だけが通る仕組みだった。その結果が、二度に渡る政治介入である。
さて、証言の席には、市場サイドの代表も召喚された。
デビッド・B・パックマン(David B. Pakman)だ。ヴェンチャー・ファンドの老舗、ヴェンロック(Venrock)のパートナーを勤めてきた人物である。ITの黎明期からIntel、DoubleClickに投資してきた。1995年には、Music Group社をAppleの子会社として立ち上げ、ストリーミングによる音楽配信の創生期を築いた。このビジネスのパイオニアだ(※ Billboard 1997.3.29 pp.96)。
「現在、デジタル音楽配信や、インターネット放送には全く投資してません」
260億ドル(約2兆2,000億円 84円換算)を450社に投資してきたパックマンが、今を時めくアメリカのインターネット放送に絶対出資しないというのだ。
現在、アメリカのIT業界では「音楽」が投資ブームとなっている。PandoraのIPO価格は2,200億円を超えた。Spotifyは未上場ながら評価額3,200億円。AppleはPandoraクローンを構想中だし、マイクロソフトはRdioを買収した。Rdioは、PandoraとMusic Unlimitedを足して2で割ったようなサービスだ。
だが、それはごく少数の巨人たちの間だけに起きているブーム、になりつつある。
ビルボード誌は毎年、『注目の音楽系スタートアップ40社』という特集を組んでいる。これまで上記RdioやiHeartRaio、Spotifyなどがここにランクインしてきたが(資金が豊富な会社ばかりだ)、2012年、音楽配信のヴェンチャーが一社もランクインしない事態となった。法定楽曲使用料が年々、値上がりしているからである(Spotifyの章で紹介したSounDropやTuneWikiなどはランクインしている。両者共に楽曲使用料は不要のサービスだ)。
「デジタル音楽配信は、ITビジネスの中でも最もリスクの高いビジネスになっています。その理由は高すぎる法定楽曲使用料です。デジタル音楽配信の失敗率は、群を抜いています」
▲Pandoraの利用シーンはPCからモバイルにシフトしつつある。今ではPandoraリスナーの70%以上がスマートフォンで聴いている。モバイル広告市場は最も余力のある市場だが、現時点ではメディア消費量に比べ極端に広告売上が小さい。一方、楽曲使用料は年々上昇するよう設定されている。この歪な状態は、法定楽曲使用料の設定時に想定していなかった事態だ
SoundExchange陣営が「市場的に正しい」とする価格決定のプロセスに問題があるのは、この市場の現実からも明らかだった。PandoraやSpotifyが興隆する裏で、音楽配信系のヴェンチャーは次々と脱落していった。AOLやMTV、Yahoo! RealNetworksなど初期の大手も、オンラインラジオから撤退した。
売り手の論理と、買い手の論理。双方が公平に扱われなければ正しい市場価格は定まらない。
買い手志向のインターネットラジオ公平法案。売り手志向のインテリム・ファースト法案。双方を止揚した新しい法案が通過すれば、ようやく世界の手本にふさわしい仕組みとなるだろう。
「我々は議会のみなさんに感謝しています。ミュージシャンが長年要求してきたパフォーミング・ライツを拡大する方向に進んでいるからです。引き続き、われわれは変革を歓迎します」
レコード産業を代表して、SoundExchangeのフーペは証言をそう締めくくった。Pandoraも、レコード産業も、そしてミュージシャンや株式市場も、現行法の変革を求めている点では一致している。それが、証明された公聴会となった。
Pandoraが日本にやってこない本当の理由
▲2011年7月。IPOを記念してNY証券取引所に掲載されたPandoraの垂れ幕と星条旗。Pandoraは、アメリカの主力輸出品目であるインターネット産業・メディア産業に属している。だが、楽曲使用料の問題でPandoraは世界進出を阻まれてきた
Image:flickr
「アーティストに抗議されるPandora」に報道が集中する一方、実際の公聴会では、法定楽曲使用料の価格決定プロセスの是非に議論が集中した。この議論、実は、Pandoraが日本にやってこない本当の理由に関わっている。
投資家のパックマンは「国益」の観点からも、高額な楽曲使用料を適正に下げるべきだと述べた。相場が高すぎるから、インターネット放送のジャンルで、Pandora以外のヴェンチャーがなかなか育たないという。
もう一つは、輸出に関わる国益だ。
アメリカで最も貿易黒字を出している産業は、知財ビジネスだ。知財ビジネスの稼ぐロイヤリティーとライセンス・フィーは輸出額の20%を占めている。
知財ビジネスと表裏を成すメディア産業もまた、アメリカの強力な輸出品目だ。アメリカの得意ジャンルから、せっかくPandoraのような革新的プロダクトが誕生したのに、Pandoraが国際進出できなければ、国益を損なうことになるわけだ。
事実、楽曲利用料の問題で、Pandoraは2007年にアメリカ国外から全面撤退した。以来、海外進出に手こずっている(※2012年12月、ようやくオーストラリアとニュージーランドに再上陸した)。インターネットなら国際展開が当たり前のこの時代。なぜPandoraは海外進出が出来ないのだろうか?
「SoundExchangeのような便利な仕組みが、アメリカ以外の国にはないから」
たしかに、それはその通りだ。
音楽配信には、著作隣接権の処理が必要になる。SoundExchangeのように隣接権を一括して処理してくれる仕組みがなければ、レコード会社を一社一社まわり、許諾交渉しなければならない。時間がかかり、骨の折れる仕事だ。
だが、同じく音楽配信をやっているiTunesやYouTubeは、各国で展開できている。iTunesやYouTubeは各国のレーベルと交渉し、許諾を得ているのだ。「やれば出来る話」ということになる。
法定と違い、個別の契約交渉なら、納得いかなければ何度も交渉できるメリットもある。法外な金額を政府に決定されて、デモを起こしたり議会に乗り込んだりする必要もない。
Pandoraが個別交渉できてないのはなぜか。メジャーレーベルとやり合ってしまったから、というのもあるが、感情的なしこりは米国法人の中だけの話だ。欧州や日本のレーベルは別である。
ではPandoraが日本にやってこない本当の理由は、何だろうか?
答えは、アメリカで決まった高額な楽曲利用料が、各国での交渉の基準になっているからだ。Pandoraは、アメリカで決まった「0.11セント/再生」を世界に広げることを、二重の意味で嫌がっている。
まず、「高すぎる」と感じている。
ラジオ大国のアメリカは、世界一ラジオの広告価値が高い。それでも0.11セント/再生の固定では、売上の50%以下になかなか抑えることが出来ないのだ。広告の相場が低い他の国で、アメリカと同じ金額を求められたら、売上の50%ではすまないのは間違いない。本国以上の赤字体質になってしまう。
次に、「権利者と大もめした根本原因は、パー・プレイ契約にある」と考えているようだ。
パー・プレイ(Per Play)は、再生あたり支払う金額が固定されている。硬直的に過ぎ、激しく変化するこの世界では、いつ権利者とトラブルを起こすかわからない。ここまでアメリカの混乱を追ってきた読者ならおわかりだろう。
しかし「売上の何割」というレベニュー・シェア形式なら違う。市場規模や各企業の成長段階に合わせて、勝手に支払い金額は適正化される。そうであれば、いちいち政治家を巻き込むような事態にはならなかった。もちろんレベニュー・シェアにはまずい点もあるが、要は組み合わせとバランスだ。
「日本にPandoraが入ってこないのは旧態依然としたレコード会社のせいだろう」
そうお考えの読者も少なくないだろう。だが、それは過去の話だ。
まず、日本のメジャー・レーベルは、アメリカのようにラジオに敵意を持っていない。むしろ、時代に合った新しい音楽メディアを待望している。
特に違法ダウンロードの刑罰化以降、新しいプロモーションメディアを待望する気持ちは強まった。刑罰化にはマイナス面もあるが、後ろ向きの話にようやく区切りを創った、というメリットもある。罰則化が2008年前後からはじまったイギリス、フランス、スウェーデンでは、Spotifyを代表としたイノヴェーションが各国に先駆けて起こった。
今の日本は、「PandoraのコンセプトはOK。理解できる」という会社が少なくない。この半年で業界の心象はかなり変わった。筆者自身が業界内の様々な立場の方と話し合って得た実感だ。
だけど楽曲利用料に関しては、「アメリカでそれだけ払えてるんだから、それくらいはいただきたい」というお気持ちが国内レーベルにはあるようだ。一方、Pandoraサイドは「アメリカで0.11セント/再生でやってきたけど、大変な目に遭ったからそれだけは勘弁して欲しい」と考えている。
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▲Pandoraの売上・コスト。2012年度1Q(左)から2013年度3Q(右)まで。茶色が広告売上、紺がサブスクリプション売上。緑が楽曲使用料、オレンジが広告営業費(営業マンの人件費)。赤が損益。85円/ドルで円換算した
噛み合わないのは、考え方ではない。楽曲利用料の部分なのだ。これがPandoraが日本にやってこない本当の理由である。
しかし、禍福は糾える縄の如しという。
我々日本の音楽産業は、アメリカに起きた混乱を分析し、あるべき姿を描けばよい。結論から述べると、アドバンス、パープレイのMG、レベニューシェア。このみっつのハイブリッドが、日本には望ましいように思う。
そうすれば、アメリカよりも一層進んだ仕組み、商習慣を構築できる。それはより闊達な市場を創出するだけでなく、より豊穣な音楽文化を育む未来へ繋がるだろう。
(続)
著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。
2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。
寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。
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