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なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか「未来は音楽が連れてくる」連載第34回

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲Break of Reality。NYで活動する3チェロ+1パーカッションのインストだ。PandoraのMusic Genomeにリストされて以来、彼らのデジタル売上は4倍に跳ね上がったという
Image : Wikimedia Commons

 

Pandoraのミュージックグラフが描く、プロモーションの未来形

Break of Reality(ブレイク・オブ・リアリティ)。

NYで活動する3チェロ+1パーカッションのインスト・バンドの名だ。合衆国連邦議会に提出した証言集で、彼らはインディーズを代表してPandora陣営を支持した。理由は簡単だ。Pandoraがきっかけで売れるようになったからだ。CDアルバムの売上は3倍、デジタルアルバムの売上は4倍になったという。アメリカにおけるインディーズのシェアは3割だが、Pandoraでは7割を占めるサイレントマジョリティだ(連載第26回)。

彼らは、Facebookでを対象にアンケートを取った。Break of Realityにイイネをつけた7,500人が対象だ。結果は、これからのプロモーションを示唆しているように思う。

1位 Pandora等、ネットラジオで知った…44%
2位 ライブで観て知った…31%
3位 Facebook等で、友だちから知った…15%
4位 YouTube等で知った…9%

YouTubeの順位が低い理由は、日本の現状を振り返れば十分、想像がつくだろう。

YouTubeの登場時、「これからはマスメディアが無くても、新人がどんどん出てくる」と言われたが、この予想は外れた。無名バンドの場合、YouTubeに掲載しただけでは、何も起こらないからだ。YouTube単体では、Pandoraのように楽曲とリスナーのマッチングが発生しない。

2位のライブは「リアル」、3位の友だちは「ソーシャルグラフ」という名が最近、ついている。

いわゆるソーシャル・マーケティングだ。最先端のプロモーションとして脚光を浴びる一方、音楽ビジネスの現場では疑問符がつくこともある。放送にはかなわないからだ。

アメリカでは、いまでもラジオがネットより強い。現在、アメリカ人のメディア消費は、ラジオが2時間40分/日。インターネットが1時間53分/日だ(連載第24回)。音楽プロモーションの主戦場は依然としてラジオなのだ。ラジオでアデルを聴き、ウォルマートで山積みになった『21』をカートに入れる。これが今でも1/4を占める。

だが、無名のインディーズ・アルバムがオンエアされることはまずない。

編成部の机には、メジャーレーベルのプロモーターが持ってきたCDであふれている。ネットラジオは当初、地上波放送の同時送信がメインだった。つまり、プロモーションの流れに変化はなかった。

ここで登場したのがPandoraだ。Pandoraのシェアは現在、ネットラジオの74%、全ラジオの7%だ。

Pandoraのミュージックゲノム(楽曲レコメンデーション・エンジン)は、マス媒体のように実績を問わない。一曲一曲のDNAが解析され、リスナーひとりひとりの趣味が把握される。結果、その音楽をほんとうに求めている耳元へ、自動的に届くことになる。

そこは、宣伝費不要の世界だ。

本章の冒頭で「Pandoraはソーシャル・メディアではない何かだ」と書いた。人と人の相関関係(ソーシャルグラフ)を構築するのがソーシャル・メディアなら、Pandoraはそれではない(連載第22回)。趣味志向で人を結ぶのがインタレストグラフなら、Pandoraはそれでもない。

Pandoraが創りだしているのはミュージックグラフだ。

ウェスターグレンのミュージックゲノム・プロジェクトは、無数の楽曲に相関関係を与えて、ミュージックグラフを構築した。このミュージックグラフを放送に応用して、音楽と人を結びつけるミュージック・メディア。それがPandoraなのだ。

Pandoraが築いたミュージックグラフの王国では、楽曲のクォリティだけが評価される。

 

Pandoraが音楽ビジネスの構造を変える

音楽ビジネスのおいて、最大のコストは宣伝費だ。媒体費はスタジオ費用に増して金を喰う。

とくに新人のデビューには、ベテランのリリースよりも宣伝コストを要する。全くの無名を全国区にするには、全国規模の媒体露出が要るからだ。アメリカならメジャーデビューにあたり、今でも億単位の宣伝費が投入される。ハーフ・ミリオンが出なければリクープできない。業界のみなさんなら、国内でもデビューに億単位が投入されたアーティストを挙げることができるだろう。

近年、録音環境のデジタル化で、制作費は圧縮の傾向にある。音楽不況は、宣伝費の圧縮も強いている。だが、全国に認知させるにはそれなりの媒体費がかかる。広告単価が下げられないなら、宣伝するアーティストの数を減らすしかない。

その結果、新人のリリース数は激減した。世界のデビューアルバム売上は2003年から2010年にかけてマイナス77%という惨状だ。

連載第34回 なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか
(出典 IFPI 2010 Report)

新人のリリースというのは、製造業における新製品の投入に当たる。研究開発費と宣伝費が発生する新製品は、製造業でも金食い虫だ。赤字対策で新製品をずっと出さなければどうなるか。結局、企業は撤退や売却のほかに道が無くなる。

今、レコード産業に起こっている深刻な問題はこれである。新人の売上が減れば、いずれ人口の推移と共に音楽文化は衰退するほかない。

ここに、Pandoraの章を世に問うている本当の理由がある。

近い将来、インターネット放送のシェアは30%を占め、その6割をPandoraが持っていくとウォールストリートは予測している。

Pandoraは、宣伝費不要で、無名のミュージシャンを宣伝してくれる。そんなプロモーション・メディアが2割を占めるようになったらどうなるか。

まずミュージシャンは、Break of Realityのように、創作活動とライブ活動に専念すればよいことになる。メジャーデビューを経ずとも、認知経路を確保することが出来るようになるからだ。

 

メジャーレーベル不要論が終わるとき

連載第34回 なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか
▲Pandoraのようなパーソナライズド放送が2割以上を占めるようになれば、レコード会社の戦略は柔軟なものになる。リストラ、契約解除に頼らない組織変革も可能になるだろう

これはメジャーレーベルの存在意義を奪う危機だろうか? 答えはNOだ。

「Pandoraで一定の人気が出たミュージシャンから、投資対象を選べばよい」というのが理由の1つ目。もうひとつは、「巨額の宣伝費を突っ込むか、契約解除か」という二元論から解放される手立てを得るからだ。

覚えてらっしゃるだろうか?

ウェスターグレンがミュージックゲノムを着想したきっかけは、ある記事を読んだことだった。シンガー・ソングライターのエイミー・マンがレーベルから契約を打ち切られたのは、アルバム売上がハーフミリオンに届かなかったからだ(23万枚)、という記事だ。

もし当時、Pandoraがレーティングを20%持っていたなら、ハーフミリオンが絶望的になろうと、宣伝費を削って契約を更新する道もあっただろう。

パーソナライズド放送が十分な大きさを持つようになれば、マス放送と併用できるようになる。7%ではなく20%にだ。そうなると、宣伝費のサイズを自由にバランスできるようになる。

宣伝費が調節可能になると、メジャーアーティストにもメリットが出る。アーティスト印税を柔軟に交渉できる可能性が開けるようになるからだ。

音楽業界の外から見ると、アーティスト印税のパーセンテージは、メジャーレーベルによる搾取の象徴にも写りかねなかった。実際には相応の理由がある。1,000万円単位で発生する制作費と宣伝費をリクープするまでは、レコード会社も赤字だからだ。

だが、パーソナライズド放送が2〜3割のシェアを持つようになれば、損益分岐点をもっと自由に動かすことができるようになる。レコード会社側もキツキツの売上計画を建てなくてよくなり、赤字リスクは減る。そうなれば、はやいうちからアーティスト印税を柔軟に設定することも可能になるだろう。

それは、レコード会社の組織を柔軟に作り直す道にも繋がってゆく。単純な人減らしではなく、予算と担当アーティストの編成を柔軟に割り振る道が拓けるからだ。

売上枚数五桁が当たり前となった日本では、大切な話ではないだろうか。世界的には、その売上枚数はインディーズだ。それをハーフミリオンが前提の組織形態・契約形態で裁こうとするから厳しい思いをしているのかもしれない。

インディーズとメジャーを両方抱え込む組織体には、Pandoraのような宣伝費不要の強力な放送メディアが、必須ではないだろうか。これは、ミュージック・ディスカヴァリー・サービス待望論である。

 

なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか

連載第34回 なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか

Pandoraを語る上で、ストリーミングサービスの雄(実際にはYouTubeはプログレッシヴ・ダウンロード)、YouTubeの省察は避けて通れない。

我が国では現在、最強の音楽メディアはYouTubeだ。レコード協会の調査(2011年度)では、「最近、利用した音楽関連サービス」の1位はYouTube(52%)だ。2位がFMラジオ(32.7%)、3位がテレビ(地上波音楽番組 30.8%)となっている。

たしかにYouTubeは便利だ。テレビやネットで気に掛かったアーティストの名を検索すれば、即座に音楽ビデオをチェックできる。ツイッターやまとめブログからすぐに音楽ビデオをチェックできるのも素晴らしい。なにより映像メディアには、初見の心理的バリアーを突破できるパワーがある。だが、YouTubeに音楽不況を食い止める力があるかといえば、この8年を観察する限り「ない」と言わざるを得ない。

YouTubeが音楽を救えなかった原因は四つある。

(1)検索主体の媒体であること

まず、検索主体の媒体であることだ。そのため有名でないアーティストのレコメンデーションに弱いことは、先に説明した。音楽の感動は、未知の音楽からお気に入りを発見したときに強く起こる。これをセレンディピティと呼ぶが、YouTubeはここが弱いのだ。感動の出会いがないメディア、に音楽ファンを創る力はない。

(2)音楽を聴く時間の低下

検索主体の媒体であることが、二つ目の問題を起こす。音楽を聴く時間の低下だ。MTVやFMラジオの平均視聴(聴取)時間は約40分。うち音楽のかかる時間が30分とすると約9曲/日だった。

一方、YouTubeの平均視聴時間は14分。うち音楽のシェアは60%程度なので、約2曲/日しかない(※)。検索した音楽ビデオを見て、同じアーティストの関連ビデオを見たらそれで終わりだ。このせいでセレンディピティがさらに無くなっている。

なぜPandoraはミュージック・ディスカヴァリー・サービスと呼ばれ、YouTubeはアメリカでそう呼ばれないのか。もうおわかりだろう。

(3)無料のオンデマンド配信であること

3つ目はより深刻だ。YouTubeは無料のオンデマンド配信であり、CDやダウンロード販売とカニバる。

YouTubeは、好きな音楽ビデオを好きなときに再生させることが出来る。プレイリストをつくることも可能。すべて無料だ。その上、音楽ビデオはシングル曲。日本は、シングルの売上が世界で最も高い部類に属する(訂正)。

ラジオの登場以来、音楽ファンの大多数はフリーライダーだった。NHKの調査でも、CD・デジタルプレーヤーを使用しない層は、10〜20代で85%近いが、ネット普及以前となる1995年の時点でフリーライダー層は70%近かった(連載第24回)。フリーメディアのラジオ登場以来、このフリーライダー層をいかにマネタイズするかが、レコード産業の死活を決めてきた。

だが、YouTubeが音楽放送の代替となって、「放送を聴いて録音物を買う」という方程式が通じなくなった。好きな曲を無料で、好きなときに繰り返し聴けるからだ。

YouTubeのカニバリズムはデータにも出ている。音楽のコピー元は、新品CDが43.8%、レンタルCDが42.3%、YouTubeが31.4%だ。

コピー元の楽曲使用料、という観点から見るとレンタルCDも相当低い。

が、CDアルバムのレンタルで1曲20円程度、ユーザーは支払っている。その15%の3円がレコード産業に納められている。Spotifyで6回再生したぐらいの楽曲使用料に過ぎず、リッピングの普及で「レンタル=パイロットメディア」でなくなった今では、ちょっと安すぎるかもしれない。

だが、イニシャル5000枚がふつうとなった今の時代、高額なレンタル盤を全国の店舗が購入してくれることはありがたい。アドヴァンスに加えて、カニバリズムに対する損金保証が事実上、枚数毎に発生しているともいえるだろう。Spotifyのようなフリーミアム配信に全面移行してしまえば、レコード会社の利益率は向上するが、公平を期すためにレンタルの貢献も付記しておきたい。

(4)極端に低い楽曲使用料

ユーザーがCD、iTunesのような録音物を買ってくれなくても大丈夫、にする道もある。Spotifyの道だ。

YouTube(やレンタルCD)が、Spotify並に高額な楽曲使用料を払ってくれればよい。同じオンデマンド配信のSpotifyは、ひとりあたりCDアルバム4〜6枚分/年の楽曲使用料を納めてくれる。

現実には、YouTubeの支払う楽曲使用料はとても安い。

ローリングストーン誌の記事を元に比較すると、YouTubeの楽曲使用料は、Spotifyの5分の1以下。オンデマンドにも関わらず、インターネット放送のPandoraよりも安い楽曲使用料だ。

特に作詞作曲家に支払う金額が極端に低い。メジャーレーベルの幹部からも「これでは作家が育たなくなる」と心配する声が出ているくらいだ。100万回再生されて、たった4,000円だ(※詳細は下図の出典を参照)。

Pandoraの楽曲使用料はYouTubeより20%ほど高い。その上、再生曲数の平均は約11曲/日。YouTubeの5倍近くになる。実際、支払いもよい。ミュージシャンがPandoraから得る収入はあと1〜2年でiTunesから得るそれを超える。

加えてPandoraは、オンデマンド配信ではなく放送型メディアだ。

おかげで「Pandoraを聴いてiTunesで買う」という黄金パターンを成立できた(連載第25回)。ミュージシャンとレコード会社は、Pandoraから直接収入を得て、さらに宣伝効果でiTunesからも収入を得ることができるようになった。

「YouTubeを潰せ」という話をしているのではない。

「YouTubeを超える音楽メディアが必要だ」という話をしているのだ。アメリカの前例を学ぶ限り、その新たな帝王は、Pandoraのようなパーソナライズド放送が最適のようだ。

アーティストを認知するきっかけに、まずマス放送と、Pandoraのようなパーソナライズド放送がある。次に、ライブがあり、ソーシャルメディアがある。それを補うYouTubeがいる。それくらいがちょうどよいように思う。

連載第34回 なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか
※クリックで拡大
▲楽曲利用料いろいろ。YouTubeはオンデマンド配信の割に、極端に安いのが目を引く※

(※ 80円/ドル換算。Spotify、YouTube、Pandoraの楽曲使用料はRolling Stone誌、YouTubeの著作権料率はGuardian紙、地上波ラジオの著作権料率はBillboard誌。なお、Spotifyの楽曲利用料は有料会員が増えるほど高くなっていく仕組み。再生回数が爆発的だった場合はパープレイのMGよりレベニューシェアが優先され、さらに再生あたりの金額は上がる[連載第21回]。YouTubeのそれも、該当動画の稼いだ広告売上によって変動する。
Pandora以外のアーティストへの分配比率は、上記Rolling Stone誌におけるiTunesの分配比率[アーティスト印税等15.8%+作詞作曲7%]を基にした。デジタル・アーティスト印税の契約がどのデジタル配信にも適用される、という仮定に基づく。本来は、レーベル・アーティスト間の個別契約[力関係]によって大きく変動することに留意されたい。
AppleのPandoraクローンは、SoundExchangeを介さず、レーベルと直接契約して、より安価な楽曲使用料を狙っていると報道されている。
また、図の数字にはアドバンスは含まれていない。作詞作曲家の取り分は音楽出版と折半にした)

 

Spotifyか、Pandoraか

Spotifyの章で、音楽業界復活の処方箋を3行にまとめた。

  1. 高成長セクターかつ高利益なストリーミング売上のシェアを伸ばすこと
  2. 安定成長セクターかつ高利益なダウンロード売上のシェアを維持すること
  3. マイナス成長セクターであるCD売上のシェアを下げること

以上は筆者の過激な意見ではない。BBCの記事で紹介されるような結論だ。欧米のアナリストがレコード産業をコンサルすれば、だいたい同じ答えを出すだろう。ワーナーミュージックの株主報告書が、デジタル売上の比率拡大を喜んでいるのはそうした理由による。

上記の処方箋が効く前提条件は、収益性の高いストリーミング配信サービスがあることだ。ストリーミング配信のSpotifyが、CDよりも収益性が高い理由は説明した。スウェーデンでは、レコード産業売上が前年比+30%となった。実証されつつある話だ(連載第17回)。

Pandoraもストリーミング配信だ。フリーメディアのPandoraを聴いて、iTunesでダウンロード購入する「社会的なフリーミアムモデル」がアメリカで成立したと、繰り返し紹介してきた(連載第25回)。

Spotifyか。Pandoraか。

日本はどちらが向いているだろうか。

まず考えるべき事は、日本は世界一CDの売れる国、ということだ。物理売上の比率も75%を超えており、フランスと並び、世界最高水準である(IFPI2012)。この特殊性を考えると、CDを喰うオンデマンド配信のSpotifyより、放送型配信のPandoraが向いているように思える。どういうことか、説明しよう。

メディアには2種類ある。記録メディアと、放送メディアだ。

記録メディアの歴史はご存じの通りだ。

レコードがデジタル化してCDに進化した後、パッケージの殻を脱ぎ去り、iTunesのようなダウンロードになった。次に起こったのは、複製権ビジネスからアクセス権ビジネスへの移行だ。ダウンロードまでは複製権ビジネスだった。複製権はインターネットの海賊行為に弱い。iTunesはこれを解決できなかった。ここでSpotifyのようなオンデマンド・ストリーミング配信が登場し、インターネットのマイナス面を克服し始めた。

複製権ビジネスからアクセス権ビジネスへの移行は、レコード産業の100年を根幹から変革する激流でもある。ソフトランディングを望むなら、記録メディアに関しては、時計の針をゆっくり進めることもありえるだろう。

だが、時間をゆっくりするだけ、座して待つだけでは苦痛が増大する。レコード会社のみならず、アーティスト、音楽ファンも不幸なLose-Loseだ。これもまたハードランディングの道といわざるをえない。

ならば、記録メディアの進化をペンディングする間に、進められることをやってみてはどうか。

それが、放送メディアの革新、すなわちPandoraのようなパーソナライズド放送の導入だ。

 

日本にPandoraのようなラジオを育てる方法

「国内でも、パーソナライズド放送のコンセプトを肯定的にとらえるレコード会社は増えつつある」と説明した(連載第32回)。問題なのは、楽曲使用料の金額と契約形態だ、と同時に述べた。

アメリカの混乱から学んだ上で、日本では以下のようなロイヤリティー設定を提案したい。事実上、これが日本にPandoraのような音楽放送を育てる方策になる。

(1)売上の35%前後を楽曲使用料に

まず、Pandoraのように売上の50%を楽曲使用料で獲られては、インターネット放送局は黒字化できない。音楽放送とレコード会社がWin-Winの関係でなければ、音楽のエコシステムは育たない。エンタメ界の王座を揺るがされている現在、内輪もめをやっている場合ではない。インターネット放送に10〜15%程度の営業利益を残せる料率を考えると、楽曲使用料は売上の35%前後がよいだろう。

レベニューシェアなら、ヴェンチャーも参入できる。放送局というものはあるだけあった方がよい。そこからより素晴らしい局が淘汰の末、勝ち上がってくる方が、日本の音楽文化は豊穣となるからだ。レコチョクやiTunesだけでエコシステムを創りうる着うた配信やダウンロード配信と異なっている。この点を留意されたい。

(2)アドバンス、パープレイ、レベニューシェアを組み合わせる

レベニューシェアには問題点もある。単純に「売上の35%」と設定してしまうと、広告営業などをサボって、趣味のように運営する放送局が出てきてしまうからだ。そうすると再生あたりの楽曲使用料はとんでもなく低くなってしまう。

そこで、パープレイとアドバンス(※)を併用するのだ。
(※パープレイ:再生される毎に使用料を払う方式。SoundExchangeの方式だ/アドバンス:毎年支払う前払金)

アドバンスは、レコード会社が事務所やアーティストと交渉し、包括契約を可能にしてくれることへの礼金にも当たる。毎年支払うものだ。

だが、着うたのノリで、あまり高くすると障害が出る。ヴェンチャーの参入障壁が上がり、肝心のエコシステムが小さくなってしまう。そこでアドバンスは低めに設定し、パープレイ(Per Play)のミニマム・ギャランティ(MG)を併用することを提案したい。

ミニマム・ギャランティは、「最低これだけは稼いで支払って下さいよ」という売上保証に相当する。着うた等ではアドバンスの形で毎年数百万〜数千万円を支払うものだが、この商習慣はストリーミング・ビジネスには適さない。ストリーミングビジネスの経営では、1再生あたりのコストと売上のバランスを管理するからだ。

そこで再生毎に最低補償金を支払って貰うようにする。パープレイだけの場合の、3割程度がよいだろう。

  • アドバンスは、目標売上の5%
  • ミニマムギャランティは0.02円/再生
  • 残り売上の25%をレベニューシェア
  • 再生あたり0.2円の広告収入(Pandoraがそれくらい)

以上のように定めて試算したところ、楽曲使用料は「総売上の36%」になった。再生あたりに換算すると0.07円/再生だ。

(3)フリーミアムモデルにして、有料会員料は高めにレベニューシェア

0.07円/再生を読んで、「少ない」と声に出た方もいらっしゃるだろう。それで、ここからさらに、有料会員比率を上げる方向を目指す。有料会員が増えれば、インターネット放送局も、レコード会社も共に儲かるように設定するのだ。問題はバランスだ。

  • 有料会員料300円/月で、有料会員比率10%
  • 楽曲使用料はサブスクリプション料の50%

以上の設定で試算したところ、売上の上昇率が最も高くなった。パープレイに換算すると無料会員は0.08円/再生、有料会員は0.25円/再生ぐらい。Pandoraの約0.1円/再生(0.11セント 88円換算)と比べると、なかなかではないだろうか。

なお、楽曲使用料率を上げすぎると、インターネット放送局の取り分がほとんど上がらず、インセンティヴの減少で売上が伸び悩んだ。有料会員料を上げすぎると、有料会員比率がなかなか上がらない。逆に有料会員料を100円にすると、フリーモデルと売上が変わらなくなった。

以上の仕組みだが、実はSpotifyLast.fmの契約方式を応用したものだ。

Spotifyは総売上の70%を楽曲使用料に充てている。一方、本提案は35%だ。「偏ってるのではないか」と思う方もいらっしゃるだろう。

これはSpotifyが、サブスクリプション料重視のオンデマンド配信であるのに対し、Pandoraなどインターネット放送は、メディアの性質上、フリーの比率がどうしても高くなるためである。

インターネット放送は、サブスクリプション売上より広告売上の比率がどうしても高くなる。放送はフリーメディアが基本だからだ。インターネット放送に25%の有料会員比率を求めるのは本質的に誤っている。

フリーの比率が上がると、広告営業の人件費が上昇する。

インターネット放送の広告売上というものは、通常のインターネット広告と違って、人件費が嵩む。営業マンがスポンサー企業を回って売上を建てるものだからだ。日本なら電博などへ預ける代理店手数料もある。

売上の半分を楽曲使用料にあてると黒字が不可能になるのは、そのせいだ。再掲するが、Pandoraは50%を楽曲使用料にあて、25%を広告営業の人件費に充てている。合わせて75%のコストだ。

連載第34回 なぜYouTubeは音楽を救えなかったのか
※クリックで拡大
▲Pandoraの売上・コスト。2012年度1Q(左)から2013年度3Q(右)まで。茶色が広告売上、紺がサブスクリプション売上。緑が楽曲使用料、オレンジが広告営業費(営業マンの人件費)。赤が損益。85円/ドルで円換算した

さて。以上を全てのレコード会社に説得しなければならないのだが、「至難の技」とおっしゃる方もいるだろう。

が、着うた、iTunesの経緯をご存じのみなさんなら、「2社+1社」からGOサインをいただければ、だいたいその方向で決まることもご存じだろう。これを言うと、その他の会社のみなさんには失礼にあたるのでタブーになっているが、現場の常識だ。

契約の次は、肝心のサービス内容だ。

Pandoraを日本に連れてくるだけ、あるいはクローンを創るだけを論じても、話がせこくなる。いっそPandoraを超える道はないか、探ってみたい。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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