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連載「未来は音楽が連れてくる」佐々木俊尚氏 × 榎本幹朗氏 特別対談【後編】

コラム 未来は音楽が連れてくる

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<前の記事> 佐々木俊尚 × 榎本幹朗 対談【前編】
 


 

ミュージックグラフについて

 

佐々木:榎本さんが仰る「ミュージックグラフ」においては、どういう風につながっていくのでしょうか?

榎本:ミュージックグラフという言葉が英語圏の記事に出てきたのは2年ほど前ぐらいですが、定義が曖昧でした。曲と曲のつながりをビッグデータが構築する。人と曲をレコメンデーションがつなぐ。そして音楽をきっかけに人と人がまた繋がっていく。これが僕の定義したミュージックグラフの世界です。まずLast.fmが2003年にこれを実現しました。
 

ミュージックグラフ

例えばLast.fmだと、友達が好きな曲が再生されるフレンドラジオがあります。Spotifyも友達になった人が聴いている曲を聴ける機能があります。これらは言葉とは違うコミュニケーションなんですね。

またLast.fmなどでは、音楽趣味が共通したユーザーが友だち候補としてリストされます。そこから新しい人間関係ができ、それがまた新しい音楽の発見に繋がっていきます。

もうひとつはエンタメ全般に言えることなのですが、以前までは自分を楽しませるために、CDにしろ何にしろ購入していましたね。ですが、ソーシャルメディアによって「シェア」の文化が定着し、「人が喜んでくれたときに自分も楽しい」という枠組みがビジネス・レベルでもはっきりとしてきたんです。誰かを喜ばせるためにお金を払うということで、課金の仕組みが少しずつ変わってきている。例えばLINEのスタンプは自分自身の為というよりも相手が笑ってくれたら嬉しいという部分がある。本質的なところでビジネスモデルが変化してきていると思うんです。

佐々木:いわゆるアイテム課金なんですけど、自分が貯めて楽しむのではなく、人に伝えて初めて価値があるという意味でスタンプは面白いですよね。

榎本:かつ人が喜んでくれてですよね。パーソナルからソーシャルへ、という流れに合わせて音楽の課金モデルはもっと変わっていくと予測しています。

佐々木:非言語コミュニケーションは重要なテーマで。LINEの話が出たので少しつけ加えると、スタンプが面白いのは単なる感情表現じゃないところ。怒っているスタンプの絵を知らない人に送ったらケンカになりますけど、恋人同士で同じスタンプを送ったら「怒っている」表層のイメージとはまた別の「もう、そんなこと言うと怒っちゃうよ」みたいな親密なメッセージがちゃんと伝えられる。

つまり、まず人間関係が前提にあってその人間関係に基づいた相互了解のコンテクストにおけるイメージ交換が行われている訳ですよね。実は非言語コミュニケーションでも、単に「良かった」、「怒った」、「いいね」だけじゃなく、もっと複雑なことも伝えられる。しかも、それは言語コミュニケーションよりも簡単で、誰でもできるボディランゲージや顔の表情と同じようなものであると。こういう事が音楽と結びつくと面白くなりそうです。

榎本:今までは「これからはソーシャル」で終わっていましたが、もっと本質的になってきました。ソーシャルの前提として、パーソナルの価値が再定義されるようになってきたんです。誰かに感動をシェアする前に、まず自分が感動を発見する段階があります。この段階でPandoraのようなパーソナライズド・サービスが効果を発揮しだしています。

まず徹底的にパーソナルな段階があります。徹底的にひとりひとりの趣味を捉えて曲と人のマッチングを起こし、感動を生む。伝えたい感動からシェアが起こり、この結果、レーベルの求めるレゾナンスが起こるんですね。これが次の時代のプロモーション理論のひとつです。

ミュージックグラフにもミッシングリンクの課題が生まれつつあります。ミュージックグラフは今、Pandora、Spotifyでほぼ実現されつつあります。ですが、まだミュージックグラフは、ソーシャルグラフの中にすっぽりとは収まりきっていない状況なんです。

音楽というのは、誰もが好きで、かつ誰もがこだわりを持っている。ソーシャルブラフを分割するインタレストグラフの中でも、音楽は特殊なポジションにあります。つまり、音楽はソーシャルグラフを活性化するスイッチングハブのような役割を担うことができるはずなんですね。これはザッカーバーグの見立てとも一致していると思います。

ミュージックグラフがきっちりソーシャルグラフに収まって、そういう役割を果たすようになれば、もう一度音楽はコンテンツの王様に戻ることができるでしょう。そこを目指してビジネスを一緒につくりませんか?というのが連載の結論のひとつになります。

佐々木:音楽の復興と。

榎本:ミュージックグラフにおいて音楽でいうセレンディピティは2種類あって、ひとつはPandoraのようなレコメンデーションエンジン経由のもので、それは類似性や共時性が基本となります。

もうひとつの方は、今まで自分が好きじゃないと思っていたジャンル/音楽と新しく出会うというもので、これに親和性が高いのがソーシャルなんですね。

ミュージックグラフがしっかりとソーシャルグラフの中で有機的に根を張っていくと、音楽の感動がいっそう拡散する構図が創れるようになります。

佐々木:例えばこの人が紹介する本は面白いというブロガーがいたとして、普通なら僕が決して読まない少女漫画を彼がオススメしていたので、買って読んでみたら面白かったということと同じですよね。

それは、結局ある種の協調フィルタリングなんですよね。Amazonのレコメンドというのは書籍やDVD、CDという属性は無視して、単に好みの近い人だけを結びつけているわけですから。セレンディピティというのは、人と人をつなげることによって生まれるのか、もしくは楽曲そのものの属性でみるのか。属性をみる方がどちらかというとアルゴリズム的であり、人と人のつながりをみる方がソーシャル的ですけど、アプローチの方法においては相互入れ替え可能な部分もあるだろうと。

 

 

フリーミアムで考えるべきこと

 

榎本幹朗

榎本:Spotifyのフリーミアムモデルは、世界全体を相手にした場合は正しいんです。けど、先進国だと丁寧に進めないと、マイナスになる場合があります。先進国の場合はCDを毎月たくさん買う層がわずかですが存在します。このマニアックな層だけが定額制サービスを使うと、Spotifyの描くビジネス構造が崩れるんですね。

最悪なシナリオとしては、音楽に月何万円も使っていた層が月千円しか払わなくなる。かつライト層は、Spotifyに見向きもしないか、無料会員でしか使わない。こうなるとマイナス作用しかなくなります。このシナリオは、フリーミアムモデルでないMusic Unlimitedのような定額配信でも想定しうるのが恐ろしいところです。ストリーミングは、正しく使わなければ救世主にはなりません。

スウェーデンのように「Spotifyは儲かる」といえるようにする条件はふたつあります。マニア層よりもフリーライダー層とライト層に受けること。それと欧米のように月額料金がアルバムと同額であること。このふたつが条件です。残念ながら月額980円では、日本で「音楽業界の救世主」になることはむずかしいです。

佐々木:一人当たりの消費金額が下がってしまうと。

榎本:連載で申し上げたように、何らかの「積み増しモデル」を開発する必要があります。これはSpotifyの株主も求めています。事業としてSpotifyを見ると決して利益率の高いモデルになっていないですからね。

佐々木:マスと先端層の境界線や構図、分布の問題ですよね。例えばデンマークだとラース・フォン・トリアー監督の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のようなとても暗い映画が大ヒットするような国民性があります。日本だとラース・フォン・トリアーの映画なんて、せいぜいミニシアターでしか上映されないニッチなコンテンツでしかない。北欧の国々にはそういう面があるんですよね。それがいいのか悪いのかは別にして、日本ではエッジの効いたものに対する思考の分布、構図が北欧等に比べると相当違うんじゃないかと思います。

榎本:そうですね。そう考えると、オンデマンドだけでフリーミアムモデルを組んで、月980円という仕組みはあまり日本に合わないんですよね。

積み増しモデルを用意するか、日額100円などを設けて、月額980円はお値打ち価格という設定に変えるか。あるいはPandoraやVEVOのような放送型と定額制配信を組み合わせるか。海外の事例だけに頼らず、国民一人あたりの音楽消費額が大きい国にとって相性のいいモデルを見つけ出す必要があります。上手く行けば、日本に限らず先進国すべての音楽産業にプラスとなるでしょう。

佐々木:日本の場合、自分だけのパーソナライズドされた音楽を聴きたいというニーズもあるかもしれないですけど、それと同じぐらいにみんなと同じ曲を聴きたいというニーズも高いですよね。

その傾向は、地方、いわゆるロードサイドで特に顕著じゃないかな。一時期流行ったケータイ小説も、ストーリーとしてはだいたいみんな同じなんですよね、たいてい予期せぬ妊娠やレイプとかがあったりして。なんでそういう平凡な話ばかりなのかというと、あるライターさん曰く、「あれはおとぎ話みたいないわゆる民俗伝承だ」と。同じ物語を消費することによって人とつながっていることが実感できるのがいいんだというのを聞いてなるほどと思いましたね。なので変わった物語を読む必要はないんですよ。アメリカでも地方に行くとそういうヤンキー的な文化はありますし。

つまり北欧というのは、ニューヨークしかない国、東京しかない国なんですよね。かつての日本でも、ほっとけば東京の文化が地方にだんだん伝播していった時代がありました。文京区、新宿区、港区、目黒区、世田谷区、品川区、この辺でつくられた文化がマスメディアによって、半年遅れぐらいで地方に伝わり流行っていた。ところが今や、東京の文化と地方のそれは全く異なっています。服にしてみても、東京ではミニマルな服が好まれますが、地方ではそれこそ「しまむら」に代表されるようなどちらかといえばデコラティブな服が着られていたり、音楽でいうと地方ではミスチルやEXILEとかベタなものが好まれて、東京で好まれるエッジの効いたものは流行らない。

榎本:おっしゃる通りですね。エッジィでロングテール寄りの大都市圏と、ベタなショートヘッド寄りの地方。両方を満足させるには、やはりロングテールとショートヘッドのミッシングリンクを結んだメディアの開発が必要です。

佐々木:実はよく考えるといわゆる「東京」の人口は極めて少ないんです。首都圏3,600万人といわれますが、その中でも16号線沿線は完全にロードサイドですよね。なので、東京西半分だけに限ると、多分500万人ぐらいしかいない。そこのエッジの効いた文化を日本全体の文化と同じだと思うことが間違いの元で。この辺も考えて、ヨーロッパで行われているのとはまた違うモデルを構築をする必要があるんじゃないかと。Spotifyはアメリカではどうなんですか?

榎本:アメリカでは、PandoraとiTunesが強いですね。Spotifyがスウェーデンのような大成功を先進国全てにもたらしたいのなら、売上の積み増しができるミニサブスクリプションが必要になると思います。

佐々木:ミニサブスクリプションを具体的にいうと?

榎本:いろんな切り口で出来るのですが、例えばアーティストを切り口にするなら、月200円のアーティストのファンクラブで、新曲が先行して聴ける、ライブ音源が聴ける、チケット先行予約に応募できるなどのオプションですね。

佐々木:アーティストだけのサブスクリプションですね。

榎本:「Spotifyが日本で本格スタートしないのは、日本のメジャーレーベルがわからず屋だから」というステージはもう過ぎているんです。Spotifyの仕組みについては日本のメジャーレーベルのみなさん、よくよく勉強されるようになりました。

繰り返しになりますが、世界全体からするとSpotifyのフリーミアムモデルは正しいんです。世界では音楽にお金を払っていない人が大多数です。2008年のIFPIのレポートでは、音楽ダウンロードの95%が違法ダウンロードです。Spotifyはこの95%をいかにマネタイズするかという発想からできています。しかしどの国でも大成功を収めるには、さらなる革新が要るでしょう。

佐々木:日本はショートヘッドから裾野の層まで、差はあれどけっこう音楽を聴くということなんですかね。他の国だったら裾野では全く音楽を聴いていないと考えたら。

榎本:そうですね。世界人口の1.8%で、レコード産業の世界売上の26%を日本は持っていますから、世界から見れば音楽ファンが集う国です。

佐々木:全てのコンテンツにおいてそうかもしれませんね。ベストセラーになると日頃本を読まない人でも本を買うというのは日本だけですし。

榎本:実際、日本は、ひとりあたりのレコード産業売上が世界一なんです。音楽消費大国にとっては、世界的に正しいモデルを導入することは、グローバリゼーションの価格引き下げの圧力だけが上陸してしまうように感じられるんですよ。

佐々木:なるほど。

榎本:SpotifyやPandoraが日本の入ってこない現象を、ガラパゴスと決めつけるのは思考停止に繋がりかねません。グローバリゼーションに対しどう対応していけば、先進国のミュージシャンが幸福になるのか、まだ模索している側面もあります。

佐々木:国内で利用できるサービスを考えると、Music UnlimitedやレコチョクBestにはなんでレコメンドがないんですかね?

榎本:Music Unlimitedにもエンジンが載っています。しかしPandoraやEcho Nestのように数十億円をかけたものではないと思います。理由は、おそらく開発費を調達できない、つまりフリーミアムでない定額制配信はまだビジネスモデルを構築できていないからですね。

定額制はSpotify以前はニッチでした。その部分を解決せずに「フリーはイヤだから」だけではビジネスモデルは出来上がりません。大切なのはフリーの定義です。フリーを制する者がマネーを制する。これはラジオの時代から言えることです。

レコメンデーション・エンジンのASP自体は、世界にあるんです。Echo Nestの楽曲レコメンデーションエンジンは、400のアプリが採用しています。この部分でも、オープン・イノヴェーションに不慣れなところが災いしてます。取り込まれるのを恐れすぎますね。AppleのiTunesのときのようにいいようにやられてしまうという感覚も残っている。

しかし、海外の技術を取り込んで自分のものにするのが、日本の持ち味だったと思います。流れに逆らえなくなってから受け入れると、鵜呑みすることになるんです。「取り込まれる前に、取り込みましょう」というのが僕の提案です。

みなさん「音楽業界は頑迷だ」とおっしゃるけど、この連載で音楽ビジネスの歴史を振り返って、「音楽業界ほどお人好しな業界はないんじゃないか」と僕は思いました(苦笑)。

佐々木:毎回アウトサイドから蹂躙されてしまうという(笑)。

榎本:結局流れに逆らえなくなって、言うがままに受け入れているんですよ。

佐々木:ある意味いい人たちですよね(笑)。

榎本:「フリーミアムは許さない」のにフリー・オンデマンドのYouTubeは許していたり、みんなもうよく分からなくなってます(笑)。ですから、「言う通りにする必要はないかもしれません。でも、早めの段階で交渉を詰めた方がイニシアチブは取りやすいですよ」ということを業界のみなさんにお話ししています。僕だってSpotifyに注文はつけたいです。

この連載が他の音楽業界論と差別化できているのは、音楽業界に対して一緒に話し合うという姿勢を出しているところだと思っています。音楽業界に敵対する方が分かりやすいんでしょうけど(笑)、最初に申し上げた僕の目的から外れますのでね。

 

 

日本向けのモデル

 

佐々木俊尚

佐々木:やはりPandoraのような方向性の方が日本の市場構造には向いてる?

榎本:フリーミアムに関しては、Pandoraのような放送型から取り入れる方が向いてると思います。繰り返しになりますが、それに合わせてサブスクリプションも変化させた方がいいと思っています。フリーミアムは別に一つのサービスの中で完結してなくてもいいというのが僕の持論です。

ラジオというフリーメディアが出現した時、レコード産業はさんざん苦汁をなめました。ですが、フリーのラジオで好きな音楽を発見してもらって、レコードを買ってもらうという仕組みを作り上げたときに、やっとビジネスとして上手くまわりだした。この仕組みは、社会全体で見たら、ある種のフリーミアムモデルなんですね。

佐々木:確かに。

榎本:アメリカでは、Pandoraで聴いてiTunesへ流れるという導線は確かに出来上がっているんですが、いわゆるiTunesのようなアラカルトサービスは大きな流れの中で見ると違法ダウンロードにほとんど太刀打ちできていないんですね。

音楽業界からしてもアラカルトサービスはさほど儲かるビジネスモデルではないと思っているでしょう。世界全体で違法ダウンロードが95%で合法が5%しかない状況で、そのたった5%の中で展開しているアラカルトサービスに対して、「これ本当に儲かってるの?」という疑問は当然ありますよね。

世界においてデジタルとフィジカルの比率というのは、このペースでいくとあと2、3年で逆転します。さらに僕の計算だと、そのデジタルの中の比率でもストリーミングがそこから10年以内にトップにな・・・・

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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