広告・取材掲載

スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[上]「未来は音楽が連れてくる」連載第56回

コラム 未来は音楽が連れてくる

日本で進む音楽離れ

 

連載第55回 iTunesでアルバム崩壊、YouTubeでシングル無料化。次に来るプレイリストの時代は稼げるか
▲日本の若年層では、無料で音楽を聴くよりも深刻なトレンドが発生している。音楽離れだ

「これ、読みましたか?」

青山のとある店での夜だった。Aさんは料理の並ぶ上から、分厚いレポートを筆者に見せた。今年は会食の機会が多い。節目の年だからだろう。音楽産業の今後について、真剣な相談がほとんどである。

「今回はずいぶんと気合の入った調査ですね」

パラパラとめくり、筆者は毎年確認する、ある項目を探した。ふだんは毎年3月に一般公開されるのだが、今年は遅れているようだ。レコ協が毎年出している『音楽メディアユーザー実態調査』である(※1)。

「こんなに詳しくなると読むのが大変なんですけどね」と笑うAさんに微笑み返しながら、目当ての項目に辿り着いた。

「ここ、かなり増えてますね…」と筆者が指さした先を見て、「そうなんです」とAさんは意を得たように大きく頷きつつ、資料を手元に戻した。

そのページには、音楽にお金を払わない層の推移がまとめてあった。

音楽にお金を払わない層といっても、大別すれば3つに分かれる。ひとつ目はおなじみの『フリーライダー層』。ファイル共有が席巻した頃のような激増はなくなったが、動画共有の人気により、音楽を無料で楽しむ層は今も微増傾向にある。スティーブ・ジョブズの物語を中断して、この課題を論じてきた。

その夜、我々が眉を顰めたのはフリーライダー層のことではなかった。

それは予想通りであり、日本の音楽業界は昨年から水面下で対策を進めてきた。欧州を中心に無料層を有料へ誘導してきたSpotify、そのフリーミアムモデルを參考にした戦略だ。スマホ文化に合った手軽なライトプランと、月額980円のプレミアムプランを合わせたライトミアムモデルの定額制配信である。

だが無料層を構成するのは、フリーライダー層だけではない。

手持ちの曲しか聴かなくなった『既知曲層』。彼らはしばらくすると音楽を聴かなくなり、『無関心層』に変わる。この流れを音楽離れと呼ぶが、我々が視線を落とした先にあったのは、この音楽離れが如実に出たグラフだった。

2014年版は未公開なので差し控えるが、その数字は前年度とほとんど変わらない印象を受けた。なので2013年の数字で説明しておこう。

2009年から4年で、若年層の無料層は32.3%から41.3%に拡大したが、これを押し上げたのはフリーライダー層ではなかった。フリーライダーは確かに層が厚いが、21.5%から23.2%に微増したのみだ。ファイル共有の減少と動画共有の増加が均衡した印象だ。一方、『既知曲層』と『無関心層』は合わせて、10.8%から18.1%に急増していた(※2)。

近年、無料層を急拡大させたのはフリーライダー層ではなく、音楽離れの方だったのである。

フリーライダー層に対しては、無料から有料への導線を敷く。それが欧州レコード産業がSpotifyで行った社会実験だった。

では音楽離れにはどうすればよいだろうか?

この問いかけと共に、次の物語から歴史篇を再開しよう。本章を読み終えた時、何がしかのヒントが読者の脳裏に閃いていればと願っている。

※1 http://www.riaj.or.jp/report/mediauser/
※2 調査対象となった中学生〜大学生の人数と20代の人数を導き出し、合算して計算しなおした

>> 最新刊で公開予定!

【本章の続き】
■とあるAppleチルドレンの少年時代
■iTunesに触って起きた後悔
■ティム・ウェスターグレンという男。コンテンツ解析
■協調フィルタリング。Amazonのおすすめが持つ致命的な欠点
■ウェスターグレンとミュージシャンたちの目指した革命とは?
■「クレイジーな人たちがいる」

>>次の記事 【連載第57回 スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(9)〜Appleチルドレンと、Pandoraと、日本で進む音楽離れと[下]】

[バックナンバー]

 


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

Facebook:http://www.facebook.com/mikyenomoto
Twitter:http://twitter.com/miky_e

関連タグ