「音楽ストリーミング」を見切ったマイクロソフトが失ったもの
10月初頭、マイクロソフトは同社が運営する定額制音楽ストリーミングサービス「Groove Music」の終了を発表しました。マイクロソフトはまたサービスの終了と同時に、音楽ストリーミングサービス最大手「Spotify」と提携していくことも明らかにしています。
Groove Musicのユーザー(Groove Music Pass購入者)がサービスを利用できるのは2017年12月31日までで、提供する音楽ストリーミング/ダウンロード/購入の機能は停止する予定。以降はすでに所有する音楽コンテンツの再生アプリとしてWindowsデバイス内で展開されます。
代案として提示されたのは、Groove MusicユーザーのSpotifyへの乗り換え。Groove Music Passを購入している有料会員は、Spotifyでアカウントを作成またはアカウントを連携させることで、これまで作ったプレイリストやお気に入りの楽曲をSpotifyに移行が可能になっています。
またも不発に終わったマイクロソフトの音楽ビジネス
マイクロソフトが音楽ストリーミングサービスに本格参入したのは、2012年10月にローンチした「Xbox Music」というサービスにさかのぼります。
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同サービスは、広告モデルの無料プランと、月額9.99ドルの定額制モデル、さらにトラックをハードドライブに保存できる音楽ダウンロードまで、iTunesとSpotifyを足したかのような、フル機能を網羅したサービスを提供してきました。しかし、スペック的な「高機能」も、「Xbox」のブランドネームも大きな話題を呼ぶこともなく、「音楽ストリーミング」という新たなデジタル音楽ビジネスに新規参入する足がかりになることはありませんでした。
2015年7月にマイクロソフトは、サービスのブランド名を「Groove Music」に変更して運営を継続してきましたが、2年強で今回のサービス停止に至っています。
失敗の大きな要因は、マイクロソフトが提供する音楽サービスの機能やカタログは、すでにSpotifyなど先行する音楽ストリーミングサービスとの差別化ができず、高機能、フル機能だったにもかかわらず、リスナーに利用するまでの動機を与えるにはいたりませんでした。
また、2010年にローンチしたマイクロソフトのスマートフォン向けOS「Windows Phone」の失敗も、急速に拡大した音楽ストリーミングサービスのモバイルユーザーに対して、マイクロソフトの音楽サービスがアピール不足になった要因の一つです。Windows Phoneと後継プラットフォームの「Windows 10 Mobile」は、iOSとAndroidの牙城に切り込むことなく終了となりました。
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マイクロソフトは音楽ビジネスに真剣ではない?
「Windows」や「Xbox」など、世界規模で圧倒的なユーザー数を誇るプラットフォームとエコシステムに恵まれたにも関わらず、2000年代以降、マイクロソフトが仕掛けてきた音楽ビジネスの取り組みは、一般消費者に届くことも、音楽業界に大きなインパクトを残すこともなく、全て失敗に終わっています。
もちろん、ビジネス的な決定がサービス停止などの理由の一つだと言えますし、マイクロソフトの収益源は音楽や動画配信などのエンターテインメント市場にないことも彼らが音楽サービスを諦める背景に繋がっているとも見えます。しかし、そんな経験を積み重ねながらも、マイクロソフトの度重なる音楽ビジネスの失敗は、常に差別化要因も先進的テクノロジーのどちらも欠け、業界リーダーの後追いでユーザー獲得にどれも至らなかったという、同じ末路を辿っていることも奇妙なアプローチです。
2004年に開始した「MSN Music」は、音楽メディアと、ダウンロードストアの機能を持った、アップルの「iTunesストア」に対抗する新しい取り組みでしたが、Windows Media Playerに特化したダウンロードファイルの販売では伸び悩み、さらに購入したデータが「Zune」に非対応というデバイス連携の決定的なミスもあり、2006年にアメリカでサービス終了を発表しました。
■関連記事:https://arstechnica.com/gadgets/2006/11/8145/
iPodに遅れること約5年、2006年に満を持してリリースした「Zune」は、音楽デバイスと音楽ダウンロードストア、そして月額14.99ドル(後に9.99ドル)の定額制パス「Zune Music Pass」で利用できる音楽ストリーミングサービスを提供。しかし、アップルの牙城に切り込むことなく、2011年にハードウェアの製造が終了、2015年11月には音楽ダウンロードと音楽ストリーミングの両方のサービスを停止となっています。
Zuneの低迷を横目に、マイクロソフトは次に「Xbox」のプラットフォームに音楽サービスを連携させ、前述の「Xbox Music」をローンチさせます。しかしGroove Musicにブランド名が変更となっても音楽ストリーミングサービス市場にインパクトを残すことなく終了。
また、ノキア(マイクロソフトが2014年に買収したモバイル部門)が2011年に始めた音楽ストリーミングサービス「MixRadio」は2015年にLINEに売却しています。
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Groove Musicの終焉によって、マイクロソフトは自社で運営する音楽ストリーミングサービスが無くなり、Spotifyなど外部サービスがWindowsやXboxでも提供されるという状況が続くこととなります。
2016年2月には、人工知能(AI)の機械学習を活用してプレイリストのパーソナル化を行うカナダの音楽サービス「Groove」を買収していますが、アプリのその後について何の発表も行っていません。
■関連記事:Microsoft acquired another app with the same name as its Groove music service (The Verge)
定額制音楽ストリーミング市場が、長らく低迷してきた音楽市場の復活に大きく貢献し始め、今後さらなる成長が期待される中、アップル、アマゾン、グーグルは、それぞれ独自の音楽ストリーミングサービスを展開し、市場リーダーのSpotifyを追いかける中で、デスクトップ、モバイルに加えて、新たなプラットフォームとの連携を強化した戦略を打ち出しています。その一つが「AIスマートスピーカー」です。
日本でもようやく発表されたAIスマートスピーカーの事情は、欧米ではすでに「Amazon Echo」によってAIスマートスピーカーの認知と利用が急増し続けています。家庭での利用増加が今後も見込まれる中、音声だけで手軽に音楽を自宅で再生できる音楽ストリーミングサービスの価値は、AIスマートスピーカーの領域で、ますます高まっていくと予想されています。この分野ではマイクロソフトは独自のAIアシスタント「Cortana」を開発するなど、AI研究の分野ではマイクロソフトの研究部門マイクロソフトリサーチは高い評価を受けてきました。
こうした流れに向けて、音楽業界とテック業界は、音楽ストリーミング中心の音楽ビジネスに経営体制や人材確保、さらには業界構造や契約問題の改編などを進める動きがここ数年で世界的に活性化。音楽業界とテクノロジーの連携によるこれまでにない新しい体験とビジネスの創造への期待は右肩上がりで高まっています。
しかし、マイクロソフトは音楽市場の成長を傍観するだけ。こうした潮流を指を加えて見るだけの立場となっていきます。サービス開発の準備や普及、契約交渉に時間を要する音楽ストリーミングサービスを手放すという決定は、同社が今後、世界規模で成長が見込まれる定額制音楽ストリーミング市場に再び参入する可能性を排除していると言えるかもしれません。
唯一マイクロソフトが参入する可能性は、すでに実績がある音楽ストリーミングサービスの買収かもしれませんね。(Spotifyを除く)大手IT企業以外で、現在も運営している音楽ストリーミングサービスは、「Tidal」「Deezer」「ナップスター」そして「Pandora」などがあり、これらはどれも苦戦している模様。ただ、そこまでしてまでマイクロソフトが音楽サービスの運営に戻りたいかも今となっては疑問です。2017年Q3決算では、音楽ストリーミング市場において、ゲーム事業の業績は前年同期比で4%増加して約19億ドルを稼ぐ規模に成長するなど、世界でマイクロソフトのエンターテインメント事業と言えば、「ゲーム」という印象が高まる一方です。
記事提供:All Digital Music