ジミー・アイオヴィン、アップル退社を否定、音楽ストリーミングの成長を誓う「アーティスト優位な契約を増やすべき」
「Apple Music」の戦略を担う重要人物ジミー・アイオヴィン(Jimmy Iovine)が、先日から報じられている「アップル退社」の噂を自ら否定しました。
アイオヴィンは退任の噂を”フェイクニュース”と一掃し、アップルと音楽ストリーミングビジネスへのコミットメントを改めて強調、「音楽ストリーミングをスケールさせる」という今後の活動のビジョンを打ち上げました。
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音楽ストリーミングを変えなければ成長できない
アイオヴィンは第60回グラミー賞で「最優秀長編ミュージック・ビデオ賞」を受賞した、自身とドクター・ドレーのキャリアに迫ったHBO製作、アレン・ヒュース監督のドキュメンタリー映画「The Defiant Ones」上映イベントに出席した際のQ&Aで退社について聞かれ、次のように答えました。
ドナルド・トランプなら“フェイクニュース”と呼ぶだろう。8月に行使されるストックオプションはわずかな数だけだ。しかしそんなことは私は考えていない。8月に私の雇用契約は終了となる。だがこれは笑い話だが、私はアップルと雇用契約と結んでいないのだ。(中略)最も重要なのは、アップルのチームへのロイヤリティだ。私はアップルとミュージシャンたちを愛している。だから記事は現実を語っていない。不快感を感じている。金の話だけを持ち上げたデッチ上げにすぎない。
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アイオヴィンとアップルとの契約はこれまでも明らかにされていません。役職があるのか、コンサルタントとして何をする立場なのか、明確な発表をアップルは行なっておらず、Apple Musicも発表していません。
しかし、音楽業界とアーティストと強いネットワークを持つアイオヴィンは、間違いなくApple Musicのビジネス上での顔であり、音楽業界とアップルをつなぐキーパーソンであることは承知の事実で、現在も音楽業界に対して大きな影響力を持つ唯一無二の存在であるだけに、アップルやApple Musicの将来にとって変えられない人物です。
公の場で語ることが少ない印象のアイオヴィンはまた、今の音楽業界に潜む問題意識について彼独自の見解を語りました。
現在の音楽業界は、いつの時代も変わらないのだが、業界の問題をテクノロジーが修復してくれると期待しているが、私は今回ばかりはテクノロジーでも解決できるかどうか疑っている。テクノロジーは音楽を良くさせるだけでなく音質や流通も改善するだろう。しかしレーベルがテクノロジーから利益を得るためにはレーベル自身がより魅力的な音楽の提案を行わなければならない。音楽業界は油田のように利益が湧いてくると言っているが、音楽ストリーミングを魅力的に変革せねば成長はしない
さらにアーティストとレーベルの契約の変化にも触れ、今後はよりアーティストが利益を得やすい契約がスタンダードになることを示唆しています。
YouTube内で起きていることを見ると、子供がいる親なら既に気がついているはずだが、YouTube上にはレーベルと契約したことも、弁護士を使ったこともないアーティストたちがいる。そして彼らは500万回以上も再生回数を稼げるアーティストたちだ。彼らがビジネスをする時、どれ程の影響力を発揮するか想像できるか? アーティストに有利な新しいビジネスが無数に生まれてことは、私は評価に値すると思っている。これはビジネスの新しい原動力だ。古い時代のビジネス契約は新しい時代の契約に置き換えられている。
ちなみにストックオプションの推測では、ジミー・アイオヴィンとドクター・ドレーは、「Beats」売却でアップルのストックオプションを全て権利行使すれば推定で7億ドル近くを手に入れることができるとVarietyは推測しています。
60年代の音楽を聴く者は死んでいくだけだ
ベースボールキャップがトレードマークのジミー・アイオヴィンは、前述の通りApple Musicの戦略を担う一人である一方、他のアップル幹部と同様にBloombergやCNBCなどビジネスメディアに出演することもないため、Apple Musicのビジネス戦略についてあまり知られていないのが現状です。アップルCEOのティム・クックも決算報告では、有料ユーザー数や成長率に触れることがあっても、今後のロードマップについてや、SpotifyやAmazonなど競合について話をすることはほぼ皆無。
ですので、2017年9月にアメリカの音楽雑誌「Billboard」がジミー・アイオヴィンと、Apple Musicのクリエイティブ・ディレクターで「Beats 1」のDJでもあるゼイン・ロウ(Zane Lowe)へ行ったApple Musicについてインタビューは、貴重な証言です。
ここでのアイオヴィンからは音楽業界が音楽ストリーミングを楽観視している状況に対して危機感をたっぷり語り、Apple Musicや定額制ストリーミングをアーティストに対して金とプロモーションの機会を提供するツールとして認知を高めたい意図が見えてきます。
現状の音楽ストリーミングは不完全だ。アップルがストリーミングに参入して、ユーザー数が伸びているから将来は安泰だという意見には賛成できない。カタログを見てみろ。60年代の音楽は50年代に、50年代は40年代へ古くなるのは時間の問題だ。60年代の音楽を聴く人は死ぬだけだ。私もその一人だ。だが人生は続く。だからアーティストの新しいコンテンツ作りを支援しなければならない
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また音楽チャートの在り方にも言及。アメリカのBillboardチャートが昨年10月に2018年に向けたチャート集計に関するストリーミング再生の比重を変更しましたが、アイオヴィンはアーティストがYouTubeで音楽を無償で「プロモーション」せざるを得ない現状に苦言を呈する一方で、音楽チャートに定額制ストリーミングの比重を高めるように迫っています。
ミュージシャンは音楽で金を得られないと信じてしまっている。この状況は良くない。私たちはアーティストに対して音楽が価値を生む場所でプロモーションすべきと言っていかなければならない。誰もがチャート1位を狙っている。だが、これまで音楽業界が長年使ってきた無料のストリーミング再生を稼ぐお決まりの馬鹿げた方法で1位を取ることに、一体何の意味があるというんだ?
最後に「レーベルビジネスに戻ることを考えているか?」と将来について聞かれたアイオヴィンは、「絶対ありえない」と答えています。
音楽ストリーミングを音楽業界の未来と捉える見方が多い中、アイオヴィンなどApple Musicの中の人にとって音楽を創るアーティストが抱える課題は未だに多く未解決のままで、古い音楽業界のやり方をApple Musicでイメージも構造も変えていきたい考えが強く感じられます。
日本では音楽ストリーミングをいかに「消費者」へ浸透させるかが論議されがちですが、あらゆるアーティストやレーベル、マネジメント会社に対して音楽ストリーミングをビジネス(=金)を生むプラットフォームとして機能させることは、CDやダウンロードの不確定な未来を考えた時、早急に解決しなければいけない課題の一つです。しかし、アイオヴィンが思い描くアーティストが利益を得る未来像に音楽シーン自体が向かいつつあり、インディーズ系アーティストやデジタルテクノロジーにオープンなアーティストやレーベルたちがすでに収益化とプロモーションに取り組んでいます。音楽ストリーミングサービスがアーティストやレーベルに正当な価値を還元するモデルを業界スタンダードとしなければいけないと語るアイオヴィンの影響力は、もはや音楽業界のトップでも実現出来ないレベルにまで来ているのかもしれません。
記事提供:All Digital Music
Jay Kogami(ジェイ・コウガミ)
音楽ビジネスとデジタルテクノロジー専門メディア「All Digital Music」を立ち上げ編集長を務める。「世界のデジタル音楽」をテーマに、音楽とデジタル・エンターテイメントを取り巻くテクノロジー、ビジネストレンド、音楽スタートアップなどに特化した執筆・取材・リサーチ活動を行う。音楽ビジネスジャーナリストとして、「Sonar+D」(バルセロナ)や「MUTEK」(モントリオール)など、海外の音楽カンファレンスや業界イベントを現地で取材するなど、グローバルな視点から、クリエイティブとビジネスを横断した取材を国内外で数多く行っている。これまで「WIRED.jp」「オリコン」「Real Sound」「BLOGOS」「ワールドビジネスサテライト」など、オンラインメディアや経済メディアでクリエイターから経営者、起業家までの幅広いインタビューや、音楽ビジネスやテクノロジーに関する寄稿記事を手がける他、業界向けの講演や、企業コンサルティングを幅広く行う。
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