SoundCloud最前線:経営破綻の危機から復活までの道
過去数年に渡る音楽ストリーミングサービスとの競争に破れ、サブスクリプションモデルへのシフトに失敗したSoundCloudは、存続すら危ぶまれるほど経営難に陥りました。
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2017年には創業者でありCEOを努めてきたアレクサンダー・リャング(Alexander Ljung)は会長職に移行される決断に迫られます。
代わりとなるCEOには、動画サービスVimeoのCEOを2016年まで務めたケリー・トレイナー(Kerry Trainor)が就任しました。
トレイナーはフィナンシャル・タイムズの取材に対して、かつて「オーディオのYouTube」ともてはやされたSoundCloudのビジネスの現状について語っています。
SoundCloud on track for growth after financial rescue (Financial Times)
1億7700万曲以上の圧倒的な楽曲数を配信するSoundCloud
2017年以降、SoundCloudはSpotifyのサブスクリプションモデルを追随することを止め、クリエイターやポッドキャスターと彼らのオリジナルコンテンツに注力した戦略にシフトしたとトレイナーは語ります。その戦略転換のおかげで、現在までの3期に渡りSoundCloudの新規ユーザー数は連続して増加傾向にあります。
わずか数ヶ月の間に、SoundCloudはユーザーに対してリスナーの国や都市などが見えるリアルタイム視聴データ解析ツールやプレイリスト解析ツール、リリース予約機能、大容量のストレージなど、クリエイター向けの機能を有料で提供し始めました。
本来、そして現在もSoundCloudの強みの1つは、他者を凌駕する圧倒的なコンテンツ量です。
SpotifyやApple Musicなどが3500万曲、4500万曲という楽曲カタログを配信する中、SoundCloudで配信される楽曲数は1億7700万曲に上ります。
この中にはDJミックスやリミックス、マッシュアップなど他サービスでは配信されない音楽が存在します。
SoundCloudの企業価値は1億5000万ドルまで下げる
クリエイターに注力する戦略へのシフトが成功し、SoundCloudは2017年の目標である売上高1億ドルを超えたとトレイナーは説明します。
少し前までSoundCloudは、投資面でも音楽業界随一の成長株として期待されてきましたが、それももはや過去の話。
2014年には7億ドルまで上がった企業評価額も、昨年8月に銀行や投資会社から1億7000万ドルもの資金を借り入れた時には1億5000万ドルまで下がっています。
しかしトレイナーは、資金注入によって現金燃焼率が飛躍的に下がり、現在はキャッシュフローをプラスに展示させることに成功させます。トレイナーは現状のSoundCloudを「過去と比較して財務上最も健全だ」と語ります。
2016年にはSpotifyがSoundCloudを買収する噂が飛び交い、音楽市場を沸かせたものの、Spotifyが交渉を終わらせたため実現しませんでした。ですが、SoundCloudの今後として、音楽サービスによる買収の可能性はあります。
具体的な企業名は控えたものの、トレイナーも「売却の可能性には興味がある」と語りSoundCloudの未来を示唆しました。
SoundCloudは赤字経営が続く
SoundCloudの2016年度の業績が明らかにされ、損失は2015年の4860万ユーロ(約64億円)から7050万ユーロ(約93億円)に拡大して赤字経営は続きます。売上高は89.1%増加して5030万ユーロ(約67億円)でした。営業損失の内訳はコンテンツ、技術、人材への投資によるものだとしています。
SoundCloudの2016年度決算報告書はこちらでご覧いただけます。
SoundCloud Limited – Directors Report and Consolidated Financial Statements by Digital Music News on Scribd
レポートを細かく見てみると、ロイヤリティ分配を含む売上原価が3613万ユーロ、管理費が8468万ユーロ、純損失は7448万ユーロ。
業績悪化を縮小すべく、2017年7月には従業員の40%をリストラ、1億7000万ドルの増資を受け、経営トラブル回避を図ってきました。
SoundCloudの収益モデルは3通りです。1つはクリエイター向けの有料プランの提供。SoundCloud ProまたはSoundCloud Pro Unlimitedです。二つ目はリスナー向けの有料プランの提供で、SoundCloud GoとSoundCloud Go+があります。三つ目は広告からの収益です。
ですが、これまでもSoundCloudの経営陣は、マネタイズの課題と常に直面してきました。
多くの音楽サービスがそうであるように、SoundCloudもまた売上は大きいが赤字経営を続けてきました。
2012年から2016年の業績をイギリスのCompanies Houseに提出された資料からまとめてみると、売上は約5倍成長しつつも、それ以上の速度で損失が拡大していることが分かります。
SoundCloudの登場は「新しい音楽好き」なリスナーにとって夢のような出来事でした。音楽文化の中での地位は、2000年代後半のアンダーグラウンド・ダンスミュージックから、TrapやMoombahton、Chillwave, Glo-fi、「SoundCloud Rap」という言葉が生まれるほど、伝統的な音楽ジャンルにカテゴライズされない自由なアイデアと想像力を持ったクリエイターたちが作品を投稿し、リスナーコミュニティにシェアできてしまう、オルタナティブな音楽プラットフォームであり、SoundCloudを拠点に活動を始め、メインストリームの音楽チャートやストリーミングにまでその人気を拡大させているヒップホップ・アーティストたちから絶大な支持を集めるほど、SoundCloudは常に新世代のクリエイターたちに開かれた特別な場所であることに異論の余地はありません。
SoundCloudが音楽業界から転落した理由
SoundCloudのサブスクビジネスでの失敗は、その不明瞭なマネタイズ戦略に問題があったとする意見は多い。2010年代前半は、音楽市場全体に「音楽ストリーミング」へ完全移行することへの不安の声が漂っていました。ただし、大多数の人間が冷たい視線を浴びせる中、先進的なSpotifyやアップル、そしてアーティストやレコード会社たちは、痛みを伴うことを覚悟で、長期的な戦略で「サブスクリプション」の音楽ストリーミングへ業界を巻き込んで舵を切っていきました。
2008年のサービス開始以降、SoundCloudは2010年5月に100万ユーザーを突破してから、2014年12月に1億5000万ユーザーを獲得するまで、わずか4年強という短期間で実現する勢いがありました。また勢いという意味では、月間アクティブユーザー(MAU)が1億7500万人という音楽サービスとしては比類ない巨大な数字を達成してきたことも、彼らの成長速度を物語っています。しかし、1億7500万MAUの達成は2014年8月に発表された数値で、この時を境にSoundCloudはユーザー数に関する発表を止めます。推測されるのは、SoundCloudのユーザー数がピークに達し、最悪の場合、ユーザー数が減少傾向に入ったとも読み取れます。
ユーザーの成長に口を閉ざした2014年以降のSoundCloudは、代わりに音楽業界に歩み寄り、ライセンス問題の解決を含むマネタイズへの道に進む戦略転換を早足で進んでいきます。2014年11月にはSoundCloudとして初めてメジャーレコード会社のワーナーミュージックとライセンス契約で合意に至りました。しかし、その他のレコード会社との交渉がなかなか実現できず。ユニバーサルミュージックとソニーミュージックとライセンス契約で合意したのは、2016年1月と3月と時間を要しました。そして、2016年3月、満を持して月額9.99ドルの有料ユーザープラン「SoundCloud Go」を開始。アメリカを皮切りにカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、UK、アイルランドと展開してきました。
クリエイターに直接対価を還元しつつ、ファンがあらゆるコンテンツを視聴できる場所としてSoundCloud Goを市場に投入しますが、そのタイミングはSoundCloudにとって最悪だったと言えます。2016年当時、世界ではすでに定額制音楽ストリーミングサービスの競争が激化しつつあり、とりわけSpotifyとApple Musicが確固たる業界リーダーとライバルとして認知を広げ始め、そこにYouTube/GoogleとAmazon、さらにはDeezerやTidalといった企業もすでにサブスクビジネスに参入していたため、SoundCloudの動きは時すでに遅しと見られていました。
とりわけ2015年6月にApple Musicで音楽ストリーミング市場に参入したアップルの動きはSoundCloud Goより9カ月早い。その6カ月後にApple Musicは有料ユーザー1000万人突破を発表するほど短期間で急成長を遂げます。
SoundCloudの「無法状態」もDJたちに著作権を度外視してリミックスやミックスを投稿できる場所を提供してきた代わりに、多額の権利侵害と音楽業界の不信感を助長する代償を払うこととなります。特に2014年にはSoundCloudの代わりに、メジャーレコード会社が著作権侵害に該当するコンテンツを独自に取り下げる行動を起こしたことでユーザーの混乱と批判を浴びる自体にまで発展しました。
一方、SpotifyやApple Musicは、アーティストへの還元の透明性向上をミッションの1つに掲げ、再生からのロイヤリティ料分配システムを合理化させていきます。メジャーレコード会社とのライセンス契約だけに至らず、リミックスやDJミックスのサンプルからもロイヤリティを分配する「Dubset」との提携、レーベルやマネージャー、アーティストに視聴データを分析するツールを開示するなどして、アーティストが収益を上げながら音楽を配信できるプラットフォームとしての地位を築いていったのです。
SoundCloudの将来像
ここまでビジネスモデルが確立されておらず、サービスを継続できたSoundCloudを、かつての「MySpace」と重ねる声が絶ちません。
生き残りをかけて事業の立て直しを図るSoundCloudは今後どこに進むのでしょうか?
恐らく、SoundCloudが目指しているのは大手サービスへの身売り。
Apple Musicの急成長、SpotifyのIPOなどで音楽ビジネスへの期待が高まるタイミングとしては、適切な時期と言えます。
音楽業界やテクノロジー業界にとってSoundCloud売却という可能性を考える上で、2017年12月アップルの「Shazam」買収事例が思い出す人は多いはず。SoundCloudと同様に強固なビジネスモデルを持たず運営を続けてきたShazamですが、巨大なアクティブユーザー数を抱えていたことによって、アップルにとって音楽メタデータやユーザーなどビッグデータ、楽曲認識技術、Siri連携と、多くのアドバンテージを提供するはずです。
別の例から考えるなら、グーグルのYouTube買収、アマゾンのTwitch買収、FacebookのOculus VR買収、BytedanceのMusical.ly買収など、メディアプラットフォームとして大きなユーザーコミュニティや開発者コミュニティを抱えるサービスへの関心は薄れていません。
このような例から、SoundCloudをさまざまな要素から買収を考えることは否定できません。
問題は、YouTubeやOculusがYouTuberやVR開発者たち向けの支援やツール、マネタイズのシステムを打ち出し、クリエイターの囲い込みを続けてきた一方で、SoundCloudには、クリエイターの囲い込みができていません。今だにSoundCloudはSpotifyやApple Musicが持っていない、配信プラットフォームとしての特別なテクノロジーが十分に示せていないのです。
今後、DJやポッドキャスター向けに「ライブ配信」機能や、リミックスやエディットから収益を得るための「CGM」専用のマネタイズ機能など、SoundCloudがオンデマンド型音楽ストリーミングでは提供できないクリエイター向け機能を開発できれば、SpotifyやApple Musicと競合することなく独自路線を歩み続けることは可能でしょう。また、SoundCloudが配信する楽曲のデジタルダウンロード販売を手掛けるという新しい流通方法はどうでしょうか。こうした機能は定額制音楽ストリーミングでは実現できていません。
このように他社にはないクリエイター向け機能に注力し短期間で展開できれば、SoundCloudの企業価値も高まり売却への可能性も上がるはずです。
SoundCloudは(Bandcampと同様に)、インディーズアーティスト、無名のクリエイターたちの新しい音楽やコンテンツが消費される、音楽業界の中では稀有なプラットフォームです。近年では、Lil Xanや6IX9INE、Juice WRLD、XXXTentacion、Lil Pump、Trippie Reddのような若手アーティストたちを輩出してきました。彼らはSoundCloudでリリースした楽曲を軸にSpotifyやApple Musicなど大手ストリーミングサービスでもその人気を拡大成長させてきており、SoundCloudの登竜門的役割を証明しています。
こうしたクリエイターコミュニティの関係性を見ると、SoundCloud買収の議論に異議を唱える人は多いかと思います。ですが、YouTubeがGoogle Play Musicを統合した新しい有料サービスを展開するという噂があるように、音楽業界的な視点として、無料の音楽リスナーをより価値の高い有料ユーザーへコンバージョンすることを目指そうとする流れは強まっています。長期的な視点で無料ユーザーの価値を音楽ビジネスに還元できるかをSoundCloudが示せるか、という分岐点に立っているSoundCloudが再生戦略を描くのかは、音楽市場において今年後半注目していきたい点であります。
記事提供:All Digital Music