YouTubeがSpotifyからヒップホップ責任者を獲得した意味。「RapCaviar」で変わった音楽プレイリスト時代
Spotifyでプレイリストを追っている人であれば、「ツマ・バサ」(Tuma Basa)の名前を一度は聞いたことがあるかもしれない。そうでない人も音楽好きであれば、Spotifyの人気プレイリスト「RapCaviar」は知っている人は多いはず。
以前から噂されていた通り、Spotifyの元ヒップホップ部門グローバル・プログラム責任者で、人気のプレイリスト「RapCaviar」のキュレーターとして数多くのアーティストのブレイクを支援してきたTuma BasaがYouTubeでアーバンミュージック担当ディレクターに就任したことが発表されました。
すでに3月1日にSpotifyを退職。だがYouTubeへ移籍する噂がBillboardによって伝えられたこと、そしてタイミングが「YouTube Music」ローンチの噂と重なったことから、可能性の高い噂と見られていました。
本名をTumaini Basaninyenziというコンゴからの移民であるTuma Basaは2015年にSpotifyにジョインして以来、彼はSpotifyにおけるプレイリスト運営者の中で最も影響力のある一人と言われています。Spotifyが運営する公式プレイリスト「RapCaviar」のキュレーションを統括してきたことで、ヒップホップアーティストの新作をブレイクさせる役割の一貫を担い、最もフォロワーの多いジャンルプレイリストにまでRapCaviarを育て上げた功績は大きく、Spotify=プレイリスト戦略を確立に一役買った人物です。
RapCaviarとプレイリストに入ることでの影響力
RapCaviarの50曲に楽曲が入ることは、メインストリームのアーティストだけでなく、新人アーティストや無名アーティストの知名度を短期間で増幅させるプロモーションとしての絶大な影響力があります。
アーティストや音楽レーベルにとって、新曲をSpotifyで配信することはもはや過去の戦略です。RapCaviarのような人気プレイリストで新曲がプレースメントを獲得することが、プロモーションを最大化させるからです。
RapCaviarは頻繁に更新されるため、プレイリストから恩恵を受けたアーティストは跡を絶ちません。例えば1994年生まれで、今年のグラミー賞新人賞にノミネートされたLil Uzi Vertもその一人。2017年のトラック「XO Tour Llif3」がRapCaviarで取り上げられ、その後のアルバム『Luv Is Rage 2』リリース以降もその人気を確立させる一因となりました。
Lil Uzi Vert以外でもMigos、Rae Sremmurd、XXXTentacion、21 Savage、Travis Scott、Desiignerなど人気のヒップホップアーティストたちが、RapCaviarプレイリストの恩恵を受けてその人気を増幅させてきました。
RapCaviarはまたヒップホップシーンの最新トレンドを俯瞰できる場所でもあり、音楽スタイルや社会性、文化背景などを含めて次に来る潮流を先読みすることができることも、音楽やカルチャートレンドに敏感なファンやメディアから支持を集めた理由の一つでした。
YouTube Musicの今後のシナリオを考察
YouTubeで音楽部門の責任者を務めるリオ・コーエン(Lyor Cohen)は、「世界中のアーティストとファンを結びつけるYouTubeが直面する音楽の旅にとってBasaの経験は何ものにも代えがたい価値があります」と今回の就任を歓迎しています。
YouTubeも公式に「深い業界のネットワークと知見を活用し、アーバンミュージックのコミュニティ、アーティスト、コンシューマーとのエンゲージメントを拡大を目指したプログラムを統括します」と新しい役職を説明します。
YouTubeに与える影響や考えられる今後のシナリオは2つあります。一つはYouTube Musicがヒップホップ、R&Bなどアーバンミュージックの楽曲を強化すること。二つ目はYouTube Musicがプレイリスト戦略に本格的に注力すること。
特にYouTube Musicとヒップホップコミュニティやレーベル、アーティストとの関係を強化するという見通しは、元Def JamやワーナーミュージックのCEOを務めたリオ・コーエンの個人的な野望かもしれません。
元は1980年代のニューヨークでRun DMCのマネージャーとしてキャリアをスタートさせたコーエン。Def Jam社長就任以前から、カーティス・ブロウやEric B. & Rakim、デ・ラ・ソウル、ア・トライブ・コールド・クエスト、LL Cool J、ビースティー・ボーイズなどのマネジメントに関わってきたことで、ヒップホップシーンを代表する業界人として名を馳せます。
ワーナーミュージック・グループのCEOとしてメジャーレーベルではどこよりも先にYouTube、Spotifyとライセンス契約を結ぶ決断を下し、ワーナーの楽曲の配信を始めるというその後の音楽ストリーミング時代を見越してアーティストとプラットフォームの契約に一石を投じてきました。
2010年代にワーナーミュージックを退職後は、自身のレーベル「300 Entertainment」を設立、新世代のアーティスト発掘を手がけます。300 Entertainment自体は大きな成功を遂げることはありませんでしたが、レーベルからはYoung Thug、Migos、Fetty Wapなどとメジャー契約を交わし作品がリリースされてきました。こうしたバックグラウンドからもわかるように、リオ・コーエンの中にはヒップホップアーティストとコミュニティへ熱い想いが今も満ち溢れていると感じます。YouTubeはもちろんだが、リオ・コーエンがSpotifyからTuma Basaという現代ヒップホップカルチャーの第一人者を獲得したかったのではないか?
ヒップホップコミュニティとアーティストをYouTubeがいかに盛り上げられるかは、今後この二人の取り組みにかかっているといっても大げさではないでしょう。
世界規模でのヒップホップコミュニティとYouTubeは多面的に結びついています。代表例をあげれば、「88rising」のような次世代の音楽メディア、「WORLDSTARHIPHOP」などヒップホップ動画サイト、さらには歌詞サイト「Genius」がYouTubeで活動しており、様々なヒップホップファンが楽曲やMV、動画コンテンツを既に消費しているのです。
例えばだが、YouTube Musicが「88rising」をキュレーターとして組み、プラットフォームのパワーを活用して新人アーティストがブレイクする役割を目指すというアプローチは、素晴らしいシナリオかもしれません。そこまでYouTube Musicが攻めれば、長期的にもアーティストやレーベルにとって新しい可能性が広がるでしょう。
これまで、YouTube Musicはプレイリスト戦略に関して明確な説明をしていません。ですが、ヒップホップやR&Bに強い「88rising」や、K-popの王道ともいえる「1theK」など、ジャンルを網羅したチャンネルやキュレーターの存在は非常に大きな可能性を示していると考えれば、SpotifyでTuma Basaが証明したように、今後のYouTube Musicと音楽プラットフォームがアーティストとファンとの結びつきを強めるために彼らが今後重要な役割を占めるであろうと思わせます。
こうした可能性を現実のものとさせるかいなかをリオ・コーエンとTuma Basaは取り組もうとしている。
今後、グローバル視点で音楽業界では、音楽ストリーミングの成長を背景に、現代の音楽カルチャーを象徴する新人アーティストや無名アーティストの登場は著しく増えるはずです。こうした流れに対して、音楽ストリーミングサービスや音楽レーベルがカルチャーに関連性を持ち(relevance)主体的に橋渡し役を担えるかに期待が高まります。プレイリストキュレーションは音楽カルチャーの橋渡し役に一役買おうとしていると考えるのであれば、今後リオ・コーエンとTuma Basaが作るYouTube Musicとが進む道に注目してみる価値はあると言えます。
記事提供:All Digital Music