Spotifyで相次ぐ重役の退職。米国、日本の音楽業界への影響は?
定額制音楽ストリーミングサービスで世界最大のユーザー数を誇るSpotify(スポティファイ)は、相次いで著名な重役を失っている。
アーティストとSpotifyとの関係構築を推進するクリエイターサービス・チームの責任者を務めてきたトロイ・カーター(Troy Carter)が、9月で同社を去ることがVarietyによってレポートされた。
2016年6月からSpotifyにジョインしたトロイ・カーターの正式な役職は「グローバル・ヘッド・オブ・クリエイター・サービス」(Global head of creator services)で、9月上旬まで同社に留まる。その後はSpotifyのアドバイザーとなる。
カーターの後任には、コンテンツ部門副社長で、番組/エディトリアル・グローバル・ヘッドを務めるニック・ホルムステン(Nick Holmstén)が務める。ホルムステンはSpotifyでプレイリスト編成のグローバルチームを統括する重要な役割を担っている。彼は、Spotifyが2013年に買収した音楽スタートアップ「Tunigo」の創業者だった。
カーターはSpotifyに対して「私がSpotifyに参加した理由は、Spotifyとクリエイティブ・コミュニティの溝を埋めるためでした。その後私たちのゴールは、世界中のアーティストのパートナーとなり、クリエイティブなビジョンを革新的な手法で実現するためのグローバルチームの構築へと徐々に変化していきました。数多くを成し遂げましたが、日々の業務から離れアドバイザーの立場に変わるベストなタイミングが来ました」と答えている。
トロイ・カーターの離脱で浮き上がったSpotifyとの相違
カーターが統括してきたグローバルチームは、Spotify内で新人アーティスト育成プログラムやアワードの実施や、作曲家向けのキャンプを開催するなどして、音楽業界とアーティストの仲介役としての機能を担ってきた。
音楽業界でトロイ・カーターと言えば、レディー・ガガやジョン・レジェンドの元マネージャーとしての顔と、起業家/投資家としての顔の2つを持つ、先駆者的存在として知られる。
カーターが立ち上げCEOを務める音楽マネジメントとマーケティングのエージェンシー「Atom Factory」では、レディー・ガガなどのほかに、メーガン・トレイナー(Meghan Trainor)やチャーリー・プース(Charlie Puth)、カマシ・ワシントン(Kamasi Washington)などのアーティストのマネジメントを担当してきた。
また同社の投資部門ではSpotifyやDropbox、Lyftなどへ投資を行ってきた。
近年のカーターは、2016年にSpotifyにジョインする傍ら、2015年からはテクノロジースタートアップ専門のVC「Cross Culture Ventures」を運営し、2016年に死去したプリンスの遺産管理団体であるプリンス・エステートのアドバイザーを務めてきた。
SpotifyのCEOで共同創業者のダニエル・エク(Daniel Ek)は声明文で、「トロイは、あらゆるレベルでSpotifyにとてつもない影響を与えてくれました。彼がSpotifyにジョインした時、アーティストのコミュニティは音楽ストリーミングのロイヤリティ分配に不信感を抱いていました。
トロイはその認識を変える中心的役割を担ってきました。彼が構築した有能なグローバルチームは、アーティストを最優先するアプローチを具現化し、その哲学はSpotify全体に浸透しています」とアーティストやレーベルとSpotifyの関係復元にカーターが果たした業績を称賛している。
カーターが加わる以前、テイラー・スウィフトやトム・ヨークなどアーティストたちがSpotifyの利益分配の不公平さを非難する声を上げ、音楽業界全体で音楽ストリーミングサービスに対して不信感を募らせた時期があった。これは今のように音楽業界が定額制音楽ストリーミングによって業績が回復する以前の話だ。
2014年、テイラー・スウィフトはSpotifyから楽曲カタログを引き下げる強硬手段に打って出たことで、Spotifyは音楽業界の敵として槍玉に挙げる見方が決定的となった。その状況を改善しようとして登場したのがカーターだった。
暴力的アーティストを巡るSpotifyのポリシー
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音楽業界では、トロイ・カーターがSpotifyを退職することは数カ月前から予測されていた。
今年5月、Spotifyはプラットフォームに新しいポリシーを定め、暴力的または差別的言動が目立つアーティストを公式プレイリストから除外し、プロモーションに協力しないとする「ヘイトフル・コンダクト」対策を始めた。R.ケリーやXXXTentacion、Tay-Kが対象となった一方で、はっきりとした基準が定められないポリシーだったため、音楽コミュニティから賛否両論の声が上がり、その後Spotifyは同ポリシーを撤回するに至った。
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この議論の的となった新ポリシーに激怒し反対したのがトロイ・カーターだったと噂されている。Spotifyはその後このポリシーを取り下げた。
Spotifyはまもなく、ユニバーサルミュージック、ソニーミュージック、ワーナーミュージックのメジャー3社と、ライセンス契約更新の交渉を始める。Spotifyはレーベルへのロイヤリティ分配料を変えることで黒字化を目指すと予想される。
日本、英国でも音楽業界に近い重役が離れている
日本でも、Spotify Japanで長年レーベルリレーションズディレクターや、アーティスト&レーベルマーケティングの責任者を務め、日本法人設立からのメンバーであった野本晶さんが7月で退職している。
野本さんはSpotifyの日本ローンチの立役者の一人であると同時に、ここ数年に渡って増えている、大物邦楽アーティストの音楽ストリーミング解禁など、日本の音楽業界の積極的な音楽ストリーミングの活用を支えるキーマンとしてSpotifyの日本での成長に多大な面で貢献してきた。Spotify Japanでもさまざまなメディアに登場してきただけに、知っている人も多いはずだ。
2012年にSpotifyにジョインする以前は、iTunesで日本のレーベルリレーションズのマネージャーを務め、日本のiTunesストア立ち上げに関わっていた。
イギリスでもSpotifyの重役が次々を離れている。
イギリスと全世界のアーティスト&レーベルサービス責任者を5年に渡り務めていたケヴィン・ブラウン(Kevin Brown)が5月にSpotifyを去っている。ブラウンは2013年からSpotifyに在籍していた。
これまでイギリスやヨーロッパのアーティストコミュニティや、インターナショナルレーベルとSpotifyの関係強化に向けた橋渡し役を担ってきた存在で、無名だったアーティストHozierの楽曲「Take Me To Church」を音楽ストリーミングからバイラルヒットさせるプレイリスト施策を企画させるなど、インディーズレーベルやマネジメント会社と協力関係を結んできた。
また、ブラウンはイギリスの音楽チャートを運営する「オフィシャルチャートカンパニー」の会長を2015年から務めてきた。
彼がSpotifyに在籍中、イギリスの音楽チャートはシングルチャートに音楽ストリーミングの再生データを統合する合算チャートへと移行した。ブラウンはSpotify以前はEMIやBMG、4ADなどレーベルビジネスや音楽コンサルティングの実績を持つ。
そしてSpotify UKのプレイリストの編成を統括してきた、音楽カルチャー、ショー&エディトリアル責任者のジョージ・エルゴトウディス(George Ergatoudis)が6月に退職した。
2016年にSpotifyに参画する以前は、BBCラジオのRadio 1と1Xtraの音楽責任者を務めてきた。Spotifyだけでなく、長年イギリスの音楽シーンでアーティストやレーベルと向き合ってきた存在だけに、業界有数のインフルエンサーの一人として知られている。
彼は今後Apple MusicのUK部門の責任者に就任すると噂せれている。
特に、Spotifyがいち早く定着した英国で、重役クラスや幹部の相次ぐ離脱が目立つ。だが、その他にもSpotifyの特徴であるプレイリストやアーティストマーケティングに携わってきた担当者や、ビジネスサイドに従事したベテラン幹部も離れている。
関連記事:YouTubeがSpotifyからヒップホップ責任者を獲得した意味。「RapCaviar」で変わった音楽プレイリスト時代
すでに報道されているが、Spotifyで人気のヒップホップ・プライリスト「RapCaviar」のキュレーターとして知られる、ヒップホップの編成責任者ツマ・バサ(Tuma Basa)が、YouTube Musicにアーバンミュージック担当ディレクターとしてジョインしている。YouTube Musicは今年YouTubeがグローバル展開を目指す、新しい定額制音楽ストリーミングサービスだ。
4月には、Spotifyのアーティスト&レーベルマーケティングのグローバルヘッドを務めていたデイヴ・ロッコ(Dave Rocco)が、ユニバーサルミュージックにクリエイティブ担当取締役副社長として引き抜かれた。
さらに5月にはSpotifyのマーケティング&コミュニケーション担当副社長のアンジェラ・ワッツ(Angela Watts)が8年間同社に務めた後去っている。
7月には、アーティスト&インダストリーパートナーシップのグローバルヘッドを務めてきたマーク・ウィリアムソン(Mark Williamson)が7年務めたSpotifyを去っている。彼のチームは、Spotifyとマネジメント会社やアーティスト、音楽業界のパートナーシップ構築を担当しており、トロイ・カーター率いるクリエイターサービスチームとも連携していた。
さらには、Spotifyのオーストラリア&ニュージーランドのセールスディレクターを務めていたアンドレア・インガム(Andrea Ingham)が同社を去り、オンラインメディアBuzzfeedのビジネスパートナーシップ担当副社長に就任している。
経営陣の再編を急ぐ
Spotifyは経営陣の刷新をすでに進めている。
まず、Spotifyのチーフ・コンテンツ・オフィサーに、メディアグループ「コンデナスト」のエンターテイメント担当社長を務めていたドーン・オステロフ(Dawn Osteroff)が新たに就任した。前職のCCOであるステファン・ブロム(Stefan Blom)は、IPO前の今年4月にSpotifyを離れていた。
オステロフは音楽業界の経験は無いが、テレビや映画業界、メディア業界での実績が豊富で、コンデナストのメディアブランドを軸とした動画コンテンツ制作会社の「コンデナスト・エンターテイメント」の共同創業者でもある。
Spotifyでは、音楽や動画コンテンツに関するコンテンツパートナーシップを統括する。さらに、ホルムステンのチームが運営するプレイリストとクリエイターサービス、動画サービス、クリエイター・マーケットプレイス、コンテンツオペレーションの5部門を統括する。
経営に携わる重役では、2017年11月に米国大手小売チェーンでチーフ・コミュニケーション・オフィサーを務めていたダスティー・ジェンキンス(Dustee Jenkins)がコミュニケーション&PR部門の責任者に就任した。
そして相次いで重要人物を失ったUKチームの再編を急ぐ。UKのマネージングディレクターには、トム・コナフトン(TOM CONNAUGHTON)を昇格させた。コナフトンは以前、動画プラットフォーム「Vevo」でクリエイティブ・コンテンツ&プログラミング担当上級副社長を務めていたところ、今年4月にアーティスト&レーベルマーケティングのUK責任者へと引き抜かれていた。
またApple Musicへ去ったジョージ・エルゴトウディスの後任に、Spotify UKのアーバンミュージックを統括するオースティン・ダボー(Austin Daboh)を昇格させている。ダボーはエルゴトウディスとBBC 1xtraでも同僚で、SpotifyではUKチームがキュレーションするプレイリスト「Who We Be」を成長させてきた。
音楽業界はSpotifyをどう受け入れるのか?
なぜSpotifyから重役たちが離れていっているのか?この変化の理由は、4月のIPOによって、Spotifyが黒字を求める企業へ移り始めたことや、スタートアップ的な時代が終わり区切りがついたから、という予測が立つはずだ。6月末の段階で全世界に3969人の従業員と契約社員を抱えるまで成長している。だがSpotifyの組織再構成は、世界の音楽業界にも変化を及ぼすかもしれない。
Spotifyは素晴らしい音楽サービスだ。それは間違いない。しかし、Spotifyの経営はレコード会社や音楽出版社とは大きく異なり、サブスクリプションとアクティブユーザーのエンゲージメント向上で成立する。サブスクリプション数と売上高が、黒字化を目指すSpotifyの新しいベンチマークになっていくことはゆらぎのない事実だ。
4月-6月のQ2決算レポートでは、Spotifyの売上高は前年比26%増加した12億7300万ユーロだった。有料会員数は8300万人へ拡大し、その売上は11億5000万ユーロと前年から27%増加させている。
だが先日、Apple MusicがSpotifyの有料会員数をアメリカ、カナダ、日本で抜いたとアップルのCEOティム・クックが発言したように、Apple Musicとの競争は今後さらに拡大していく。そう考えると、今まで音楽業界がSpotifyに期待してきた「アーティスファースト」な現実とは異なる未来像をすでにSpotifyは見出していると推測できる。
退職した重役の多くは、アーティスト&レーベルサービスやパートナーシップのチーム、Spotifyプレイリストを牽引してきた音楽業界のベテランたちだった。もしかすれば、彼らの持つ経験や考えと、Spotifyが考えるアーティストリレーションの未来に隔たりが生まれていたのではいないだろうか?
こうした動きが何かの予兆だとすれば、Spotifyのプレイリストやアーティストサービスといった領域で今後さらに大きな組織的変化が起こる可能性は高い。米国や日本など国や地域に関係なく、メジャーやインディーズも問わず、あらゆるアーティストやレーベルは旧式の考え方からSpotify流の音楽のあり方へ進化せざるをえないはずだ。
大物アーティストやスターアーティスト、メジャーレコード会社が推す「ヒット作」を作ることで注目を集め、音楽コンテンツを消費させてきたのがSpotify以前の音楽業界やエンタメ産業の考え方だとすれば、陽の当たらないアーティストやレーベル、ジャンルでもファンを獲得し大手レーベルを超える人気を集められることが証明されたのがSpotifyの登場以降の音楽時代だ。
そして、Spotifyにとってサブスクリプションの真価を音楽業界に定着させることがこれまでのミッションの一つだとすれば、日本を含むサブスクリプション後進国は未だに存在するが、大きな成功を果たしたと言えるはずだ。米国や英国など成熟した音楽業界は音楽ストリーミングの可能性と時代の変化をいち早く捉えることで再び成長している。
そうした中、「Spotify for Artists」など透明性ある機能を相次いで提供し、アーティストやレーベルが安心して使えるサービスへ改善しようとする一方で、先日ドレイクの『Scorpion』で見せた過剰なバナー広告を彷彿させる新作プロモーションは、世界中のファンや業界から賛否両論を呼んだ。
Spotifyは長期のビジネスだが、アーティスト、音楽業界、リスナーなど、向き合う相手と相対的な期待値が増えるという現実がありつつ、将来を見据えて組織も変化の時期を迎えている。Spotifyによって今後も音楽業界は救われるだろう。だが、それは以前のSpotifyとは少し違って見えるかもしれない。
記事提供:All Digital Music