音楽ストリーミングの成功を左右する「スキップレート」に、アーティストや音楽業界はどう向き合うべきか
SpotifyやApple Musicなど、音楽ストリーミングサービスによる音楽業界の復活の波は、あらゆる部分に影響を与えている。それにはアーティストや作曲家の楽曲制作や、レコード会社のプロモーションも含まれる。
先日、米音楽メディア「ローリングストーン」に掲載された「ヒット曲を出したいなら、アルバムの1曲目に入れること」(Think You Have a Hit? Make Sure It’s the First Song on Your Album)という記事は、欧米で楽曲制作やプロモーションに携わる全ての人が見過ごせない内容だった。
記事が取り上げたトピックは、すでに世界の音楽業界の新常識となっている、音楽ストリーミングにおける「スキップレート」だ。
Why Artists Put The Best Songs on Their Albums First (Rolling Stone)
スキップレートとはリスナーが曲を再生した時、最後まで聴かずに次の曲へ「スキップする」割合を数値化したものだ。
一般的に音楽ストリーミングのスキップレートで重要な評価基準は30秒以上再生されたかどうかにある。
Spotifyなど音楽ストリーミングは30秒以上の再生時間を「1再生」とカウントする。30秒未満でスキップされた曲は「ゼロ再生」となる。
どんなに人気あるアーティストや作曲家、話題のレーベルでも、ロイヤリティを受け取ることができるのは1再生以上だ。
そして、このスキップレートはSpotifyで公式プレイリストを作成するキュレーターたちがチェックする指標の一つとして知られている。
スキップレートが気になるアーティストの方は、レーベルやディストリビューターに確認してみてほしい。すでに楽曲制作やアルバム制作に影響し始めている「スキップ」というリスニング行動は今、どのように捉えられているのだろうか?
Spotifyでスキップされない曲作り
すでに欧米の音楽業界では、スキップレートを低くするための作品作りに対する議論や、ストリーミング配信後のリスナーの視聴分析が進んでいる。
ローリングストーンの記事では、メジャーレーベルのA&R担当者や、アーティストマネージャーたちが語ったスキップレートの問題点を紹介している。
「YouTubeからのデータを見ると、イントロが20秒以下続く動画は再生回数が上がらない傾向がある」と答えているのは、デフ・ジャム・レコーディングスのA&R担当副社長アレクサンダー・AE・エドワーズだ。「レーベル社内でも、アーティストともスキップレートについては議論してきた。『イントロは15秒が良いと思う。これがデータです。データは嘘をつかない』」
ラッパーの21 SavageやJ.I.D.が所属するマネジメント会社「Since the 80s」を運営するバリー・ヘフナー・ジョンソン(Barry “Hefner” Johnson)はこう語っている。「アルバムの曲順について何百万回も議論してきた。スキップレートは特に新人や若手アーティストがオーディエンスの注目を集める上で大きな影響を与えている。もし注目されなければ、オーディエンスはあっと言う間に別のものへ関心を向けてしまう」
メジャーレーベルでは、スキップレートをアルバム制作で考慮している。
エピック・レコードのA&R担当取締役副社長エゼキエル・ルイスによれは、「最近のアーティストは、アルバム前半に曲を集中させている。アルバムを聴き続けてもらうチャンスが拡がるからだ。アルバム前半に価値がないと感じたら人は最後まで聴くことはないだろう」と、曲順のトレンドを語る。
アトランティック・レコードのA&R担当上級副社長ダラス・マーティン(Dallas Martin)は「アルバムをリリースした1週目は、1曲目がストリーミングで一番再生される。リスナーは1曲目から必ず聴くからだ」と語る。
前述のバリー・ヘフナー・ジョンソンも同意見だ。「アーティストが自信を持っている6曲をアルバム前半に入れる。前半を聴くようになれば、ファンは長く聴いてくれる。ヒップホッププロデューサーのNo I.D.は『どんなに新しいアルバムでも始めの6曲で飽きられたら、それは古い作品として認識されるだろう』と話してくれた」(No I.D.はジェイ・Zの『Magna Carta Holy Grail』『4:44』などに参加するグラミー賞受賞のプロデューサー)
プレイリスト感覚のアルバム制作が増えている
別の考え方を示す人もいる。
それは音楽プレイリストの影響だ。ヒップホップアーティストGoldlinkやSminoのマネージャーである、Equative Thinkingのヘンリー・イェゲズ(Henny Yegezu)はこう語る。
「リスナーはアルバムをプレイリスト感覚で捉えている。SpotifyやApple Musicのプレイリストでは、曲順が命だ。あらゆるアーティストがプレイリストで1曲目に置かれることを狙っている。プレイリストで自分の曲が高く置かれたか、低く置かれたかは、成功するための評価基準だ。(アルバム前半にシングルを入れることは)今のファンが聴きやすくするために調整する必要がある」
反対に、過剰なスキップレートへの配慮や、プレイリストの曲順について警鐘を鳴らす人もいる。
「スキップレートはスキップしたリスナー全員の平均値でしかなく、中には全ての作品を聴いてくれるコアなファンも存在する。ファンをもっと大事にするべきだ。大多数のリスナーに注力することも分かるが、一つの評価軸で見極めるだけでは、本当に注目するべきな多くの細かいことを見落としているはずだ」こう語るのはビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)の共同マネージャー、ダニー・ルカシン(Danny Rukasin)だ。
ルカシンによれば、ビリー・アイリッシュもデビューアルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』でスキップレートを考慮していないという。その理由は、シングル1曲でアリアナ・グランデ規模のストリーミング再生が稼げるほど、根強いファンを長年獲得してきたからだ。
2019年最大のヒット作を連発しているアリアナ・グランデで曲順を比較してみたい。アルバム『Thank U, Next』で、ヒットシングル「Thank U, Next」「7 Rings」「Break Up with Your Girlfriends, I’m Bored」を12曲中10曲目, 11曲目, 12曲目と終盤に置かれている。
一方、2018年8月にリリースした『Sweetener』では、シングルリリースした「No Tears Left to Cry」「God Is a Woman」「Breathin」は15曲中10曲目、5曲目、9曲目で、中間にアテンションが行く曲順だ。このことからも、アリアナ・グランデのチームは、わずか6カ月の間でアルバムの曲順を意図的に変えていることが想像できる。
ちなみにSpotifyで最も再生されているアリアナ・グランデの曲は「Thank U, Next」が6億6576万回。次いで「No Tears Left to Cry」で6億3004万回となっている。いずれも1stシングルリリースされた曲だ。
人は1時間に「14.65回」スキップしている
Spotifyは、同社のプレイリストのキュレーターにとってスキップレートは一つの評価軸に過ぎないと答えている。
参考記事:Spotify talks playlists, skip rates and NF’s Nordic-fuelled success (Musically)
CDやダウンロードの時代には、アーティストやレーベルはスキップレートなど気にする必要もなかった。しかし音楽ストリーミング時代にはスキップされないトラック作りを考慮せざるを得ない状況を作っていることは事実のようだ(絶対ではないが)。
スキップレートは音楽業界の新しい指標の一つであることに疑いの余地はなく、音楽制作やアーティストプロモーションへの影響は避けられない。
Spotifyも「無制限スキップ」をプレミアムユーザーの機能の一つとしてPRしている。
昨今のスキップレートの議論で、再注目されているデータがあるので、紹介したい。
Spotifyが2014年に買収した音楽メタデータの会社「Echo Nest」(エコーネスト)のデータサイエンティスト、ポール・ラメール(Paul Lamere)がSpotifyの楽曲スキップを分析したブログ記事がある。なお記事執筆は2014年でデータも当時のものである。
ラメールは世界中の数百万Spotifyユーザーの、数十億再生を分析して、スキップレートのみを抽出したデータを公開している。
彼の分析によれば、曲を冒頭から聴いた場合、スキップする割合は以下のようになった。
・5秒未満でスキップ:24.14%
・10秒未満でスキップ:28.97%
・30秒未満でスキップ:35.05%
・最後まで聴かずにスキップ:48.6%
データでは、曲が再生されてから20秒前後でスキップされるか、しないかが大きく分かれてくる。20秒以降はスキップレートがある程度一定になるが、20秒未満が聴き続けるかどうかの分岐点だ。
一般的なSpotifyユーザーが1時間で曲をスキップする平均回数はなんと「14.65回」。4分に1回スキップする計算となる。
最も興味深いのは、年齢別でのスキップレートだ。10〜20代のスキップレートが最も高く58%近くまで超える一方、30代半ばになるにつれて飛躍的に低くなっていく。40代後半から50代前半のスキップレートでさらに高くなり、60代にまた下降する。
この発見にはラメールは2つの仮設を立てている。1つ目は、スキップレートが高くなる年齢層は、フリーの時間が多い年齢層に集中しやすいのではという仮設。仕事や家事など作業に追われる人ほどBGMとして音楽を再生するなど「ながら聴き」が多いと考えられる。
二つ目は、40-50代のスキップレートが高い理由は、10-20代が親のSpotifyアカウントを使用している可能性が高いという仮設だ。
スキップは止まらない
昨年、来日して講演を行ったハリウッドのタイトルデザイナー、カイル・クーパーは「Netflixはイントロのスキップボタンがあるから嫌いだ」と語っていたことに近い。タイトル・ロールを作る映像クリエイターにとって、見てもらえなければ視聴者には届かない。
参考記事:タイトルデザイナー、カイル・クーパーが引き出した、クリエイティブの本質「Motion Plus Design」 (FUZE)
だがアーティストやクリエイターが望まなくても、スクリーン上にボタンがあればタップしてしまうのがユーザーだ。それに多くのユーザーは情報過多な生活の中で集中力は散漫になっている現実を変えることはなかなか難しい。
SpotifyやNetflixだけではない。あらゆるコンテンツを短時間で消費するために、スクロールやスワイプ、倍速視聴が当たり前になってきている。
「スキップ」されない音楽の作り方が実現しても、その方法を真似するアーティストやレーベルを増やすだけだ。そして「スキップ」に慣れたユーザーがいる限りスキップされる曲は今後も常に存在することは確実だ。
音楽業界は「スキップ」する時代に何が出来るだろうか。いつの時代も、アーティストや作曲家は自分たちが良いと思う音楽を作り、レーベルやマネージャーはリスナーに聴いてもらうために注力するべきだ。だが一方で、スキップされない音楽を作ることばかりに意識を向けるのは本末転倒だが、成功例やトレンドを研究することも今後さらに重要になっていくだろう。
そして、こうした曲作りのトレンドについては更なる議論が必要だ。特に新人アーティストや活動し始めの若手アーティストにとって、リスナーのトレンドやプラットフォームの傾向が顕著に表れる音楽ストリーミングは、コアなファンの獲得や音楽の作り方に大きく影響を与えるからで考えなければいけない課題は多い。
アーティストの意見が制作現場で強い欧米の音楽市場では、ヒット作の多くはトレンドをいち早く捉えた音楽作りから生まれ始めている。タイアップとCDで長年ヒットを作ってきたJ-POP中心の日本の音楽市場でも大きな変化が起こせるだろうか。
もし日本人アーティストでも、本当にやりたいクリエイティブが実現できなければ、日本の音楽市場にこだわらず、海外でパートナーを探して創作活動をするということも、今後は可能性として選択肢に入るだろう。
Photo by Pankaj Patel on Unsplash
記事提供:All Digital Music