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Apple Musicが音楽出版を強化、作曲家支援で変わるインディーズとメジャーの境界線

コラム All Digital Music

Apple Musicは音楽出版チームを強化している。

Spotifyとの熾烈な競争が加熱するApple Musicは、元YouTubeのリンジー・ロスチャイルドを北米地域のクリエイティブ・サービス・ミュージックパブリッシング責任者に採用した。ロスチャイルドはYouTubeでGoogle Payで作曲家や音楽出版業界との事業開発を含むパブリッシャー・リレーションを統括してきた実績を持つ。

ロスチャイルドはApple Musicにおいて前職と同様に、作曲家や音楽出版業界のA&R(アーティスト&レパートリー)との関係構築を統括する役割を担っている。さらなるタスクは楽曲の権利関係者に対してApple Musicだけでなくアップルの製品エコシステムからより多くの価値を提供することを目指すと予想され、GarageBandやLogicなどへの楽曲ライセンスも対象になる可能性もある。

Apple Musicが音楽出版に関わるのは今回が初めてではなく、すでに1年以上も前から活動を開始している。アップル社内では2018年5月から音楽出版チームが立ち上がり、iTunes Internationalの法務ディレクターを努めていたエレナ・シーガル(Elena Segal)をApple Musicのミュージック・パブリッシング・グローバルディレクターに任命している。

 

Apple Musicが音楽出版に参入

Apple Musicが作曲家や音楽出版に目を向けるようになったのは同サービスの運営体制が変わったことが大きく、2018年4月にアップル社内でオリバー・シャサー (Oliver Schusser)がApple Musicの事業責任者として、Apple Music & インターナショナル・コンテンツ担当副社長に内部昇格してから、本格的に加速した。

シャサーは2004年にアップルに入社して以降、iTunesのコンテンツ権利獲得をはじめ、iTunesビデオ、iBooks、App Storesなどの世界展開を統括してきた人物で、アップルの音楽認識アプリShazamの買収では中心的役割を担っていた。

AppleのOliver Schusser氏、Apple Music Worldwide担当責任者に昇進 | NEWS | Macお宝鑑定団 blog(羅針盤)

同時期では、2018年6月にApple Musicは、再生データの解析ツール「Apple Music for Artists」をアーティストやレコード会社向けに提供開始した。

データ解析ツールの領域では、代表的な「Spotify for Artists」以外にも、Pandoraの「Next Big Sound」、Deezerの「Deezer4Artists」、SoundCloudの「SoundCloud Stats」と、多くのプラットフォームが提供しており、その他にも無料ツールや有料ツールが数多く存在するように領域が拡大している。

Apple Musicは昨秋、音楽データの解析を専門にするスタートアップ「Asaii」の買収を行った。さらに無名の新人アーティスト向けにA&Rデータツールやアーティスト・マーケティングなど多様なサービスを提供するイギリスのスタートアップ「Platoon」を買収している。

関連記事:アップル、音楽スタートアップ「Platoon」買収。Apple Musicの新人発掘とオリジナルコンテンツ強化へ

こうした音楽データ解析ツールを活用することで、アーティストやレコード会社には新たなチャンスを生み出す可能性が高まる。しかし作曲家や作詞家、プロデューサーたちがストリーミングからチャンスを得るための取り組みは、未だ音楽業界では大きく注目されてこなかった。

業界では、2018年にSpotifyが他社よりひと足早く作曲家やプロデューサーがストリーミングのデータを可視化する解析ツール「Spotify Publishing Analytics」の提供を開始してきたが、こうした動きは近年徐々に広がり、音楽出版市場でもデジタルテクノロジー活用が注目を集めている。

 

音楽出版のメジャーとインディーズの争い

 

Apple Musicが音楽出版を強化、作曲家支援で変わるインディーズとメジャーの境界線

世界の音楽出版業界では今、過去の名曲の出版権を持つだけでは時代遅れになりつつあり、ヒット曲を生み出す人気の作曲家たちやアーティストとの契約や、彼らに特化したサービスの提供を行い、音楽出版の世界からも新たな音楽的トレンドを生み出そうとする積極的な活動が広まってきた。

これまで業界で強い影響力を持ってきたのはメジャーレコード会社が抱える音楽出版社たちで、業界最大手のソニーATVに次いで、ユニバーサルミュージック・パブリッシンググループ、ワーナーチャペル・ミュージックが市場の大きなシェアを占めてきたことから、メジャー3社がヒットアーティストとその作曲家たちと契約を結ぶ構造が続いてきた。

しかし近年、メジャーに負けない存在感を放つインディーズパブリッシャーが台頭している。特にKobalt の音楽出版部門Kobalt ミュージックパブリッシングや、BMG ライツ・マネジメント、Concord Music、Downtown Music Publishing、peermusic、Reservoir Media Managementといったインディーズパブリッシャーたちの勢いが増して、メジャーパブリッシャーと激しい競争を繰り広げている。

音楽出版市場では、ヒット曲を作れる作曲家やプロデューサーたちと契約を交わしたり、またインディーズレーベルのカタログの権利を買収する動きが活発化しつつ、2018年に実現したソニーATVによるEMIミュージックパブリッシングの大型買収は、音楽出版業界では史上最大の買収劇となり、ソニーは23億ドル(約2530億円)という巨額を支払っている。
 

Apple Musicが音楽出版を強化、作曲家支援で変わるインディーズとメジャーの境界線

北米における音楽出版市場の最新動向を見ると、メジャー3社とKobalt、BMGの5社が大きくシェアを持ち、ヒット曲の誕生を支えている。音楽メディアBillboardが全米のラジオ局でプレイされた人気曲100曲を音楽出版社別に集計した3カ月毎のランキング「パブリッシャーズ・ランキング」を見ると、圧倒的な存在感を放っているソニーATV以外では、KobaltやBMGや「その他」に含まれるReservoir MediaやRound Hill Music、Big Dealなどインディーズパブリッシャーが大きな勢力として成長していることが分かる。

Apple MusicやSpotify、YouTube、Pandoraなどの音楽ストリーミングからアーティストへ分配されるロイヤリティ料はサービス毎に異なるが、音楽出版の世界でもそれは同じで、作曲家に対するロイヤリティ支払いを改善しようとする音楽出版社の動向が大きな取り組みとして業界全体に拡がっている。Kobalt MusicやBMGのような音楽出版機能を持つインディーズレーベルは、契約した作曲家やアーティストが自身の作品からのマネタイズやビジネスチャンスを最大化するため、曲のプロモーション戦略から作曲家のA&R、アーティストへの曲のピッチング、ロイヤリティの管理、透明性を高めたデータツールやテクノロジーなど、多種多様なクリエイティブサービスを提供している。

音楽ストリーミングが世界的に普及する昨今、配信される楽曲数や再生数は、CDやダウンロード時代と比べ物にならないほど増加していく傾向にあり、プラットフォームはアーティストやレーベルだけでなく、作曲家に対しても公平なロイヤリティ分配と、クリエイティブの機会を最大化する取り組みが求められる。

こうした中、今年2月に米国の著作権使用料委員(Copyright Royalty Board)が新たに制定した、音楽ストリーミングサービスが支払う作曲家へのロイヤリティ分配率を今後5年で44%まで引き上げる決定に、Spotifyをはじめグーグル、アマゾン、Pandoraは異議を申し立てたことが大きな議論を呼んでいる。

ストリーミング大手で今回の決定に唯一反対していないのがアップルである。

音楽出版業界の変化と、著作権使用料委員との争いの最中に、Apple Musicが音楽出版を強化する動きは、作曲家やプロデューサーが現代の音楽業界において重要な存在であることを認識して、作品に対して正当な収益化のプロセスや新しいビジネスチャンスを確保しようとする音楽出版業界の進化に合致している。
 


 

jaykogami
記事提供All Digital Music

Jay Kogami(ジェイ・コウガミ)
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