ミックステープの音楽ストリーミング「Audiomack」はなぜ成長したか。インディーズアーティストに起こる序列の変化
ワーナーミュージックは、急成長している音楽ストリーミングサービス「Audiomack」とパートナー契約を締結した。Audiomackと契約を交わすメジャーレコード会社はワーナーミュージックが初となる。
Audiomackはインディペンデントなアーティスト向けに、無料で曲を自由にアップし配信できるプラットフォームを提供する。アップルできる曲数も無制限で、ストレージを増やすための有料プランもない。
数ある音楽ストリーミングの中でも、新人アーティストがブレイクするためのプロモーション用途の強さが特徴になっている。リスナーのデータ分析ツールも提供される。さらに今年からマネタイゼーションプログラムも開始しており、楽曲配信からの収益化も強化している。
2019年時点で、デイリーアクティブユーザー数270万人(前年比191%アップ)、月間再生数は28億再生(前年比244%アップ)を突破している。
特筆すべきはサイトの70%近くのユーザーが34歳以下と、若者層に支持されていることだ。
Audiomackは2012年に始まり、ヒップホップのミックステープを無料で配信する、音楽サービスの一つとして人気を集めてきた。
過去には、Young ThugやFetty Wap、Migos、Chance The Rapper、A Boogie with da Hoodieなどの大物アーティストから、無名のクリエイターまで、2010年代のヒップホップ・アーティストが新作をリリースするプラットフォームとして成長した。
現在もヒップホップ・コミュニティとの関係は強い。2018年にはエミネムが「Killshot」をサプライズで独占配信して、同曲は現在まで再生数は1160万回以上を超える。
また、Lil Uzi VertやJuice WRLD、Young Thugなどメジャーと契約するアーティストも最新の作品を配信し続けている。
米国で今、最も消費されるジャンルとなったヒップホップを、ニッチなジャンルだった時期から強く支持し続け、若手アーティストやレーベルと契約もしないインディペンデント・アーティストが活動する場を提供してきた。SpotifyやApple Musicなど大手音楽ストリーミングサービスとは異なる成長を歩んできた。近年は、R&Bやラテン、レゲトン、アフリカンミュージックなどコンテンツの多様化も進んでいる。
2010年代のミックステープ文化
ミックステープのトレンドが大きく変わったのは2000年代後期から2010年代前半だ。この頃には、無料のミックステープ配信がインディペンデントなラッパーの間で盛り上がった時期でもあり、一方では2007年にはミックステープDJとしての地位を確立していたDJ Dramaが著作権侵害と海賊版音楽の流通の疑いで警察に逮捕されるという事件も注目を集めた。
この時期にアーティストたちの配信を支えていたのが、DatPiffやLiveMixtapes、Spinrilla、MixUnits、SoundCloudなどの配信サイトだった。
これらのサイトは、無料でミックステープを公開する。もしくはアーティストに無料で音源をアップロードさせてきた。さらに、マスタリングした音源もアップできたことで、ミックステープの音質も上がった。無名のラッパーやプロデューサーたちは無料で音源をオンライン上に置くことができ、短期間で注目を集めることが可能になった。
ドレイク、J・コール、ケンドリック・ラマー、チャンス・ザ・ラッパーといった世界的な著名アーティストもミックステープの無料配信に積極的だった。音楽ストリーミングが欧米で今のように普及する以前、彼らがレーベル契約やビジネス契約、ファン獲得を実現できた要因の一つに、ミックステープのリリースによる影響も少なくない。
そしてリスナーにとっては、iTunesストアで音源を購入することなく、アーティストの最新作をいち早く無料で聴けるようになった。ミックステープのデジタル化は、草の根的にヒップホップ人気を広げていった。
そしてミックステープ自体も、人気やスピード、アクセスの利便性が高まった結果、カセットテープやCDRから、ストリーミングやダウンロードへ徐々にシフトしていった。そして上記のサイトは、ダウンロードストアやサブスクリプション型ストリーミングとは違う機能と価値を持ち始めたのだった。
このようなリリース形式と消費の変容が起こっていた同時期に、ヒップホップの世界でもインディペンデントなアーティストやDIY志向のアーティストの中から音楽的かつ社会的に影響力のあるアーティストや、ヒットアーティストやプロデューサーが生まれてきた。
有名なところでは、ドレイクやチャンス・ザ・ラッパーの存在だろう。ドレイクは2009年にリリースした『So Far Gone』のシングル「Best I Ever Had」でグラミー賞2部門にノミネートされ、2015年には『If You’re Reading This It’s Too Late』で最優秀ラップアルバム賞にノミネートされた。そしてレーベル契約をしないチャンス・ザ・ラッパーが2016年にApple Musicだけでリリースした「Coloring Book」がグラミー賞を受賞したことが成功例としては有名だ。メインストリームへもリーチするインディペンデント・アーティストとミックステープの存在価値は一気に高まり、メジャーレコード会社と業界からの注目度も広まっていった。
インディペンデント・アーティストのミックステープの数々は、世界各地のアワードで評価を受け始め、メインストリームな音楽チャートにランクインするほど、再生数とダウンロード数を達成するように人気が拡大していった。
またApple MusicやSpotifyもミックステープのリリースをサポートし始めたことも人気を後押しする。ストリーミング時代におけるアーティストやレーベルのリリース戦略としてミックステープは市民権を得ることとなった。
ミックステープから抜け出したAudiomack
Audiomackの共同創業者デヴィッド・マクリはBillboardの取材に対して、こう答えている「設立のアイデアはシンプルでした。アーティストが楽曲をアップしたり、データを見るために課金するモデルは機能しないと感じました。短絡的なアイデアだと思います。私たちは、あらゆるアーティストが使えて、制限なく曲がアップロードでき、広告やサブスクリプションでマネタイズできるプラットフォームを構築したかったのです」
ミックステープ配信サイトが人気を集めたこの時期、2013年にチャンス・ザ・ラッパーの「Acid Rap」とJ・コールの「Truly Yours」シリーズを同時に独占配信したのは、Audiomackだった。この二作の配信を手掛けたことで、Audiomackの存在はヒップホップ界隈に広がっていった。
設立以来、Audiomackが注力してきたのは、いかに新人アーティストが新しいファンと繋がるかだ。
他のサイトはあらゆるアーティストの作品を並べるだけだったり、人気アーティストにフォーカスするなど、ヒップホップに注力はしていたものの、サイトのブランドイメージが作られていなかった。
その一方でAudiomackは、アーティストや作品を社内チームがキュレーションして、未来のヒット作を見つけられるようにサイトをデザインするなどして、アーティストを露出する機会を提供してきた。
ニッチなストリーミングの価値提案
想像していただきたいが、2012年、2013年の当時はまだApple Musicも生まれておらず、Spotifyも2011年にようやくアメリカでローンチした時代だった。
現在のプラットフォームで大きな影響力を誇るヒップホップのプレイリストであるSpotifyの「RapCaviar」やApple Musicの「Rap Life」(前A-List:Hip Hop)も存在していなかった。
著名なアーティストはオンラインやオフラインでも露出する機会と場は用意されていた。
しかし、新人アーティストや無名のアーティストになれば、その真逆となり、さらにヒップホップとなれば当時はニッチなジャンルで、オーディエンスを見つけたり、シーンを育てることが難しかった。
当時のヒップホップのプロモーションは、雑誌かオンラインメディア、ブログでの露出や、大学マーケティング、「SXSW」などインディーズアーティスト向けの音楽フェスティバルへの出演、SNSやデジタルマーケティングと、数は限られてきた。
結果的にAudiomackのポジショニングとブランディングは、他のミックステープ・サイトとの差別化要因となった。
新人アーティストの作品でも、熱心なリスナーをアクティブにエンゲージできることを証明し、アーティストやヒップホップ系企業からの支持へと繋がった。現在までAudiomackは300 EntertainmentやMad Decent、EMPIREなどのインディーズレーベルやディストリビューターとライセンス契約を直接結び、作品の配信を手掛けるようになっている。
また740 Projectなど音楽専門のマーケティングエージェンシーやプロモーション会社もAudiomackを活用して、新人アーティストをブレイクさせるなど、新人開発のプラットフォームとしても機能している。
レーベルやディストリビューターから公式で作品を提供されることで、Audiomackの評価はさらに高まった。
こうしたリリース形式の多様化と、新人アーティストの継続的な輩出によって、ヒップホップのメインストリームへの人気拡大と、ブランド価値の拡大に繋がっている。
2019年、ヒップホップはアメリカで最も聴かれる音楽ジャンルとなった。ワーナーミュージックやユニバーサルミュージック、ソニーミュージックのメジャーレコード会社は、若くして人気あるヒップホップアーティストと契約するためのタレント発掘や、ジョイントベンチャーの機会を常に伺っている。
インディーズレーベルやディストリビューター、ストリーミングサービスもヒップホップアーティストとのパートナーシップを探すようになるなど、ヒップホップ市場の風向きは大きく変わった。
今年では、DIY形式のリリースで「Old Town Road」を今年最大のヒット曲にしたLil Nax Xがコロンビアレコード(ソニーミュージック傘下)と契約した。またニューヨーク出身の2002年生まれのラッパーLil Teccaは、「Ransom」をグローバルヒットにして、ユニバーサルミュージック傘下のリパブリックレコードとジョイントベンチャーを設立した。
しかし未だに変わらない仕組みもある。アメリカでは公式音楽チャートであるビルボード・チャートは、SpotifyやApple Musicなどサブスクリプション型音楽ストリーミングや、Pandoraなど広告型音楽ストリーミングの再生数を合計した合算チャートで、音楽のセールスを計算している。この中にはSoundCloudやYouTubeの再生数も含まれる。ところが、AudiomackやDatPiff、My Mixtapezなどミックステープ配信サービスの再生数は換算式には含まれない。
記事提供:All Digital Music