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カントリー・ミュージック界の大御所、マール・ハガードが死去

コラム 高橋裕二の洋楽天国

カントリー・ミュージック界の大御所、マール・ハガードが誕生日の4月6日、カリフォルニア州パロ・セドロの自宅で亡くなった。79歳だった。

マール・ハガードがカントリー・シンガーになろうとした曰く付きのエピソードがある。彼は強盗罪でサンフランシスコのサン・クエンティン刑務所に収監されていた。20歳の時だ。1958年1月1日、慰問の為にジョニー・キャッシュがやってきた。衝撃を受ける。

マール・ハガードは翌年出所。故郷のカリフォルニア州ベイカーズフィールドに戻り、昼は肉体労働で夜は酒場で歌う。1963年にデビュー。その骨太のカントリーは、本場ナッシュビルに対して、西海岸ベイカーズフィールド・サウンドと呼ばれるようになる。アルバム「Swinging Doors」が66年、ビルボード・カントリー・アルバム・チャートで初の1位を獲得した。生涯で47枚ものスタジオ・アルバムを発表した。

ちなみに誕生日と死去の日(命日)が同じ事を生没同日(せいぼつどうじつ)という。女優のイングリッド・バーグマンがそうだった。

下の写真はウィリー・ネルソンが追悼した。

マール・ハガード

記事提供元:洋楽天国


高橋裕二氏インタビュー

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