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データ分析は音楽マーケティングをどう変えるか

コラム MusicTechがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

データ分析は音楽マーケティングをどう変えるか

テクノロジーの進化が音楽のアップデートする現状を象徴する言葉「MusicTech」をキーワードにした連載、第二回のテーマはデータ分析と音楽マーケティングです。

 

データ解析は、インターネットで最も投資が行われている領域の一つですが、これは音楽サービスについても同様で、数年前から音楽サービスのテーマは「ディスカバリー」でした。ディスカバリーとはユーザーに新しい音楽やアーティストを見つけてもらうことで、素晴らしい出会い “セレンディピティ” などとも呼ばれますね。

 

この「ディスカバリー」は音楽サービスの重要な課題となって久しく、Apple MusicもSpotifyもデータ分析の会社を高額で買収し、ユーザーへの推奨機能の充実を図っています。ストリーミングサービスの時代は、ユーザーの行動がすべて把握できる時代でもあり、「どこ」に住んでいる「どのアーティスト」が好きなユーザーが「どの曲」を「どんな時間帯」に「どれくらい」聞いたのか、といった詳細な情報が全て手に入ります。それらを分析し、適切な出会いユーザに提供するのがストリーミング事業者の責務だと考えているようです。

 

Spotifyは、2014年3月に音楽データ解析技術のスタートアップEchonestを2014年3月に買収し、その買収金額は49.8million euro(約60億円)と言われています。Appleも企業買収を積極的に行う会社ですが、2018年1月にSilicon Valley Data Scienceというデータ分析会社から、創業者を含む数十人の従業員を引き抜いていたことが報道されました。いずれもユーザー行動の解析に力を入れているという現れでしょう。

また他にもAppleによるShazam買収も大きな注目を集めたニュースのひとつです。Shazamはイギリスのスタートアップが始めたMusicTechを象徴するサービスの一つで「知らない楽曲が流れてきたとき、スマホをかざせばその楽曲の情報が分かる」というシンプルな単機能サービスです。これが世界中で支持され、売却前の時点で1億人以上のアクティブユーザーを誇りました。単に音楽を探すだけではなく、「気になった楽曲をダウンロードする」というユーザー行動の導線が音楽市場を活性化するのに貢献しており、Apple Musicを握っているアップルにはその価値がよく理解できたのでしょう。

 

「デイスカバリー」と言われ始めた頃よく話題にあがったのは「アルゴリズムと人間による紹介ならば、どちらがリコメンドとして優れているのか」という点でした。音楽とITとイノベーションを掲げ、世界で最も旬な話題をとりあげるイベント SXSW(サウスバイサウスウエスト)で、主要音楽サービスのキーパーソンが登壇して「MAN vs MACHINE」というトークセッションが行われていたこともあります(その場の結論は「どっちも大切だ」という着地でした笑)

 

個人的には、いまだに圧倒的なクオリティの音楽ディスカバリー機能はできていないと感じています。レコメンドと言えば、よく引き合いに出されるのがAmazonです。Amazonは以前に買った本の著者が、新刊を発売した時に通知を送ってくれますが、これをユーザーの好みを理解してると考えてよいのでしょうか? 過去の購買履歴から関連商品を紹介する以上のものを僕は感じたことはありません。エンタメの個人的な好みの定量化は難易度が高いのでしょう。

 

レコメンドエンジンで高い評価をされたのはPANDRA RADIOでしょう。ユーザーが聴けば聴くほど、好みの音楽が流れてくるというパーソナライズされたインターネットラジオサービスで、「ミュージックゲノム」という楽曲解析のデータベースが肝になっていました。その内情は企業秘密にされていますが、ジャンル・音楽性・ムードなどの楽曲の内容に基づいたタグを付け、そのタグ情報を元にユーザーにレコメンドをしているものと考えられます。タグ付けは、音楽に詳しい目利きならぬ耳効きスタッフが行い、レコメンドする楽曲については、リスニングの履歴を元にアルゴリズムを組んでおり、まさにhumanとmachineの組み合わせによる推奨システムといえるでしょう。

 

ちなみに、せっかくなのでPANDORA の衰退の背景について触れておきます。PANDORAの成長が鈍化した背景は、一般的に「マネタイズの不振」が上げられることが多いです。しかし個人的には、レコード会社を始めとした著作権者との折り合いがつかず、機能が拡大できずに資金調達が難しくなったのではないかと感じています。

アメリカは日本などの他濃くと比べてラジオの存在が非常に大きく、ネットラジオを普及させるために通常の音楽配信サービスとの違いを区別する必要がありました。そこで、デジタルミレニアム著作権法(DMCE法)を2000年に定め、ネットラジオの定義を決めました。SoundExchangeというNPOを設立し、レコード会社とアーティストに50%ずつ分配する仕組みも作りました。

しかし、これは「入力で指定されたアーティストや、楽曲をそのままンデマンドで聞かせてはいけない」「同じアルバムからの再生は時間の制限が必要」といったルールなどを含めており、それをクリアするとネットラジオとして楽曲がオンエアできるというものでした。また、1再生あたりの最低使用料も定められていて、そのためにPANDORAは収入面で苦労したものと思われます。

 

また、ユニバーサルミュージックなど世界的なメジャーレーベルは、DMCE法の条件が不満で、アメリカ以外にこのルールが広まることに反対しました。現在、PANDORAのサービス範囲はアメリカ以外だとオーストラリアとニュージーランドに留まっています。このサービスの規模感が投資家から見たときに魅力的でなかったのか、現状の収支状況と合わさって、株価が下がり経営を圧迫していきました(その結果として行われたのがSiriusXMとの合併でしょう)

とは言え、買収額は35億ドル(約4000億円)と言われていますので、レコメンドエンジンとユーザー数の評価は高く、テクノロジー面では成功事例と位置づけられると言えそうです。

 

 

さて、データ分析の活用法はレコメンドエンジンだけではありません。今年、非常にバズったコラムに「まいしろの音楽分析コラム」があります。「米津玄師の歌詞で『どこにも行けない』という歌詞が出てくるのは何%なのか?」「ロックバンドが『次は皆をもっと大きいステージに連れてく』確率はどれくらいなのか?」などなど、音楽ファンの支店から、プロのマーケター的手法、そしてバカバカしい問題意識の着眼点の組合せで、独創的な世界を形作っているコラムです。

実はまいしろは、僕が代表を務めるエンタメ・スタートアップスタジオVERSUSのスタッフでもあるのですが、今月から彼女の企画でVERSUSイノベーションスクールの講座が始まります。題して「音楽好きなら(たぶん)挫折しないPython講座 〜アーティストデータ分析編〜」というものなのですが、その名の通り音楽好きのためのデータ解析の実践講座となっています。今日のコラムを読んで興味を持った方は是非、ご参加ください。

 

最後に、データを使った音楽マーケティングについても触れておきましょう。デジタル化の進展で、これからの音楽マーケティングは大きく3つに分かれると思われます。

 

1つは従来型のマスメディア活用。ドラマ・アニメなどとのタイアップも影響力を落としつつはあるものの、有機的な結びつきのあるものは残っていくでしょう。むしろ、一部の有効な組合せは、むしろ存在力を増すかもしれません。例えば新海誠監督のアニメ作品とRADWIMPSなど、アーティストがお互いをリスペクトして本質的に結びついたタイアップは、マスメディアが力を失いつつある現在でも非常に強力です。中身と関係のない番組のエンディングテーマなど効果が無く、どんどん価値をを失っていく一方で、こういったタイアップは今後も注目されることでしょう。

2つ目は、ストリーミングサービスのプレイリストPRに代表される、音楽目利きのキュレーターによる紹介です。これはかつてのラジオ局の「パワープレイ」やCD店の「バイヤー紹介コメント付試聴機」の役割を代替していくと思われます。

そして3つ目が、今回のテーマでもあるユーザーデータ解析に基づくマーケテイング手法です。データドリブンマーケティングは、アドテクノロジーと繋がりながら精度を高め、どんどん大きな影響力を持つようになることでしょう。行動データの分析を通じて、音楽ユーザーの嗜好を探る試みはまだ始まったばかりです。

 

〈理解を深めるための推薦図書〉

データドリブンマーケティングの本は沢山ありますが、今回は一冊だけ、音楽ファンでデジタルを中心とした戦略マーケティングの専門家、高野修平君の力作を紹介しておきます。

 

『始まりを告げる《世界標準》音楽マーケティング』 高野修平

 

山口哲一

山口哲一(やまぐち のりかず)

音楽プロデューサー、エンターテックエバンジェリスト、「デジタルコンテンツ白書」(経済産業省編集)編集委員。

アーティストマネージメントからITビジネスに専門領域を広げ、2011年から著作活動も始める。

エンタメ系スタートアップを対象としたアワード「START ME UP AWARDS」をオーガナイズ。プロ作曲家育成の「山口ゼミ」やデジタル時代のコンテンツプロデューサー育成する「ニューミドルマン養成講座」を主宰するなど次世代育成にも精力的に取り組んでいる。

クリエイティブディレクターとして『SHOSA/所作〜a rebirth of humon body〜』でAsia Digital Art Awards FUKUOKA2017〜インタラクティブ部門で優秀賞を受賞

日本音楽制作者連盟など業界団体の理事や省庁の委員などを歴任する一方でスタートアップの新規サービスをサポートする、“新旧“双方のコンテンツビジネスに通じた異業種横断型のプロデューサー。